帝劇で千穐楽の前の晩に『マイ・フェア・レディ』を観劇。日本で初めて上演された海外ミュージカルで、大地真央イライザになってからも15周年ということだが、私は今回がまったくの初見。席は3階B席の最前列娘と観てきた。
ストーリーはよく知られた話だし、省略。
それにしても今回けっこう気にして観たのは、イライザの訛り。元々は「A」が「エイ」でなく「アイ」になってしまうというのと「H」が発音できないフランス人のような訛りという2点をチェック。今回の台本ではどのようにするのだろうと思って聴いていた。「H」は♪「あなのパリ」とか「あったかいえやでさ」♪、「みてろよ、エンリー・イギンズ」♪などなどまずまず。「エイ」→「アイ」は「エイ」←→「アイ」になっていた。ピッカリングを「たいしょう=大将」ではなく「ていしょう」と呼ぶなどまあ、日本語への翻案の苦心が偲ばれた。
装置は21世紀バージョンになった際に一新されたそうだが、階段を使った抽象的なもの。昨年の『SHIROH』といい、階段で上下の差を出したり、左右に割って場面転換するなど、今の流行かもしれないなんて思ってしまった。
以下、キャストについての感想を中心に書く。
★大地真央=イライザ
代表作というだけあって、自由自在。花売り娘時代の元気だが貧しい育ちがにじみ出る言葉使い・態度も楽しそうに活き活きと演じていて観ていて気持ちがいい。向上意識をきちんともった花売り娘だというところをきちんと出したいというご本人の解釈で顔は汚していないという。ヒギンズに標準語?を習いにきた時の彼女のプライドを持った態度もいい。だからこそピッカリングは彼女に好感を持って応援者になる気になるだろうという自然な流れができている。
彼女の一番の気がかりは歌だったのだが、今回は感心した。高音域になるとひっくりかえって不安定になることがけっこうあったのにバッチリ決まった!さらに歌の中で出てくる王様の低音域もきかせてくれる。やはり完璧主義者にふさわしくヴォイストレーニングを積んでいるようで見直した。この役はしばらく誰にも渡さないだろうな。確かにこんなに猥雑→上品までの広い演技の幅を活き活きと魅力的に演じ、歌えるミュージカル女優は今なかなかいないだろう。
アスコット競馬で上品に登場し、馬の走る姿に馬脚をあらわす場面の魅力的なこと!これにはフレディが惚れるのも無理はない。
上流社会のレディとしての修行の中で自我に目覚め、花売り娘扱いを続けるヒギンズに怒りをぶつけ、彼の母も味方につけてしまうほどの人間的魅力も備えていくところも説得力のある演技に満足。
映画版で違和感を感じたラストの「イライザ、僕のスリッパはどこ?」の場面、ハタと合点がいってしまった。ヒギンズは嬉し泣きをしているのでは?それくらい彼女が戻ってきたのが嬉しいのに彼は帽子で顔を隠して素直に気持ちを表わさないのではないか?と、勝手に解釈してしまったのだ。それくらいふたりの心は深く結びついていたという雰囲気が3階のB席まで伝わってきた。この雰囲気を出すためにはかなりふたりの息が合っていないとダメだと思うが、ラク前でもあり十分合格という感じだった。
★ヒギンズ=石井一孝
彼のヒギンズがどうかというのが今回の一番の関心事だったが、予想以上に良かった。女嫌いの変人ぶりを熱演していた。彼の女嫌いは不幸にも魅力を感じる女に出会わなかっただけなのに勝手に独身主義者になっていたのだ。自我に目覚めて気持ちをぶつけてきたイライザには魅力を感じ「好きだ」と告白するのだが、いかんせん、それまでの態度が悪すぎて捨てられかける。ここで初めて「おかあさ~ん」とプライドも捨てた混乱をみせ、最後は上記のような場面。石井一孝の熱演があってこそ嬉し泣きの照れ隠しという解釈が成り立ったのだ。まだまだ肩に力の入った演技なのでもう少し大人の男の余裕みたいなものが出てくるといい。次回を期待する。
★ピッカリング=羽場裕一
昨年初めて彼の舞台を『燃えよ剣』と『マリー・アントワネット』で観た。特に後者に感心した。彼のルイ16世の温かい演技によって大地真央のアントワネットもより人間らしさが出てきていた。今回のキャスティングもその延長線で納得がいっていた。ミュージカル初出演らしいが、やはり耳がいい人は歌も音程をはずさない。ちょっとだけ一人で歌う場面も合格!
