スキヤキ2016――前夜


 美しい!

 狂熱の三日間の開幕を明日に控えた、ヘリオスの雄姿。

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そもそも


 なんで昔のロックのスターたち――嗚呼、若くしてみまかりしロックの英雄たちよ――のことなんか思いだしたかと考えたら。

 このお二人の活動50周年、40周年記念出版物を続けて読んだからですね。

 山上たつひこといしいひさいち、両氏。


 この話をし出したら長いので、それはまたいつかにしておきます。(ひとつだけ言っておきたいことは「わたしは『光る風』は認めんぞ!」ということです)。


 だって、明日からスキヤキだもん。今の音楽を聴いて、前を向いて進まなくては。


 さあ、スキヤキだ!!!

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リーズ大学(1―100位)


 キース・ムーンの魂が安らかに憩わんことを。
 ロックはその最上のドラマー二人――ボンゾとムーン――を夭折させてしまっているんですね。罪深いことです。彼らの死は、戦死です。

 『ジョンの魂』――原題は John Lennon, Plastic Ono Bandですね――も Led Zeppelin ファーストも、長い間音自体は聞かなかったアルバムですが――ということを言うのは鼻歌では実に頻繁にジョンもツェッペリンも出てくるからですが――こいつは音自体をずっと聞きつづけてます。車に乗るようになってから、これとParis, Texasはカセットに入れて聞いてました。『パリ、テキサス』は長い間きいてなかった期間があったけど、こっちの方はずっとずっとわたしのそばにあり続けてます。
 写真は『25周年エディション』で、曲数もオリジナルの倍に増えているのですが、やっぱりわたしはダルトリーが歌の出を間違えかけているところが入っている、またテープの逆回しみたいな音をライブ音源に挟み込んである元の奴の方がいいです。

 The Who. Live at Leeds.

Oh, well, a young man ain't got nothin' in the world どんどんどんどん

というのから始まって、緊張にいささかの間断もなく、最後まで突っ走りますからね。

いま見返してみると、See me, feel meの歌詞って・・・団塊そのものというより、まるで団塊を後ろから見つめる世代の述懐のようです。

Listening to you, I get the music
Gazing at you, I get the heat
Following you, I climb the mountain
I get excitement at your feet

Right behind you, I see the millions
On you, I see the glory
From you, I get opinions
From you, I get the story

 リオオリンピックが終わった今はじめて知ったのですが、ロンドンオリンピックのクロージングセレモニーでフーが出てきてMy Generationとこれ――ということは、たぶんLive at Leedsに近い形のメドレー形式――を演奏したんですね。これは「イギリス」にとっても代表的な楽曲なんでしょう。

 1970年2月14日に演奏された音が、信じられないほど良好な録音で――誰だったか「これはロックの神のおかげに違いない」とか言ってました――その後何十年にもわたってひとの心を、とくにわたしの心を魅了するなんて、なんていうんでしょう、不思議なものではないですか。

 2016年に日本の大学の先生などやっていると、リーズ大学(大学ランキングといういかにもグローバル時代的なもので言うと世界100位以内に入るのだそうですが)の学生たちってどういう人たちだったか、フーの連中にとって彼ら学生はどういうものだったか、というのがなんだか気になります。社会階層的に、とか・・・
 それはわたしの心が堕落したからではなくて、単に音をよりよく聞くための試みを続けているだけだ、と思いますよ。




 このへんで音楽はやめときましょう。さもないと、昔のわたしの音楽の「バイブル」を続けてあげていくと

 ジミ・へ・・・あわわ
 ジャニス・ジョップ・・・あわわわ

 ええともっと時代を下げてと・・・

 カート・コバ、じゃなかったカート・コベ・・・あわわわわ

 非業の死を遂げたやつばかりになっちゃいますので。生き残ってるのはジェイムズ・チャンスくらいか。


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つぇっぺりんで、「ぺ」にアクセント


 あえてジャケ裏を載せてみました。こうやってこの若い四人(プラントなんか、まだハタチだ!)にがっと来られると、こっちは引いてしまいますね。

 これはCDとして数年前から持ってます(と思ったんですがリマスター版が出たのは2014年のようで、それなら2年くらいだな)。別によく聞くわけではなかったので、今回気合いをいれて真剣に聞いてみました。

