SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天宮行進曲 第2話

2017-11-17 19:27:14 | 書いた話
「我が王宮の行進曲を作曲されたし」。これまで作曲家として数々の栄誉に浴してきたベルナルド・ラビノだったが、その彼にとってもケタの違う依頼だった。しかし、もし依頼状に宝石がついていなければ、おそらく誰かの悪戯と思ったことだろう。なにせ差出人も何も書かれていなかったのだから。その宝石にしても、宝石の目利きの資格を持つ弟がいなければ、偽物かと疑ったぐらいだ。弟の鑑定が自分に見えているオニキスでなくルビーなのは謎だったが、宝石が本物であれば問題ない。とにかく、それくらい現実味の薄い話ではあった。だが、それが悪戯ではないことの証拠に、依頼状が届いた翌日には、支度金として、相当な額が届けられた。しかも今の世に、惜しげもなく現金で。こうなればさしものベルナルドも、疑いを捨てようかという気になってくる。そこでまずは景気づけに一献──と、たまたまベルナルドの元を訪れていた旧知の歌手カレータを伴い、義弟エンリケの店へと繰り出したというわけだ。いまだわからないことは多いが、そうするうちにも時は過ぎゆく。まあありていに言えば──「飲めるときに飲んでおこう、ということだよね」「そういうことだ」カレータの言葉に大きく頷いて、ベルナルドはまたグラスを干す。さすがに酒が効いてきたか──いや、まだまだ酔うには程遠い。ボトルが全部空になるころには、少しは酔いも回ってくるだろうが……。そう思いかけて、ベルナルドは軽く頭を振った。どうやらおれもヤキが回ったらしい。それとも酒の中に、よほど強いのが混ざっていたのか。が、それが錯覚でないことは、隣のカレータの様子で知れた。あらぬものを見た目つきで、店の入口のほうを凝視している。しばらくぽかんとあいたままだったその口が、ややあってようやく言葉を形づくった。「ベルナルド……」「おう」「ここ、エンリケの店だよね?」「おう」「……なんで、店の中にあんなでかい馬車がいるんだ?」
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天宮行進曲 第1話

2017-07-28 14:02:28 | 書いた話
「ベルナルドは狩りに出た、とある闇夜のことだった、犬や猟犬打ち連れて、ラバを率いるかたわらに……」「ご機嫌だな、ベルナルド」「おう、悪いか」「悪いなんて言ってないさ。……『ベルナルド・エル・カルピオのロマンセ』だろ、それ」「さすがによくご存知だな、マエストロ・カレータ」「やめろ、気持ち悪い」「気持ち悪いとはなんだ、人が珍しく素直に褒めとるのに」「父の復讐を誓う悲劇の英雄ベルナルド・エル・カルピオ。……あんたには似合わないよ、マエストロ・ベルナルド・ラビノ」「なんだ、お返しか?」二人の男の笑い声が、夜明けのバルに響いた。むろん、ほかに人の姿はない。店の鍵は、カウンターの片隅にある。なまじのマフィア顔負けの体格と強面の親爺と、小柄で声のよく透る東洋人。親爺のほうは国際的な作曲家ベルナルド・ラビノ、東洋人のほうはその友人でフラメンコ歌手の入江豊、通称カレータ。そして二人の手には、シェリー酒のグラス。「まあ、飲もうよ。せっかくエンリケがボトルを置いていってくれたんだし。今日はあんたのお祝いなんだから」カレータはベルナルドのグラスに酒をつぐ。ベルナルドの気のよい義弟は、店の鍵と一緒に数本、とっておきの酒壜を置いていってくれてあった。ベルナルドも逆らわず、嬉々としてグラスを空にする。正直、酒の三分の二はベルナルドの胃に収まろうとしていた。だが無理もないな、とカレータは思う。ベルナルドに、とほうもないオファーが舞い込んだのだ。依頼主は、どうも異国の貴族か王候か、少なくとも並の身分の人物ではないことは明らかだった。その証しだてに、すでにベルナルドのもとに、宝石をあしらった依頼状が届けられていた。その宝石は、ふしぎだった。見る人ごとに、色も形も違うのだ。ベルナルドには、漆黒の円形のオニキスに見えた。カレータには、亀甲型の茶水晶に見えていた。だが内容は同じ。「我が王宮の行進曲を作曲されたし」。
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新・指先のおとぎ話『バラに風吹く』

