いつだってワークライフバランス

「仕事と生活の調和」を意味する
ワークライフバランス。
より良いあり方を考えるブログです。

そのスーパークールビズ、本当にアリですか?

2012-06-01 | 仕事

NHKニュースで、環境省推奨の「スーパークールビズ」のキーワードが画面に映し出されたのを見て、ビックリ!

Tシャツ、ジーンズ、サンダル、OKだそうです。

本当にその恰好で仕事されるんですか?

そもそも「ビズ(仕事用)」といえるでしょうか?

 

ゴルフシャツでさえ襟付きと決まっているのに、Tシャツって一体??

なんでお役所って、こうも振り幅が大きいんですかねぇ。

 

服装は自分のためというより、周囲の人への気づかいだと私は思っています。

だって、無人島に独りぽっちならおしゃれの甲斐もなければ、身だしなみも必要なし!

 

装うことは良好な人間関係を築くための手段のひとつのはずなのに、

暑いからって公務員がジーンズにサンダルはいて仕事するってのは、違和感が拭えません。

ううっ、旧いタイプの人間でござんす。昭和な私でごめんなさい……。

 

ひと昔前まで、公務員といえば「お堅い」という形容がぴったりの存在でした。

それは悪い意味ではなく、公僕として市民の皆さまにお仕えする立場なのできちんとします!

という気持ちの表れでもあったと思います。

 

一流ホテルのドアマンが暑かろうが寒かろうが、毅然として折り目正しい服装を崩さないのも、

プロ意識がにじみ出て大変美しい姿です。

 

日本の正装の基本は、お迎えするほうがお客様よりワンランク上の服装をするのが礼儀です。

結婚式で、女性の第一礼装である留袖は親族しか着用しませんし、茶会の席主は必ず紋付の訪問着です。

一方、招かれるほうはTPOを考えて、一歩控えめな装いにします。

 

私ごときがお茶会に紋付訪問着なんて着て伺ったら、先生につまみだされるわぁ。

ま、持ってないから、その心配はないんですけど。

 

そう考えると、お役所の方々がこれからの季節、体のライン丸見えの、下着と間違えそうなTシャツに

暑苦しげなジーンズはいて、サンダルでペタペタ応対に出てきたら、

「市民を見下げてんのかいっ!」とお怒りになる方もいらっしゃるかもね〜。

 

昨年のこの時期も書いた記憶があるんですけど、ジーンズって涼しいの?

ちなみに私はジーンズを持ってないので、わかりません。

どう見ても涼しいとは思えないんですけどぉ。

 

自分は楽でも、他人にどう映るかも考えたいものです。

それが、さまざまな年齢や価値観をもつ人たちで構成される職場のマナーではないでしょうか。

 

自分も涼しく、周囲からも「爽やか〜」と思われる恰好で仕事をしてこその「スーパークールビズ」!

 

http://www.shu-ha-ri.co.jp/

コメント (3) |  トラックバック (0) | 

『1Q84』@新潮文庫

2012-05-27 | 読書

はじめて村上春樹を面白いと思った。

 

学生の時、「自分が理解できないからといって、その小説を否定するのは傲慢だ」

という先生の言に納得した私は、とりあえず村上春樹の代表作は読んでいる。

 

難解なわけじゃないけれど、なんとなく薄モヤのかかったような読後感で、好みとは言い難い作風。

それが今回は文庫本販売戦略のなすがまま、1&2、3&4、そして、本日5&6を次々と買った。

この人の本は販売方法にまで、いつもなにかしらある。

 

『1Q84』の読者のたぶん90%くらいの人たちは、月がふたつ浮かんでいるかもしれないと

わざわざ夜空を見上げたことだろう。

そして85%くらいは、『猫のまち』の書名をネット検索したに違いない。

 

やはり月は1個だし、『猫のまち』自体もないようだ。

まったくもう、なんて不思議なハルキワールド。

 

という感じで、ただ今『1Q84』の世界に取り込まれ、ポワンとしている私です。

またもや徹夜しかねない勢いで読んでしまいそうな自分が恐ろしい……。

 

でもでも本日、日曜日ですけど仕事だったので、気分転換にちょっとくらい読んでもいいよね〜。

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

不機嫌注意報が出た日には

2012-05-23 | その他

先日、電車を降りる際、大柄小太りの30代らしき男性が、やや年上っぽい男性に、

「痛ぇなっ! 何、ぶつかってんだよ。わざとやってんのか」と、すごんでいる場面に出くわしました。

相手の男性は「すみません」と謝っていましたが、文句を言った人は振り返りながら睨みつけていました。

 

