前進座歌舞伎は、その歴史的背景から松竹の歌舞伎とは違うこだわりを見せる。それが楽しみで足を運ぶわけだが、この五月国立劇場公演は、「通し狂言 切られお富」! 先代の国太郎が立派だったというお富を当代が初役でつとめ、前進座でも26年ぶりの上演だという。なかなか予定を入れられなかったが、5/17に観ることができた。急遽の観劇で双眼鏡なし。それでも1階花道外の4列目がとれたので問題なし。
【嵐広也改め七代目嵐芳三郎襲名披露「口上」】
冒頭を10分くらい遅刻。5人が並ぶ「口上」も半ばを過ぎてしまっていた。真ん中に劇団代表の中村梅之助、右に嵐圭史、藤川矢之輔、左に襲名の本人と兄の國太郎(国はあえて使っていないという)が並ぶ。
先代の長男が國太郎で、次男の広也が父の名嵐芳三郎を七代目として継承する。先代は女方だったが、当代は立役でいくとのこと。父がつとめた二枚目役の与三郎での襲名に決意を見せた。当代は広也として大河ドラマ等でも活躍しているし、この間観てきた前進座の舞台でも若々しい二枚目ぶりがなかなかよかったので、時機にかなった襲名だと思う。
それにしても大幹部の梅之助と圭史が大きな名跡を襲名しないで名を上げ、そのままにしている。こういうのがいかにも前進座らしく思えるし、また名跡を襲名させることで若手の成長にはずみをつけるというのもいい。
梅雀が退座しているのは残念にも思うが、広也が立役として成長したのを見澄ましたのかもしれないと納得した。梅雀には前進座の枠を超えて活躍してもらおう。
【切られお富―処女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)】
作品概要とあらすじ、主な配役は公式サイトより引用、加筆。
瀬川如皐の「切られ与三―与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の書替え狂で、切られる人物を与三郎からお富に置きかえて立女形を主人公にしている。
作=河竹黙阿弥 補綴=小池章太郎 演出=中橋耕史(前進座歌舞伎には演出家がつく!)
<あらすじ>
表向きは絹問屋、実は盗賊の観音久次こと赤間源左衛門(梅之助)。その手代の蝙蝠の安蔵(矢之輔)は、今日こそ、かねて横恋慕する赤間の妾・お富(國太郎)への思いを遂げようと、悪い仲間と示し合わせ、彼女をさらって滑川の辻堂前へ。あわやというとき、かつて木更津の船中で見初め、契りを交わした浪人の井筒与三郎(芳三郎)が来かかり、助けられる。と、激しい雷鳴。二人は辻堂へ……。
その密会を知った源左衛門は、お富をなぶり切りにして、川に捨てさせる。それを助けた安蔵は、薩埵峠に茶屋を出し同棲。3年の後、たまたま通りかかった与三郎は、疵だらけのお富と再会。お富は、与三郎が自分の主筋の子息であると知り、さらに彼が仕える主家・千葉家の宝、名刀北斗丸を探し求める浪々の身で、所在は尋ねあてたものの買い戻す二百両に窮しているとわかると、その金の調達を引き受ける。
安蔵とぐるになり、今は府中の弥勒町で女郎屋の主人におさまっている源左衛門の弱みをつき、首尾よく二百両を強請りとる。お富と安蔵が引き上げたあと、お富の言うなりに二百両を与えた源左衛門を訝った女房のお滝(辰三郎)に、源左衛門は自分の前身を打ち明ける。その様子を、客を装い窺い聞いていたのは千葉家の宝刀詮議の忍び役・舟穂幸十郎(圭史)。宝刀北斗丸を奪って売り払った源左衛門を捕えにかかる。
一方、源左衛門の見世からの帰り道、お富と安蔵は狐ヶ崎の畜生塚で、強請りとった二百両を奪い合う安蔵とお富の立ち廻り。安蔵に出刃を突き立てて殺し、奪った金を与三郎に渡したお富。捕り手に囲まれて絵面に極まっての幕切れ。
2007年1月の歌舞伎座で福助初役の「切られお富 二幕」を観たのだが、期待したほどのことはなかった。安蔵のお富への執着も、お富と与三郎との恋仲もササッとわかるくらいにかいつまんでいるので、源左衛門に全身を斬り刻まれて捨てられてからの お富と安蔵と与三郎との三角関係がよくわからない。最後も安蔵とお富の立ち廻りの途中で「本日はこれぎり~」で終ってしまい、消化不良状態。「切られ与三」に比べて話の内容が知られていないのに、とにかく福助がこの演目をやりたかったのを見せられたという感じだった。上演頻度の高くない演目の上演の難しさを痛感していた。
今回の通し上演で、物語もよくわかったし、配役が絶妙さに唸る。どっぷりとこの書替え狂言の面白さを堪能した。
まず、國太郎のお富がいい。姿も声もおとなしい感じの女方だが、女心の一途さ、健気さが可愛いのは今までの舞台で知っていた。悪婆物の典型のこのお富で伝法な可愛らしさ、凄味もしっかり感じさせたのは立派。当たり役として再演を重ねていくだろうことを確信させた。芳三郎襲名に恥じない与三郎も立派に相手役をつとめていて、この兄弟のコンビでいろいろと見せてもらえるのが楽しみになった。
梅之助の赤間源左衛門がまた実にいい。お富への可愛さ余って憎さ百倍でなぶり殺しにしたはずが、生きていたお富に大泥棒である弱みを握られて揺すられる人物の間が抜けた感じが漂うのだ。実に世話物の芝居の悪者風で嬉しい。