2017-05-26 11:42:04 | 書いた話
そのバラの木には幾輪もの花が咲いていた。色の濃い淡いはあるものの、海を染めて昇る朝日のような色をした花々は、時として花びらに小さな露の玉を光らせて、見るものの心を優しく癒すのだった。けれどその中に一輪だけ、ほかの花と違った心持ちの花があった。確かにその花びらはひときわ色あざやかで大ぶりで、人目を惹いた。そのバラみずからも、いつしか己の美しさに溺れるようになっていった。あるとき一陣の風が、バラの木のかたわらを過ぎた。バラたちはいっせいに身を屈めたが、あの大ぶりなバラだけは風をよけるどころか、むしろ己の存在を見せつけるかのように、風に向かって傲然と身をひるがえしてみせた。風は瞬時、バラの前で止まったかに見えた。「大いに夢見てバラの木のバラが……」高らかな調べに乗ってバラと風とが踊るかに見えたかの、次の刹那。風が牙をむいた。ごう、というひと吹き──風が去ったとき、高慢なバラの花は散り果てていた。
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新・指先のおとぎ話『いきな女のドレス』

2017-05-10 15:07:58 | 書いた話
「いなせな野郎がいきな女に、ある日ドレスを買ってやった……いきな女はそれを着っぱなし、ついに破れてしまうまで!」表通りから、子どもたちが囃したてる唄声が聴こえてくる。女は思わず拳を固めて立ち上がりかけた。「まあまあ、罪のない囃し唄じゃないか」夫が、温厚に彼女をいさめる。「だって──だって、悔しいじゃないの。あんなこと言われて。今日は、母さんの葬式なのよ」「なら、ぼくが言ってこよう」夫の穏やかな口調に、女の気持ちも少し落ち着いた。「まあ……毎日同じ服を着てたのは確かだしね。昔舞台に立ってたころ、父さんに買ってもらったっていう」「お義母さんらしいじゃないか」ふたりは柩に納まった老女の亡骸を見る。そう、贈られた一張羅を毎日……。そしてどちらからともなく顔を見合わせた。古びてぼろぼろになっていたはずのドレス。いま母親がまとっているのは、どう見ても真新しい、輝くように美しい舞台衣裳だったのだから。
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新・指先のおとぎ話『光の衣裳』

2017-05-01 13:57:33 | 書いた話
(光の衣裳、かあ)今日もポスターを眺めて、少年は嘆息する。丈の短い上着、膝までのズボン、足許を彩るリボンつきの靴……全身に金糸銀糸の縫い取りがほどこされ、圧倒的な輝きを感じさせた。ただの絵、なのだ。しかも試合が終われば、紙切れになってしまう。それでも。ポスターの中の闘牛士が放つオーラは、少年の憧れを刺激した。店のラジオから、古い唄が鳴り出した。「さてこそ四時を告げるころ、一同カフェをまかり出る……看板飾る闘牛士……」つかのま目を閉じた少年の耳が、大歓声を聞く。目を開けると、午後の強烈な陽射しのなか、巨きな黒牛が横たわっていた。手を挙げて声援に応えた少年は、自分が光の衣裳を着ていることに気づいた。が──命尽きた雄牛を見るうち、少年は故郷の牧場の牛たちを、懐かしく思い出した。再び目を閉じた少年は、元の店にいた。ラジオが、花形闘牛士の“戦死”を告げていた。ポスターの光の衣裳が、くすんで見えた。
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新・指先のおとぎ話『夜を越える』

2017-04-23 18:34:03 | 書いた話
もう少し早く宿を発てばよかった。馬を進めながら、男は焦りを覚えていた。夜が更けて、馬の歩みは遅くなっていた。明け方までに、山路を抜けて見晴らしのよい海側の街道に出たかったのだが、男の前には、狭い道が曲がりながら続いている。かといって、野宿をしている時間はない。どうにか朝までに山を越えなければ、乗るはずの船が出てしまう。馬にも無理はさせたくないが、あともう少し。祈る気持ちで手綱を引いたとき、不意に目の前に、白いものが現れた。馬がいなないて止まる。男も肝を冷やした。一瞬遅れて、その“白いもの”の正体がわかった。大きな十字架。なぜこんなところに──思う間もなく、男の耳に唄が聴こえた。「朝が来る、もう朝が来る……」唄は明らかに十字架から響いていた。体が浮く感覚があり、気づくと男と馬は、海沿いの街道にいた。朝の光が、男を照らす。信じられない思いで振り仰ぐと、教会の白い十字架が、眩しく照り映えていた。
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新・指先のおとぎ話『可愛い緑の鳥』

