天然不純物の泉

自遊に生きる。
時悠に歌う。
地結に踊る。

水鏡不比人が思うこと

神々さまと仲良くします

2013年02月28日 20時00分12秒 | Weblog
さよなら神様
おはよう、神々さま

僕はもう神様をすてるよ

これからは神々さまと一緒にあゆむよ

因果応報なんて、

生まれたからには
いつか死ぬなんて法則だけで

もう十分だから

わざわざ懺悔して
生きてるときのあれこれに
もうそれ以上の罰なんて

必要なくてよいじゃない



それにもう

幸せになってほしい人が
いっぱいだから

神様一人じゃ足りないの。


なによりも

僕は

僕の中のたくさんの僕が
幸せになれるようにと

お祈りをしようと思うんだ

統一された僕を
ではなくて

様々な僕を、そのままにして。


大きな僕の幸せと

小さな僕の幸せを

矛盾したまま

それぞれに救い出してあげたいから

もう

統合なんて幻想障害から、抜け出そうと思うの。


僕の中のyaorozuの僕に

今日から神々の祝福を。

久しぶりにきた海

2013年02月28日 18時05分45秒 | Weblog
ひさしぶりに

この海にきてる

もうずいぶんと、

ここから遠ざかってしまった。

たまにしかもう来れなくなっていくだろうから

このひと時は、大切にしなくちゃ。


一つ一つ確実に

消え去っていく感情に

まるで落し物を追ってきたみたいだね


いくつかのやさしさのような僕の行為で

誰も傷つくことのありませんように。



私のあれらは、ただただ私欲

私がこの海にもう一度来るための碇のようなものたち


もうどんどんと冷たくなっていく私が

この海に戻ってこれるようにと

やさしさたちを外側に投げ落としているだけのもの


染まっていく私を知っているから

消えていく私を私が覚えておくために


ただ私のためだけのものだから



だからどうか、私の偽りのやさしさまがいに

誰も心を秤に乗せることのないように。



この海に戻ってくることで

私の秤はもう十分なのだから。



あきらめるべきものはなにか

2013年02月21日 19時17分34秒 | Weblog
「士は、己を知るものの為に死す」

というけど、

この言葉の重みと、リアリティを
ひしひしと感じるね。


未来へ行く為に、諦めなければいけないものがあるとして

僕が諦めるべきものは、

全力を出し切ること

なのだろう。

想いを伝えきることも、だ。

為したいことがある。

その為には、もうそれらは諦めないと。

人の2倍、努力をしなければならない。

一つは自分を高める為の努力を

もう一つは、周りと共に生きる努力を。

そして、最初のほうは、

もう一生、光の当たらない努力として
行うことと決めなければならない。

前者の努力をもって、後者の努力へと

人に光をあてる為の力へと転換しなければならない。



行くべき道を、明らかにすることが

こんなにも寂しいものだなんて

でも、それでも行きたいところがあるのだものね。


あはは、


もういいよ、死ぬまで、全力は出さないよ。


全力を出すのは、死んでからにするよ。



強さへの無自覚

2013年02月18日 21時28分39秒 | Weblog
悪とはなにかと問われたら

それは明確な悪意よりもずっと

強さへの無自覚と答えよう。

僕の一番きらいなものは

そういう形をしております。


人は、しらない間に強くなる。

組織の中での立場によって

人間関係のホームorアウェイによって

金銭のやり取りによって

話を切り出した順番によって

さまざまな形で人は、

あちら側の立場とこちら側の立場に分かれる。

その必然の中から、

しらずしらずの内に、有利な立場は作られる。

それを知って利用することよりも

知らずに、その不利な立場の人を傷つけることのほうが

世の中にはずっとずっと多いのだ。


いつもいつも、その無自覚の優越性に涙するのに

ふと自分が優越者になるとそれはまるで

透明に変わってどこかへいってしまったかのよう。


そんなことに気付いた夜は、

無性に自分が嫌になる。


一番嫌いなものに、自分が成り果てるから

自分が嫌いでしょうがなくなる。

せめて、人を傷つけていることくらい

自覚しやがればかやろー。