脳辺雑記帖 (Nohhen-zahts)

脳病と心筋梗塞を患っての独り暮し、Rondo-Nth の生活・世相雑記。気まぐれ更新ですが、気長にお付合い下さい。

加齢性 網膜裂孔・剥離 。

2023年08月12日 20時41分03秒 | その他の病気
丁度1か月前、左眼の網膜が剥離して、下側の視野に黒い幕が出来(視野欠損)、医大病院で緊急手術を受けた。
私は当初、視野に無数の小さな黒いゴミが舞うので、飛蚊症が悪化したものか、寧ろ脳梗塞の前兆症状かと疑った。
左眼の黒いゴミはすぐに消えて眼が霞む感じはあったが、右眼がいつも通りであり楽観してたものの、2日経過しても
左眼の異状は治まらない処か、黒い幕が拡大している気さえする。急にゾッとしてきて、慌てて近医の眼科に飛び込んだ。

中堅規模のR病院には、脳神経科、循環器内科、眼科と揃っている。MRIで脳を診てもらうが異状なし、眼科へ廻ると
即座に「加齢による網膜剥離」と診断された。しかも眼球奥の黄斑まで剥離しているので、やや重症で早急に手術が必要
一週間は入院すると言われ、驚いた。R病院では手術出来ないらしく、隣区の提携大学病院に何とか話を通して貰えた。
翌日、朝8時に迎車タクシーでN医大病院に行き、1日掛かりで術前検査(眼科だけでなくエイズ検査とかPCR検査とか
諸々)を受けた。夕刻にようやく眼科医と面談でき、手術はいつかと訊いたら「明日します」というのでホッとした。

聞けば、眼科の手術は高齢患者の予約待ちで一杯で、そこに毎日あなたのような患者さんが飛び込んで来るという。紹介状
に「緊急手術を要す」と要請があるので、割り込ませて頂けたような話だった。私は一人暮らしなので、1週間分の入院用具
をバッグに詰めて持参してきたのだが、病室に空きがないと言われ、手術は受けられるが入院は不可だという。医師からは、
入院して日々特殊な加療が必要な訳ではないので、日帰り手術の自宅静養でも良いと言われ、入院しないで済んだ。

私も眼科に掛かるのは子供時分以来で50年は掛かっていない。それ程眼科というものに縁がなく人生を過ごしてきた。
「網膜剥離」も言葉は知ってるが、格闘技をするとか自動車事故とかで眼に外傷を受けた場合の傷病と思っていたら、加齢性
つまり年を取ると網膜が自然と剥がれるケースがあるという事は初めて知った。加齢性の眼の病気としては、白内障と飛蚊症
は良く知られていると思う。白内障の手術は10分程度だという。網膜剥離には、網膜に穴(裂孔)があいてその周辺が剥がれる
ものと、網膜の縁がめくれて剥がれるものがあるらしく、私のケースは前者の裂孔剥離で、網膜に5,6か所穴が開いていた。

網膜裂孔手術は、その各穴にレーザーを当ててそれ以上剥がれないように縁止めをする。穴自体は開いたままで自然治癒しない
らしい。網膜剥離については、剥がれた網膜を元の位置に張り付け治す訳だが、一旦剥がれた網膜の部分を張り直してその上に
ガスを注入して重しとして圧する処置をする。このガスは2週間程度で自然と抜けるが、網膜の剥がれをガスで圧迫して貼り付け
しているので、顔面を地面に平行にする姿勢、ベッドでのうつ伏せ寝、座位でも地面と平行姿勢を持続させる様に指導される。
「入院が必要」とはこのうつ伏せ姿勢の維持を介助するためだけである。術後の2,3日が特に姿勢保持が要注意らしい。姿勢
保持が守られないと、再剥離・再手術となるそうだが、幸いに私は何とか独り暮らしをしながら、切り抜けられたようだ。

日帰り手術と言っても、術後の翌8時半にはタクシーで通院し検査と診察を受け、その後一週間毎に経過観察の診察で通院する。
術後の1週間は首から上を洗うことが禁じられ、投薬は3,4種類の目薬を日に4回点眼するだけで、眼の痛みや出血は全く無
かった。術後経過は良好らしい。眼の手術というと眼帯をするものと思っていたが、手術当日~翌朝以外は眼帯はしない。
眼帯で菌の繁殖が起こることがあるからだという説明だった。この数十年眼帯をしているヒトを街中で見掛けない訳である。

私の手術に要した時間は1時間15分程度。当日の病院会計窓口での支払は14万数千円だった。私の左眼の手術は硝子体と
網膜への手術だが、眼球前面にあるレンズ(水晶体)も白内障が少々あるので、そちらの処置も含んだ金額である。その他通院の
都度、2500円位(目薬代含む)掛かる。通院の往復をタクシーにすると5000円は掛かる。今は自転車や地下鉄を使っている。
私など自活出来て大学病院に近い場所に住んでいるから、こんな上手い運びで済むが、田舎暮らし等の高齢者、独居者、貧困層
そんな方々を思い浮かべると、眼の病気ひとつ考えても、どうしているものかと気掛りである。

術後1か月経過した現在、左眼は眼鏡付きで視力0.7まで回復している。(術後1週間では0.06だった。)
但し、左眼で文字を見ると右眼で見える大きさの4分の1にしか見えないのと、モノが水中で屈折するように歪んで見える。
そのため本や新聞を読むときは、左眼の視力が邪魔で右眼だけの片目読みになってしまう。そして生活全般がつい片目生活をして
しまうのである。片目の弱点は、自分でも初めて分かったが、モノの遠近や凹凸がうまく捉えられないことである。それと左眼を
つぶってしまうと左側の視野が狭くなるので、スーパー等外出先でも自分の左側に居るヒトやモノに軽くぶつかり易い。

人間の眼とは、両目でないと遠近や立体感を正確に捉えられないものなのだ。図書館のカウンターで文庫本を受け取ろうと、差し
出された本を右手の指で挟もうとして、空を切ってしまった。本はもう少し上にあったようだ。こんな体験は初めてだし、相手も
やや驚いていた。眼鏡を作ればいいとも思っているが、視力はまだ改善途上である。問題はモノが歪んで見える事態の方だ。
「歪み」は網膜剥離が黄斑部分に及ぶ場合には手術しても出現しやすく、半年~1年それ以後の経過によって改善する場合もある
という。個人差ありで医師がどこまで改善するかを予測できないし、歪みは歳月を経ても完全には解消しないという。
この辺りは再生医療の進歩と実用化を待つ他ないらしい。

私には心筋梗塞の持病があり、循環器内科が近くに必要であるが、新たに眼科も必要になってきた。右眼にも加齢性網膜裂孔が出
る可能性は一般人よりも高いらしい。暮らしと病院。若い頃にはあまり考えなかった組み合わせである。せいぜいが風邪を引いた
ときの内科だった。コンビニさえあれば、どこででも生きていけると言った若いスポーツ選手がいたが、それに必須で「病院」が
付け足されるのが「老人」の定義かもしれない。

これをオチに久しぶりの投稿を結了しようと思ったが、「暮らしと病院」以前に「暮らしとおカネ」こそ老若を問わない根本テーマ
なのである。たとえ目の前に病院があっても、医者に掛かれないおカネのない人々、貧困ゆえに病気治療を諦めざるを得ない人々が
あり得ることの方も、想像し続けねばならない。








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