ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

06/07/23 七月大歌舞伎①春猿が期待に応えた『夜叉ヶ池』

2006-07-23 23:59:37 | 観劇
ようやく七月大歌舞伎の昼の部に行ってきた。まずは「夜叉ヶ池」から書く。
観劇前に玉三郎の鏡花作品一挙上演について考えた記事はこちら
1.「夜叉ヶ池」
話の内容は以下の通り。
越前三国ヶ岳の山中にある夜叉ヶ池にはある伝説があった。昔々高僧が竜神を行力で封じ込んだ際、竜神に戒めを思い起こさせるために山麓で鐘を一昼夜に三度撞き鳴らすことを約束したという。以来、代々の鐘楼守が明け六つ暮れ六つ丑満時に鐘を撞いてきていた。
今日も暮れ六つの鐘が鳴り響いた後、旅人の文学士山沢学円(右近)が通りかかり、鐘楼守の美しい妻百合(春猿)の親切にあずかる。茶代を辞退した百合が所望したのは旅人からの面白い話だった。学円が語り出すと奥からのぞいた人影を見て驚き、話を行方不明になった友人の話に切り替える。あわてて学円を追い出そうとした百合をおしとどめ、探していた萩原晃その人(段治郎)が現れる。晃は北国に民話採集に出かけた3年前、ここの鐘楼守の老人から夜叉ヶ池にまつわる伝説を聞いた。その直後に倒れた老人は後が心配で死に切れないと訴えるので、晃は代わって鐘を撞く約束をしてみとる。鐘撞きを村人に託して村を出ようとしても誰も引き受けずに迷信だと嘲笑う。そのまま村を出ようとした晃だが、百合の姿を見て心が変わる。その美しさを水に沈めたくない思いに鐘楼守にとどまり、百合と夫婦となって世を捨てていたのだった。
休暇の余裕がない学円が池を見るのに晃も同行。夜中に出かけてしまったふたりを寂しそうに見送る百合は心を鎮めるために人形を抱いて子守唄を唄う(人形が大好きな鏡花は人形をよく登場させる)。
同じ頃、当の夜叉ケ池の龍神である白雪姫(春猿)に恋文が届く。恋しさが募った白雪は恋しい白山剣が峰千蛇ヶ池の主のもとに飛んでいこうとする。戒めを破ると里が水底に沈んでしまい、天罰が恐ろしいと万年姥(吉弥)が止めるのも聞かず、鐘を打ち砕こうとする。そこに百合の子守唄が聞こえ、その美しい人を殺すにしのびないと思いとどまるのだった。
その頃一帯は大干ばつに襲われていた。雨乞いの贄として裸にして牛に乗せる村一番の美女として指名されたのは百合。鐘楼守の家に村人たちが押し寄せてきたところに晃たちが胸騒ぎで戻ってきた。夜叉ヶ池の鐘の伝説を信じない村人たちは晃に余所者だから出ていけと通告。代議士の穴隈(薪車)を中心に村人らは一帯の八千人の命のためで殺すわけではないからとヤクザ者にまでが刀を抜かせて百合を無理に連れ去ろうとする。晃も鎌を振り回しての乱闘になるが、思い余った百合はその鎌で自害してしまった。そしてちょうど丑満時が過ぎた。晃は撞木を切り落とし鐘を撞かないと宣言するや池の方から地鳴りの音。たちまち水は決壊、全てを押し流してしまう。その流れに百合の後を追う晃も飲まれていく。
そこには眷属たちを引き連れて戒めを解かれ喜ぶ白雪が剣が峰に向かおうとする姿があった。人間たちは全て水中の生き物に姿を変え、この新しい淵に百合たち夫婦の住まいにしてやろうという言葉を残して.....。

物語は本当にファンタジーだった。自然に対する畏敬の念を忘れてしまいやすい人間というもの。自然が時にふるう猛威について伝説や言い伝えの形で語り継がれている社会かそうでないかというのが運命を決定的に左右するというのは東南アジアを近年襲った大地震大津波で実証されているというのが記憶に新しい。「夜叉ヶ池」の伝説を軽んじた村人たちは水に飲まれてしまうが、魚や田螺に姿を変えてしまっただけというのもファンタジー。自ら死んでいった百合たちもそこに新しい命を得る。
「夜叉ヶ池」の妖怪たちにも恐れる天の神がいて、その罰で自分も滅ぶかもしれなくても白雪が恋を貫こうとしたり、百合たち人間の夫婦の愛し合う姿を妬ましく羨ましくあやかりたいと思ったりする描き方がとても魅力的だ。異界の者の方が喜怒哀楽の感情を激しく吐露するところなど羨ましいと思えてしまう。人間社会の方がよほど生きにくいという皮肉もきいている。そしてそれらを美意識にくるみこんだ物語として作り出した鏡花をあらためてすごい作家だと感心した。

