「何か1つ」を見つける毎日(⌒‐⌒)

自然と神様と猫と木と音楽、、それからそれから、、( - ө - )

以仁王が立ち上がる 鎌倉時代の少し前

2023-12-01 23:55:11 | 🇯🇵知れば知るほど、、日本の歴史🗾
後白河法皇が、2度目の幽閉をされてしまって、天皇には清盛の孫が安徳天皇として即位しております。もう誰も清盛を止められません。、、しかし、当然のことながらこの状況に歯ぎしりをしてる人は多く「いつか清盛を🤬!」と思っていたのです。その事を知ってか知らずか、清盛の横暴ぶりには拍車がかかる一方でした。多分知ってはいても、その時の清盛にはそれを止めてくれる人が周りにいなかったのでしょう。やはりこの頃の清盛は少し異常と言えるほど「平が、平らが...!」とすべてを平に染めようと必死になり過ぎだった感があります。実際法皇の下で仕えていた太政大臣、検非違使、関白などをみな罷免し、平一門で固めたのです。こんなことが通るわけがありません。幽閉された後白河法皇をしきりに気の毒がる人もいました。当然反感も強まります。
そして、ここで、一人の皇族が立ち上がります。彼こそが「以仁王(もちひとおう)」です。


彼は、れっきとした後白河法皇の子供であり、学もあり人望もあるかたでした。次期天皇の可能性もあった人でしたが、清盛の妻の妹、である平滋子に阻まれ(ことごとく平に阻まれる(-_-;))結局天皇の座は平の子、孫、である高倉天皇及び安徳天皇に奪われます。( ・ั﹏・ั)これでは以仁王も報われません。この状況に「平を討ちましょうや💪」と以仁王に進言したのは平の宿敵である源氏、頼政でした。このまま平に好き放題させておくわけにはいかない、と皆も感じていました。「よし!平氏を、討伐せよ😡」以仁王が令旨を発します。この命令はまたたく間に全国の武士たちに知れわたりました。「やるぞ!過去にやられた仕返しだ!」と人一倍燃えたのが源氏です。源氏にとっては再起をかけた戦いが始まろうとしていたのです。、、がー、、。令旨を発した以仁王は、挙兵の計画が平に漏れ、彼は臣籍降下となり、終いには皇族ですらなくなってしまいます。(あんまりじゃないかい😭。)そして結局奈良の寺社に逃れる途中の、宇治で平と交戦となり、戦死してしまいます。亡くなってはしまいますが、この、以仁王の令旨をきっかけに源氏🆚平が再び激しい戦いを始め、歴史が大きな転換点を迎えるのですから、以仁王の行ったことは大きな意義がありますね。以仁王という名前も、何だかかっこいいですね。