日本語のたたずまい


このエントリーより)

日本人というのは、結局、かなり「重厚」なひとたちなのでしょう。結局、日本語のたたずまいがそうさせているように思います。


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ファド講義


 テイシェイラ教授のファド講義(2016年6月29日、於金沢大学角間キャンパス)。
 ポルトガルの知識人から聞くファド解説、これはとても実りがありました。

 Fado運命は欲より強い。神がそれを歌うひとを決める。神に呼ばれて歌っている。歌い手には責任がある。

 ★Fadoは、自分をテーマにもつ。O fado continua a ser tema do proprio fado. (ええい、ポルトガル語のアクセント記号がうまくでないな・・・なぜだ?・・・)

 悲しいと歌う。喜びに泣く。Sadness as the typical feeling of Portuguese.
O gente da minha terra...

 矛盾があるが、説明はない。
 O "fado alegre" e uma ironia com que se comate o softimento e tristeza.
苦しみと悲しみを歌うアイロニックな方法。

 Fadoは生をイミテートする。それは悲しくもあり楽しくもある。生はfado。神がfadoを作った。人生の目的はfadoを歌うこと。

 Fadoの不思議。苦しみを歌うのに、それがaddictionに。カトリック的にはそれは罪であるが、神はそれを許すべきなのだ。なぜならそれはわたしの意思より強いのだから。

 Fadoはcollective feelingの表現。ファドは狂気と詩を繋ぐ。
 A "bendita loucura de cantar e/de sofrer" 苦しみを歌う愚かさ。

 苦しみの詩は多くの文化に共通。苦しみを昇華、克服する詩、音楽。


 でも・・・ファドはポルトガル(文化)の一部ですよ! 全部ではないですよ!

O fado pode ser para cantar a tristeza mas nao para se ficar triste.

「七転び八起き」


 大航海時代に端を発する「運命の観念」。ファドと直接の関係はない。
 19世紀にいろいろ誕生したもののひとつ。ある程度教育レベルのある人がうたう。




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 そして、教授のお話が終わって、帰るときに、ブラジルから来ている先生が「アラブ(文明)の影響?」ということをぼそっと言われました。


 以上、ごらんのとおり、講演のメモにすぎません。まとめてはいません。でもその方がこの対象――ファド? 歌?――を扱うにはふさわしいと思います・・・


 実に素晴らしい。
 民衆的なものを知識人的?貴族的?なものが幸せに補完してできていますね、ファドは。

 ライはもっと民衆的なのだろうな・・・ Chikha Djeniaが語るmehnaの概念をMarie Virolleが伝えていました。メフナとファドはたしかに似たものだと思います。でもやっぱり少し違う。メフナには知識人的なところが、ない(たぶん)。
 セザリア・エヴォラの歌うカーボヴェルデのsodadeがポルトガルのsaudadeと「同じ」かどうかというかねてからの疑問(それについてポルトガル人がどう言うか、ということですが)は、しっかり教授に聞いてみました。
 「非常に近い」というお答え。ということは、やっぱり全く同じ、ではない、ということだろうな・・・






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はじめてヴォルテールが身近に


 リスボン大地震(1755年11月1日)について考察した、ヴォルテールの哲学詩。こういうのがあることは以前から教わっていましたが(わたし、フツブン学者なもので)、ヴォルテールの「思い」みたいなものに、今、じかに触れる感じがします。
 本というのは、読むべきときがあります。全てにはそれにふさわしい時が。
 Everything in its time, Sir.   Marcie


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ファド


Pardon, Monsieur Ishii.
 On va écouter du fado portugais demain au campus universitaire de Kakuma.


 明日、金沢大学でファドについて講演があります。講師はポルトガル・ミーニョ大学テイシェイラ教授です。
 Prof.Joseph Teixeira, Fado, the music, the concept and the culture (in Portuguese, with interpretation)
人社第一講義棟、302講義室、14:45-16:45

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モハメド・アリ! トランプ! いしいひさいち!


 モハメド・アリがこの時期に亡くなってイスラム教式のお葬式をあげさせたのは、トランプ候補に何か言わせたいためだったのかな? 最後まで大向こうをうならせる仕掛けを忘れないひとだったな。トランプ候補はそれに何か答えたのかな?
 あと二日で七十才になるトランプ候補を、いしいひさいちはどっかで描いてないかな。もうそこまでのお仕事は残念ながらされないんでしょうか・・・

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これって「現代社会」の基本的マチスムへの拒否反応では?


このエントリーに続きます)

 それはともかく、こういうのって、いわゆる主流の西洋的社会において、基本的に男性からの性的な視線でしか女性が評価されないことへの本能的拒否反応が底流にないですかね?

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"Batdance !!!"


 (このエントリーも見てください)

Prince, Batman, Soundtrack版

 これ、やっぱり素晴らしい出来です。

 これが発売されたとき、「口を開けて欠けた金歯を見せるなんて、変なジャケットだな」と思ったことを思い出します。(汗)

 音の方は、テレビで映画の紹介とともに一部が聞けて「これはプリンスの最高の作かも」と思った記憶があります。

 でも、買わなかった。こういうものまで買い出してはきりがなくなる、と思ったからで。
 人生、なにか捨てないといけないですから。

 年をとって、もう先も短いし、いまはamazonで中古を安く買える時代でもあるので、買って聴いてみました。

 アルバム最後の曲、"Batdance"で "batdance !!!"という歌詞が歌われるのは一か所だけなのですが、これがしびれる! しなやかなバットマンの体が優雅に、そして無意味に踊る。ゴッサムシティの夜に。
 プリンスとぴったり。

 でも、60年代以降のポップの歴史全体を見渡してみるなら――そういうことをやって意味のある時代になったと思います――、やっぱりわたしはThe Who の Live at Leeds を取りますね。
 あれは四人とも、ちゃんと人間が音を出していましたから。

 この前のエントリーで、わざわざ新聞を切り抜いたものを写真に入れたのは、そこに「切り抜く作業」が感じられ、したがってそこに「人間が居る」から、のつもりです。
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うん、ちょっとね


 Jeune Afrique2016年6月5-11日号に西洋の衣料ブランドがイスラム教徒向けファッション市場に興味を持っている、という記事を載せていましたが、今日(6月11日)の日経一面に「イスラム女性のファッションリーダー デザイナー ハナ・タジマ・シンプソン」という記事が載りました。
 この方はJeune Afriqueの記事にも載っています。
 Jeune Afiqueの方は彼女の「作品」のカラー写真は載っていますが(四つある写真の右上のものです)彼女自身の写真はありません。日経は彼女(日英混血の方でイスラム教徒になられたのは18歳だそうです)の白黒の写真はありますが作品は後ろにひとつ見えるだけです。

 イスラム教が肯定的なイメージでとらえられるのは喜ばしいことではありますが、日経5面の関連記事で「『ムスリム向け』眠る商機」とか言われると、ちょっとひっかかります。

 うん、ちょっとね。


 
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えらいぞジダン!


 レアル・マドリード、チャンピオンズ・リーグ優勝!
 ジダン、きみはアルジェリアの星だ!

http://www.soccer-king.jp/news/world/cl/20160529/448825.html

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金沢大学生協に登場


 どうあってもこのお菓子を食べろ、と言うのじゃな?

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