創価学会の信仰に功徳はあるか?

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393-17.創価学会版 御書全集(昭和29年再版)誤記 その14 百六箇抄

2017年02月16日 00時34分28秒 | 日蓮系遺文
百六箇抄(全集五五八ページ)

昭和50年代の御書全集と比較済み。
昭和29年再版時の御書全集は旧漢字です。

間違いが修正されています。

サムネイル画像




 書き写しの間違いに加えて、編集方針が不統一だったことが明白です。
戸田城聖の出版と編集の手腕は5流だったのではないでしょうか?

こうした間違いも堀日亨が編さん(原稿執筆のこと)をしていない証拠です。
堀日亨が書いたはずの富士宗学要宗、百六箇抄を初版、再版と5,6回もチェックする機会はあったと思います。
初版の原稿執筆で一回、編集で一回、印刷所から返されてきて一回。
初版が出来上がってからでも再版用の原稿で一回、編集で一回、印刷所から返されてきて一回。
それが間違っているのですから、堀日亨自身か素で間違えただけでなく、ノーチェックだったことになりますが、ありえないでしょう。
学会教学部の素人が編さんしたと考えるほうが自然です。

戸田城聖が老齢の堀日亨を選んだ人選が悪いだけでなく、堀日亨の権威が欲しかっただけという何よりの証拠でしょう。

これも初版の本文内容が気になります。

「百六箇抄」
----------------------
◯原文 
◯真筆なし 写本 

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。

富士宗学要宗の種類
初版は昭和11年に雪山書房(ガリ版刷りを製本)
昭和30年代に山喜房仏書林版 全11巻
昭和50年代前半に再刊 創価学会 全10巻

霊艮閣蔵版 ページ()
行道文庫版(昭和五九年)
行道文庫版(昭和七年) ページ
類纂高祖遺文録(大正四年第四版)ページ
昭和定本 ページ
----------------------

犀の角のように独り歩め:ガリ版刷り『富士宗学要集』

以上
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393-16.創価学会版 御書全集(昭和29年再版)誤記 その13 御義口伝 上下

2017年02月15日 00時11分38秒 | 日蓮系遺文
御義口伝(七〇一ページ)

昭和50年代の御書全集と比較済み。
昭和29年再版時の御書全集は旧漢字です。

1.修正されています。

 繰り返しの文字についてです。
昭和29年再版と最近の御書全集の版と犀角独歩さんのブロクを比較すると、昭和29年再版のほうが日蓮墨筆に近かったのではないかと私は想像します。要は昭和29年再版から繰り返しの文字も改悪されたのではないかと考えています。

何時改悪されたのか興味深いですよね。

サムネイル画像


昭和27年時に日宗社本の霊艮閣蔵を使ったのか、行道文庫版を使ったのかは不明。
御書全集の目次(目録)では日宗社本の霊艮閣蔵(縮刷遺文)を元にした、となっています。



行道文庫版「就注法華経御義口伝上目録」
-------------------------
◯原文 
◯写本 上巻 日経本、石山本
 写本 下巻 日経本要山

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。

日宗社本(霊艮閣蔵版の別冊みたいな本らしい) 一ページ

霊艮閣蔵版 無し()
行道文庫版(昭和五九年) 上 一三八三ページ()、下 一四三三ページ() 同じ間違い。
行道文庫版(昭和七年) ページ
類纂高祖遺文録(大正四年第四版) 無し
昭和定本 上 3_二五九七、下 3_二六六二ページ
-------------------------


 正確に写されたかもしれない江戸時代の版本を使えなかったのは、堀日亨が元法主だったためです。
法主を引退した堀日亨は当時の法主に大石寺の写本(版本)を見せてもらえなかった、ということです。
写本(版本)を見ることが出来るのは法主と能化だけだからです。
こうしたことは正宗の古くからの法華講の方々はよく御存知の様です。


 再三再四、私は霊艮閣蔵版(縮刷遺文)や行道文庫版の稲田海素さんの真筆対照記録を取り上げています。明治、大正、昭和初期にかけて、執行海秀さん、稲田海素さん、浅井要麟さんは大石寺から真筆や写本を読むことが許可された事実が重大な点だと理解できませんか?

