ファド


Pardon, Monsieur Ishii.
 On va écouter du fado portugais demain au campus universitaire de Kakuma.


 明日、金沢大学でファドについて講演があります。講師はポルトガル・ミーニョ大学テイシェイラ教授です。
 Prof.Joseph Teixeira, Fado, the music, the concept and the culture (in Portuguese, with interpretation)
人社第一講義棟、302講義室、14:45-16:45

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モハメド・アリ! トランプ! いしいひさいち!


 モハメド・アリがこの時期に亡くなってイスラム教式のお葬式をあげさせたのは、トランプ候補に何か言わせたいためだったのかな? 最後まで大向こうをうならせる仕掛けを忘れないひとだったな。トランプ候補はそれに何か答えたのかな?
 あと二日で七十才になるトランプ候補を、いしいひさいちはどっかで描いてないかな。もうそこまでのお仕事は残念ながらされないんでしょうか・・・

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これって「現代社会」の基本的マチスムへの拒否反応では?


このエントリーに続きます)

 それはともかく、こういうのって、いわゆる主流の西洋的社会において、基本的に男性からの性的な視線でしか女性が評価されないことへの本能的拒否反応が底流にないですかね?

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"Batdance !!!"


 (このエントリーも見てください)

Prince, Batman, Soundtrack版

 これ、やっぱり素晴らしい出来です。

 これが発売されたとき、「口を開けて欠けた金歯を見せるなんて、変なジャケットだな」と思ったことを思い出します。(汗)

 音の方は、テレビで映画の紹介とともに一部が聞けて「これはプリンスの最高の作かも」と思った記憶があります。

 でも、買わなかった。こういうものまで買い出してはきりがなくなる、と思ったからで。
 人生、なにか捨てないといけないですから。

 年をとって、もう先も短いし、いまはamazonで中古を安く買える時代でもあるので、買って聴いてみました。

 アルバム最後の曲、"Batdance"で "batdance !!!"という歌詞が歌われるのは一か所だけなのですが、これがしびれる! しなやかなバットマンの体が優雅に、そして無意味に踊る。ゴッサムシティの夜に。
 プリンスとぴったり。

 でも、60年代以降のポップの歴史全体を見渡してみるなら――そういうことをやって意味のある時代になったと思います――、やっぱりわたしはThe Who の Live at Leeds を取りますね。
 あれは四人とも、ちゃんと人間が音を出していましたから。

 この前のエントリーで、わざわざ新聞を切り抜いたものを写真に入れたのは、そこに「切り抜く作業」が感じられ、したがってそこに「人間が居る」から、のつもりです。
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うん、ちょっとね


 Jeune Afrique2016年6月5-11日号に西洋の衣料ブランドがイスラム教徒向けファッション市場に興味を持っている、という記事を載せていましたが、今日(6月11日)の日経一面に「イスラム女性のファッションリーダー デザイナー ハナ・タジマ・シンプソン」という記事が載りました。
 この方はJeune Afriqueの記事にも載っています。
 Jeune Afiqueの方は彼女の「作品」のカラー写真は載っていますが(四つある写真の右上のものです)彼女自身の写真はありません。日経は彼女(日英混血の方でイスラム教徒になられたのは18歳だそうです)の白黒の写真はありますが作品は後ろにひとつ見えるだけです。

 イスラム教が肯定的なイメージでとらえられるのは喜ばしいことではありますが、日経5面の関連記事で「『ムスリム向け』眠る商機」とか言われると、ちょっとひっかかります。

 うん、ちょっとね。


 
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えらいぞジダン!


 レアル・マドリード、チャンピオンズ・リーグ優勝!
 ジダン、きみはアルジェリアの星だ!

http://www.soccer-king.jp/news/world/cl/20160529/448825.html

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金沢大学生協に登場


 どうあってもこのお菓子を食べろ、と言うのじゃな?

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フェミニスムとポストコロニアリスム


 フェミニズムとポルトコロニアリズムはおそらく、この意味での「政治」に気をとられて「文学」を忘れてしまっている、ということなのだろう。

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政治


 スタンダールが言っている「政治」:

 La politique au milieu des intérêts d'imagination, c'est un coup de pistolet au milieu d'un concert. Ce bruit est déchirant sans être énergique. Il ne s'accorde avec le son d'aucun instrument.

と言ったときの「政治」は、金銭オンリー=自己目的化した利害に関係するもののことだ。『赤と黒』でスタンダールが、他ならぬワーテルローの関わるこの箇所でこの警句を放っているのはそれが、金銭に関しては、一番大きな「おはなし」にかかわることだからだ。
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移民


 「現代ヨーロッパ社会論」のために。

 世界の有為の若者の自己実現は手助けしなければならない。ならば経済先進国が発展途上国の「優秀な留学生」を移民として受け入れてその能力を生かせる場を提供するというのは、正しい。だがそれだけだと発展途上国は有為の人材を失い続けいつまで経っても途上国のままとなる。

 先進国で成功し、故国に多大な援助をするという例はたくさんある。しかし、それは経済的成功者の「リア充」自慢ということになって、逆境の中でなんらかの精神論をよすがにしないと生きていられない地元のひとたちの反発を招いてしまい、うまく機能しない。

 先進国と途上国の格差は固定されたまま、歴史の終わりまでいくのか。

 それでは人間はあまりに愚か、ということになろう。天の意に沿わぬ、と言ってもいい。

 世界の「だいたいの」平等(完全な平準化など、目指すものではない)がなりたった状況から「逆算して」考えてみてはどうだろうか。
 少なくともそうすれば、目の前のひとにへいこらすることもないし上から目線になることもないだろう。自然体でいられるだろう。


 それにしてもすべてを金銭が支配していることが問題だ。スタンダールが二十一世紀に再来したなら:

 La brève campagne de Waterloo leur a coûté, à elle seule, un milliard de francs. Pikéty

 とでも書くだろう。"leur"ってもちろんイギリスの上流階級、la noble Angleterre のことだ・・・
 ロンドンのシティは二十一世紀にもまだ崩壊していないから、『赤と黒』はまぎれもなく現代小説である。

 金銭は、金銭を究極まで追求することで克服するか、あるいはバランスをとる原理を対置することを考えるか。それともそれは同じことなのか。






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