Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

GISELLE (Fri, Jul 11, 2008)

2008-07-11 | バレエ
公演の半年前にしてキャストの変更がさりげなく行われる様子を見て(ドヴォ・マキ事件参照)、
もともと観たかったヴィシニョーワの『ジゼル』の公演のチケットも、買うのをずっと躊躇していました。
そのうちに時は流れ、いよいよシーズンが開幕した頃、久しぶりにメトのサイトをチェックすると、
が~ん、、、乗り遅れたらしい、、。
めぼしい席はほとんど売れてしまっていました。
これがさらに躊躇する原因となっているうちに、
やがて怪我が理由で全演目からのヴィシニョーワのキャンセルが確定し、
『白鳥~』に続いて、この『ジゼル』でニーナが代役をつとめることが発表されました。
来シーズンをもってABTから引退する意向を発表している彼女なので、
来年のレパートリー次第では、これがABTでニーナの『ジゼル』を見れる最後のチャンスになるかもしれない!
そのうえに、私は今シーズン、『バヤデール』のソロル役で全幕を初めて通しで観る予定だったカレーニョにも
キャンセルを食らってしまったのですが、、今日7/11の公演のアルブレヒト役はそのカレーニョ。
もう観るしかないでしょ、これは!
しかし、時すでに遅し、、残っているチケットは、”メトの外野席後方”ファミリー・サークルの、
それも限りなく後ろの壁に近い席である。
オペラなら、音楽は場所に関係なく聴こえて来るし、ホールの構造によっては
(メトもそうだと個人的には思う)外野席後方が一番音響的にはいい席だったりするので問題はないのだが、
バレエは本当に観てなんぼ、のアートフォームである。
私はオペラではどんな席に座っても絶対にオペラグラスを使わないが、
バレエに関してはファンの方がなぜオペラグラスを使うのか、よくわかる。
いよいよ外野席でオペラグラスを片手に舞台を眺める日が来たのだわ、、と観念し、
$25のチケットを購入したのでした。ニーナとカレーニョを$25で観れるなんて、破格なのだから、、、と自分に言い聞かせて、、。
ありそうにはないけれど、もしこの後にいいチケットが出てくることがあれば、
$25なら、寄付返し(窓口で不要になったチケットを返還すること。返金はされず、
メトへの寄付金扱いになる。)にしてもダメージは少ないし、、と。

そして公演前日の深夜。メトのサイトを徘徊するMadokakipに神はまたしても救いの手を差し伸べられた!

私のバレエの師匠であるところのyol嬢に私のバレエ鑑賞における運の強さを指摘され、
確かに昨年のフェリの『ロミ・ジュリ』における土壇場チケット獲得事件といい、
今年のコルネホ『ジゼル』アルブレヒト役デビュー目撃事件といい、
言われてみればそうかもしれない、、と思いはじめているところですが、
その強運はまだ終わっていなかった。

暗闇の中に浮かび上がるコンピューター・スクリーン。
昨日まで確かにファミリー・サークルを除き、全席SOLD OUTの文字だったのが、Side Parterre Boxに空席を発見!
しかし、サイド・パルテール、、、しかも、どうやら空席は最前列ではなく、二列目。
これは微妙である、、。
私はオペラで何度かこのサイドボックスの二列目以降に座り、苦い思いをしているので、
今では決して座らないようにしている席種のひとつである。
ただし、最前列はいい。むしろ、私は最前列は好き。
サイドのボックスはすべてパーシャル・ビューとチケットにも印刷されている通り、
最前列に座っても、舞台の端は多少切れる。
(どのボックスに座っているかにもより、舞台に近いボックスになるほど、切れ度は高い。)
けれども、最前列なら、デメリットはそれだけ。
逆にパーテール、グランド・ティアで、サイドの真ん中くらいにあたるボックスに座ると、
舞台からも結構近くて、かなり臨場感を味わえる良席です。
さて、空席が出来たボックスは8番。これは上手側のサイドの真ん中にあたる、良ボックス。

ということで、ボックス自体は問題なし。むしろ大問題なのは、この二列目という事実、、。
サイドのボックスの二列目以降といえば、前の人、横のボックスの人の頭で視界は遮られ、
有効視界=全視界のうち実際に舞台が見えている率は25%くらい。
つねに観たい対象を求めて、前の人たちの頭のシルエットの間を縫って首を動かしているため、
目が舞台に慣れるまで乗り物酔いに似た反応をおこすこともあります。
しかし、肉眼で、ダンサーの表情まで見れるというこのメリットも捨てがたい。
ああ、悩んでる暇はない!もしもこの瞬間にも他の誰かがこのチケットを持っていくことがあったら
私は一生悔やみながら生きていかねばならないかもしれない!!

