言語空間+備忘録

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日本の財政出動の評価

2009-11-18 | 日記
リチャード・クー&村山昇作 『世界同時バランスシート不況』 ( p.120 )

 私が欧米を回って一五年前の日本の経験を話すと、「日本の例? とんでもない。あんなばかな真似を自分たちがやると思うか」という反応を示す人は多い。なかには冷静に聞かなければいけないという人も何人かはいるが、そうでない人たちもまだ多いのである。
 そういう人たちに対して、私が使う最も有効な反論材料は図 16 のグラフである。これは一九八〇年からの日本のGDPと商業用不動産価格の推移を表したもので、これを見ると商業用不動産価格が急騰していく一九八〇年代後半はみんなリッチになっているからGDPも急速に伸びている。これは誰にでも説明できる話である。しかし日本のすごいのはバブルが崩壊してからである。一九九〇年を境に商業用不動産価格は大暴落する。一挙に価格が八七%も下がってしまった。ところが、日本のGDPは落ちていないのである。落ちないどころか、過去一八年間一度もバブル期のピークを下回ったことがない。一時的にマイナス成長はあったものの水準は名目でも実質でもバブルのピークを下回ったことはないのである。
 このグラフを見せ、もしアメリカでマンハッタンの不動産が八七%下がって、サンフランシスコが八七%も下がったら、アメリカにどんな経済が残っていると思うかと質問してみると、みんな真顔にならざるを得なくなるのである。日本はそこまで資産価格が下がったにも拘わらず、GDPは落ちなかったし、失業率は六%に達することなく反転した。これでも日本の経済政策は間違っていたと思うのかと言うと、彼らは初めて「あっ」となるのである。
 この一五年間、日本の経済政策が海外にどのように伝わっていたかというと、何もしなくてもゼロ成長なのに、景気対策に一五〇兆円も使ってやはりゼロ成長だったというものである。日本はよほど無駄なモノにお金を使ったに違いないというのが世界の大半の理解なのである。
 そこで、私は最初に図 16 のグラフを見せて彼らの注目を集め、それから日本がバブルの崩壊でどれくらいの損失を被ったのかという図 17 のグラフを示してやる。
 図 17 は、バブルの崩壊で日本が失なった富を示しているが、その金額は一五〇〇兆円にものぼる。土地と株だけで一五〇〇兆円である。ゴルフ会員権やその他もろもろを含めたらもっと大きな金額になるだろう。
 一五〇〇兆円といえば、日本のGDPは五〇〇兆円だからGDPの三年分である。アメリカが大恐慌で株が八分の一になったときでさえ、当時同国で失われた国民の富は一九二九年のGDPの一年分であった。ところが日本は三年分のGDPを失ったのである。ということは、日本はあの大恐慌よりもっとひどい事態に見舞われてもよかったのに、そうはならなかった。なぜかと言えば、日本では当初から政府が財政出動ということで民間の過剰貯蓄 ( =家計の貯蓄プラス企業の純債務返済額 ) を借りて使ってくれたからである。政府がこの金額を借りて使ってくれれば、経済の所得循環は維持されGDPが落ちる理由はなくなる。日本は結局それをずっと続けてきたのである。つまり本来なら景気が悪くなって税収が落ちれば政府は支出も減らそうとするが、日本では逆に図 18 にあるように政府は支出を増やした。そのことが一五〇〇兆円の富を失ったにも拘わらず、日本経済がGDPを落とさずに済むことを可能にしたのである。
 もちろんその結果として日本は巨額の財政赤字を出し、その累積額は一九九〇年から二〇〇五年の一六年間で四六二兆円、バブル期にも財政赤字があったことを差し引いても三一五兆円という大きな金額になった。ここでバブル期の赤字 ( 一九九〇年に九・二兆円 ) を除外しているのは、この部分は経済学で言う完全雇用赤字と考えられ、景気とは関係ない構造的な赤字だと思われるからだ。
 三一五兆円とは大きな金額だが、私はこの赤字は「良い財政赤字」であり、「悪い財政赤字」ではなかったと思っている。その理由は、もしもこの三一五兆円が使われていなかったら日本のGDPはバブル崩壊で激減した可能性があり、その水準は少なくともバブルが始まる前の一九八五年ごろの水準まで落ちた可能性が高い。一九八五年のGDPが三三〇兆円であったことを考えると、GDPの落ち方にもよるが、現実のGDPとその落ちたかもしれないGDPの差は優に一二〇~一八〇兆円あることになる。これが一五年間続いたと考えると、一五〇×一五で二二五〇兆円になる。ということは日本は三一五兆円の財政出動で二〇〇〇兆円のGDPを確保してきたわけで、これはたいへん安い買い物であったと言えよう。土地本位制と言われたこの国で地価が八七%も下がり、一五〇〇兆円も富が失なわれ、民間が一斉に借金返済に回ったにもかかわらず日本のGDPが落ちなかったのは、この三一五兆円のおかげであり、これは大類史上最も成功した財政出動と言っても過言ではないのである。


