つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

加納伝説2.5

2006-07-12 23:50:30 | ミステリ
さて、今やウチの顔となりつつあるこの方な第589回は、

タイトル:螺旋階段のアリス
著者:加納朋子
文庫名:文春文庫

であります。

お馴染み、加納朋子の連作短編ミステリです。
表題作を含む全七編を収録。
例によって一つずつ感想を書いていきます。

『螺旋階段のアリス』……転身退職者支援制度を利用して私立探偵となった仁木順平。だが、三日過ぎても依頼人は訪れず、事務所は閑古鳥が鳴いている状態だった。その時彼は、非常口の窓越しに四つの眼がこちらを見ていることに気づく。猫を抱えて現れた美少女は、名を市村安梨沙といった――。
探偵仁木と助手の安梨沙初登場編。先に逝った夫が妻に残した貸金庫の鍵を探すミステリだが、隠し場所そのものはすぐ解ると思う。金庫の中身がいかにも、「やったな(笑)」といった感じで、読後感は良好。また、安梨沙が仁木の事務所に押しかけてきた理由もちょっとだけ明らかにされる。

『裏窓のアリス』……向かいのビルに勤める女性が持ち込んできた奇妙な依頼。それは、自分が浮気をしていないことを証明して欲しいというものだった――。
いかにも裏がありそうな、そして実際に裏がある依頼の話。何だかんだ言って、海千山千の世界を知っている仁木の一面が見られるのが面白い。ところで仁木さん、夜の事務所で安梨沙に何をしたんですか? 奥さんの目を見ながら正直に答えなさい。(笑)

『中庭のアリス』……マダム・バイオレットは言った、行方不明のサクラを探して欲しいと。ようやくやって来た探偵らしい仕事に仁木は俄然張り切るが、直後にサクラが犬であることを知り、落胆する――。
赤の女王二連発の後に、今度は白の女王の登場。都合の悪いことはなかったことになる箱庭の主人の姿に、幸せ~って何だっけ? とか考えさせられてしまうが、それもまた人生であろう。本家読んでないと意味不明だな、この解説。

『地下室のアリス』……仁木の元勤務先、その地下三階に時々電話がかかってくるという。誰もいない筈の書庫に、なぜ? 気が進まないまま、仁木は依頼を受けるが――。
これは本家アリスを読んでいると簡単に想像がついてしまうかも知れない。もっとも、ヒントをことさらに隠そうとしないのは加納ミステリの特徴ではあるが。一筋縄ではいかない地下室の番人に、困った後輩と、なかなからしいキャラクターが出てくるのが楽しい。

『最上階のアリス』……研究一筋の先輩とそれを支える賢婦人。しかし、最近妻の行動が妙だという。愛すべき友人からの依頼に、これは同情ではないかと仁木は訝るが――。
殺人事件ばかりのミステリに対する皮肉、とも取れるオープニングに拍手。奥さんの方から先輩にプロポーズしたと想像できない仁木&同級生に、鈍い連中ばかりだなと失笑。そして、隠された真相を知って……げげっ。共依存の行き着く果てを描く、結構ブラックな短編。まぁ、これも愛ではあるが。

『子供部屋のアリス』……赤ん坊を預かって欲しいと言われ、一気に不機嫌になる仁木、ノリノリで受ける安梨沙。話を聞く内に、誰かの紹介でこの依頼が来たことが判明する。紹介人の名前を聞いて、仁木は絶句した――。
仁木と安梨沙、二人の赤子に対する反応の違いが楽しめる作品。『地下室~』と同じく、本家を知っていると簡単に真相は看破できるが、その後のドラマに力を入れているので問題はない。十五年後ぐらいに、また別の物語が生まれそうな逸品である。というか……この作者なら既に書いてる可能性もありそう。

『アリスのいない部屋』……シャイでロマンティストな中年・仁木は、妻との出会いを思い返していた。優しく控えめで気弱だった彼女、だが今はインタビュアーやカメラマンの前でも自然体でいられるシナリオライターだ。彼女はあっさりと仁木の変化を見抜き、安梨沙に何かあったのではないかと問う。
本書中、最強のキャラクター三田村茉莉花様(様必須)登場の巻。仁木はもちろんのこと、安梨沙すら脇役に追いやるパワーは凄まじい。なお、作品としては安梨沙の過去がほぼ完全に明らかになり、仁木との関係にも一つの決着を見る、トリらしいものに仕上がっている。ただし、さほどのサプライズはない。

前にも言ったかも知れないけど……加納朋子ってオヤジロマン全開ですね。(笑)
安梨沙の機知と愛らしさにメロメロになる仁木は、さしずめ本家アリスに登場する白の騎士といったところか。
ただ、よくある『へっぽこ探偵と賢い美人助手』だけで終わらせず、お互いに活躍の場を与え、結構重い物も抱えさせているのはさすが。

これ! といった突き抜けた印象はないけど、破綻はないし読後感も爽やかな良質の短編集です、オススメ。
もっとも、私個人の好みから言えばもうちょっと毒と死体が……って違うか。(爆)


☆クロスレビュー!☆
この記事はSENが書いたものです。
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