かちっ!

気がつけば、マウスに乗せた手が勝手に購入手続きを始めてました。
恐ろしい我が手!

当日、実際に座席に座ってみると、これがまた記憶の中のそれよりもひどい。
ボックスの最後列にあたる三列目の座席は、ひな壇のようなものにのっているのだが、
そのひな壇のぎりぎりまで私の椅子は下がっているのでもうこれ以上下がれない。
なのに、私の前の一列目の女性が足を組もうと椅子を下げて来た。
私の膝が彼女の椅子と自分の椅子に挟まってギロチン状態である。これはたまらん。
”申し訳ないですが、あんまりスペースがないので下がらないで!”と叫んでしまいました。
ただ、彼女だって足を組むといっても最低限のスペースしかとっていなかったし、
私もそんなことを言うのを気兼ねしたくらい。
とにかく場所が狭いのだ!
オペラでこの座席を利用したときから常々思っているのだが、
これでグランド・ティア正面の座席と大して値段が違わないなんて、何か間違っていないだろうか?
列数を二列に減らすか、そうでなければ、こんな席こそ$25にすべきである!!

そして、舞台が始まってから、これがまた苦行の連続。
25%の視界を30%に近くしようと私も必死なのだが、あまりに首を動かしすぎて酔ってきた。
このレポはそんなサイドボックス酔いの苦しみの中から、
芸術の神さまが舞台に降りた瞬間を目撃したドキュメンタリーです。

第一幕

今日のヒラリオンは前回水曜マチネのださださ激烈思い込み系描写のスタッパスに代わり、
なぜだかちょっぴり都会的な風を吹かしているサヴェリエフ。
前回、スタッパスの踊りに吹き出しがつくなら、”オラはオラの信じたことをやるずら。”
”おまえのせいずら!!”という感じだと書いたが、
サヴェリエフのそれは、”ボクはボクの信じたことをやるまでさ。”、
アルブレヒトに対し、ジゼルが死んだのは、”君のせいなんじゃないか!”という雰囲気。
つまり、どこかスマート。
私はヒラリオンも農民かと思っていたのだが、プレイビルによれば、
ヒラリオンは貴族の狩のお手伝いもしている狩人だそうなんである。
ふーん、、、貴族のお手伝いもするならこちらのサヴェリエフの雰囲気が本来の姿なのかもしれない。
あんなスタッパスのような、激烈さにまかせて、いつ勘違いなことを突然しださないとも限らない雰囲気の人間を
狩のお供に雇っているアルブレヒトの許婚のパパもパパである。
そんな風に見る目がないから娘の許婚にも、村娘に手を出してしまうアルブレヒトのような人間を選んだのだな、
と思われてしまうというものです。


(↑ 過去シーズンより、ケントとカレーニョのコンビ。冒頭の写真はニーナ。)

この一幕は、”狂乱の場”(幕の最後に、アルブレヒトの嘘を知ってジゼルが絶望のあまり
命を失ってしまうまでに至る場面)とペザント(農夫、農民)のパ・ド・ドゥが
しっかりしていないと、退屈になりかねない幕だと思うのだが、
今日の女性ペザントをつとめたリッチェットは『海賊』のオダリスク・ガールズに続き、
私は好印象を持ちました。水曜マチネのレーンよりもずっとディテールが丁寧だし、
どんな姿勢をとっていてもバランスが安定しており、踊りに変な癖もなくて綺麗。
あとほんの少しだけ伸びやかさとか大きさがでるとさらに良くなる気がしますが、
このあたりの役を踊っているダンサーたちの間では期待できる存在です。

一方の男性ペザントのマシューズは、ソロの最初二つの二回転とも
膝が伸びきってしまっていて、あまり美しくなかったのですが、
少し膝の柔らかさ、使い方の安定度に課題があるのかな、という気がします。
残りの回転はうまく決まりましたが、上手く決まったときは非常に膝が柔らかく美しく動いていたので、
これが毎回再現できるようになるといいのにと思います。

