伝統文化★資料室

東京成徳大学・日本伝統文化学科の学生と教員が「伝統文化資料室」から、情報発信します!

浅見光彦シリーズと八千代市立郷土博物館

2014-02-17 21:49:22 | 八千代市立郷土博物館

浅見光彦シリーズといえば、優に100冊を越える内田康夫氏の大人気シリーズですが、2011年に出た『黄泉から来た女』(通算111冊目)は、出羽三山を舞台にしています。このなかに、「八千代郷土資料館」が登場し、学芸員の「惣領さん」が重要な役割を果たすのですが(さすがの慧眼、蕨さんが「さわらび通信」で取り上げています)、なぜそんなことになったのか、というのが、このたび出た新潮文庫版のなかの、内田氏の「自作解説」によって明らかになりました。

連載が始まった二〇一〇年の夏に突然思いついて、再度、羽黒山に出かけた・・・その日、たまたま宿坊で一緒になった千葉県八千代市の学芸員・佐藤誠(せい)氏から、「講」の話を聞くことができた。羽黒山を信仰・参詣する仲間で作るいわゆる講は各地にあり、八千代市周辺にも、古くから熱心な講組織があるそうだ。その偶然のように仕入れた知識が、ストーリー上きわめて重要な部分の発想に繋(つな)がった。

やるなぁ、佐藤さん。八千代市立郷土博物館が「八千代と出羽三山~奥州参り~」企画展を実施したのは2008年7月~9月のことですから、佐藤さんの出羽行きは、その展示の取材ではなかったでしょうが、天下の内田康夫氏と宿坊で隣り合わせるとは、なんたる強運の持ち主でありましょうか。しかもそれが、八千代市立郷土博物館への取材につながり、ほぼそのまま、小説のプロットの根幹をなしているということには、文学作品の生み出される現場を覗いたようで、少しく興奮を禁じ得ません。

(・・・入口に門の代わりに、教会のベルのような鐘を六個吊るしたモニュメントが建っている・・・本文308ページ)

内田氏は続けて次のように言います。

こう書いてくると、僕の創作手法はいかに取材に裏打ちされているかがよく分かる。僕の小説を「旅情ミステリー」と命名したのはかつて「光文社」の編集長を務めていた多和田輝雄氏だが、確かに過去のどの作品についても、取材なしには生まれなかっただろうと思えるものがほとんど、今後もその傾向は続けるつもりだ。

かくて、八千代市立郷土博物館は、日本を代表する人気小説のなかに、永遠の姿をとどめたのであります。出羽三山講のこともとてもよくわかりますよ。八千代の方はぜひ一読を。


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