ところが、未だに真筆対照記録の重要性がわかってない最近の法華講信徒(元学会員)や学会員が多いのでしょう。
最近でも創価学会は日蓮正宗と日蓮宗の僧侶同士の交流を謗法だとして誹謗中傷しています。
こうした誹謗中傷は見当違いも甚だしいです。池田大作をはじめとした創価学会員は何も知らない小物ということが理解できます。池田大作や学会本部トップは創価新報や御書全集の年表について知らなかった、とでも言い訳するのでしょうか?今後の創価学会の言動が実に興味深いです。


以上
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393-15.創価学会版 御書全集(昭和29年再版)誤記 その12 諌暁八幡抄

2017年02月14日 00時16分29秒 | 日蓮系遺文
諌暁八幡抄(五八九ページ)

富士門流信徒BBSや犀角独歩さんのブログで有名な諌暁八幡抄の花押の捏造。
(たしか独学徒さんも詳しかったはず。)
犀の角のように独り歩め:【検証】諫暁八幡抄に切り貼りされた竜門御書の日蓮花押

霊艮閣蔵版、昭和新修、行道文庫、類纂高祖遺文録(大正)、御書全集再版すべてにあります。
花押を追加した日蓮正宗の罪は重く、日蓮に対する冒涜でしょう。

サムネイル画像


ところが、私の手元にある昭和36年に発行された新しい方の日蓮正宗聖典では花押は消えています。
花押の上に和紙らしきものを載せたか、写真加工したのでしょう。
(日蓮正宗聖典の初版は昭和27年。これには花押があると聞いています。)

サムネイル画像


そしてなぜか2015年版の御書全集でも花押があります。

創価学会は2015年版の御書全集に花押を掲載することで日蓮正宗と和解する時に言い訳にするつもりや恩を売るつもりなのでしょうか?
それとも花押が(切り貼りされたものでなく)日蓮真筆である、という読解なのでしょうか?
第2次宗門問題以降であれば、何時修正しても問題なかったはずです。
御書全集は私のブログで示したとおり、何度も修正されています。

日蓮正宗の法主や坊主の書いたものを創価学会は創価新報などで誹謗中傷しています。
一方では最重要な御書で修正しないとは、全く意味不明です。腹黒い何かがあるとしか私は思えません。
2015年版の御書全集では冒頭にあった「諌暁八幡抄」の写真はなくなっています。
大石寺を忘れさせたいのでしょう。
もしそうなら、とても汚く、ずるいと思います。皆さんはどう思いますか?

年表には大御本尊が記述されていますが、著作権法違反なので、正宗に対して言い訳に使うことは難しくなったと思います。日蓮正宗が年表を認めたら笑いものになるだけでしょう。



◯原文 漢字仮名交じり文
◯真蹟 大石寺

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。

霊艮閣蔵版 二千二十一ページ()
行道文庫版(昭和五九年) ページ()
行道文庫版(昭和七年) ページ
類纂高祖遺文録(大正四年第四版) ページ
昭和定本 一六八七ページ

以上
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393-14.創価学会版 御書全集(昭和29年再版)誤記 その11 三世諸仏総勘文教相廢立

2017年02月13日 00時15分51秒 | 日蓮系遺文
三世諸仏総勘文教相廢立(全集五五八ページ)

昭和50年代の御書全集と比較済み。
昭和29年再版時の御書全集は旧漢字です。

読み下しの間違いが修正されています。

サムネイル画像


サムネイル画像



問題点。
この誤記からは学会版の読み下し文の元は完全には断定できません。
類纂高祖遺文録の漢字と返り点が間違っていると思われるためです。
ただし、読み下しの返り点が近いのは
類纂高祖遺文録(大正四年第四版) 1333ページと酷似しています。

墨筆や真筆写真を読んでいない証拠だと思われます。
御書全集の初版が類纂高祖遺文録と同一なら確定。


「三世諸仏総勘文教相廢立」 類纂高祖遺文録と霊艮閣蔵版と同じ遺文名。
----------------------
◯原文 漢文
◯真筆なし 写本 平賀本

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。

霊艮閣蔵版 千八百九十二ページ(千八百九十三) 正しい一二点と思われる。
行道文庫版(昭和五九年) 四四八ページ(四四九)霊艮閣蔵版の正しい返り点を元に正しく読みくだされていると思われる。
行道文庫版(昭和七年) ページ
類纂高祖遺文録(大正四年第四版) 1333ページ 必上幻廢の箇所で漢字と一二点が間違っていると思われる。
昭和定本 2_一六八七ページ
----------------------

