かたつむり・つれづれ

アズワンコミュニテイ暮らし みやちまさゆき

イマジンのリズムにのって

2017-05-31 17:21:50 | サイエンズスクールのある暮らし

 サイエンズスクールのことを知ったのは9年前です。

2009年の秋、スクールの短期セミナーに参加しました。

自分の目で見ているもの、聞いているもの、感じているものがとても

狭くて頑固なものだと身に滲みました。

コトバで言ってしまうと、「なーんだ」ということになりそうですが、

そのとき、ぼくは小さな穴から覗いている向こうに広々として明るい

世界が実在している、そういう世界に触れていた、またはそのとき、

すでにその世界に立っていたかもしれないと思い出します。

周囲の、身近な人たちにその感動を伝えようとしましたが、なかなか

伝わりませんでした。

(まだ、底の浅い分かりかただったかも。それは、今もかな?)

 

まず、自分自身がもっと、その世界を見極めてみたいと思いました。

サイエンズスクールは鈴鹿にありました。

サイエンズスクールのある暮らしがしたいと思いました。

身近にスクールがあるということもありますが、自分のなかに、そういう

道標がある暮らしがしたくなったのです。

理屈もありましたが、こころの内よりの欲求もあったように思い出します。

60過ぎて、残りの人生を悔いが残らないように、生きていきたいと思いました。

いままで暮してきたところを離れ、サイエンズスクールのある鈴鹿に移り住

ました。

 

まず、サイエンズスクールの会員になり、スクールを支えるサイエンズ研究

所の会員になりました。

経済的に、自分がどう暮らしていくかは、後回しでした。

 サイエンズスクールには、いろいろなコースが毎月定期的に開催されていま

す。

HPもあるし、FBではスクールの紹介やセミナーや開設しているいろいろな

コースに参加した人の感想文を紹介してくれています。

最近は、持病で養生暮らしのため、スクールのコースには参加できていませ

ん。それを、読むのが楽しみです。

 

先日、「社会を知るためのコース」に参加した人の感想文がFBで紹介されて

いました。

読みながら、ふと、ジョンレノンの「イマジン」が浮かんできました。

日ごろ、音楽のリズムと縁遠いのですが、不思議でした。

そのリズムで読んでみると、同じ感想文なのに違って映ってきました。

よろしかったら、聞いてみてください。

https://www.youtube.com/watch?v=dS5A9gzQfWQ



さて、イマジンの歌詞を口ずさみながら、感想文を読んでみたいです

 

<心に描けるかな 天国なんて無いんだと                                            

 難しくなんてないよ、やってみたら簡単さ                                               

もちろん地獄だって無いし                                                                

 僕たちの上に広がるのは 空だけ                                                      

 ほら君の心にも描けてきただろ 誰もが                                                 

今この時を生き生きと刻んでいけるこの世界が...>

 

     「人と人」を「個人と個人」という観方で観るのが強かったのかも。

      それで、行き詰っていたところに、今回、「社会」という視点で見てき

     て、目から鱗だった。

  自分の中の「社会」というもののイメージが、がらりと変わった。

      今までは、社会は大きく上にあり、力があり、個人は下で社会に従わね

      ならない。

      そんな感じだったのが、社会は人人人、人がいる。一人一人に自由意志

      があり、社会は、そのベースとなって、人が人らしく生きるのを支えて

      いく。そこから、人(誰か)の中のやりたい気持ちが寄って、社会的な

      仕組みや機関ができていく。

     これらは人(私)の一部であるし、人(私)も社会の一部。

  対になることは、ありえない。(50代女性)


<心に描けるかな 国境なんて、元々どこにも無いんだと                  

 難しくなんてないよ、当たり前のことさ                                               

何かのために殺したり死んだりすることもないし                                   

そう、だから宗教にすがる必要もなくなる                                          

 ほら君の心にも描けてきただろ                                                               

誰もが心穏やかに生きられるこの世界が>

 