しかし、二人の全体の出来としては私が観た今シーズン3回の公演(水曜マチネのレーン&イリーイン、
このリッチェット&マシューズ、そして土曜マチネのコープランド&ロペスのコンビ)のうち、
最も良いペアで、安心して観ていられました。
今日の公演は、主役の二人、ニーナとカレーニョが素晴らしかったのもさることながら、
このペザントの二人、また後ほど大いに言及するつもりのミルタ役のマーフィー、
そしてヒラリオンのサヴェリエフと、主役および準主役のどの役にも
全く穴がなかったことも特筆すべき点だと思います。

たった一点残念だったのはバチルド役のビストロヴァ。
水曜マチネのトーマスに比べると、かなり平たい役作りで
この役がストーリーを展開させるための単なるお人形さんのような存在になってしまったこと。

カレーニョのアルブレヒト。
私は正直、最初、このアルブレヒトはなんて嫌な奴なんだ、と思い、
あまり好きになれませんでした。
ジゼルと接する態度も、にやにやにやにや、へらへらへらへら。
そのあまりの態度に、ジゼルよ!こんな顔に”俺と遊ぼうぜ!”と書いてあるような男に
なぜに引っかかる?!とほぞを噛む思いで見守っていた私です。

しかし、それが大きく揺らぎ展開するのが、ジゼルが真実を知り、だんだん正気を失うあたり。
呆然と見守るカレーニョの姿から、”自分はとんでもないことをしてしまったんじゃ、、、。”という
焦りと激しい後悔の念が伝わってきます。

そして、私が個人的に、そのダンサーがどういう風にアルブレヒト役を描こうとしているかが
わかりやすく提示される場面だと思っている、ヒラリオンとの口論のシーン。
前回水曜マチネのコルネホは、基本はまじめ人間。ちょっとの遊び心と、
あまりに献身的なレイエス=ジゼルに情がほだされ恋仲になった、、という展開で、
この口論のシーンでは、田舎モノ系激情ヒラリオン=スタッパスの、例の、
”おまえのせいずら!!”という叫びに、”お、おれかよ?!”と、ただただびっくり仰天であわてる、という表現で、
運命に翻弄されるアルブレヒトという感じでしたが、
ヒラリオンに”君のせいだろう!”と責められたとき、カレーニョは、
慌てるでも、怒るでもなく、ほんの少しだけ顎をひき、うつ向くのです。
コルネホ=アルブレヒト、土曜マチネのマキ=アルブレヒトが、共にヒラリオンに向かっていく、
前に出て行くアルブレヒトだったのに対し、
後ろに引くアルブレヒトを見せたのは私が観たなかではカレーニョ唯一人でした。
そこには、自分が出来心で引き起こしてしまった不幸のために自分が背負わなければならない
心の呵責と、そして自分を襲う不幸(ウィリによる取り殺し)な運命をまるで
黙って受け入れたかのようで、
ここで初めて、それまでちゃらんぽらんだったアルブレヒトの思いがけない人間性が垣間見えるという、
非常に面白い表現になっていました。
それまでのアルブレヒトの様子から当然前に出て行くのだろうと思いきや、
予想外に引いてみせたカレーニョ。見事です。

一方のニーナ。彼女のジゼルがこれまた至芸の域に達しています。
私は彼女の公演を観た回数が極めて浅く、
熱心なバレエ・ファンの方に比べると、彼女のキャリアの歴史に対する思い入れが少ないため、
『ドン・キホーテ』のレポで書いたような厳しいことを書けてしまうのだと思い、
ファンの方には大変申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、しかし、やはり、
今の彼女の加齢による身体的能力の低下を思うと、あのキトリのような役は、
観客がよくても、多分本人が辛いのではないか、というのが正直な気持ちです。
キャリアのピーク時にその役が素晴らしかったとすればなおのこと、、。
しかし、『白鳥の湖』や、いやそれ以上にこの『ジゼル』のように、
超絶技巧ではなく、表現で役を語るタイプの演目では、彼女は今もって本当に素晴らしいものを見せてくれます。
まず、可憐で元気な村娘だけどどこかに迫り来る不幸の影を感じさせるはかなさをも表現している一幕前半、
何一つ、役として、余分なものも足りないものもない、素晴らしいはまりぶりです。
これが40代の女性とは絶対に見えない。こんなに舞台に近い場所で見ていてもそう感じるのだから、
彼女の表現がいかにすごいかということがわかります。
いや、その表現は正しくないかも。
彼女のジゼルには、年齢とか、美人か不細工か、というような具体性を超えた、
全女性を抽象的に表現しているような気すらしました。
ですから、恋する気持ちがわかる女性なら(そして男性も!)
絶対にニーナが演じるジゼルとコネクトできるはずです。