これまで玉三郎がつとめた百合と白雪姫の二役を託された春猿は堂々の主演である。百合は白髪の鬘姿から楚々として美しく、一転して白雪では異界の者の妖しい美しさが全開していた。澤潟屋一門を観始めた頃からこの人には花があると注目していた私としては感慨深いものがある。これで自信をつけてくれたと思うし、これからもどんどん大きなお役が回ってくることを願っている。また今月昼の部はTVで人気沸騰の春猿のナマ舞台を観たくて初歌舞伎座という観客も多いと思うが、そういう方たちにもとても満足してもらえたと思う。TVで見る面白キャラの春猿がこんなに真面目に美しい主役を張るのを観て、歌舞伎座に親しみを感じる若い人が増えてくれたんじゃないかと思う。歌舞伎を支える人たちを一回り広げる起爆剤にもなる抜擢だ。

段治郎も初日があいてすぐは台詞でいっぱいいっぱいだったと聞いていたが、その心配を吹き飛ばすようななかなかの出来。ちゃんと情感がこもっていた。切れ長の瞳が優しげで、白髪の鬘をとった散切り頭もよく似合う。何よりも春猿とのコンビのバランスがとてもよい。
右近でいつも気になるくせの強い台詞回しも、こういう役ではあまり気にならずにすみ、なかなかいい学円だったと思う。入間悪五郎の頃はあまりにまん丸顔で台詞が口にこもってもうあきれ果てたものだ(『演劇界』でも指摘されていたくらいだ)。今回は顔もすっきりとしていたしダイエット成功ではと思った(歌舞伎界はダイエット成功者が続出。私も見習った方がよいのだけれど.....)。
薪車は最後にちょっと出てくるだけの代議士の穴隈役だったが、こういう二枚目ではない相当憎憎しい敵役もいい経験になるだろうと思う。『日高川入相桜』の赤っ面の船頭をふと思い出してしまったが(笑)。

鏡花の作品のうち、『滝の白糸』のような作品は新派に向いていると思うが、この世のものではない存在と人間がかかわっていく系列の物作品は歌舞伎役者が演じてこそ活きてくると思う。この作品でも蟹五郎・鯉七・黒和尚などという眷属などは歌舞伎風に演じるのにぴったりだ。
澤潟屋の一門は猿之助の下でスーパー歌舞伎に取り組んできたので、こういう古典的な歌舞伎ではない作品において力を発揮しやすいのかもしれないと思った。

写真は今月の歌舞伎座のチラシの画像。
七月大歌舞伎②『海神別荘』の感想はこちら
七月大歌舞伎③『山吹』の感想はこちら
七月大歌舞伎④『天守物語』の感想はこちら


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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
同感です。 (さちぎく)
2006-07-25 13:40:01
<澤潟屋の一門は猿之助の下でスーパー歌舞伎に取り組んできたので、こういう古典的な歌舞伎ではない作品において力を発揮しやすいのかもしれないと思った。>

師匠の玉三郎も以前は新派物とかは良くても、丸本物はあまり・・・でしたが、最近は何を演じても良くなりました。きっと彼らも将来は古典もしっかりできるようになるでしょう。それにしても春猿さん玉様にそっくりでしたね。幕開き一瞬目を疑いましたよ。

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皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-07-25 22:18:38
★さちぎく様

私の初・玉さまは高校時代の新橋演舞場『オセロ』のデズデモーナ。確かに綺麗だったんですが、まだまだ若くて青いような美しさ。心奪われるまではいきませんでした。今の臈たけたような美しさにはメロメロにさせられます。その頃一度も歌舞伎では観なかったんですよ。

春猿は猿之助で『楼門五三桐』から注目しておりました。春猿の舞台写真を最近玉三郎ファンになった若いお嬢さんに見せたらやはり間違えてくれました。フッフッフ。かなり似てますよ。玉さまに憧れてこの世界に入った春猿だけに顔の拵えも意識的に似せているんじゃないかと思ってます。

★「夢日記」のdream様

私、鏡花の耽美的な恋愛至上主義の世界に浸るのは好きみたいだと自覚しました。癒されます~。「海神別荘」もなるべく早くとりかかります(^O^)/

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こんばんは! (真聖)
2006-07-26 23:55:49
春猿さん、大役を見事に演じてらっやいましたね。

嬉しくって見終わった後少しウルウルしちゃいました。

澤潟屋バンザイです。
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春猿さん!美しい~! (Ren)
2006-07-28 07:04:00
春猿さん、見事な大役2役でしたね!

