特定されるといやなので、正確に書けないのですが、
わたしはクラブとは別に、読書会を開いていたK先生を中心とするサークルのようなものに
所属していました。
他のクラブが3年生を送りだすための卒業旅行であわただしくなる時期、そのサークルも
OBも誘って一泊旅行に行くことになりました。
旅行に大学に通っている先輩も参加することを知ったわたしは、
同じことばかりぐるぐる考えて、考えれば考えるほど気が滅入って、
自分でも何をどうしたいのか、自分が何を考えているのか、さっぱりわからなくなっていました。
「わたしが将来、夢見ているのは、良妻賢母じゃない。
作家になりたいのだ。
これから先、就職するにしろ、結婚するにしろ、選ぶ上で一番大きな決め手となるのは、
経済的なものでも、社会的評価でも、愛情ですらなく、
書くための自由な時間と自由な心の状態を保てる場と
いかに多種類の広い経験を与えてくれるかだ。
わたしはどんなに立派な家でもそこに閉じ込められたくはないし、親族との関わりで精神的に縛られたくもない。
でも、先輩はわたしと結婚したいと言ったわけでもなく、
わたしが高校を卒業したら、きちんとつきあおうと言っただけなのに、
こんなことで悩むなんてばかげている。
これから先、お互いにさまざまな人と出会って、たくさんの別れも経験するだろうに、
ひとりで先走りすぎだ。
ただ、これからわたしの心の内を知らない先輩に対して、最終的に別れることを願って
つきあい続けるのは、どうなんだろう?」
そんなことをあてどなくぐるぐると考え続けていました。
そういえば、先輩には、幼馴染のAくんとは異なるタイプの周囲の目を気にせず行動できる
自信のようなものがありました。
その言動からは、わざとらしくはない礼儀正しさや
自分の生き方を正当な道の上で模索していこうとする
自己管理能力のようなものや計画性が透けて見えました。
先輩の家を訪問した日、そうした先輩の資質が
きちんとしたお家の考え方やしつけからきていたことを感じました。
わたしは恥ずかしげもなく2Kの団地住まいに先輩を招いたことがありました。
たった2間のごちゃごちゃした家を気にかけてもいない先輩に対して、
きれいに手入れされた広々とした家を理由に、
これまで続けてきたずっと心を温かくしてくれていた関係から
逃げ出したくなっている自分に、つくづく嫌気がさしていました。