そして、狂乱の場は、、。
水曜マチネのレイエスに満足している場合ではなかった。
正気と狂気の間を行ったり来たりしている、そのどちらとも、無理をしている感じが一切せず、
あまりにその切り替えが自然で、観ているうちに、これ以外の表現はありえない気がしてきます。
花占いを思い出す個所では、ただ思い出に浸っているだけではなく、
アルブレヒトとの恋が最初の占いの結果どおり悲恋に終わって、
それを確認して心が崩れていく様が、段々早く花びらをちぎっていく姿と呼応しています。
アルブレヒトの剣を拾って、床に円を描いていくときには、
”ここが彼と私の世界なの!だから、誰もここには入ってこないで!”という叫びが聞こえてきそうだし、
どの振りからも、ジゼルの心の叫びが聞こえてきそうで、こんなに切なく、
心がかきむしられる狂乱の場は、レイエスはもちろん、
残念ながら土曜マチネのドヴォからも観ることのできないものでした。

ニーナ、カレーニョともに、ダンサーとしては年齢が高いため、
今が体力的にプライムにある他のダンサーたちにはないハンデはあるし、
それが踊りににじみ出てしまうときもあります。
しかし、逆に、他のダンサーたちにはなくて、彼らにあるものが、
体力的な不足を圧倒的に凌駕している。
何度も役をこなし、自分のものにしたダンサーだけが出来る種類の踊りであった、といえばいいでしょうか。
それから、ニーナの持つ磁力、というのか、彼女と共演すると、
他のダンサーたちも一緒に輝き、もしかすると、いつも以上の実力を発揮するという事実を、
前回の『白鳥~』のゴメスに続き、今日のカレーニョ、マーフィーにも感じました。


第二幕

この幕で私が体験したことを言葉できちんと表現できればいいのですが、、。
これほど、言葉がもどかしく感じられることはありません。

まず、マーフィーのミルタについて触れておかねばなりません。
水曜のマチネで、さわるとひんやりしてそうな冷酷なミルタを演じ、
私に、これこそは彼女の当たり役!と言わしめたマーフィーですが、
今日の彼女は、さらにパワーアップしていました。
もともとテクニックはしっかりしている人だと思うのですが、
役によっては少し色がないような気がしてしまうという、
欠点と紙一重な彼女の踊りの特徴が、この役に関してはすべてポジティブにはたらいてしまう。
怖いくらいのはまり役です。
まるで部下のウィリたちですら、話しかけるのを躊躇しそうな、
この鉄壁の、氷のように静かな、冷ややかさはどうでしょう?
こんな残虐なバレリーナは、今、彼女をおいて地球上に他にはいないのではないか?と思えてきます。

彼女の若干色のない確かなテクニックというのが、見事にミルタの頑固で冷たそうな雰囲気とマッチしてます。

そして、私は、今日、あまりに無理な体勢で舞台を臨んでいるために、
いつ首や腰がはずれてもおかしくない、と思っていたのですが、
それが報われる瞬間がやって来ました。

それは、ヒラリオンをまさに取り殺さんと、ウィリたちが舞台上ななめに
フォーメーションを作り、最も舞台袖に近いウィリのそばに、ミルタが観客に背を向けて立つシーン。
もんどりうって踊り続け苦しむヒラリオン。ミルタが、後ろを向いたまま、
そっと顔を横に向けるポーズをとるのですが、その時のマーフィーの表情といったら!
冷たいサディスティックな表情から、くくくく、、としのび笑いを浮かべる様子に、
足を次々にちぎられていく昆虫を見て楽しんでいるような残虐さを私は感じて、
本当に本当に怖かったです!!マーフィー、あなたは一体何者なのっ?!

