日朝協会「京都府連合会」です。韓国・朝鮮との友好を進める、日本人の団体です。1カ月¥500 841-4316福谷気付

 世界の出来事から日本・韓国・朝鮮の未来を見る。
 皆さんの声を生かして活動を進めます。

あるブロガーが「弁護士会長声明は確実な利敵行為」として扇動

2018-05-20 | 在日朝鮮人の民族教育

「朝鮮学校補助金主張」日本の弁護士に懲戒請求爆弾

登録:2018-05-18 22:28 修正:2018-05-19 08:13

東京弁護士会「朝鮮学校補助金要求会長声明」 
参加した弁護士への懲戒請求、昨年13万件受付 
日本のブロガー「利敵行為」扇動が本格化 
一部弁護士「業務妨害された」損害賠償請求訴訟計画

 
                                        東京の朝鮮中高等学校の建物=資料写真//ハンギョレ新聞社

 朝鮮学校にも地方自治体は補助金を支給せよと主張したという理由で、該当する弁護士に対する懲戒請求が大量に日本弁護士連合会に届いている。日本のマスコミはブログなどを通じた扇動のためだとし、懲戒請求制度が政治的に悪用されていると指摘した。

 日本弁護士連合会は、朝鮮学校に補助金を交付すべきだという声明に参加した弁護士を対象にした懲戒請求が各地方弁護士会を通じて昨年だけで13万件受け付けられたことが把握されたと18日明らかにした。例年ならば、弁護士に対する懲戒請求件数は年平均2000~3000件だった。日本の弁護士法は、弁護士が不法行為や信頼を害する行為をしたと見られる場合に懲戒を請求できると規定している。

 契機は、東京弁護士会が2016年4月に出した「朝鮮学校に対する適正な補助金交付を要求する会長声明」だった。弁護士たちはこの声明で、文部科学省が朝鮮学校に対する補助金交付を再検討せよとの公文書を地方自治体に送ったことは不当だと明らかにした。

 朝鮮学校は「各種学校」に分類されており、日本の地方自治体は朝鮮学校を外国人学校と見なして運営費と交流事業費の名目で補助金を支給してきた。しかし、2016年の政府公文書を契機に地方自治体は朝鮮学校に対する補助金交付を相次いで中断している。

 懲戒請求書は昨年集中的に受け付けられたが、東京弁護士会が声明を発表した2016年から今年の受付分まで合わせれば13万件以上と見られる。“懲戒請求書爆弾”は、あるブロガーが「弁護士会長声明は確実な利敵行為」として扇動したことにより本格化した。インターネットでは懲戒請求書の様式も共有された。

 東京弁護士会に所属する弁護士2人は16日、不当な懲戒請求で業務を妨害されたとし、自分たちに懲戒請求書を送った人々を対象に損害賠償請求訴訟を起こすと明らかにした。懲戒請求書が受け付けられれば、弁護士会は請求対象者を相手に意見を聞くことになっている。

東京/チョ・ギウォン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

申主任は「一緒に働いたのが盧和子でよかった」という。2人は、お互いに労いの言葉を交わしながら、照れ臭そうに笑っていた。

2018-05-14 | 在日朝鮮人の民族教育

黙々と支え続けて45年/「ウリハッキョだったから」

感謝の中、広島初中高教育会の主任ら退任

5月をもって広島初中高教育会の事務職を退任する盧和子主任(65)と申松子主任(67)を慰労する会が4月30日、同校で行われ、同校の教職員や2人にゆかりのある人たち約30人が出席した。

長年の労をねぎらう参加者たち

会は総聯広島県本部の李兌烔委員長と教育会の李正雄相談役(63)のあいさつで始まった。

それぞれ約45年(盧主任)、30年(申主任)の間、広島県内の朝鮮学校の教育会で事務員を務めた2人の経歴が紹介された後、李兌烔委員長が、在日本朝鮮人教育会中央理事会から送られた感謝状を手渡した。

李兌烔委員長は「事務員は目立たないが、仕事量も多く大変だ。しかし2人は誰が見ていようといまいと、民族教育の発展、そして子どもたちのために、責任感を持って働き続けてくれた」と、敬意を表した。

会では、参加者らが慰労の意を込めた公演を披露し、金英雄校長と教育会の李秀福会長から退職する2人に花束が贈呈された。また、教員たちから記念品が手渡された。

盧主任は「このような場を準備してくれてありがたく思う。感謝状をもらえるなんて夢にも思わなかった。長い間、色んなことがあったが、これまで続けてこられたのは、一緒にいてくれた教員たちや教育会のメンバーのおかげ。本当にありがとう」と声を震わせていた。

花束を受け取る申松子主任(左から2番目)と盧和子主任(3番目)

 「誇りに思う」

申松子主任は四国初中、広島中高を卒業し、総聯愛媛県本部の中予支部に務めた。その後結婚して広島に移り、当時の広島第1初級の教育会で事務員として5年、広島中高で1年ほど働いた。1996年、広島第1初級と広島中高が統合され、広島初中高としてスタートしてからは、幼稚班や寄宿舎を中心に事務員として働き続けてきた。30年間の事務作業、特に現在の校舎に移ってからのおよそ22年は「あっという間だった」という。

一方の盧和子主任は広島中高を卒業後、そのまま同校の事務職に就いた。それから45年、学校運営の「陰」として働き続けた。「事務は本当に目立たない裏方仕事。ただ黙々と45年間、働いてきた」と笑う。

同じ学校で働く教員と比べると、作業は「地味」なものが多く、評価されることも少ない。やりがいを感じる機会も多くはなかった。李正雄相談役は「他人には言えない、辛いこと、苦しいこともあったと思う。それでも組織、学校のために仕事を続けることは、誰にでもできることではない」と話す。それでも続けてこられたのは、学校の大切さを身に染みて感じていたからだった。

教員からは記念品が手渡された。

申主任は中級部入学まで日本学校に通った。日本学校で受けた社会の時間に「韓国は遅れた農業国家」と言われ、恥ずかしさで授業中、ずっと下を向いていた。その後、朝鮮学校はみんなが朝鮮人という話を聞き、その「当たり前のこと」に感動を覚えたという。

盧主任は、広島県海田の同胞トンネで、「日本学校の子とケンカしながら」育った。その中で育んだ民族心が、45年の間、「縁の下の仕事」を続けられた要因だという。

嫌なこともあった。日本の会社だったら辞めていたかもしれない。だけど、ウリハッキョだったから続けられた。2人はそう口をそろえる。

「教員ではない自分たちが、この神聖な民族教育の場で働けたことを、誇りに思う」(盧主任)

退職を前にしても、学校への思いは尽きない。今も続く学校に対する差別、弾圧。とりわけ胸を痛めているのは、生徒数の減少だという。しかし、「情勢がいくら変わろうとも、民族教育は決して変わってはいけない」。盧主任はそう強調しながら、「学校を離れても、広島初中高の良い話が聞きたい」と微笑んだ。

現在の校舎に移ってからは、同じ部屋で毎日顔を合わせながら、共に広島の民族教育を守って来た。申主任は「一緒に働いたのが盧和子でよかった」という。2人は、お互いに労いの言葉を交わしながら、照れ臭そうに笑っていた。

(金孝俊)