     「権利・義務、責任、所有」- 私たちの意識を支配している今の

  社会の根幹について、これでもかこれでもか、と見てきた。

      上下で、力で、一人一人を分断し囲おうとするこれらが、いかに

  私たちの内面 奥深くまで浸透しているかを実感した。

       なぜ私はこう考えるんだろう?こう思うんだろう?こう感じる

  のだろう?と、

  自分の考えや思いや感じを剥いでその奥を探っていくと、その奥底、

  足元にある流れが見えてきた。

  その目を周りに向けると、その流れは周りの人たちの足元にも流れて

  いて、それは世界中の人とつながるひとつの流れになっている。

  もともと人と人はこの流れでつながっている。(60代女性)


 

<僕のこと、ただ夢みてるだけって言うかもしれないね

でも、この世界が見えてるのは僕一人じゃないはず

いつしか君も手を携えて、共に歩く日が来るよ

だって元々僕らは「一つの世界」に生きてるんだから

 

   自分や社会を縛っているもの、人間の作り出した考え(責任、

   権利、義務、所有、悪平等など)とはどういうものなのかと

   ゆっくり考えた。

   それがあると架空の世界を実際のようにし、人の姿が見えて

   こない。 

   自分はなにで動いているのだろうか? まわりの人はなにで

   動いているのだろうか?  

   なにを願っているのか、もっと知っていきたくなる。 

   なにか私の中で動き出している。(60代女性)

  

 心に描けるかな 所有なんて無いんだと

「持つ」なんてこと誰にも出来っこないって 

だから、欲張って取り合ったり、飢えて苦しむことも無くなるよ 

人は皆、家族や兄弟なんだから当然さ

ほら君の心にも描けてきただろ 誰もが

贈り合って暮らしていけるこの世界が...>


   “子どもが子どもらしく”だけではなく、子どもも・大人も“

   人が人らしく”成長していくための社会。

   権利や義務、責任、所有から開放されて、自分も、人も、社会も

   縛る事のない、自発的な自由意志で調和され、保ち合う社会。

   すでに実現していたんだなあ。  

   日常から「本心はどうかな?」「どういう状態だったかな?」と

   観察していきたいし、そういう風に成長し合える間柄(社会)に

   したいなぁ、と思う。(20代女性)

 

<僕のこと、ただ夢みてるだけって言うかもしれないね

でも、この世界が見えてるのは僕一人じゃないはず

いつしか君も手を携えて、共に歩く日が来るよ

だって元々僕らは「一つの世界」に生きてるんだから>


    社会と人は、別なものと、捉えていたが、人は、大きな社会の

    中に抱かれて。。。 

    社会と人と、別けようもなく、一つだった。 

    初めて自分が溶けていった、離れようのないもの、その

    ゼロベースで、大きな転換点だった。 社会と人 →「一つ」

    (70代女性)


感想文では、暮らしのなかであまり使われないコトバもときどき

出ています。

そういうコトバとしてでてくるのは、その人の内面のどういう世界

から発してきたものだろうと、その声を聞こうとして読みました。

一人ひとり、コースのなかで、これまでに気がついていなかった

世界に出会っているように思いました。


    <人と社会 どうなっているのだろう?>

   「みんなが幸せに生きられる社会。」

    だれでもが願っていることでしょうが、

    そもそも「社会」とはどういうものでしょうか?

 

参加者は、「社会」というものを自分はどう見てきたのか、どう感じて

きたのか、どう捉えてきたのか、ありのままに、お互い出し合ってきた

んじゃないでしょうか。

そこから、いろいろな捉え方はあるだろうけど、実際、「人と社会は

どうなっているか」という焦点で、観察し、探究したのでしょう。

なにかの結論が出たと言うより、自分で見たり、聞いたり、捉えたり

している「社会」を「実際は、どうなっているのだろう?」という問い

を立てて見極めようとしたんではないでしょうか?

その自問とお互いの交流から、なにか、かつてない新しい自分や社会に

出会えたという感動が湧いてきたのでしょう。

そこが、最初の一歩だと思いました。

周囲社会は、忙しくて、そんな問いにかかわっておれないかもしれません。

この問いを、そこが大事だと暮せる人とともに、もうすでにある

「一つの世界」を見失わないように、暮していきたいです。

 

(「イマジン」の和訳は、アズワン鈴鹿コミュニテイの坂井和貴さんです)