私は、「あらぁ、そんな立派なお身体で、童話のお姫様のように苦痛を感じるんですか?」と思ってしまいました。

 

子供の頃、読んだ外国のお話。

 

「自分はさる国の王女だ」と名乗る貧しい身なりの娘に、一夜の宿を提供した主人。

高貴な身分の方にふさわしいよう、敷布団を数枚、掛け布団も数枚重ねたフカフカの寝台を用意しました。

翌朝、「よくおやすみになれましたか?」と尋ねると、彼女はつらそうな顔をして、

「背中に何か固いものがあたって、なかなか眠れませんでした」と答えました。

主人は平伏して詫びました。「あなたこそ真の王女様です」と。

 

実は、姫の様子を怪しんだ亭主が敷布団の一番下に1粒の豆を仕込んでおいたのです。

ぶ厚い布団を通しても不快感を覚えたのは、なるほど本物の貴人である証拠だ! ってこと。

 

私は幼心に「んまー、なんて繊細なお姫様。でも、私だってそんな何枚も掛け布団をかけられたら

重くて寝られないよ」と現実的な感想を抱いたものです。

 

童話の中のお姫様ならいざ知らず、肩が触れただの、ぶつかっただの、それくらいで痛いわけないですよね〜。

なにかの拍子にイライラ気分が噴き出しただけのことでしょうが、諍いをしても晴れ晴れするとは思えません。

むしろ取り返しのつかない事態になることのほうが多いと、私たちは日々のニュースで知っています。

 

今、薫風の5月はあちこちで花が咲き乱れ、緑も美しい季節。

梅雨時期になれば、アジサイが鮮やかに咲き誇ります。

不機嫌注意報が出た日には、通勤途中でもどこでも身近なお花を探して眺めてみませんか?

 

写真は額紫陽花(ガクアジサイ)の一種、「ダンスパーティ」。

まぁぁ、何て華やかな名称でしょう! 名前にふさわしく咲きっぷりもゴージャスだわぁ。

一目惚れして、うちの子にしました♪ ふふ、イイ気分!

コメント (5) |  トラックバック (0) | 

茶の湯文化講座で「日本流おもてなし」の意味を知る

2012-05-21 | お茶ときどきお花

茶道史研究の第一人者・熊倉功夫さんの講演会に行ってまいりました。

 

NHK教育テレビのお茶の番組にもよく出演されていて、お話が面白いのは存じてますし、

毎月届く会報の、利休さんに関する氏の随筆も欠かさず読んでます。

 

何せ、「会報で読むのは熊倉さんのと銘菓紹介のページだけです」とお茶の先生に言って、

「せめて、お家元の挨拶は読んでちょうだいね」と諭されたことがあるほど、お茶に対して今いち不勉強な私ですが、

この方の講演会には行く気満々!

 

いや〜、大変勉強になりました。

ふだん、見過ごしがちなことにもさまざまな意味がある、という気づきを促されました。

 

なかでも、「おもてなしとは主客で高めあう行為」という観点に強く共感しました。

これこそ、日本流のおもてなしで、茶の湯の世界にこの考え方が生きているというご指摘でした。

んー、なるほど! 「ホスピタリティ」には「主客で高めあう」なんて意味はないもんねぇ。

 

お茶は、お客さまをもてなすために大変な労力、時間、そしてお金もかけるわけですが、

お客さまは一方的にもてなされるだけでなく、もてなす側への気づかいも忘れてはなりません。

 

たとえば、正客(メインゲスト役)は「どうぞ、ご亭主(茶席のホスト役)もご自服を……」と

もてなしてくださる方にお茶を勧める場合があります。

亭主が自分でお茶を点てて、お客さまと一緒に喫茶することで、その日のお茶の加減もわかりますしね。

 

また、挨拶が非常に重要で、いかに心を尽くしてもてなしてくださっているかについて、お礼の言葉を述べます。

掛け軸やお花、お道具などから、その日のテーマを感じ取り、亭主に伝えなくてはなりません。

でも、言い過ぎてはダメ! この加減が難しい……。

 

高等な会話術を要するため、お茶席での正客のお役は敬遠されて、席の譲り合いバトルが繰り広げられるほど。 

私は正客を務める立場じゃないけれど、「もてなされる側の心得」はお茶以外のシーンでも使えそう。

 

