SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

新・指先のおとぎ話『光の女神』

2019-01-30 14:29:09 | 書いた話
天宮では、まさに全天をあげての婚礼が執り行われようとしていた。なかなか妻をめとろうとしなかった若き天帝の婚儀が、ようやく整ったのだ。これまで天地を問わず“見聞”を広げ、数多くの恋人と浮名を流してきた天帝の心をついに射止めたのは、北の地に暮らしていた光の女神。折に触れて舞を楽しみ、友人を招いて宴をひらいたりしていたが、天帝を魅了したのはその絵の才だった。天界地界にたゆたうさまざまな光を、画布に写しとる力に恵まれた光の女神がえがく絵からは、見る者によって異なる景色が見えると評判だった。天帝が見たとき、彼の瞳に写ったもの──それは、一条の真っすぐな光の中に立つ美しい新郎新婦の姿だった。心は決まった。「可愛い嫁御はどこにいる、花摘んでやろ、朝まだき……」天帝の歌う気の早い婚礼歌に、光の女神は笑顔で応え、天帝に連れられて天へ昇った。あとに残してゆく北の地と佳き友人たちに、永遠に平穏あれと願いながら。

──佐藤千穂に捧ぐ──
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天宮行進曲・あとがきにかえて

2019-01-23 13:23:05 | 書いた話
もっと、軽いテンポでさくさく進む物語になるはずでした。頭の中で構成もある程度できていたんです。しかし、何が起きるかわからない……まさか、足かけ3年になってしまうとは、作者も予想だにしていませんでした。とまあ、言い訳は幾らしても言い訳です。日々の暮らしにまぎれ(そういえばそんなタイトルのガリシアの歌がありました)、飛び飛びの更新になるうち、話の焦点が、二人の歌い手の歌くらべに移ってしまった気がします。そうしてぐずくずしているうち、大切な友人が天国に旅立ってしまいました。ちょうどこの物語の最終話を更新するのと足並みをそろえるように。光を描きつづけた彼女を想い、次からはまた、掌編に戻ります。これまでは地上が主な舞台でしたが、今度はおそらく天宮が舞台、おなじみの神々も登場するかもしれません。ただ、時はかなり遡ります。ですが今度は、多少の関連性はあるものの連載ではありませんので、気楽にお読みください。誰がどこで登場するか、どうぞお楽しみに。ではまた、次作でお目にかかりましょう。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天宮行進曲 第11話(最終回)

2019-01-18 10:18:01 | 書いた話
程なくしてベルナルドはペンを置いた。「細かい仕上げはまだだが、ま、こんなもんだろ」カレータは楽譜に目をやった。行進曲の壮重な調子。それが鎮まり、刹那の休符を挟んで「婚礼歌・天」とある。「ここから、水神さまの出番です」「承知した」カレータの一言に応えて、天の歌い手の高揚感に彩られた声が放たれる。「Cantan los ruisenores/De madurgada/Alli viene bajando/La novia guapa 夜ウグイスが/暁告げる/きれいな花嫁/降りてくる」水神の喉から朗々と響く調べは、おそらく地上のどの言語とも違っていた。だが、人によって見方の違う天宮からの招待状に添えられた宝石と同じく、ベルナルドにはスペイン語に、カレータには日本語に聴こえた。天から地へと降嫁する「花嫁」が誰を指すかは言わずもがなだった。そして歌も、地の歌い手へと引き継がれる。大きく息を吸い、カレータは歌いだした。「En un verde prado/Tendi mi panuelo/Salieron tres rosas/Como tres luceros 緑の牧に/ハンカチ広げた/バラが三輪あらわれた/まるで三つの明けの星」「これはよいな」と風神。「ああ、牧の神に嫁ぐ星の女神にぴったりだ」と水神。それはカレータも感じていた。すべてが、運命の導きに思えてくる。だがその感興を断ち切るように、凄まじい雷鳴が轟いた。「……兄上」「うむ。どうも限界のようだ」風神が居ずまいを正す。「どうやらこのたびの“仕事”お気に召したようだな。だがわれわれは一度戻らねばならぬ。また婚礼の時に迎えに参るゆえ、そのときはお二人よろしく頼む」「楽しみになってきたよ」水神が言い置いて、馬車に乗り込む。別れを惜しむ間もなく、馬車はかき消えていた。ベルナルドもカレータも、何も言わなかった。ただ、黙って杯を合わせた。
(了)
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天宮行進曲 第10話

