落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (9)

2016-12-10 17:49:21 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (9)
 (9)芸者とはなんぞや・・・・




 芸者とはなんぞや・・・
まず小学校を出る。それから置屋と年季契約をする。
あとは、ひたすら、芸を磨く精進の日々。
清元や常磐津、義太夫などの三味線を弾き、唄いと舞の稽古に励み、
15歳で雛妓になる。
雛妓(すうぎ)は半人前の時代を指し、『半玉』とも呼ばれる。



 ここから頑張って7年間働く。
さらに1年間のお礼奉公を加えて、都合まる8年。
すべてが経過したところで、ようやく独り立ちが認められる。
「自前」の芸者として1本立ちし、置屋から独立した生活に入る。


 今風のキャバ嬢やコンパニオンのように、衣装とヘアを整えた瞬間から
仕事ができるという、安易な商売では決してない。
とまぁここまでは、戦前までの花柳界のお話。


 終戦後。未成年に関係する条例がすべて改正されて、『お茶屋』が
『料亭』と改名され、年齢制限が厳しくなる。
満18歳からでないと、お座敷に出られない事態になる。
『18歳の振袖など、見ていて気持ち悪い』という声が、あちこちでいっせいにあがる。
だが条例には逆らえない。
いずこの花柳界でも、雛妓(すうぎ)の対応に四苦八苦することになる。

 
 女性が着るきものの袖には、意味が有る。
その昔。万葉の若い女性たちは、袖を振り、男性を誘ったと言われている。
当然のことながら、結婚してしまえば袖を振る必要がなくなる。
ゆえに女性は、結婚した瞬間から袖を留める。
袖の短い、留袖などを着ることになる。



 元禄時代の記録によれば、若い男女はともに振袖を着ていたと記されている。
振袖は通常、男子は17歳の春。女子は結婚の有無にかかわらず19歳の秋、
袖を短くするとともに脇をふさいだ。
その後、振袖は女性の衣装として発展した。
関所を通る際。未婚女性は、振袖を着用していないと通過できないほどだった。
着用していないと、年齢や身分をごまかしていると因縁をつけられた。
未婚女性といえば、振袖を着用するものという認識が広まっていたからだ。
ゆえに関所の近くにはたいてい、貸し振袖屋があったという・・・



 ひと目惚れという病気は、ある日、突然やってくる。
白い子猫をひと目見たあの瞬間から、たまは、熱病のような片思いを味わっている。
だが。白い子猫は、あの日以来いちども姿を見せない。
声を掛けたくて仕方ない。しかし、姿を見せないのではそれも叶わない。



 もやもやしたままのたまが、座布団の上で横になる。
清子が愛用している座布団だ。
15歳の少女特有の匂いが、なぜかたまを安心させる。
ごろんと横に伸びたたまが、そのまま、気持ちの良い眠りの中へ落ちていく。
夢の中に、愛する白い子猫が出てきた。
(おっ。願いが叶ったかな。いとしい白猫ちゃんの登場だ!)


 こちらをチラリと見た白猫が、次の瞬間、フンと背中を向ける。
そのままスタスタと歩き去っていく。
(あ・・・行くなよ!。やっと夢の中で会えたというのに!)



 ブツブツつぶやいているたまの頭上から
『なに寝ぼけてんのさ、あんた』と白い小猫の声が舞いおりてくる。
『え?』寝ぼけ眼(まなこ)のたまの顏を、白い子猫が覗き込む。


 『あたしの名前は、ミイシャ。
 あの子の遊び相手として、やってきたの。
 誘われていたのはわかっていたけど、あの子が眠るまでそばを離れるわけには
 いかないの』


 『おいらの名前は、たま。
 ご主人は、現役芸妓の春奴お母さんさ。あれ・・・・
 君はいつのまに、ここへやって来たの?』



 『下の道でニャあと鳴いて、おねだりしたの。あなたの2番目のご主人様にね。
 そしたら私を抱っこして、この2階まで連れてきてくれたわ。
 あなたの2番目のご主人は、絵巻行列で、未通女(おぼこ)だけに許された、
 巫女の大役を務めるそうです。
 本人は、とことん疲れきっています。
 良い気持ちで、さきほどから、そこで寝ております・・・・うふふ』



 なるほど。
たまが振り返るとそこに、白衣に緋袴の巫女衣装の清子が、
巫女鈴を握りしめたまま、大の字に転がっている。
よほどて疲れ果てたのか、白衣の襟から鮮やかな赤い掛襟をのぞかせたまま、
喉をゆるやかに上下させて、クウクウと眠りこけている。



 『ありゃあ・・・
 よりによって舞いを一番苦手にしている清子が、巫女に扮して、
 神楽舞を担当するのかよ・・・・
 誰が考えても無茶だろう。
 不器用すぎる清子が稽古に疲れ果てて、爆睡に落ちるのも当たり前だ。
 見る目がないなぁ、祭りの役員連中も。
 見た目だけで配役を決めるからこんなことになるんだ。
 平家祭りの責任者たちは、どいつもこいつも、真実を見抜く目がないなぁ、
 まったくもって』

(10)へ、つづく


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