言語空間+備忘録

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過去に発生した津波の規模を、東京電力も原子力安全・保安院も知っていた

2011-03-31 | 日記
bloomberg.com」の「Tsunami Wall of Water Risk Known to Engineers, Regulators (1)」( Last Updated: March 27, 2011 23:18 EDT )

(前略)

Japan has suffered 195 tsunamis since 400, according to Japan’s Central Research Institute of Electric Power Industry, which produced a report on tsunami threats to nuclear plants on the opposite coast to Dai-Ichi in July 2008. Three in the past three decades had waves of more than 10 meters.

A 7.6-magnitude quake in 1896 off the east coast of Japan created waves as high as 38 meters, while an 8.6-magnitude temblor in 1933 led to a surge as high as 29 meters, according to the U.S. Geological Survey.

(後略)


 日本の電力中央研究所 (Central Research Institute of Electric Power Industry) によれば、日本は西暦400年以降、195回の津波に襲われており、過去30年間で10メートル以上の津波が3回あったと報告されている。United States Geological Survey (アメリカ地質調査所) によれば、日本の東海岸では1896年のマグニチュード7・6の地震の際に38メートル、1933年のマグニチュード8・6の地震の際に29メートルの津波が発生したと報告されている、と報じられています。



 この知識を前提にして、次のニュースを読んでください。



ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版」の「【インタビュー】原子力安全委との二重チェック体制は機能=保安院の西山審議官」( 2011年 3月 24日 19:38 JST )

 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が経済産業省傘下の原子力安全・保安院の西山英彦審議官(54)に、東京電力福島第1原子力発電所の復旧作業の状況や、今後の原子力政策の方向性について聞いた。

(中略)

WSJ:まだ収束していないが、行政として規制側としての反省点はあるか。

西山審議官:予測が出来なかった津波によって非常用の電源やポンプなど、炉心や使用済み燃料を冷却するために非常時に動かせるべきものが壊れてしまった。このため、なかなか本来の機能が果たせず、このような非常に厳しい状況に追い込まれている。

 これから先に原子力発電所を日本でやっていくには、もちろん停電になっては困るということがあるから、急にすべて止めるわけにはいかないだろうが、津波にも耐え得る、最後の非常用のものだけは少なくても生き残るような形にしなければいけないと思う。

WSJ:多様性のことを言っているのか。

西山審議官:それも可能性はあるのかもしれない。単純に言えば、原発が止まったときに必要な電源と、電源を動かすために必要なポンプは、どんなに大きな津波が来ても大丈夫な場所に置くとか、そういったことを行えば最低限の安全は確保されると思う。

WSJ:想定については。

西山審議官:津波の想定が甘かった。

(後略)


 原子力安全・保安院の西山英彦審議官は「予測が出来なかった津波」「津波の想定が甘かった」とインタビューで述べた、と報じられています。



 「津波の想定が甘かった」という部分は、まだわかります。しかし、

   「予測が出来なかった津波」

 これ、

   おっ、おい!!

と思いませんか? 「予測していて当然」ではないのでしょうか? 今回の津波は14メートル程度と推定されていますが、歴史上、もっと大きな津波があった以上、「予測が出来なかった津波」、これはないでしょう。



 原子力安全・保安院は過去の津波の規模について「知っていて当然」であり、「知っていた」と考えてよいと思います。知っていて、なぜ、「予測が出来なかった津波」などと言うのでしょうか。責任回避を目指している、と勘繰られてもやむを得ないのではないかと思います。

 なお、次の報道 (↓)では、東京電力も原子力安全・保安院も、過去の津波について「知っていた」と報じられています。



日本経済新聞」の「[FT]福島原発、東電が軽視した津波のリスク」( 2011/3/29 0:00 )

(2011年3月26/27日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 大地震の影響で損傷した東京電力の原子力発電所が危機に陥った2週間前、同社の清水正孝社長はこの事態を完全に天災のせいにした。安全を確保するためのシステムを破壊した高さ14メートルの津波は「想定外」だったと述べたのだ。

■地震学者、2年前に危険を警告

 しかし今、この東電の想定に厳しい視線が向けられている。現在も周辺に放射能をまき散らしている同社の福島第1原子力発電所がある地域で巨大津波が発生する可能性があることを、日本のトップクラスの地震学者がつい2年前に繰り返し強調していたことが明らかになったからだ。

 原子力安全・保安院が主催し、東電の社員も出席した安全性評価会議で、地震学者の岡村行信氏は、福島第一原発の設計の想定に疑問を投げかける調査結果があると警告していた。

 原子力安全・保安院のウェブサイトで公開されている議事録によれば、岡村氏は2009年6月に開かれたこの会議で、「津波に関しては・・・全く比べものにならない非常にでかいものが来ているということはもう分かっている」と述べた。

 津波に関する東電の想定、そして海底地震により引き起こされることの多い波に対処しようと同社が築いた防潮堤は、福島第一原発の運命を左右する重大なポイントになった。原発は3月11日のマグニチュード9.0の大地震を耐え抜いたが、約1時間後にやってきた津波が高さ5.5メートルの防潮堤を乗り越え、非常に重要なディーゼル発電機を破壊したからだ。

