B. Russell, “Introduction to Mathematical Philosophy”, 1919.
Alfred North Whitehead (アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド)とBertrand A. W. Russell (バートランド・ラッセル) によって書かれ、1910年から1913年に出版された、”Principia Mathematica” (プリンキピア・マテマティカ) への入門書となるもので、1918年に半年間投獄されていた間に書かれた。内容については、以下の解説がよくまとまっている。
https://russell-j.com/KAIDAI04.HTM
感想
・これまでの哲学から、通常言語が避けられない「曖昧さ」を排除して、論理的に正しい哲学を目指したのがラッセルの生きざまだったように思う。
・本書は自然数の定義から始まるが、
The number of a class is the class of all those classes that are similar to it.
(あるクラスの数はそのクラスに相似なすべてのクラスのクラスである。)
これが理解できないと、本書を読み進むことはできない。
・よく引き合いに出される例でわかりやすく説明している。
例えば、次のような疑似三段論法。
“Men exist, Socrates is a man. Therefore Socrates exists.”
これは
“Men are numerous, Socrates is a man. Therefore Socrates is numerous.”
と言っているようなものだ。
このような間違いは実生活では得てしてあるもので、政治家や「評論家」などは無意識か否か知らないが、よく使う手のように思える。
「現在のフランス王は禿である。」
これは(フレーゲも考えたようだが)、現在フランス王は存在しないので「無意味な命題」に思える。しかし、そうではない。B. Russell, “On Denoting,” Mind, Oct., 1905, New Series, Vol. 14, No. 56 (Oct., 1905), pp. 479-493で、denotingに関する理論で解くことができなければならないパズルを3つあげていて、その2番目が
(2) By the law of excluded middle, either "A is B" or "A is not B" must be true. Hence either "the present King of France is bald" or "the present King of France is not bald" must be true. Yet if we enumerated the things that are bald, and then the things that are not bald, we should not find the present King of France in either list. Hegelians, who love a synthesis, will probably conclude that he wears a wig.
((2) 排中律により、「A は B である」または「A は B ではない」のどちらかが真でなければならない。したがって、「現在のフランス王はハゲである」または「現在のフランス王はハゲではない」のどちらかが真実でなければならない。しかし、禿げているものを列挙し、次に禿げていないものを列挙した場合、どちらのリストにも現在のフランス国王は見つからないはずだ。統合を愛するヘーゲル主義者は、おそらく彼はかつらをかぶっていると結論付けるだろう。) この最後一文は、ラッセルらしい本質をついた皮肉で、実に良い。
“the present King of France”は” the present King of England”と同じ構文で、”The present King of England is bald.”は「真偽」判定できるのだから、"The present King of France is bald"も「真偽」判定できるはず。
"The present King of France is bald"は
あるxについて、「xは現在のフランス王であり」かつ「xはハゲである」。
この命題の否定は
すべてのxについて、「xは現在のフランス王でない」または「xはハゲでない」。
「現在のフランス王」は存在しないから、後者が「真」。
よって、この命題は「偽」である。
・その他、示唆に富むところ多である。