「トニオがわたしのことをわからないのも無理はないと、初めは思ったよ。なにせ、彼が知っているわたしは“人形のホセ”だったのだからね。だが──」
ホセ神父は、目を瞑る。
「次にわたしは言ったんだ。『アシャとミノリは、気の毒だったね』……トニオは、首を傾げて問い返してきた。『誰だね、そりゃ』。わたしは聞こえなかったのかと、もう一度言った。──答えは、同じだった。わたしは混乱して、なんとか話を続けようとした。『そうだ、ほら、きみの兄さんが作ったアーモンドのベッドが無事なんだ』……どうなったと思う。トニオは怒り出したんだ。『何をさっきから、わけのわからん話ばかりしとるんだ。邪魔するなら帰ってくれ。おれも暇じゃないんでな』……」
(泣いてる……)
アンヘルには、ホセ神父の心のうちが、傷を抉るように伝わってきた。
「もう、退散するしかなかったよ。……いつしか足が、アパートのほうに向いてね」
アンヘルの眼前に、また情景が浮かぶ。街は少しずつ復興に向かっていた。人々は逞しく、生きようとしていた。──ただ、あのアパートの跡地だけは、時に取り残されたように手つかずだった。アーモンドのベッドも。
神父は重い足取りで、ベッドに近づいた。
その顔色が、変わる。
唄が、聴こえていた。優しい女の声で。あまりに懐かしい、異国ふうの子守唄が。
そして、ホセ神父の目の前で。ベッドが、姿を変えはじめた。子守唄に合わせて、小さく、まるく。やがてベッドのあった場所に、すやすや眠る赤ん坊が現れた。
黒髪に浅黒い肌をした、女の赤ん坊が。
ホセ神父は腕をふるわせながら、その赤ん坊を抱き上げた。赤ん坊は目を覚ましたが──その瞳は神父が予想した通り黒かった──、泣きもせず、神父の胸におさまった。
ホセ神父は、目を瞑る。
「次にわたしは言ったんだ。『アシャとミノリは、気の毒だったね』……トニオは、首を傾げて問い返してきた。『誰だね、そりゃ』。わたしは聞こえなかったのかと、もう一度言った。──答えは、同じだった。わたしは混乱して、なんとか話を続けようとした。『そうだ、ほら、きみの兄さんが作ったアーモンドのベッドが無事なんだ』……どうなったと思う。トニオは怒り出したんだ。『何をさっきから、わけのわからん話ばかりしとるんだ。邪魔するなら帰ってくれ。おれも暇じゃないんでな』……」
(泣いてる……)
アンヘルには、ホセ神父の心のうちが、傷を抉るように伝わってきた。
「もう、退散するしかなかったよ。……いつしか足が、アパートのほうに向いてね」
アンヘルの眼前に、また情景が浮かぶ。街は少しずつ復興に向かっていた。人々は逞しく、生きようとしていた。──ただ、あのアパートの跡地だけは、時に取り残されたように手つかずだった。アーモンドのベッドも。
神父は重い足取りで、ベッドに近づいた。
その顔色が、変わる。
唄が、聴こえていた。優しい女の声で。あまりに懐かしい、異国ふうの子守唄が。
そして、ホセ神父の目の前で。ベッドが、姿を変えはじめた。子守唄に合わせて、小さく、まるく。やがてベッドのあった場所に、すやすや眠る赤ん坊が現れた。
黒髪に浅黒い肌をした、女の赤ん坊が。
ホセ神父は腕をふるわせながら、その赤ん坊を抱き上げた。赤ん坊は目を覚ましたが──その瞳は神父が予想した通り黒かった──、泣きもせず、神父の胸におさまった。