脳辺雑記帖 (Nohhen-zahts)

脳病と心筋梗塞を患っての独り暮し、Rondo-Nth の生活・世相雑記。気まぐれ更新ですが、気長にお付合い下さい。

コミックス/ 『土竜の唄』(高橋のぼる) を読む。

2014年08月02日 20時34分13秒 | 読書・鑑賞雑感
私は、バイオレンス系のマンガ・小説は好きな方である。勿論、
暴力そのものは嫌いだし、血や残忍性、苦痛や恐怖等も関わり
たくない。ここでバイオレンスとは、ただの物理暴力ではなく、
支配と服従、見栄や驕り、性愛や金銭、犯罪や欲望、格差と序
列等々、近縁の人間性を含んで織り込まれた事象のことである。

「バイオレンス」とは、人間性の根底が剥き出しになる瞬間であ
る。生き様から死に様までのヒトの生身の姿が、それを中心にす
ることでくっきりと浮き上がるファクターであり、それ故にのっ
ぴきならない生の現場となる。だからこそ、優れたバイオレンス
作品には、人間の実存に迫真する何かが描かれているものだ。


『土竜の唄』は、ヤクザ組織壊滅を目的に潜入捜査官となった、
若いいち交番巡査(菊川玲二)の命懸けの物語である。読む前は、
シリアスで緻密なストーリー、緊迫感とスリルある展開の警察ド
ラマを思い浮かべていたが、読んでみると、劇画風バイオレンス
に狂気とギャグを加えたような、予想外の作品テイストだった。

ヤクザ・バイオレンス系マンガでは、山本英夫の『殺し屋イチ』
が私の知る限りでの傑作であるが、ある意味で『土竜』は『イチ』
を超えた出来栄えの作品にも思う。と言ってもまだ24巻(既出は
40巻超)までしか読んでないが、それでも書評に値する傑作である。

『土竜』は、バイオレンスを描くに、恐怖と狂気、笑い(ギャグ)と
エロスで味付けしている点、『イチ』よりもビートたけし風な作品
に感じる。だが、『イチ』ともたけし映画とも異なるのは、『土竜』
には、虚無感や悲哀感がないか・少ない点であろう。「暗さ」がな
いこと、これはおそらく作者の資質や性格と関係しているのだろう。

(傾向はやや異なるが、本田優貴の『東京闇虫』も狂気の暴力世界
、社会の裏側に蠢く得体の知れない「何か」を鋭く描き出していて、
『土竜』より『イチ』に通じるモノを感じさせる。)


主人公・菊川は、潜入後ヤクザの幹部となるが、あくまで正義感を
捨てず、清濁併せ呑む風にも、悪に与しない。彼は命懸けの度胸と、
持ち前のユーモアとタフネス、機転と強運によって、数々の修羅場
を潜り抜け奇跡的に生き延びる。この明るい(やや有り得ない)展開
には茶々を入れる処か、読み手は大いに元気を貰う感じだ。作者の
リアルで迫真の画力と、予測を許さぬ奇想な展開力につい魅了され、
細部の杜撰も大目にみてしまう。これも作者の筆力と技であろう。

最後に、『土竜』で言及し忘れてならないのが、クレイジー・パピ
ヨンこと、日浦匡也(阿湖義組・若頭)の存在感である。パピヨンは
、若い頃のエルビス・プレスリーの顔をお面にして被ったような顔
の男である。プレスリーという出来すぎた既知のイコン、プレスリ
ー仮面がキザにニヤリと笑う。仮面が笑うので不気味でもあり、何
の笑いだかそれに続く意味が分からない。のだが、場が凍りつくよ
うな凄惨で飛んでもない凶暴性が、かの著名イコンから飛び出す唐
突さに、読者は完全にヤられてしまうだろう。

パピヨンの得体の知れない狂気と凶暴さ、この狂信のキャラクター
に辛うじて拮抗出来るのは、菊川の体を張った自虐なユーモアや偶
然の機知だけである。だがそこで、パピヨンのキャラクターが菊川
を超えつつ光ることで初めて、『土竜の唄』は正統なバイオレンス
・マンガとして成立するのだ。このあざといバランス感覚の描出は
見事であり流石である。


ヒトは「恐いもの」を予め知っておきたい。「恐い」から理解に留
め置きたい。「恐いもの見たさ」とはそのことだ。だが戦慄せざる
を得ない本物の「バイオレンス」、その怖さとは、知ることで形を
掴もうにも掴むことの出来ない、常人の想いも寄らぬ代物、天辺も
底も突き抜けたような、果てのない真っ暗闇に、ひとり裸で放り出
されるような恐怖のことであろうか。

実は、バイオレンスがもつ「恐怖」の原体験とは、我々誰もが経験
している出生直前の「未知へと踏み出す恐怖」に淵源しているので
はなかろうか。冒頭に述べたように、だからこそ、優れた「バイオ
レンス」作品とは、最も根源的で実存的である他ないのである。








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