日本人はフランス語を誤解している!・・・と思うけどなあ・・・
フランス語系人のBO-YA-KI
文学とはなにか001
アゴタ・クリストフのことを書いたら、なんだか急にこんなことを-間歇的に-考えたくなりました。
こんな青臭い題目で書きたくなるなんておかしな話ですが・・・
たぶん、わけわからん感じになると思います・・・
ボルヘスが『悪党列伝』で扱っている赤穂浪士は、あきらかにラテンアメリカ文学的存在です。しかしマルローはそれをヨーロッパ中世の騎士道と同列に並べるでしょう。
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アゴタ・クリストフ追悼
Agota Kristofが亡くなりました。ご冥福を祈ります。
「自宅で」亡くなったということで、それだけでなんとなく彼女らしい気がします。
「亡命」後、ことばへの愛からというより生活の必要に迫られて覚えたフランス語のぎこちなさを異様な迫力に転換する術を授かったかのような彼女(とくに『悪童日記』の終結部は驚くべきものでした。しかも彼女はそれだけではなかった)は、普通の人なら人生のまとめに入るような年齢で文壇デビューということになりました。
彼女のポートレート。人生の年輪を経た、しかしまったくその辺にいそうな平凡なおばさんの顔。
文学言語のあり方、文学者のあり方として、いかにも現代を感じさせる人でした。
小松左京さんも死んでしまったし、2011年はずいぶん世界の住人の有力な部分が抜けて、世界がすかすかになった年として記憶されるのではないでしょうか。
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ああ、でも
(気持ち的には、前のエントリーから続いてる感じです)
きのうは、金沢大学国際学類ではトップを切ってヨーロッパコースの卒論中間発表会を開きました。新設の学類最初の卒業学年の、最初の卒論発表会ですね。
学生さんたちはそれぞれ、最初は「何をやりたいか」って曖昧で、茫漠としていて、分からないのが普通。
それを話し合いと試行を繰り返してだんだん明確にしていく。
次に「何がやりたいか」と「何ができるか」とオリジナリティの間でポジションを探りながら、工夫を凝らしていく。
やっているうちに誰でもそれなりの成果をあげられる態勢が、客観的にも気持ち的にもできていく。
そんな感じでやれれば、と思ってやってます。
あと、隠し味として、これからの日本社会とか世界とかが求めるもの、または求めそうなものの方向を微かにでも向いてる感じなのがいいと思います。
私のような者が指導というのはおこがましいのですが、これまでのところ学生さんたちの卒論書きのお手伝いはそこそこうまくいってるかなと思いました。
ほっとしたので、徳光行って、海鮮丼食べて、温泉入って、シュークリーム食べました。
しあわせ。(^_^)v
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Amazing Voice なぜ北欧はヘビメタか?
Amazing Voiceは北欧編に突入してます。先週の「ヨイク」は、ヨーロッパにもこんなに「あっちの世界」に突入する営みがあるかと驚きましたが、今週の「オペラ=ヘビメタ」も、スウェーデンの人にとってヘビメタとはヴァイキングへの先祖がえりを意味してるんじゃないかと気づいて興味深かったです(再放送、24日日曜日は時間がいつもと違って14時からだそうです)。
次はABBAなんですが、たぶんいままでのイメージと違った側面が見られるんだと思います。
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追悼
『ミュージックマガジン』関係のエントリーを続けていたのは、なんかわたしにもムシの知らせがあったせいかもしれません。
『マガジン』創立者で日本のワールド音楽界を長年主導しておられた中村とうようさんが急逝されたそうです。
残念ながらわたくしはとうようさんにお会いする光栄を得られぬままとなりました。
謹んでお悔やみを申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。
なんかVictor Del Littoさんが亡くなったときのような気持ちがします。
ひとつの時代の終わりです。
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KARA ! KARA !
『ミュージックマガジン』の本体の方はこんなのです。KARAですか。
ううむ、昔のマガジンの表紙からすると考えられないようなものですが、バックナンバーの表紙を見てみると、うーんどうもパフュームの登場あたりから雰囲気が変わってきたのかなと思います。
なるほど、わたしの気付かないうちにマガジンも時代に合わせて性格をシフトさせていたのでしょう。
ただJ-popとK-pop以外は要らない、という日本にはわたしはあんまりなってほしくないです・・・
ちなみに、わたくしのニューオルリンズ道中は夏休みに入ってからでもゆっくりさせていただきますが、池田由佳さんによるJazz & Heritage全体像のレポートが今月号92ページに載ってますからぜひご参照ください。
[追記] 20日の当ブログの訪問者数がいつもの倍になっていてびっくりしました。調べてみたら「KARA」で検索してこのブログに来られた人が多数いらしたみたいです。なるほど、今はこういう時代ですか。2011.7.21.
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プロテスト! プロテスト!
Music Magazine増刊『プロテスト・ソング・クロニクル』発売です。
「原発、核兵器の廃絶を訴える歌」の力を結集しようというのがこの企画のきっかけと思われますが、他に:
「戦争を憎み、平和を願う歌」
「大国の横暴に怒る歌」
「国家、体制の抑圧に抗う歌」
「人種差別を許さない歌」
「性差別、同性愛差別を糾す歌」
「自然破壊を嘆く歌」
と、いろんな意味でのプロテスト・ソングを紹介したもの。さすがにたくさんありますね。
この本あたりから音楽の社会的機能を考えてみられてはいかがでしょう。さまざまな「力のある」歌の背負っている背景については「ついで」に語られることはあっても、これだけまとめて、しっかり書かれたことはなかったように思います。
某粕谷は
○ハレド(彼の歌が引き起こしたアルジェリア88年の暴動はもちろん今年のチュニジア、エジプト革命と繋げて理解すべきものです)、
○マトゥーブ・ルーネス(彼は民族アイデンティティ擁護の闘いから本格的カビル語詩を誕生させました)と
○ジェラルド・トト(2005年のフランス暴動でラッパー以外に直接的リアクションを起こしたアーチストは彼だけと言っていいと思います)
について紹介しています。
ご意見・ご批判賜れましたら幸いです。
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