忠治が愛した4人の女 (46)
第三章 ふたたびの旅 ⑭
「忠治。おめえ、誰かに命を狙われているのか?」
開口一番。煙草を吸っていた紋次が、ジロリと忠治を睨む。
いつも以上に紋次親分の眼光が鋭い。
嘘は言うな。すべてのことはお見通しだ、と言わんばかりの怖い目をしている。
気後れを覚えた忠治が、何と応えてよいのかしばしの間、戸惑って目をキョロキョロしている。
ふたたび紋次と目が合った瞬間。意に反して、おもわず忠治が下を向いてしまう。
質問に答える声がおのずと、小さくなる。
「へぇ・・・実は、厄介な話を聞いておりやす。
久宮一家に、俺が殺っちまった男の兄弟分が来ているとか、風の噂で聞きやした」
「なるほど、そうかい。やっぱりな。
昨日のことだが、伊三郎の子分たちが、おめえのことを探していた。
賭場へ顔を出さなかったのは、幸いだ。
おめえが俺の客人として、ここにいることは、まだ誰も知られていねぇ。
悪いが忠治。このままワラジを履いて旅へ出てくれ」
「えっ、また隠れるんですか!」忠治が、驚いて顔をあげる。
「そうだ」紋次が渋い顔をみせたまま、煙草の煙をボウッと吐きあげる。
「し・・・しかし。
久宮一家とはもう、すっかり話は着いているはずですが?」
「おう。たしかに久宮一家とは話がついた。
だがよ。殺された男の兄弟分が、仇を討つと言い出したら話はまた別になる。
おめえが俺の客人としてここに居ることが分かったら、久宮一家が乗り出してくる。
そいつの助っ人と称して、俺に果たし状を送って来るだろう」
「面白れぇや。受けて立とうじゃねぇですか。親分!」
文蔵が、嬉しそうに身体を乗り出す。
この男は、喧嘩が3度の飯より大好きだ。
幼いころ。家が貧しかったため、剣術を習う余裕はなかった。
しかし独学で五寸クギを手裏剣のように磨き上げ、投げる練習に明け暮れた。
いまも文蔵の懐に自慢の、手裏剣が隠れている。
「馬鹿やろう。兆発に乗るんじゃねぇ。そんなことをしたら相手の思う壺だ。
いいか。久宮一家と伊三郎の島村一家は、つながっているんだぞ」
「へっ?、親分同士が、兄弟分なんですか?」忠治が疑問を口にする。
「そうじゃねぇ。
久宮の先代の親分と、木崎の親分が兄弟分だ。
その木崎の親分と島村の伊三郎は、ふるくからの兄弟分だ。
つまり。久宮一家と島村一家は、間に木崎の親分をはさんで、いもずる式に
つながっているんだ」
「それじゃ久宮一家とウチがもめたら、仲裁役として木崎の親分や
2足のワラジを履いている島村の伊三郎が、出しゃばってくるということですかい!」
文蔵が、横から口を出す。
「その通りだ。おめえにしちゃ、上出来な理解だ。
仲裁に入れば謝礼として、縄張りの一部をよこせと伊三郎は横槍を入れるだろう。
伊三郎の狙いは、境に食い込むことだ。
わかったか、文蔵。
島村のシマで、若いもんをゆすって銭をまきあげていると、そのうち、
島村の伊三郎から付け込まれることになる。
この際だ。文蔵、おまえも忠治と一緒に、ほとぼりを冷ます旅へ出ろ」
「えっ!」いきなり矛先(ほこさき)が、文蔵に向いてきた。
忠治と一緒におめえも旅に出ろと、紋次がはっきり命令した。
「おめえは頭に血がのぼると、見境なく喧嘩を仕出かす。
危なっかしくて仕方がねぇ。
いつも火種をかかえているようなもんだ。
そうでなくても伊三郎は境のシマが欲しくて、あの手この手で難癖をつけてくる。
ちょうどいい機会だ。
忠治と一緒にしばらく、修行の旅に出て来い。
嫌とはいわせねぇぞ、文蔵」
紋次が煙管(きせる)の雁首(がんくび)で、長火鉢の縁(ふち)をガツンと叩く。
「わかったな」プイと立ち上がり、そのまま紋次が部屋から出ていく。
これですべてが決定したことになる。
休む間もなく忠治と文蔵は、すぐさま旅の支度にとりかかる。
(47)へつづく
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