矢之輔の蝙蝠の安蔵が憎めない小悪党ぶりが魅力。実は昨日の出勤途中のJR四ツ谷駅構内ですれ違ったのだが、素顔からして本当に舞台役者に向く顔だなぁと思ってしまう。大きな顔に眉も目もいっぱいに並んでいてメイクをすると目立ち、舞台での表情もわかりやすいのだ。宝刀の詮議役で圭史が存在感を見せる。
「お染の七役」で玉三郎の土手のお六が「やまとや」の屋号が大書された傘を広げた捕り手に囲まれて絵面に極まる幕切れを観ているが、それと同じようにお富が「やまざきや」の傘に囲まれての幕切れ。
適役揃いの舞台を堪能。前回観たのは梅之助と圭史の「法然と親鸞」。ベテラン主演の作品と若手主演の演目をバランスよく上演していくのだろうと思われる。
写真は今回の公演のチラシ画像。
ここしばらく、前進座初春特別公演をみていますが、なかなか楽しく観劇できました。
國太郎のお富みがやはり見ごたえがありましたねえ。
矢之輔の蝙蝠の安蔵もおっしゃるとおり、ぴったりの役どころという感じにうけとめました。「口上」のときもそうでしたが、軽妙さが滲み出ていて、面白かったですね。
原作を知しませんので、今回の公演が「通し狂言」の見せ場だけの一部だったのかどうか、ちょっと情報検索していて、この日記を見つけました。
ウィキペディアにある、簡略な粗筋紹介と違う部分もあり、疑問点を抱いています。
ぴかさんは、ご存じでしょうか。
ウィキペディアの「与話情浮名横櫛」のURLをこの返事コメントの名前のURL欄に入れておきます。あらためてそちらにも目を通しました。
今現在の「通し狂言」とか「通し上演」は、もともとの原作通りの上演ということではないと理解しています。江戸時代などは朝から晩まで通して一つの作品を上演していました。同じ作品を時代物風、世話物風、舞踊でと幕ごとに仕立てを変えて通していくのです。その中で人気になった場面のみの上演になっているのが今の「見取り上演」です。今現在の「通し上演」は、上演が途絶えている場面の中から優先順位をつけて復活させてつないでいるものです。上演時間として一日はかけられないのではしょって、ある程度ストーリーが通るくらいに手をいれてあるのです。ですから、ウィキペディアにある簡略な粗筋紹介と違う部分もあるのだと思います。
これでよろしかったでしょうか?
それと、茲愉有人さまのブログやサイトがあれば、そのURLも入れていただいてコメントをいただけると嬉しく存じます。どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。
ウィキペディアの「切られお富」から転送される「与話情浮名横櫛」は「切られ与三」の方です。ウィキがわかりにくように思います。「切られお富」は、目次の「5派生作品」を開くと出てくる『処女翫浮名横櫛』(むすめごのみ うきなの よこぐし、通称『切られお富』)の方です。
そちらの方のもっともっと簡略なあらすじ紹介の方を読んでいただければ、なるほどと思っていただけると存じます。
お正月ぼけでピンボケのお答えをしてしまいましたことをお詫び申し上げます。これに懲りませず、今後ともお願い申し上げますm(_ _)m
ご返事ありがとうございます。
おっしゃるように、「見取り上演」のために、「ある程度ストーリーが通るくらいに手をいれてある」という点は、そうせざるを得ないと思います。
ウィキペディアの「派生作品」の所を読み、
「後にお富と与三郎は小さいころに生き別れた兄妹であることが分かり、それと知らず関係を持った罪悪に二人は自害して果てる。」
と粗筋に記されていたので、今回の筋において、前進座のPR印刷物の「あらすじ」に「与三郎が自分の主筋の子息であり」と記されていたので、疑問点があったのです。
そこで、いろいろ検索して見たのですが、解らない状態で、ぴかさんの日記をヒットした次第です。前進座の公式サイトも先に閲覧しています。
「原作を知らない」と書いたのは、本来の通し狂言では、最終的にそういう結末へ行くのかどうか、ということへの疑問でもあります。
私は、今、あるきっかけからMIXIの会員になっていて、そちらで「日記」を書いています。その中で簡単な観劇の感想を書きました。
尚、その文の中で、ぴかさんのこの日記のアドレスを紹介させていただきました。(独断でスミマセン。ご寛恕ください。)
今現在の通し上演も、元の原作からの抽出場面を「ある程度ストーリーが通るくらいに手をいれてある」ということです。
>前進座のPR印刷物の「あらすじ」に「与三郎が自分の主筋の子息であり」......というのもウィキで省略してあるだけで、その通りであって、その後に兄妹であるとわかり畜生道に落ちたことを悔いての自害ということになるのだと思います。
私もMIXIの会員には私もなっていますので、同じハンドルネームですし、よろしければ検索してみてくささい(^_^)/
わけがわかりませんでした。(笑)
良い探し方があるのでしょうか。
「見取り上演」その意味を誤解していたようです。補足説明、ありがとうございます。
観劇自体は少ない方なので、この分野の用語は不案内です。
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m