落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (46)       第三章 ふたたびの旅 ⑭

2016-09-14 09:19:34 | 時代小説

忠治が愛した4人の女 (46)
      第三章 ふたたびの旅 ⑭




 「忠治。おめえ、誰かに命を狙われているのか?」


 開口一番。煙草を吸っていた紋次が、ジロリと忠治を睨む。
いつも以上に紋次親分の眼光が鋭い。
嘘は言うな。すべてのことはお見通しだ、と言わんばかりの怖い目をしている。
気後れを覚えた忠治が、何と応えてよいのかしばしの間、戸惑って目をキョロキョロしている。
ふたたび紋次と目が合った瞬間。意に反して、おもわず忠治が下を向いてしまう。
質問に答える声がおのずと、小さくなる。



 「へぇ・・・実は、厄介な話を聞いておりやす。
 久宮一家に、俺が殺っちまった男の兄弟分が来ているとか、風の噂で聞きやした」


 「なるほど、そうかい。やっぱりな。
 昨日のことだが、伊三郎の子分たちが、おめえのことを探していた。
 賭場へ顔を出さなかったのは、幸いだ。
 おめえが俺の客人として、ここにいることは、まだ誰も知られていねぇ。
 悪いが忠治。このままワラジを履いて旅へ出てくれ」



 「えっ、また隠れるんですか!」忠治が、驚いて顔をあげる。
「そうだ」紋次が渋い顔をみせたまま、煙草の煙をボウッと吐きあげる。



 「し・・・しかし。
 久宮一家とはもう、すっかり話は着いているはずですが?」


 「おう。たしかに久宮一家とは話がついた。
 だがよ。殺された男の兄弟分が、仇を討つと言い出したら話はまた別になる。
 おめえが俺の客人としてここに居ることが分かったら、久宮一家が乗り出してくる。
 そいつの助っ人と称して、俺に果たし状を送って来るだろう」



 「面白れぇや。受けて立とうじゃねぇですか。親分!」
文蔵が、嬉しそうに身体を乗り出す。
この男は、喧嘩が3度の飯より大好きだ。
幼いころ。家が貧しかったため、剣術を習う余裕はなかった。
しかし独学で五寸クギを手裏剣のように磨き上げ、投げる練習に明け暮れた。
いまも文蔵の懐に自慢の、手裏剣が隠れている。



 「馬鹿やろう。兆発に乗るんじゃねぇ。そんなことをしたら相手の思う壺だ。
 いいか。久宮一家と伊三郎の島村一家は、つながっているんだぞ」


 「へっ?、親分同士が、兄弟分なんですか?」忠治が疑問を口にする。



 「そうじゃねぇ。
 久宮の先代の親分と、木崎の親分が兄弟分だ。
 その木崎の親分と島村の伊三郎は、ふるくからの兄弟分だ。
 つまり。久宮一家と島村一家は、間に木崎の親分をはさんで、いもずる式に
 つながっているんだ」



 「それじゃ久宮一家とウチがもめたら、仲裁役として木崎の親分や
 2足のワラジを履いている島村の伊三郎が、出しゃばってくるということですかい!」



 文蔵が、横から口を出す。


 「その通りだ。おめえにしちゃ、上出来な理解だ。
 仲裁に入れば謝礼として、縄張りの一部をよこせと伊三郎は横槍を入れるだろう。
 伊三郎の狙いは、境に食い込むことだ。
 わかったか、文蔵。
 島村のシマで、若いもんをゆすって銭をまきあげていると、そのうち、
 島村の伊三郎から付け込まれることになる。
 この際だ。文蔵、おまえも忠治と一緒に、ほとぼりを冷ます旅へ出ろ」


 
 「えっ!」いきなり矛先(ほこさき)が、文蔵に向いてきた。
忠治と一緒におめえも旅に出ろと、紋次がはっきり命令した。



 「おめえは頭に血がのぼると、見境なく喧嘩を仕出かす。
 危なっかしくて仕方がねぇ。
 いつも火種をかかえているようなもんだ。
 そうでなくても伊三郎は境のシマが欲しくて、あの手この手で難癖をつけてくる。
 ちょうどいい機会だ。
 忠治と一緒にしばらく、修行の旅に出て来い。
 嫌とはいわせねぇぞ、文蔵」



 紋次が煙管(きせる)の雁首(がんくび)で、長火鉢の縁(ふち)をガツンと叩く。
「わかったな」プイと立ち上がり、そのまま紋次が部屋から出ていく。
これですべてが決定したことになる。
休む間もなく忠治と文蔵は、すぐさま旅の支度にとりかかる。

 
(47)へつづく


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