 このエントリーとその続きでツェッペリン(ゼッぺリンじゃありません。ましてやゼップではない。つぇっぺりんで「ぺ」にアクセントをおくのが団塊的かと思いますが、思い違いかもしれません。とにかくそれはわたしはやらない)のことはずいぶん書いてますね。結局このバンドのベストはYou shook me だという評価は、わたし的には変わりません。

 でも、よく聞いてみると、この1stアルバム、構成が実に緊密だと思いました。曲の繋ぎがうまいんです。
 たとえばBlack Mountain Sideなんて70年代初頭に最初聞いたときはただの繋ぎの曲と思っていたのに、よく聞いたらこれは実にいい曲です。それにこれを聞かせておいて、次の曲を予感させるようにザッと終わるから、次のCommunication Breakdownが映えるんですね。
 ご存知の通りこの曲では一瞬音をストップさせるところがありますが、あれがあるから次に出てくるペイジのなんてことないフレーズが生きる。これも繋ぎの妙ですか。
 彼らがシングルをほとんど出さなかったのが理解できます。

 それから思ったのは、プラントって端的に歌手として「うまい」ということです。最初聞いたころはシャウト唱法とかロックの美神とかの言葉に気を取られて彼の「歌」が聞けてなかったかもしれません。

 I'm gonna leave youが盗作かどうかなんて、今となっては、聞いている方にとってはどうでもいい話。ハレドも Didi の件ではもう少しうまく立ち回ればよかったのに。ペイジは、うまく逃げたと思います。

 ペイジは、両親の写真は絶対出さないな。
 フレディ・マーキュリーは彼のパルシー=ザンジバルの出自を語るのは「ロック的でない」と思っていたみたいですね・・・

 うん、そこを明るみに出すことから「世界音楽」は始まるのでしょう。

 で、団塊のひとには「世界音楽」はたぶん無理、ということか・・・


 今気付いたんですが、ボンゾことジョン・ボーナムが死んで(彼の死は一種の戦死だと思います)ツェッペリンが解散を発表したのは1980年12月4日、ジョン・レノンの死の直前なんですね。
 そんな記憶が全然なかったのが不思議です・・・

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団塊が、うざい。けど?


 おそらく団塊世代のはた迷惑な思い入れが、時代を毒しているんでしょう。

 ああ、うざい! うざい!




 だから、というわけではないんですが、わたしがこれまで一度も買ったこと、「もった」ことがなかった『ジョンの魂』をアマゾンで中古で買いました。もちろんCDで。
 なんで買ったことがなかったかというと、これの出たころはもう、そのへんでこのアルバムの曲がかかりまくっていたので買う必要を感じる暇がなかったから、でしょうね。
 「所有」ということの意味。音楽において「もつ」とはどういうことか・・・
 さてこのアルバムのことを『じょんたま』って言ったらわたしの奥さん(このひとはかなり若い。このアルバムが出たとき(1970年)まだ生まれてない。当たり前だ。46年も前だ)が「ダサイよー!」って笑うんですな。当時はこういう言い方する人多かったんだけど・・・ それがすでに団塊的ということなのか・・・

 じゃ、なぜ今これを買ったのか、というと、うーん、わたしも年をとったからか? 月並みだな。
 たしかに、この次にジャニスの『パール』買おうかと思ってるくらいだから、そうかもしれない。これも、「もった」ことがない・・・
 でもまあその、なんか聞きたくなった、というか、なにかを確かめたい気がしたんです。
 ――何を確かめたいの?