しかし、それだけではなく、度重なるミルタの残虐な攻撃にも関わらず、
身を呈してアルブレヒトを守ろうとするジゼルのおかげで、命を失わないまま、
朝の訪れを知らせる鐘が聞こえて、朝焼けが舞台に広がるシーン。
ここに至るまでにも、ジゼルの執拗なねばりに、”この小娘やるわね、、”
というミルタの焦りを静かな中にもかもし出したり、
鐘が聞こえてきたときの、誇り高い様子の中にも敗北を感じている、、といった微妙な表現にも唸らされます。
とにかく、この役での彼女は素晴らしい、この一言につきます。

ニーナとカレーニョが踊るパ・ド・ドゥ以降、ラストまでの20分ほど(でしょうか?
正確に測ったわけではないのでわかりませんが、、)の間に私は、
オペラ鑑賞歴を足してもほんのまれにしかめぐりあえない種類の体験をしました。

それは、完全な作品や音楽との踊りの調和、といいましょうか、
そして、自分もその中に一緒にいる、という、ほとんど超現実的な現象です。
ニーナの踊りのすごさというのは、この作品や音楽と一体化する能力なのではないかと、
『白鳥~』とこの『ジゼル』を観て思い始めています。
踊りが踊りでなくなるといいますか、、彼女が演じている人物そのもの、もしくは作品そのものとなってしまうのです。
そして、観る側も、彼女を通してそれを体験するといえばいいでしょうか、、。
なので、具体的に踊りがどうだった、ということよりも、
私が自分の体に感じた感覚の方がこの日の公演の印象として、強烈に残っています。
カレーニョが救われる場面までの間、私は完全に自分のボックス席を離脱してしまいました。
前の人の頭がうっとうしいとか、首や腰が痛いという感覚も全く消えていました。
ニーナがデイジーの花をカレーニョの上に撒きながら、
彼女のお墓の向こうに後ろ向きに倒れて行ったときに、やっと我に返った状態でした。
アルブレヒトを救った瞬間、その時こそが彼を自分の目に焼き付けられる最後の瞬間になるというジレンマ、
それを越えて彼を助けたいという彼女の気持ちが、これほどリアルに感じられるとは、、。


(↑ アンヘル・コレーラがアルブレヒト役をつとめた公演日からのニーナ)

そして、それを支えていたのが、カレーニョ。
このシーンを通して、彼のそのサポートの流れが途絶えない、そこにいるのだけど、
ほとんどいるのだとわからない、透明な感じはどうでしょう?
彼が腰を支えてニーナが空中を飛んでいるのだと、目には見えても、
感覚的にはニーナが一人で空を飛び回っているような気がしました。
他のダンサーが踊るアルブレヒトからは、全く感じなかった(というか、彼のバチルドとの
いきさつなど、考えもしないことの方が多い。)のですが、
なぜだか、カレーニョのアルブレヒトからは、きっと許婚との婚約を破棄したに違いない、
という確信を彼の踊りから持ったのも、不思議といえば不思議です。

素晴らしいダンサーたちの踊りにふれる機会を与えてくれているABT、
そしてキーロフのNY公演もあった、、。
それでも、こんな感覚を与えてくれた公演はバレエでははじめて。

おそらく、残りの人生、毎シーズンオペラやバレエを観続けたとしても、同級の体験をすることは、
あったとしても、ほんの数度でしょう。もしかすると一度もないということも考えられます。

これは、技術がどうのというレベルを越えた、舞台の神さまがメトに降りた瞬間でした。
私がオペラやバレエに飽きることなく通い続けるのは、まさに10年単位でしかめぐり合えない、
こんな体験をしたいからだ、という私の鑑賞の原点に立ち返る思いがした公演となりました。

Nina Ananiashvili replacing Diana Vishneva (Giselle)
Jose Manuel Carreno (Count Albrecht)
Gennadi Saveliev (Hilarion)
Alexei Agoudine (Wilfred)
Karen Ellis-Wentz (Berthe)
Victor Barbee (The Prince of Courland)
Maria Bystrova (Bathilde)
Maria Riccetto, Jared Matthews (Peasant Pas de Deux)
Gillian Murphy (Myrta)
Melanie Hamrick (Moyna)
Hee Seo (Zulma)

Music: Adolphe Adam
Choreography: after Jean Coralli, Jules Perrot, and Marius Petipa
Conductor: David LaMarche replacing Ormsby Wilkins

Metropolitan Opera House
Parterre Box 8 Mid

*** ジゼル Giselle ***

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6 コメント

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私も観たい! (yol)
2008-07-13 15:46:50
素晴しいレポをありがとう!