真蹟の漢文、昭和定本の再チェック。
犀角独歩さんに問い合わせたい。時期未定。
画像の箇所に返り点があるのかどうか?ない場合、読み方はどれが正しいのか?
霊艮閣蔵版、現在の学会版、行道文庫版(昭和五九年)が正しいと思う。


以上
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393-13.創価学会版 御書全集(昭和29年再版)誤記 その10 法華行者逢難事

2017年02月12日 00時38分37秒 | 日蓮系遺文
法華行者逢難事(全集九六五、九六六ページ)

昭和50年代の御書全集と比較済み。
昭和29年再版時の御書全集は旧漢字です。

1.改行が修正されています。

サムネイル画像


2.☆☆新たな問題点。☆☆

 昭和29年再版時の御書全集は、追伸の箇所が霊艮閣蔵版と異なり、類纂高祖遺文録(大正版)と同じです。2015年の版は再版時と同じです。

サムネイル画像



昭和27年の時点で創価学会が墨筆遺文や真筆写真を元に御書全集を作成していない疑いは濃厚です。
現時点で霊艮閣蔵版(縮刷遺文)の遺文本文と行道文庫版の年表が元になっている事実があります。

では原文漢文の遺文は、学会員が自分で読み下したのか、それとも他からほぼ盗用または剽窃したのか、という疑問が出てきます。盗用または剽窃した可能性はないのでしょうか?

読み下しに問題があれば、堀日亨でなく学会員が自分で読み下した可能性もさらに濃厚になります。
(可能性も濃厚、とはいうものの、”聖教新聞社のある原稿用紙の写真”には疑問を抱くより他ありません。現時点で堀日亨の筆跡とは私は思えません。)


追伸の所が、前に来ているのは学会版と類纂高祖遺文録(大正版)のみ。
学会版の読み下し文は類纂高祖遺文録(大正版)と行道文庫版の2つを元に、盗用または剽窃した可能性が出てきました。

つまり海賊版ではなく、正式な出版物の中で3つを1つにした書籍が御書全集という可能性が出てきたということです。正式な出版物の中で、こうした事例は近代の宗教出版史だけでなく、全世界の出版史において類例をみない大失態、大犯罪となるのではないでしょうか?

海外向けの英文版など各国語の御書も御書全集を元にしているのでしょうか?

行道文庫版、類纂高祖遺文録(大正版)において、原文漢文を読み下した中心人物は稲田海素さんです。稲田海素さんの読み下しを使うことは、行道文庫版、類纂高祖遺文録(大正版)はもちろん手続きを踏んでおり、正式なもので何の問題もありません。
昭和27年頃すでに、稲田海素さんの読解力であればかなり正確だ、と言われていたのでしょう。
おそらく学会も知っていて、霊艮閣蔵版、類纂高祖遺文録(大正版)、行道文庫版を使った可能性が高いです。

3.改悪されている箇所

類纂高祖遺文録(大正版)「法華行者値難事」だと、法花

昭和29年再版時の御書全集だと、法華 (九六六ページ)

改悪されている箇所が2つ程見つかる。こうした学会版の間違いは無数にあります。
犀角独歩さんの墨筆遺文を解説したブログがその証拠。
数が多すぎるのと、真筆写真が無いこと等々の理由から今後はブログでは指摘しません。


「法華行者逢難事」 霊艮閣蔵版の遺文名を後日確認。
-------------------------
◯原文 漢文
◯真蹟 中山法華経寺

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。
本文先頭ページ数(該当ページ数)

追伸の所について

霊艮閣蔵版 千二十四ページ(千二十六) 後。学会版と異なる。稲田さんの照校の記録あり。
行道文庫版(昭和五九年) 五二五ページ 後。学会版と異なる。
行道文庫版(昭和七年) ページ
類纂高祖遺文録(大正版) 493ページ 前。学会版と同じ。
昭和定本 七九八ページ 後。学会版と異なる。
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犀の角のように独り歩め:日蓮墨筆を読む(29) 法華行者値難事-上書・追伸

真蹟遺文の疑問点がいくつかある。
質問事項をまとめて犀角独歩さんに問い合わせる必要あり。時期は春先か?
日蓮墨筆の文字の大きさが変わることの再確認。
法華行者逢難事ではどうなのか?
和紙が貴重な鎌倉時代では追伸を書く場合、日蓮さんは和紙をいっぱいに使いそう。
墨筆を見ている独歩さんの印象で構わないので、是非ご意見が聞きたい所。

以上
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