美しさもばっちりでしたし、お姫さまの迫力もいい

これからは「白雪姫=春猿さん」となるくらい

当たり役にしてほしいです。

師匠の後は、春猿さんだぁ~☆
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澤潟屋! (urasimaru)
2006-07-28 12:52:24
スーパー歌舞伎でセリフ術が鍛えられてる人達ならだなあ、と思った今月でした。劇団としてのコンビネーションも貴重な存在ですし、今後が楽しみです。
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続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-07-30 01:13:37
★真聖さま

猿之助さんが以前から玉三郎さんの指導を若手に受けさせたかったみたいですね。3月の国立の公演もかなり指導をいただいたようですし、そういう中で特に女方は力をメキメキつけたんじゃないかな。本当に感涙ものの今月の出来ですね。

★Renさま

春猿さん、玉三郎さんに憧れてこの世界に入ったようでそんな憧れの人からの指導を受けての堂々の主演!立派でした。目が腫れている日もあったようで眠れない日もあったんじゃないかなあ。これからも大きな役がついていくことでしょう。

★urasimaruさま

猿之助一門は鏡花が初めての人が多く、試練の公演だったと思います。とてもいい経験になったんではないでしょうか。これからも楽しみな澤潟屋ですね。

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春猿さん (HineMosNotari)
2006-07-30 23:59:56
春猿さん、鐘を壊しに行くところが、迫力でした♪

あと、白雪姫の衣装も、とてもきれいでしたね♪

天守物語の富姫さん・亀姫さんの衣装といい、他の侍女さんたちの衣装といい、今月はきれいな衣装がたくさんなのも とてもうれしいです♪ 

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続続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2006-08-06 00:42:29
★HineMosNotariさま

ハハハ、どうもこの演目は衣装があまり印象に残っていませんです。とにかく澤潟屋の若手の成長振りばかりに目を奪われました。「海神別荘」のファイナルファンタジーシリーズの衣装は歌舞伎座でなかなか拝めないようなものだったので思わず舞台写真を3枚買ってしまいましたよ(玉三郎・海老蔵・笑三郎)。あと「天守物語」の富姫の刺繍の方の打ち掛け姿を1枚。照明が暗い舞台ばかりなので写真もなかなか撮影が難しかったようです。

★かしまし娘さま

私、ちょっと前までは泉鏡花ねえ...状態だったのです。それがここまでハマるとは(^^ゞあと花組芝居での上演も気になるところです。

★六条亭さま

>この作品は春猿の代表作となる予感がする。また、段治郎、右近ともに台詞も演技も自然で明快、彼らのみでもこのような鏡花作品を歌舞伎座の大舞台で立派に演じられることを証明したことは収穫であろう。

全く同感です。猿之助のいない澤潟屋一門ですが、玉三郎の指導をいただきながら七月歌舞伎座の興行を続けられるように願っています。今回の出来のよさと客の入りのよさなら大丈夫かなと思ってますが、来年の企画発表をずっと気にしながら待つことになりそうです。
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Unknown (あやめ)
2006-08-08 09:10:33
こんにちは。ぴかちゅうさま、ご訪問ありがとうございました。



『夜叉ヶ池』のことを思い出すと頭が七月に戻りかけます^^;



自然に対する畏敬の念・・・人の手で創った舞台で、そういったものを感じさせてもらえる。不思議なものですね。
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★「もうひとつの、大切な、私」のあやめ様 (ぴかちゅう)
2006-08-09 02:39:47
TB、コメント有難うございます。ところが残念ながらクリックすると「天守物語」の記事が表示されてしまいます。「夜叉ヶ池」の記事はこちらですね。ここでご紹介させていただきますm(_ _)m

http://d.hatena.ne.jp/ayameusui/20060802

8月に入って1週間たっても玉三郎丈の鏡花ワールドの余韻の中にいます。一度ずつしか観ていないのにね~。1ヶ月でリピートする観劇は最近していないのです。お財布も厳しいので幅広く観ようという方を優先してます。しかし昨年は「鏡山」の玉三郎・菊之助は我慢できずに途中で一回増やしました。鏡花ワールドは最初から高い席しかとれなかったので予算統制で一回ずつ(^^ゞその分、妄想たくましくしてるんですが.....。

他の演目の記事にもTB有難うございます。またよろしくお願いします。

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