大地真央と石井一孝、羽場裕一という過去の舞台の共演で醸成された信頼関係の上に展開されたやりとりが気持ちよかった。
★ドゥーリトル(イライザの父)=上條恒彦
上條節健在!『ラ・マンチャの男』の牢名主が一番立派だった印象。昨年の『十二夜』のマルヴォーリオはちょっと可哀想だった(笑)。♪「運がよけりゃ」♪を治田敦・安崎求とともに歌う場面は最高。
★フレディ=浦井健治
予想に反したのが彼だった。「君住む街」を甘い声で歌うのもなかなか魅力的。ところがとにかく若く爽やかでいて欲しかったのだが、双眼鏡で見るとあのルドルフと同一人物と思えないほど丸いお顔になっていた。今回メイクがかなり違うという噂だったのだがメイクのせいだけとは思われない。疲れてむくんでしまったのかストレス太りか...。とにかく二枚目はすっきり顔でいてね(自分のことは棚にあげるのだ)。
★★他に、ヒギンズ夫人の草村礼子、女中頭ピアス夫人の春風ひとみ、カーパシーの藤木孝と、芸達者たちが揃っていたのも嬉しい限り。そしてトランシルバニア女王役で伝説の春日野八千代の相手役だった月丘夢路の姿を舞台で観ることができたというのもありがたい。
プログラムには過去の上演年譜と上演写真録がついていたのも嬉しかった。ヘプバーンの映画がつくられるよりも前、ブロードウェー初演から7年後の1963年に日本で初演されたという。過去の舞台写真を見ながらご贔屓の宝田明のヒギンズが見てみたかったなあと思った。ただし、誤植もいくつか見つかったので東宝さんのHPのメールあて先にお知らせした。先日きちんとお詫びのお返事がきたが、私のようなオタクには資料としてもあとから何回も見るので間違って記憶することがあるのだからそういう緊張感をもってつくって欲しいと思う。
クンツェ&リーヴァイによる新作『M・A』を日本で世界初演する時代がきてしまった。日本でミュージカルがこんなに受け入れられるとは『マイ・フェア・レディ』初演の頃には誰も思わなかったのではないか。この私もミュージカルから歌舞伎まで観劇するようになるとは思わなかったし。時代は変化していく。個人も変化していく。恵まれた人たちだけが幸せになれる社会にだけは向かって欲しくない。
イライザが元のゴヴェント・ガーデンの仲間のところに自分の居場所がないことがわかった場面はちょっとせつなかったな。
写真は東宝のHPからの舞台写真。アスコット競馬の場面。この場面全員の衣裳が素敵。
DVDで予習した時の記事はこちら
ストーリーはよく知られた話だし、省略。
それにしても今回けっこう気にして観たのは、イライザの訛り。元々は「A」が「エイ」でなく「アイ」になってしまうというのと「H」が発音できないフランス人のような訛りという2点をチェック。今回の台本ではどのようにするのだろうと思って聴いていた。「H」は♪「あなのパリ」とか「あったかいえやでさ」♪、「みてろよ、エンリー・イギンズ」♪などなどまずまず。「エイ」→「アイ」は「エイ」←→「アイ」になっていた。ピッカリングを「たいしょう=大将」ではなく「ていしょう」と呼ぶなどまあ、日本語への翻案の苦心が偲ばれた。
装置は21世紀バージョンになった際に一新されたそうだが、階段を使った抽象的なもの。昨年の『SHIROH』といい、階段で上下の差を出したり、左右に割って場面転換するなど、今の流行かもしれないなんて思ってしまった。
以下、キャストについての感想を中心に書く。
★大地真央=イライザ
代表作というだけあって、自由自在。花売り娘時代の元気だが貧しい育ちがにじみ出る言葉使い・態度も楽しそうに活き活きと演じていて観ていて気持ちがいい。向上意識をきちんともった花売り娘だというところをきちんと出したいというご本人の解釈で顔は汚していないという。ヒギンズに標準語?を習いにきた時の彼女のプライドを持った態度もいい。だからこそピッカリングは彼女に好感を持って応援者になる気になるだろうという自然な流れができている。
彼女の一番の気がかりは歌だったのだが、今回は感心した。高音域になるとひっくりかえって不安定になることがけっこうあったのにバッチリ決まった!さらに歌の中で出てくる王様の低音域もきかせてくれる。やはり完璧主義者にふさわしくヴォイストレーニングを積んでいるようで見直した。この役はしばらく誰にも渡さないだろうな。確かにこんなに猥雑→上品までの広い演技の幅を活き活きと魅力的に演じ、歌えるミュージカル女優は今なかなかいないだろう。
アスコット競馬で上品に登場し、馬の走る姿に馬脚をあらわす場面の魅力的なこと!これにはフレディが惚れるのも無理はない。
上流社会のレディとしての修行の中で自我に目覚め、花売り娘扱いを続けるヒギンズに怒りをぶつけ、彼の母も味方につけてしまうほどの人間的魅力も備えていくところも説得力のある演技に満足。
映画版で違和感を感じたラストの「イライザ、僕のスリッパはどこ?」の場面、ハタと合点がいってしまった。ヒギンズは嬉し泣きをしているのでは?それくらい彼女が戻ってきたのが嬉しいのに彼は帽子で顔を隠して素直に気持ちを表わさないのではないか?と、勝手に解釈してしまったのだ。それくらいふたりの心は深く結びついていたという雰囲気が3階のB席まで伝わってきた。この雰囲気を出すためにはかなりふたりの息が合っていないとダメだと思うが、ラク前でもあり十分合格という感じだった。
★ヒギンズ=石井一孝
彼のヒギンズがどうかというのが今回の一番の関心事だったが、予想以上に良かった。女嫌いの変人ぶりを熱演していた。彼の女嫌いは不幸にも魅力を感じる女に出会わなかっただけなのに勝手に独身主義者になっていたのだ。自我に目覚めて気持ちをぶつけてきたイライザには魅力を感じ「好きだ」と告白するのだが、いかんせん、それまでの態度が悪すぎて捨てられかける。ここで初めて「おかあさ~ん」とプライドも捨てた混乱をみせ、最後は上記のような場面。石井一孝の熱演があってこそ嬉し泣きの照れ隠しという解釈が成り立ったのだ。まだまだ肩に力の入った演技なのでもう少し大人の男の余裕みたいなものが出てくるといい。次回を期待する。
★ピッカリング=羽場裕一
昨年初めて彼の舞台を『燃えよ剣』と『マリー・アントワネット』で観た。特に後者に感心した。彼のルイ16世の温かい演技によって大地真央のアントワネットもより人間らしさが出てきていた。今回のキャスティングもその延長線で納得がいっていた。ミュージカル初出演らしいが、やはり耳がいい人は歌も音程をはずさない。ちょっとだけ一人で歌う場面も合格!
