SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

新・指先のおとぎ話『沃野を潤す』

2019-03-13 14:14:18 | 書いた話
意匠を凝らした赤い城が、夜明けを待っている。太陽神が目覚めるまでには、まだ暫くの時がある。乾いた大地は城と同じ、赤みを帯びた色をしている。砂漠、ではない。さりとて、草波打つ光景、でもない。むきだしの、荒々しい、けれど、豊かないのちを内包した、沃野。どこからともなく、硬質な楽の音が響いた。かつて赤い城を建て、そしてこの地を追われていった人びとの悲憤に想いをいたした、無常と華やぎが交錯する調べが。それに呼応するように、沃野の地中深くで、何かが目覚めた。いまだ誰の目にも触れない、それは、地下水流。長い睡りについていた水神が、ひとつ大きく伸びをした。「……そろそろ表に出ようかしらね」凛々しい女戦士の姿をした水神は、水招きの歌を口ずさむ。だがその姿と声はいつしか、颯爽たる青年のそれに変化していた。男女双方の姿と声を操る双神──水神の歌が喚んだ水はやがて地表にのぼり、少しずつ乾いた沃野を潤していった。
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする