ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

06/12/15 文楽「恋女房染分手綱」

2007-01-06 23:57:43 | 観劇
昨年12/15に初めて観た「社会人のための文楽鑑賞教室」の後半の感想。
前半の感想はこちら
3.「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたずな)」
近松門左衛門が書いたものを吉田冠子・三好松洛らが改作したもの。全13段のうち「道中双六の段」「重の井子別れの段」が文楽でも歌舞伎でもたびたび上演される。
2005年12月の歌舞伎座で福助の重の井、児太郎の三吉で一度観た(感想アップのサボり分)。福助は「嫗山姥」の八重桐役より重の井の方が良かったと思った。しかしながら義太夫がどうにも聞き取れずに不完全燃焼感が残っていた(歌舞伎の義太夫にも字幕希望)。
今回、あらためて文楽だとどうなるかを楽しみにして観た。やはりはっきりと話の展開が把握できるのが快感。
丹波国の由留木家。かねてより婚約がととのっていた東国の入間家への調姫の輿入れの出発の日。ところが姫はそれをいやがって駄々をこねている(だから別名がいやじゃ姫)。乳人の重の井も入間家からの迎えの家老・本田弥三左衛門も困り果てている。そこに腰元の若菜が、お屋敷の門前で子どもの馬子が道中双六で遊んでいるのでそれを見せたらと申し上げる。さっそく三吉が連れてこられると姫と同じ年頃。その三吉が説明し姫や腰元に双六をさせると。姫が一番に上がるとすっかり機嫌を直し、東が面白いとすぐに出発すると言い出す。
重の井は、お手柄の三吉に褒美を与え、今後も何かあったら重の井を訪ねるように言う。その名をきいた三吉は「母様」と抱きつく。話をきけば重の井が密通をして産み落とし里子に出していたわが子だった。ところが重の井はお手討ちとなるところを父親が切腹して命乞いをしたために姫の乳人にとりたてられていたのだ。三吉は親子3人で暮らしたいと泣きつくが、主人の恩がある重の井は姫の乳人の立場を貫かねばならない。三吉には姫と乳兄弟と名乗ることも禁じ、輿入れの出発にあたり三吉に馬子唄を歌うように命じる重の井。切々たる三吉の馬子唄の中で幕。
詳細のあらすじは竹本越京さんのHPの作品解説をご紹介。→こちら

「道中双六の段」では三輪大夫がメイン、大夫解説で登場した若いつばさ大夫がツレ(確か調姫のところを語っていたと思うのだが記憶が.....)。双六遊びを待つ間に三吉が馬子らしく煙管で煙草を吸っている場面が文楽らしい。さすがに歌舞伎では子役に煙草を吸わせるわけにはいかないだろう。
「重の井子別れの段」の冒頭、歌舞伎では待たされる三吉が弥三左衛門の刀でハイシイと遊ぶところがあったがこちらにはない。こういうそれぞれの違いもわかると面白くなる。
赤子の時に手放したわが子が現れて抱きついてきて、抱いてやりたいのにやれない重の井の嘆き。義を通すことで情を殺さざるを得ないのだ。
「イヤイヤわが子ながらも賢しい者。偽ってまこととせず、母を心の汚い者と蔑まるるも情けなし。訳を語って合点させ、恥しめて帰さんもの」と語ってきかせるところがやっと私も合点した。三吉の父・与作が主人の勘気を蒙っているのでその息子にも勘気が及ぶという心配があって与作の子と名乗ってはいけないと言っていたのだ。ここがわかっていなかった。
それでも三吉は育てられた乳母から姫と乳兄弟なのでそれを訴えればよいと言われて育ったと食い下がる。ところが重の井は、姫に馬子である乳兄弟がいるとわかると結婚に差し障るとそれも却下。しかしあまりの不憫さに三吉に「身体には気をつけよ」とか言って手持ちのお金を与えるが、さすがに三吉も反発して受け取らない。ここで重の井の胸はつぶれる。観客の胸もつぶれる。
そこで行列の出発となり、馬子唄を歌えと言われた三吉が泣いていて歌えないのを従者たちがなぐりつける。これも人形ならではの動きでポカポカやる。
涙を隠す手ぬぐいの頬被り姿の三吉がまた哀れを誘い、その姿を後ろ向きで鏡でしか見ることができない重の井の姿という劇的な幕切れ。
「子別れの段」の英大夫は、2005年度のNHKの「文楽入門」の解説者。その人柄に好感をもって早く舞台が見たかったのだがこれまではあいまみえず。今回ようやく床の下で大汗をかきながら語る英大夫をナマで観て聞くことができた。こういう切ない語りが似合う方のようにお見受けした。

写真は今回の公演のチラシ画像を公式サイトより。
次の日12/16昼の部で続けて「義経千本桜」も観た。そちらも続けて書いていくつもり。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