さて、そろそろミステリが3ケタの大台に乗りそうな第603回は、
タイトル:銀杏坂
著者:松尾由美
文庫名:光文社文庫
であります。
お初の作家さんです。
主人公の刑事が遭遇する不可思議な事件を扱った短編連作ミステリ。
例によって一つずつ感想を述べていきます。
『横縞町綺譚』……中央署の刑事・木崎は後輩の吉村とともに、横縞町で起こった盗難事件の捜査を行うことになった。現場は、幽霊が住み着いていると言われるアパート『さつき荘』。しかし、住人達は皆その存在を信じていて――。
イチオシ。白昼堂々と幽霊が登場するにも関わらず、その存在にまったく違和感を感じさせない雰囲気作りが素晴らしい。一見するとファンタジーだが、ミステリとしても納得のいく出来となっているのもかなり好み。幽霊の儚さと、控えめな優しさが光る逸品である。
『銀杏坂』……例の幽霊絡みの事件を解決したことを買われて、木崎は刑事部長に厄介な問題を押しつけられてしまう。彼の親戚の女性が、「自分は明後日に夫を殺す。その前に逮捕して欲しい」と頼んできたと言うのだ――。
いわゆる予言もののストーリーは大まかに、『予言の結果は決して変わらない』『予言の結果は変えることができる』『予言の形を借りた人為的な計画』の三タイプがあるが、そのどれにも属さない作品。状況設定こそ奇抜だが、ちゃんとロジックでケリを付けているのは見事。
『雨月夜』……流通会社の社長が、夜道で背後から襲われた。幸い命に別状はなかったものの、頭蓋骨がへこむほどの重傷である。被害者は意識を回復した直後に、顔も姿も解らない筈の犯人の名を口にするのだが――。
容疑者のアリバイが、いかにも本書らしい根拠に基づいている作品。終盤で某姉が内に隠した心情を吐露する箇所はなかなか面白い。ただし、そこに至るまでがかなり退屈。唐突かつ不気味なラストは好みが別れるだろうが、私は結構好き。
『香爐峰の雪』……十一月も末の午後、木崎は寺院で奇妙な光景を目にする。ビー玉を自分の意志で宙に浮かせる少年と、その側で指示を出す娘。二人は手品の練習をしていると言うのだが――。
珍しく(笑)、殺人事件を取り扱った話。刑務所にいる父の帰りを待つ娘、彼女にだけ心を開く少年、二人のキャラクターを生かし、どこか物悲しい作品に仕上げている。密室物としてどうかと言われると、ちょっと引っかかるが……。
『山上記』……またも、刑事部長が持ち込んできた厄介な仕事を受ける木崎。飛行機から一人の男が消えた謎を解くはめになった彼の前に、以前会った幽霊がたびたび姿を現す――。
事件そのものは枝葉で、木崎と幽霊の接触がメイン。これまで木崎が関わってきた奇妙な事件、及び、幾度も彼の前に姿を現す幽霊についての一つの解釈が提示される。すれ違いを繰り返す二人が、ようやく接触するシーンの盛り上がりは凄まじい。非常に幻想的で、どこか寂しい、本書のトリに相応しい作品である。
なにげなーく手にとってみたのですが、かなりの当たりでした。オススメ。
ミステリを読むというより、現代風のおとぎ話を読む気持ちでお楽しみ下さい。
タイトル:銀杏坂
著者:松尾由美
文庫名:光文社文庫
であります。
お初の作家さんです。
主人公の刑事が遭遇する不可思議な事件を扱った短編連作ミステリ。
例によって一つずつ感想を述べていきます。
『横縞町綺譚』……中央署の刑事・木崎は後輩の吉村とともに、横縞町で起こった盗難事件の捜査を行うことになった。現場は、幽霊が住み着いていると言われるアパート『さつき荘』。しかし、住人達は皆その存在を信じていて――。
イチオシ。白昼堂々と幽霊が登場するにも関わらず、その存在にまったく違和感を感じさせない雰囲気作りが素晴らしい。一見するとファンタジーだが、ミステリとしても納得のいく出来となっているのもかなり好み。幽霊の儚さと、控えめな優しさが光る逸品である。
『銀杏坂』……例の幽霊絡みの事件を解決したことを買われて、木崎は刑事部長に厄介な問題を押しつけられてしまう。彼の親戚の女性が、「自分は明後日に夫を殺す。その前に逮捕して欲しい」と頼んできたと言うのだ――。
いわゆる予言もののストーリーは大まかに、『予言の結果は決して変わらない』『予言の結果は変えることができる』『予言の形を借りた人為的な計画』の三タイプがあるが、そのどれにも属さない作品。状況設定こそ奇抜だが、ちゃんとロジックでケリを付けているのは見事。
『雨月夜』……流通会社の社長が、夜道で背後から襲われた。幸い命に別状はなかったものの、頭蓋骨がへこむほどの重傷である。被害者は意識を回復した直後に、顔も姿も解らない筈の犯人の名を口にするのだが――。
容疑者のアリバイが、いかにも本書らしい根拠に基づいている作品。終盤で某姉が内に隠した心情を吐露する箇所はなかなか面白い。ただし、そこに至るまでがかなり退屈。唐突かつ不気味なラストは好みが別れるだろうが、私は結構好き。
『香爐峰の雪』……十一月も末の午後、木崎は寺院で奇妙な光景を目にする。ビー玉を自分の意志で宙に浮かせる少年と、その側で指示を出す娘。二人は手品の練習をしていると言うのだが――。
珍しく(笑)、殺人事件を取り扱った話。刑務所にいる父の帰りを待つ娘、彼女にだけ心を開く少年、二人のキャラクターを生かし、どこか物悲しい作品に仕上げている。密室物としてどうかと言われると、ちょっと引っかかるが……。
『山上記』……またも、刑事部長が持ち込んできた厄介な仕事を受ける木崎。飛行機から一人の男が消えた謎を解くはめになった彼の前に、以前会った幽霊がたびたび姿を現す――。
事件そのものは枝葉で、木崎と幽霊の接触がメイン。これまで木崎が関わってきた奇妙な事件、及び、幾度も彼の前に姿を現す幽霊についての一つの解釈が提示される。すれ違いを繰り返す二人が、ようやく接触するシーンの盛り上がりは凄まじい。非常に幻想的で、どこか寂しい、本書のトリに相応しい作品である。
なにげなーく手にとってみたのですが、かなりの当たりでした。オススメ。
ミステリを読むというより、現代風のおとぎ話を読む気持ちでお楽しみ下さい。