落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(4)膝枕と腐れ縁

2017-04-22 19:15:43 | 現代小説
オヤジ達の白球(4)膝枕と腐れ縁


 
 祐介が、そろりそろりと後ずさりしていく。
しかし。時間をかけて布団まで戻ったところで、動きをピタリと止める。
そのまま固まってしまった祐介を、陽子が心配そうな顔でのぞき込む。


 「どうしたの。
 痛みがまた、ひどくなったのかい?」


 「そうじゃねぇ。
 食べさせてもらう態勢について、いろいろ考えた。
 横向きがいいか、あおむけがいいのかいろいろ考えたが、
 どれもピンと来ない。イマイチだ」


 「ふぅ~ん。どんな態勢ならいいのさ。あなたが満足するためには?」


 「・・・君の膝枕」


 陽子はきっと拒絶する。
絶対に断って来るだろうと、祐介は最初からあきらめていた。
だが意外な答えが返って来た。

 「膝枕ねぇ・・・悪くないわね。いいわ、膝枕くらいなら。
 お安い御用です」

 陽子がそろりと腰をおろす。
祐介の顔の下へ、ゆっくり足を滑り込ませる。


 「ほら。顔を乗せて。ゆっくり動いてよ。
 あわてて動くと腰に痛みが走って、また、ひどいことになるからね」

 「最高だな、おまえの膝は。
 お礼に君へ最大限の感謝をこめてキスなんか、贈りたいな」

 「いらないわ。半病人のキスなんか。
 でも保留にしておくわ。
 あんたが回復して、もっと元気になったとき、もらうかもしれません。
 うふっ」


 「えっ!・・・」


 「真顔にならないで。冗談に決まっているでしょ。
 敵に塩を食わせにやって来た女の言うことを、いちいち真に受けないで。
 熱いからね。やけどしないで頂戴」

 陽子の膝は心地がいい。
すらりと伸びた指が、食べごろのおかゆを祐介の口元へ運んでくる。
悪女のわりに、陽子の料理は旨い。


 おかゆはお米から炊くのが基本。
ご飯で炊いたものは「入れがゆ」と言う。白米から炊くものが「炊きがゆ」。
弱火で時間をかけて炊き上げると、米の旨みがそのままおかゆになる。

 久しぶりの食事を済ませ、胃袋が満たされた祐介が布団の上で腰を伸ばす。
腰を伸ばすこと自体が、久しぶりだ。
凝り固まっていた腰周辺の筋肉が、ごりごりと音を立てて動いていく。


  「大丈夫、祐介?。
 いきなりそんな態勢をとって。痛みが再発してもしらないよ」


 お茶を飲んでいる陽子が、祐介へ牽制球を投げる。


 「大丈夫さ。君のおかげだ。
 飯を食ったらがぜん、元気がみなぎってきた。
 まる3日間。食うものも食わず、喉が渇くと水だけ呑んで我慢してきた。
 食いたいのは山々だが、飯を食うとトイレへ行くのが大変だ。
 持つべきものはやはり、君のように優しい、幼馴染みだな」
 
 「惚れた弱みだもの、仕方がないじゃないか。
 あんたとわたしは、どこまで行っても交わらない2本のレールみたいなものだ。
 あれから30年。世間ではこういうのを、腐れ縁と言うんだろうな」


 「腐れ縁?」

 「あっ。気にしないでおくれ。いまのは言葉の綾さ。
 さらっと聞き流しておくれ。
 純情可憐で何も知らなかった、あの頃の初心(うぶ)な私が、懐かしいねぇ。
 あの頃のわたしは、いったいどこへ消えちゃたんだろう・・・」

 「昔のままとは言わないが、いまでも充分に綺麗だぜ、お前さんは。
 50歳になったばかりだ。
 それだけの美貌があれば、そのへんに転がっている男のひとりやふたり、
 簡単に手玉にとれるだろう」


(5)へつづく

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