■869年にも同地域を巨大津波が破壊

 発電所の海側に設置されていたこれらの発電機は、原子炉とその隣の貯蔵タンクの中にある高温のウラン燃料棒の周囲に冷却水を循環させ続けるためのものだった。地震から1日と経たないうちに燃料棒の一部が過熱状態になり、爆発性のある水素ガスや放射性物質を大気中に放出させることになった。

 産業技術総合研究所の活断層・地震研究センター長を務める岡村氏は、原子力安全・保安院の前述の会議で、福島第一原発の設計者が考慮した1938年の津波では小さすぎるかもしれないと指摘。その証拠として、西暦869年にこの地域をもっと大きな津波が襲っていることを挙げた。

 出席していた東電の担当者は、869年の地震では被害がそれほど見当たらないと応じたが、岡村氏は、信頼できる史料にはこの津波で「城が壊れた」という記述があると反論していた。

 東電は福島第1原発の運転を40年前に始めて以来、コンクリート製の防潮堤に一切手を加えていない。また監督当局は昨年、この発電所で最も古い1号機(1971年運転開始)について10年間の運転継続を認可していた。

■警告無視し動かなかった東電

 岡村氏は本紙(英フィナンシャル・タイムズ)の電話取材に対して、福島で起き得る津波の規模に関する警告は、研究所が作った869年の津波のモデルに基づいていると語った。2005年以降、科学的調査で津波が残した堆積物を分析することで、この災害に関する歴史的な記述が裏づけられたという。

 岡村氏は、この地域の津波が、原発の設計が考慮した規模を超える可能性があるという証拠に従って東電が行動しなかったことに腹が立ったと言う。「私が指摘した時に東電が即座に対応したとしても、すべての被害を防げたかどうかは分からないが、彼らは対応すべきだったと思う」

 869年の災害が示唆するリスクを安全性評価報告に盛り込むべきだという再三の提案にもかかわらず、東電と原子力安全・保安院の担当者は、この問題についてはさらに検討すると述べるにとどめた。

 東電は、同社がこの問題を深く追究するのに消極的だったのは、単に、会議の主な議題が地震の地質学に関する別の技術的問題だったからだと話している。「我々は津波の問題を無視したわけではないが、それについて議論するのに適切な場だと思わなかった」と、同社の代表者は言う。

■地震、4年間で2度原発に損傷

 しかし同氏は、津波のリスクを議論するのにふさわしい場がどこだったのかは分からないとつけ加える。

 中部大学の原子力専門家である武田邦彦教授は、原発の計画に携わる地震学者は決まって、地震と津波のリスクを過小評価すると指摘する。今回、地震が日本の原発を損傷させたのは、4年間で2度目のことだ。これらの原発は、結果的に必要であることが判明した厳格な基準に満たない仕様で建てられていた。

 2007年7月には、東電の柏崎刈羽原発(原子炉7基を備えた世界最大の原発)が、日本の北東部で起きたマグニチュード6.6の地震の後に少量の放射線漏れを起こした。柏崎原発は後に、それまで確認されていなかった地質断層線の上に建てられていたことが分かった。

 地震を正確に予測することは不可能だが、批評家は、楽観的なリスク評価は、従来型のエネルギー資源をほとんど持たない国で原子力発電を強く支持する当局の姿勢を反映していると述べている。

■無視・軽視される反対意見

 彼らによれば、反対意見は無視されたり、政府が選んだ委員会でまとめられる報告書で軽視されたりするという。「地震学が間違っていたら、その後のすべてが間違っていることになる」と武田氏は話している。

【議事録の一部抜粋】

 以下は、2009年6月24日に開催された原子力安全・保安院の会議の議事録からの抜粋。この会議の席上、地震学者の岡村行信氏が福島第一原子力発電所を含む各地の原発について、地質学上の脅威に対する安全性を審査した。

 岡村氏:全く比べものにならない非常にでかいもの(津波)が来たことはもう分かっています。それに全く触れられていないのはどうしてなのか、お聞きしたいんです。

 東京電力担当者:(869年の)貞観地震については、被害がそれほど見当たらないということが1点あると思います。

 岡村氏:被害がないというのは、どういう根拠に基づいているのでしょうか。少なくとも、この地震に関する信頼できる記述は日本三大実録(歴史的な文献)だけだと思うんです。それには城が壊れたという記述がある。だから、そんなに被害が少なかったと判断する材料はないのではないかと思うんですが。

 東京電力担当者:すみません、ちょっと言葉が断定的すぎたかもしれません。ご案内のように、歴史地震ということもありますので、今後こういったことがあるかどうかは研究課題として捉えるべきだと思っています。しかし、耐震設計上考慮する地震ということでは、福島地点を考える際には、(1938年の)塩屋埼沖地震で代表できると考えたわけです。

By Mure Dickie and Jonathan Soble




■追記
 bloomberg の記事について、「たんなる高波」なのか「津波」なのか迷いましたが、「津波」と訳すのが正確なようです。下記の記事 (↓) に「津波」と書いてあります。

河北新報社」の「38.2メートル大津波の教訓生かす 大船渡・綾里白浜


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