 それは、確かまってみないと分からない。←こんな日本語ない。けど作りたい。

 さて。

 あの熱に浮かされたような時代の大波が去って幾多の年月が過ぎ--ô saisons ! ô châteaux !-- 静かにたゆたう水の中に置いてみたら。

 いちばんいい、かなと思ったのは I found out ですな。だってジョンはロッカーだもん。
 ハレドだって、ライらしいライを歌っているときがいちばん輝くんだから。

  Mother は、異様な曲だわ。出た当時はそんな印象、わたしはまるで持ってなかったのに。でも、たしかに曲がフェイドアウトしていく中から聞こえるジョンの絶叫は、今きいても鳥肌がたつ。

  Love は、他のひとに歌われ過ぎたか。Look at me は、いまも可愛い。手垢がついてない。

  God は、「信じない」ものを総入れ替えしないとだめか。総入れ替えしてもだめか。Gott ist tot だし、並べるものがないか。



 ・・・長い間、わたしはよく週刊誌を読んだものでした。いまはオヤジしか読まないような週刊誌。どれだったかに黒鉄ヒロシ氏が連載をしていて、わたしは毎回読んでいました。あるとき、というのは今考えたら1980年の11月ころということになりますが、なんか彼が予感めいたことを書いていたのが目にとまりました。何を書いていたのかはまるで覚えていないのですが、彼がなにか妙な感じを覚えたのだろうという感じは確実にわたしに伝わりました。黒鉄ヒロシというひとは非常に麻雀が強いのを知っていたので、このひとの「カン」は信じられると思いました。たぶん、その年、1980年が終わる前にだれかが死ぬのだろうと思いました。
 ジョン・レノン射殺を知ったとき、ジョンだったか、と思いました。
 週刊誌の次の号で黒鉄氏は冒頭に「ジョン・レノンが死んでしまった」と書いていました。
 A day in the life.



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粕谷の予定三つ(8月、9月、10月)


○8月27日12時~13時半、於富山県南砺市「ヘリオス」。スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドサハラ・ハルガン・ワークショップ司会です。みなさん来てくださいね! (内容のお問い合わせは粕谷まで)

○9月25日12時~15時、於東京・原宿「ぼのぼ」。シェブ=ハスニ没後22周年記念日本=アルジェリア友好100% ALGERIAN RAI MUSIC PARTY。みなさん来てくださいね! (お問い合わせは粕谷まで)

○10月15日、16日、於金沢大学角間キャンパス。日本フランス語教育学会秋季大会「金沢2016」。柳原孝敦先生の講演があります。みなさん来てくださいね!
(フランス語教育の学会なのになんでラテンアメリカ文学専門家の柳原さんが? という方は、粕谷までお問い合わせください。(^o^)  )

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伝達権


 唐突ですみませんが、「著作権」がどんどんやかましくなっていく一方なら、バランスをとるためにどうあっても「伝達権」droit de diffusion みたいなものを設定しないと世界平和に向かう力が衰弱してしまうと思う、と申し上げておきたく思います。

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オリンピック


 今回もシドニーのときと同じで、全部みたのは女子マラソンだけでしたが、このレースもそんなにドラマチックという展開ではなかったですね。

 リオ五輪。わたし的には:

○ベルニャエフ選手はソ連があった時代の不健全さを脱して体操界は真っ当になったのだ、ということを内村選手を弁護することによってアピールしたかったのだろうな、ということ

○ボルト選手は偉かったということ

○日本の若い世代は、団塊が思うよりずっと世界に伍する力を持っているということ(とくに男子400メートルリレーはほんとによくやりました)

を示してくれたかなと思います。

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豊田泰光さん追悼


 豊田泰光氏が、8月14日にお亡くなりになりました。

 なんかいい話、面白い話、ためになる話をいろいろ語って下さいました。面白い話があとからあとから出てくるものだから、「豊田さん、それってほんとーですか?」と言いたいこともときどきありましたけど・・・

 とにかく「巨人」と関係ないキャリアで、評論家引退まで存在感をずっと持ち続けられたのがすごいと思います。

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日本語のたたずまい


このエントリーより)

日本人というのは、結局、かなり「重厚」なひとたちなのでしょう。結局、日本語のたたずまいがそうさせているように思います。


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