講演会の前に呈茶があり、大勢様がテーブルに並んでかけて、お菓子とお茶をいただいたのですが、

いつになくおいしかったので(ぬるいことが多いんですよ〜)、

お茶碗を下げに来られた方に、「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」と申しあげました。

すると、満面の笑みで「ありがとうございました」と言われました。

 

レストランで、「ごちそうさま」や「ありがとう」にもうひと言。

ベラベラしゃべらなくてもいいから、感想をちょっとひと言、付け加えるだけでその場の雰囲気が和みそう♪

 

ただし、「余計なひと言」「もの言えば唇寒し」にならないよう、心せねばなりませんね。

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

お茶会日和

2012-05-14 | お茶ときどきお花

好天の下、お茶会が無事終わりました〜。

 

台風だろうが大雪だろうと、茶会はやるとなったら、必ず開催されます。

そのため、天候に恵まれたら、それだけで茶会はほぼ成功といわれるのです。

 

2年前から決まっていた、初めての場所でのお茶会。

都内屈指の由緒あるお寺で、敷地に一体いくつの茶室があるんですか? という広大さ。

その中の一庵、小間(こま)が私たち社中の担当でした。

 

小間って字のごとく、めちゃくちゃ狭い室内にお客さまがギュウギュウにお入りになりました。

「もう1人くらい何とかなるでしょ」「12人定員? そんなのわかってるわよ。でも何とか入れて」

と、もぉ〜、皆さん、ホント貪欲だわぁ。

いつもいつも感心しちゃいます。

 

一般的な茶会は、通常10時一斉開始ですが、8時にはもうお客さまは並んでますからね。

茶席がいくつもかかるので、少しでも早く行って、1つでも多くのお席に入るためです。

それはそれは壮観ですよ。駅周辺から、お着物姿の方が続々と……。

 

受付で、「お時間ですので、本日はこれまでとさせていただきます」と申しあげても、

「待つ」と言われる方もいらっしゃいます。

中には美術館で展示されているようなお道具も出るため、せめて拝見だけでもということなんですね。

 

また、最近は見なくなりましたが、「水屋でのお菓子のお引き取りはご遠慮願います」

という貼り紙を目撃したこともあります。

席に入れなくても、老舗和菓子店で特注された主菓子だけでも持ち帰りたいという人が結構いらしたそうで……。

こ、これって、かなり恥ずかしいふるまいなのでは?

 

このあたりの事情は、『日日是好日』(森下典子・著)というエッセイ集に非常に面白く描かれています。

お茶をやっている人なら、「ある、ある!」と強く共感しながら読めますし、全くご存知ない方は、

「これが茶人なの?」と笑っちゃうようなエピソード満載です。

 

茶人って、さぞかしお上品で礼儀作法に通じた立派な方々?

というのは麗しい誤解だということが、よーくわかります。

 

本日も、ひと騒動ありまして……。

 

私たちの席はいつものようにサラサラ進めて、お客さまをどんどんお入れしたため、

あやうくお菓子がなくなりそうになりました。

先生から、「この調子だと、皆さんの分をお客さまにお出ししないといけなくなるかもしれないわね」

と言われ、すっごいブーイング!

 

「えー、楽しみにしていたのにぃ」「それはないですぅ」「そんなのイヤッ」「先生だけ朝、召し上がって」

と、大騒ぎ。

お菓子は当日朝、作りたてが届くので先生が味見するのは当然なのにねぇ〜。

 

無言の私が礼儀を心得ているというわけではなく、単に甘いものに執着心がないせい。

そういうのが影響しているのか、先生は差し入れにいただいお菓子を社中メンバーで分けて持ち帰る分配を、

いつも私に「お願いね」と託されます。

 

茶室を原状回復して出る時刻が決まっているため、私は事務的に淡々と分けていきます。

 

「皆さんの人数分だけ小山にしてますので、どれでもご自由にひと山お取りくださーい。

お取りになっていない分は即、撤去しまーす」

と、迷いや型どおりの遠慮をする余裕を与えないわけです。

そうしないと、ひとつひとつ比べ始めますからね。えへへ、ちょっと強引かしら。

 

ちなみに「荷物になるから結構です」とは、どなたもおっしゃいません。

 

本当に不思議よねぇ。

どう考えても一番ビンボーなのは私で、皆さんリッチなのに、なぜこれほどまでにガツガツ……

いえ、しっかりしてるの?

もしや、この貪欲さこそが茶人の証明か?!

コメント (0) |  トラックバック (0) |