2017-04-14 13:57:13 | 書いた話
「籠の鳥、とはいうけど」友人は軽く笑った。「空の鳥籠は、ただの籠。いつまでも飾っておくものでもないと思うけどね」あたしは頷いて、「でも」と言い添える。「もしかしたら、戻ってくるかもしれないし」緑の羽が、陽に透けると懐かしい高原の樹の色になる。だから格別に可愛かった。危ないことのないよう吊るす場所にも気をつかい、自分のこと以上にこまやかに世話をした──つもりだ。なのにあるとき、いきなり姿が見えなくなっていたのだ。扉を開け放しにした覚えもないし、動物が外から手を出せるほどの隙間はない。まるで空気に溶けるように、消えてしまった。そのまま季節が移って、燕が来る季節になった。ある日あたしは空の鳥籠を眺めて、つい唄を口ずさんだ。「緑の小鳥、片隅で、燕が通るの待っている……」ぱたぱた、軽い羽音がして、懐かしい樹の色の小鳥が、籠の中にいた。近くの軒下に憩う燕たちを、緑の羽を広げて興味深そうに眺めながら。
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新・指先のおとぎ話『松は緑に』

2017-04-08 13:02:58 | 書いた話
「悪いわね、こんな部屋しかなくて」人の好さそうな宿の女将は、丸顔を困り顔にしてみせた。「ちょうど祭りの時期で」「いえ、充分です」その答えに、嘘はなかった。部屋があったのがむしろ奇跡だ。立身を期した首都行きの最終列車を逃し、何軒も断られた挙句飛び込んだ宿なのだから。「急ごしらえでね」女将が繰り返し詫びたのにも一理はあった。祭りで部屋が足りず、納屋か何かを仕切ったのだろう。シャワーのたぐいはなく、古い寝藁に毛布をかけてベッドにしてあった。だが充分だ。どうせ明日の朝は早い。「……たとえ緑の松の下、床の上にぞ寝ようとも、さ」何げなく、懐かしい郷里の唄が口をついて出た。それに比べれば、寝藁のベッドは上等だ。心地よく眠りについて、夜中ふと目覚めると、彼は立派なマツ材のベッドに寝ているのだった。瑞々しい緑の松の香りが辺りに広がる。彼は起き上がり、列車の切符を捨てた。夢を追う前に、郷里に寄るのも悪くない。
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新・指先のおとぎ話『救いの瞳』

2017-03-31 15:37:04 | 書いた話
嵐が来るという予報は、残念ながら外れなかった。空はみるまに灰色となり、風は強く吹き荒れて、人々を甲板から追い出した。たちまち、デッキは静まり返った。上空の鴎たちさえおこぼれの魚にあずかるのを諦めて、巣へ逃げ帰ったらしい。いつも船の周りをうるさいほどに取り囲む賑やかな啼き声も、まったく聞こえなくなっていた。聞こえるものはといえば、ただ、船に襲いかかる波と風の轟きばかり。やがてそこに、何かが軋むような実に厭な音が混ざりはじめた。しだいに高まるその音は、メインマストからだった。次の大波が来れば、マストは折れてしまうだろう。地下の船室から恐る恐る顔を出し、成り行きを見つめる船員たちの耳に、唄が届いた。「おまえの瞳は灯台さ、船乗りの救いの港なのさ……」途端雲が晴れ、風が凪いだ。無事港に着いて、一同が船を見上げると、船首像の、皆がなけなしの金を出し合って両の瞳に埋め込んだ黒曜石が、誇らかに輝いていた。
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新・指先のおとぎ話『春の家』

2017-03-24 13:24:10 | 書いた話
人里離れたところに建つその家は、長いこと誰も寄せつけないらしかった。人間はおろか、森の獣たちさえ、そこを荒らすことはないようで、まるで時の忘れものめいて、ひっそりと佇んでいるのだった。扉や窓はあったがかんぬきがあるふうでもなく、なのに誰もこじあけた跡もない風情なのが不思議ではあった。どこまでが庭なのかもわからなかったが、周りは雑草が茂り放題になることもなく、穏やかな草地がひらけていた。ただ一本、樹齢もわからない木が、家の守り神さながら立っていた。ある春の日、森の奥から唄が聴こえた。「残してやりたいものよ、いとしい子らに、いつも唄いながら……払いの済んだ家を一軒、つらい暮らしにならぬよう……」その刹那、家の隣の木がいっせいに、うす紅いろの花をひらいた。人間の世界ではアーモンドと呼ばれるその花々が、優しく咲き誇るのと同時に、家の窓という窓があいて、幸せそうな家族の笑い声が、春の森に満ちみちた。
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