言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

中国共産党による独裁体制の確立と、その現状

2010-11-15 | 日記
陳惠運・野村旗守 『中国は崩壊しない』 ( p.64 )

 中華人民共和国は、毛沢東の共産党が蔣介石の国民党を打倒して成立した。共産党が国民党を糾弾するとき、その最大の罪として呼号したのは「一党独裁」だった。共産党の政権奪取後、当然のことながら新生中国は民主国家に生まれ変わるものと期待されたが、実際にでき上がったのは共産党による、より強固な一党独裁国家だった。
 五六年、毛沢東はいわゆる百花運動(「百花斉放<大鳴大放>・百家争鳴」とも言う。「共産党に対して自由に意見を提出せよ」との意 ) によって批判分子を炙り出し (あぶりだし) 、とくに共産党以外の各党派 (民主党派と総称される) に属する知識人を「右派」として逮捕、粛清した。「右派」に分類された知識人たちは、辺境地に追放されるくらいはまだましで、その多くが失意のうちに絶命した。
 こうして共産党は反対派を一掃して一党独裁体制を確立したのだが、国内外に対して近代国家としての体面を保つため、自分たちに従順な党派に限って民主党派の存続を認めた。建国当時から現在にいたるまで、中国には共産党以外に中国国民党革命委員会、中国民主同盟、中国民主建国会、中国民主促進会、中国農工民主党、中国致公党、九三学社、台湾民主自治同盟の八つの政党がある。
 いずれも中国成立時に国民党に抗して共産党を支持した党派であり、しかも党員数は数万から十数万で、その勢力は七四〇〇万の共産党とは較ぶ (くらぶ) べくもない。すなわち、現在の中国に共産党に対抗し得る政治勢力は存在しない。
 民主党派の指導者たちは日本の衆議院にあたる全国人民代表大会 (全人代) や参議院にあたる政治協商委員会 (政協) などに代表議員として送り込まれているが、その権限はほとんどなく、単なる名誉職に過ぎない。彼らは共産党の指名によって国会に送り込まれたただの飾り物なのだ。
 それ以外にも、中国ではすべての政府の役職に関して共産党が人事権を握っている。
 全人代には三〇〇〇人ほどの代表議員――日本でいう国会議員――がいて、国家主席や国務院総理 (首相) もここで選出される。しかし、選挙にあたって投票用紙に書いてあるのはあらかじめ党が決定した一人の名前だけである。投票とはいっても議員たちの仕事はそこに○をつけるだけなのだ。そのため中国人は、全人代をただのゴム印だと揶揄 (やゆ) している。
 全人代の議員たちは、各地方の行政区から推挙されて北京の全人代にやって来る。一つの行政区から複数の議員が選出されることも多いが、誰を選ぶか、党員の比率をどうするかについて事実上の決定権を持つのは地元の共産党組織である。
 しかし、各地方の共産党トップはすべて党中央から派遣されており、最終的に全人代の代表議員になるには党中央の審査を受けなければならないので、結局人選の権利はすべて北京の党中央が握っていることになる。
 中国には現在、三四の省・自治区・直轄市・特別行政区がある。それらの省長・区長・市長は、各地の人民代表大会で選ばれたことになっているが、実際には裏で北京の党中央が決定している。党中央組織部が何人かのリストを作成して最高首脳部である党中央政治局常務委員会にお伺いを立て、一人に絞ったあとに全人代に降ろすのである。
 表面的に見れば、中国は国民政府が機能し、三権分立が確立した国民国家に見えるが、その実態は、立法府 (全人代、政協) も、司法府 (裁判所と検察院) も、そして中央政府から末端の行政機構まで、すべて北京の共産党中央委員会が裏で人事権を握る完全な一党独裁国家である。大臣クラスの高級役人も党中央の意向一つで簡単に首が飛ぶ。


 中国共産党がいかにして独裁体制を確立したか、また、現在その一党独裁体制はどのようなシステムになっているかが、書かれています。



 一党独裁体制を確立する過程について。

 蔣介石の国民党を糾弾する際に、「一党独裁」であることを批判しておきながら、みずからが権力を握ると、みずから「一党独裁」体制を構築したというのは、権力闘争の「手段」としてはあり得るでしょうが、「卑怯」ではないかという気がしないでもありません。

 また、反対派を潰す手段として「自由に意見を提出せよ」と宣言しておいて、それを信用して提出された意見のうち、共産党に対して批判的な意見の提出者を逮捕・粛清したというのも、「卑怯」ではないかと思います。

 これでは、共産党を信用しろ、というのが無理ではないでしょうか。

 中国共産党は政治的テクニックに長けている、と言えばそれまでですが、やはり、「超えてはならない一線」というものがあるのではないかと思います。



 次に、現在、一党独裁体制はどのようなシステムになっているか、についてですが、

 ここでも、「飾り物」として野党の存在を認めたり、「形だけ」の投票がなされたり、「表面上」三権分立になっているけれども実態は違うなど、「形だけ」民主国家のシステムが整えられているとされています。

 「形だけ」民主制をとり入れるやりかたは、中国共産党の「正当性」を内外にアピールする手段として機能していると思われます。

 「形だけ」ですから、その意図・狙いはもちろん、民主化ではないと考えられます。これも要は、一党独裁体制を維持するための政治的テクニックであり、民主化など「する気はない」ということではないかと思われます。



 もっとも、「社会が安定すれば民主化する」、「それまでは」形だけの民主化にとどめざるを得ない、と解釈する余地がまったくないわけではないので、中国共産党が民主化「する気はない」とまで言い切ってよいのか、という批判はあり得るところです。

 しかし、かりに政治的テクニックとして「形だけ」民主化されているとすれば、

   「形だけ」の民主化であり民主化「する気はない」のではないか、
   独裁体制の維持が目的ではないか、

という追及・批判をかわすうえで、これはきわめて効果的であり、その意味で効果的 (かつ悪質) な「政治的テクニック」だといえます。



 「形だけの民主化」なのか「過渡期の現象」なのか。どちらなのかは、(外部からは) 断定しづらいのですが、中国共産党が一党独裁体制を確立する過程をも併せ (あわせ) 考えれば、「形だけの民主化」であり「独裁体制の維持が目的である」と捉えるのが、適切ではないかと思います。

 とすれば、中国共産党は民主化するつもりはない、中国は民主化されないだろう、と考えることになります。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 中国共産党は分裂しない | トップ | 郵政改革法案は急がなくともよい »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。