 バブル崩壊後の 16 年間で、日本は累計 315 兆円にものぼる財政出動をした。この財政出動がなければ、日本の GDP はバブルが始まる前、1985 年頃の水準 ( 330 兆円 ) 程度まで落ちた可能性が高い。したがって、少な目に見積もって、およそ 2000 兆円の GDP を、315 兆円の財政出動で手に入れたことになる。これはたいへん安い買い物であり、これがなければ、日本は大恐慌当時のアメリカよりも悲惨な状態になっていた可能性が高い ( 当時のアメリカはバブル崩壊で GDP 1 年分を失ったが、日本は 3 年分を失っていた ) 。この 315 兆円は、人類史上、最も成功した財政出動である、と書かれています。



 たいへん安い買い物である、というのは、その通りだと思います。

 しかし、この評価 ( 安い買い物 ) には、ひとつの前提があります。日本経済が今後も成長を続ける、という前提です。

 かつて、世界帝国を築いたイギリスも、その頃に比べれば没落したとはいえ、いまの経済規模ははるかに巨大です。したがって、長い目でみれば、一国の経済規模は ( 他国と比べた相対水準はともかく ) 拡大を続ける、と考えてよいと思います。

 とすれば、日本も、長期的な視点で考えて、たいへん安い買い物をした、と言ってよいのではないかと思います。



 しかし、問題がないわけではなく、やはり、問題は存在します。時間です。

 315 兆円で、たいへん安い買い物をした、とはいっても、借金 ( 国債 ) で買ったのですから、当然、金利が発生します。

 したがって、日本経済が再び、規模を拡大して税収が増えるまで、持ちこたえられるか、が問題です。

 持ちこたえられれば、すべてはうまくいくでしょう。しかし、持ちこたえられなければ、( たいへん安い買い物ではあったけれども ) 借金をして無理な買い物をした、ということになるでしょう。



 持ちこたえられなかった場合、評価は一転します。

 「およそ 2000 兆円の GDP を、315 兆円の財政出動で手に入れた」 ・ 「たいへん安い買い物」 という評価は、「実力もないのに、無理をして裕福な暮らしをしようとした」 という評価に変わります。

 このふたつの評価の相違は、行為の面にあるのではなく、おなじ行為を、経済的余裕のある者が行ったか、ない者が行ったか、にあるからです。



 日本については、おそらく、余裕しゃくしゃく、といった状況ではなく、それなりに負担になっているのではないかと思います。余裕があれば、財政再建など、話題にもならないでしょう。

 したがって、日本は、いつまで持ちこたえられるか、という状況なのであり、

 のんびりしている暇 ( ひま ) はない、早急に、経済成長を実現すべく、手を打つべきである、といえます。

 それはもちろん、財政出動によってなされる ( 借金による当面の ) 経済成長ではなく、実力を伴う ( 本物の ) 経済成長でなければなりません。

 とすると、やはり、規制緩和を推進したり、( 福祉など ) 成長分野が自立するまで補助を行う、などが必要とされるのではないかと思います。
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