大地真央と石井一孝、羽場裕一という過去の舞台の共演で醸成された信頼関係の上に展開されたやりとりが気持ちよかった。
★ドゥーリトル(イライザの父)=上條恒彦
上條節健在!『ラ・マンチャの男』の牢名主が一番立派だった印象。昨年の『十二夜』のマルヴォーリオはちょっと可哀想だった(笑)。♪「運がよけりゃ」♪を治田敦・安崎求とともに歌う場面は最高。
★フレディ=浦井健治
予想に反したのが彼だった。「君住む街」を甘い声で歌うのもなかなか魅力的。ところがとにかく若く爽やかでいて欲しかったのだが、双眼鏡で見るとあのルドルフと同一人物と思えないほど丸いお顔になっていた。今回メイクがかなり違うという噂だったのだがメイクのせいだけとは思われない。疲れてむくんでしまったのかストレス太りか...。とにかく二枚目はすっきり顔でいてね(自分のことは棚にあげるのだ)。
★★他に、ヒギンズ夫人の草村礼子、女中頭ピアス夫人の春風ひとみ、カーパシーの藤木孝と、芸達者たちが揃っていたのも嬉しい限り。そしてトランシルバニア女王役で伝説の春日野八千代の相手役だった月丘夢路の姿を舞台で観ることができたというのもありがたい。
プログラムには過去の上演年譜と上演写真録がついていたのも嬉しかった。ヘプバーンの映画がつくられるよりも前、ブロードウェー初演から7年後の1963年に日本で初演されたという。過去の舞台写真を見ながらご贔屓の宝田明のヒギンズが見てみたかったなあと思った。ただし、誤植もいくつか見つかったので東宝さんのHPのメールあて先にお知らせした。先日きちんとお詫びのお返事がきたが、私のようなオタクには資料としてもあとから何回も見るので間違って記憶することがあるのだからそういう緊張感をもってつくって欲しいと思う。
クンツェ&リーヴァイによる新作『M・A』を日本で世界初演する時代がきてしまった。日本でミュージカルがこんなに受け入れられるとは『マイ・フェア・レディ』初演の頃には誰も思わなかったのではないか。この私もミュージカルから歌舞伎まで観劇するようになるとは思わなかったし。時代は変化していく。個人も変化していく。恵まれた人たちだけが幸せになれる社会にだけは向かって欲しくない。
イライザが元のゴヴェント・ガーデンの仲間のところに自分の居場所がないことがわかった場面はちょっとせつなかったな。
写真は東宝のHPからの舞台写真。アスコット競馬の場面。この場面全員の衣裳が素敵。
DVDで予習した時の記事はこちら
羽場さんはよかったです。あのキャラクターはいいですね。ドラマで地味な脇役をやってるころから拝見していますが、歳とともに、いい味が出てくる方ですね。
コメントありがとうございましたm(_ _)m
本当にスゴイ女優さんですよね。『マイ・フェア・レディ』は再演を重ねて磨き上げていってほしいです。
それと真央さんが昔『野田版・十二夜』で二人三役を演った時の舞台が観たかったなあと思うのです。菊之助もよかったけど、彼女の変身振りもきっとよかったと思うのです。ビデオとかDVDないかなあ?
アマゾンで調べたら『劇団夢の遊眠社 COLLECTOR' S BOX』(¥28,800)に入っていそうな気がするんだけど...→ああ、入ってない。でもさいたま市図書館にこのBOXと同じものがあることが判明。視聴覚資料も借りてみようかな。
浜畑賢吉のピッカリングで観ました。
懐かしい思い出です。