2019-01-09 17:29:02 | 書いた話
「なるほど、それは妙案」肝腎の歌い手たちを差し置いて、風神が言った。「……ただ、ひとつ注文がある」ベルナルドの片眉が上がる。「何?」「いや、気を悪くしないでもらいたい。歌う順番のことだ。まず水神が今の節を歌い、それからそちらの歌うたい君が歌うのではどうかね」ベルナルドの頬がまた朱を帯びる。……が、今度はカレータが割って入るだけの猶予があった。「まあベルナルド、とりあえず風神さまの話を聞こうよ」「……ふむ。言ってみろ」風神はカレータに軽く感謝の目配せをして、言葉を継いだ。「われわれの世界にも一応、順序というものがあってだね。天上の神々は地上の神々より上位ということになっているのさ。つまり──」「天の歌い手が地の歌い手の後回しでは格好がつかんわけか」ベルナルドの言葉に兄弟は頷く。「ご名答」ベルナルドが切り捨てる。「ふん。くだらんプライドは、どこも変わらんな」「プライド……それは、虚栄心のようなものか?」水神が問う。「悪く取ればね」とカレータ。「良い意味もあるけど」風神がクスクス笑いだした。「……なんだ?兄上」「いや、おまえも成長したなと思っていたが、皆の前での歌くらべを厭うあたりはまだ、そのくだらないプライド?とやらを捨てきれないとみえるな」「悪かったな」水神がふてくされる。「そういえば、あれはどういうことだったんです?」「緊張せずに歌える、ってやつか? あれは、正式な歌くらべになっていたら、おれたちの歌を判定するのが、音楽の女神やその娘の虹の女神たちだったからさ」「われわれの叔母上と従妹たちだ。音楽にかけては専門家だからな」「そ……それは……」胸を撫で下ろしたのはカレータも同じだ。そうでなくてもコンクールの類いは苦手なのに、ハードルが高すぎる。「どうやら結論が出たようだな」ベルナルドの声が割って入る。見れば、左手にグラス、右手にペン、その指先からは次々と音符が生まれていた。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天宮行進曲 第9話

2019-01-04 14:01:03 | 書いた話
「ベルナ……」カレータが話しかけるのに頓着せず、ベルナルドはふたたびペンを執る。いま聴いた水神の歌声の記憶を少しでも新鮮に保つように、五線紙に素早くメロディを書き付けていく。わずかの間に作業は終わった。「ふむ、こんなもんか」ベルナルドは五線紙を水神に差し出した。「歌ってみてくれ」いきなりの申し出に、水神が驚く。「……おれにはこいつは読めんよ」「何だと、歌をつかさどる神だろうあんたは」「早合点するな、歌をもって術を使いはするが、歌はみな師匠からの口伝なんだ」ベルナルドが盛大に溜め息をつく。「……仕方ないな。こうだ」言うなり、ベルナルドは楽譜にしたためたばかりのメロディを歌ってみせた。水神が、みるみる目を丸くする。「……驚いたな。おれが歌ったままだ」「ほほう。大したものだ」隣から風神も興味深げに譜面を覗き込んだ。しかしベルナルドは筆を止めなかった。真新しいメロディに、記号を書き加えていく。「何をしてるんだ?」水神の問いには答えず、またしても作業はすぐに終わった。「さっきの節も悪くないが、婚礼歌には地味なんでな。アレンジしてみた」「アレ……なんだって?」「手を加えたんだ」カレータが補足する。「おいおい、何を勝手に──」「まあ聴け」水神の苦情を皆まで言わせず、ベルナルドはメロディを歌う。穏やかで柔らかかった旋律が、しなやかさは残したまま、婚礼歌らしい華やぎと高揚感をもって響いた。「へええ」水神が素直に感嘆する。「こんなこともできるのか」「……歌えるかね」挑むようなベルナルドの問いに、今度は水神が肩をそびやかす番だった。「……ばかにするなよ」水神は軽々と、ベルナルドがアレンジしたメロディを歌ってみせた。ベルナルドの口許が緩む。「よし。じゃカレータ、まずおまえが歌え。それにこいつをつなげる」「……どういうことかな?」訊ねたのは風神。「歌くらべなぞ言っとらんで、ふたりで歌えばいいだろう」
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする