ささかのブログ

雑多な思考整理のためにブログを活用中。
自分が生きやすくなればいいと思うけれど、教祖になるつもりはない。

ヒエラルキーの逆転

2017-07-03 22:46:32 | 日記
私の個人的趣味ですが、普通弱いとされる人が、実は最強っていうのが好き。

おじいさんおばあさんがいざというとき役に立つとか。

小さな女性が最強とか。

トイレ掃除のおばちゃんが、実は優秀なデイトレーダーだとか。

ホームレスだと思っていたら、いつでも待機している自家用ジェット持っているとか。


でもそんなの偏見で、誰かと誰かで不足分を補って生きている。

いざ恐慌が訪れたら、普段からお金のない人のほうがうまくやれるような気がする。


どんなにお金を持っていようと、その使い方は人それぞれ。

ギャンブルに入れ込む人もいれば、慈善事業の足しにしたり。

どんなに切れ味の鋭い包丁も、一流の料理人に持たせるのと、最悪の連続殺人犯が持つのとでは、全く意味が違う。

「お金を持っているのは偉い」
という概念には常に疑問がある。
逆説的に、
「お金を持っていないから偉くない」
が成立しないから。

「世の中金だよ」
という人に聞きたい。
「私がタダで作ったモノをメンテナンスするのに、何十万円、何百万円かけるとしたら、同じように『世の中金だよ』と言えるか?」

メンテナンス込みで、私の仕事なんですよ。
その場その時、100%の出来でも、その先もそのままでいいわけではない。

私の作った子どもたちを、自分の成果としてしまった人は、その時困る。


改良できない。


よその子の面倒まで見られないから、私はかわいそうにボロボロになっていく我が子を、遠くから見ているしかない。

私はものづくりを極めたい。
ことづくりも極めたい。

今いる組織では無理だから辞める。


メンテナンスできないものづくりに明日はない。
コメント
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