SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

山のこだまと海のしぶきと 第24話

2011-08-10 16:24:06 | 書いた話
 元気を取り戻した母親──サンチャをいたわるようにして、一同はベッドの周りに思い思いに座を占めていた。サンチャのこれほど幸福そうな微笑みを、長年一緒にいた息子のオルランドも、見たことがない。
 手放して、二度と会えないはずだった娘。
 その娘が会いにきてくれた。
 美しい孫娘まで連れて。
 その孫娘は、もうすぐ花嫁になるのだという。恋人を集落に待たせてまで、自分を迎えにきてくれた……そのことが、サンチャにはわけもなく嬉しかった。
 そして、もう尽きようとしていた己の生命を甦らせたのは……
 サンチャの脳裏に、忘れられない面影が浮かぶ。
 夫のいる身でありながら、つい心惹かれずにはいられなかった人。
 銀の髪をした、美しい人。
 自分に双子を与えて去っていった人……。
 一同から少し離れた部屋の隅で佇んでいる青年に尋ねれば、あの人の正体がわかるかもしれない。サンチャの胸はときめいた。
(でも……)
 やめておこう。
 自分は、今、充分幸せだ。分を越えた幸せを望んではいけないだろう。
 他方オルランドはオルランドで、奇跡にも思えるできごとの余韻に浸っていた。振り返れば、貝の髪飾りをふたつ欲しくなったときから今日までの道のりは、何者かに導かれていたような気がする。
「かがり火と、しぶきと……」
 青年──風神が、呪文のように呟いた。エスペランサが何かを期待するように顔を上げる。また、何か起こるのではないかしら。
 その期待は、はずれなかった。
 エスペランサの髪にあった白銀の櫛。それが、きらきらと輝くシルバーブルーのベールに変わったのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山のこだまと海のしぶきと 第23話

2011-08-01 16:02:08 | 書いた話
 エスペランサが目の前のできごとを呑み込む間にも、ベッドに横たわる母親は明らかに生気を取り戻していた。頬は薔薇色になり、呼吸も落ち着いている。
 風神が双子に命じた。
「オルランド、ソニア、呼びかけて」
 命じられるまま、ふたりは声をかける。まずオルランドが、ついでソニアが。
「母さん」
「……母、さん?」
 そして、母親は目を開けた。 とても先ほどまで命数が尽きようとしていた人とは思えない確かさで。
 そのまま、最初にソニアを認めたときよりもさらにしっかりと、ベッドに身を起こしてみせた。顔色といい、すでに病人のそれではなかった。どこから見ても、健やかな老女の姿であった。
「すごい……」
 興奮を隠さずに、オルランドが洩らす。
「奇跡だ」
 言いながら、母親に手を貸してベッドから降ろそうとする。と、いまだ彼女の手のうちにあったかがり火の髪飾りが、ひときわ明るく輝き──パッと、その手を離れた。
「あっ」
 小さく声をあげたのは、ソニアだった。
 かがり火の髪飾りは、今、ソニアの黒髪を彩っていた。
 ソニアの、かがり火の髪飾り。
 エスペランサの、しぶきの髪飾り。
 ふたつの髪飾りの放つ光が、蒼い光に代わって、赤としろがねの輝きを撒き散らす。ちらちらとした、決してまばゆくはないけれど、まぎれもない命の輝きを。
「……オルランド、この人は……?」
 母親が、エスペランサを見て問う。エスペランサは母親の手を取り、にっこり笑った。
「初めまして、おばあさま。わたし、エスペランサ。あなたの孫娘です」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする