「姫さまは」水神の帰り支度を始めながら、山吹がぽつりと口をひらいた。けれどその目は水神にではなく、その傍らの華奢な柳に注がれたままであった。女あるじである息吹(イブ)が人の身でなくなっても、どこまでも側仕えの仕事を全うしようとしている健気さに、水神は胸を打たれた。水神の沈黙を、気遣いと取ったのだろう。意を決したように、山吹は言葉を継いだ。「姫さまは、水神の君のお歌が大好きでございました。水神の君がお近くを通られるたび、耳さとく聴きつけてはご一緒に口ずさんでおられました」「……」水神はひそかに驚いた。水神はその歌をもて水を治める──修行を積んで覚えた歌の数かずを、山神とはいいながら、聴いただけで覚えられるだろうか。「……それほどまでに、お慕いしていたのです、姫さまは」水神の心を読んだかのように、山吹。「お会いしたこともない、水神の君のことを」そのとき、何かを言いたげに、柳の枝がそっと揺れた。
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