私が好きなシーンは
① 激しく後悔するアルブレヒトを優しく見守るジゼル。やがて夜明け、、、。
② ウィリー達からアルブレヒトを守ろうと懇願するジゼルに冷たく「NO」のミルタ
③ 狂乱のシーン

なのですが、そのシーンも情景が感じられるほどの詳細なレポでとても真剣に、何度も読み返してしまいました。

ニーナのジゼルは観たことがありません。
DVDも多分出ていないのではないかしら?

そういった事からもお分かりのように、あなた、ホント強運よ!あぁ、羨ましい!

NYに住んでいたなら私も間違いなく行っていましたとも。
瞬時にクリックしてあなたにSOLD OUTの文字を見せ付けていたかもしれないわ(笑)。

ニーナの素晴しい表現をしっかり目に焼き付けてね!
来週からABT。
行けないかも、と思っていましたが、これはもうなんとしてでも行きたい気持ちです。
返信する
こんな経験は (Madokakip)
2008-07-14 08:23:23
 yol嬢、

本当に、本当に、本当に観に行ってよかった。
こんな経験は、多分、これから先、そう何度もないんじゃないかしら?
いや、二度とないかも、、、。
それくらいに、すごい公演でした。
今でも、感触が体に残っている感じがするもの。
いつもはやはりレポを書かなければいけないこともあって、
かなり頭を使って観ているのだけど、これほどまでに
頭の方がふっとんで、心と体そのものでバレエを観た経験ははじめて。
ニーナとカレーニョ、そしてマーフィーに本当に感謝です。

なので、あなたにも同じ体験をしてほしい私としては、
絶対に、絶対に来週からのABT、特にニーナの白系の作品は
見逃さないでほしい。
一生後悔するわよ~。(この殺し文句でどうだ!)
返信する
うらやましい ( F)
2008-07-15 13:52:14
こんにちわ。
年齢から来る絶対的なパワー低下はともかく、共演したバレリーナから絶賛されるカレーニョのサポートは健在のようですね。
そしてその助力を得て成し遂げられたニーナ奇跡の舞台。
う~ん羨ましい・・・その一言です。

私もそこまで没入できているかは分かりませんが、まれに音楽が聴こえなくなるときがあります。
そして何故かマイムの台詞が頭に入ってくるのです。
終演後、こんな会話をしていたな~と思い出すのですが、もちろん舞台で言葉を発してるわけではありません。
いずれにせよ紡がれる物語の中に入り込むということは、舞台芸術究極の鑑賞法ですね。

ABT来日公演、王室金欠でスルーしようとしたのですが、ニーナ最後(ABT全幕としてはおそらく)の白鳥追加公演だけは押さえました。
Madokakipさんの素晴らしいレポを読んだ後では、ものすごく正解のような気がしてきましたよ!!

返信する
自分で自分が (Madokakip)
2008-07-16 12:51:56
 Fさん、

変な表現ですが、今の私は自分で7/11の自分が羨ましい状態です。
レポにも書いたのですが、なんだかニーナに憑依されたような感じで、
ふっと気付いたときには、誰かが体の中にいたような、身体感覚が残っていました。
まるで『ゴースト』で、パトリック・スウェイジ(古い!)に体を借りられたオダ・メイのように!!

>マイムの台詞が頭に入ってくるのです

わかりますー!私はまだまだ少しずつなのですが、
時々、言葉で語られる台詞なんかよりもずっとずっと雄弁に聞こえるときがありますね。

>王室金欠でスルー

なぬー?いけませんっ!!と思ったら、

>白鳥追加公演だけは押さえました

さすが!今シーズンの公演を観たところでは、
ニーナの白鳥、これは何があっても抑えていただきたい演目でした。
今週の木曜日からもう日本公演が始まるのですね。
少し強硬スケジュールのようで(だって土曜にNYでのシーズンが終わったばかりなのに、、)、
ダンサーの方たちのコンディションが心配ですが、
素晴らしい公演を見せてくれるはず、と信じております。
返信する
ニーナ (yol)
2008-07-21 22:29:27
自分のレポにも書いたけれど、ニーナって一緒に踊る男性ダンサーの力を十分に引き出す特別な才能があると思うわ。
マルセロ・ゴメスの「海賊」を観ましたが、本当に素晴しくて素晴しくて、こんな素晴しいものを見逃さずに済んだのもあなたの脅しのおかげだと、心の底から感謝しています。
そしてもちろんチケット購入のため、数時間も暑いところでじっと待ってくださったYさんにも!

昨年ウヴァーロフとドンQを踊ったニーナも素敵だったけれど、この「海賊」も素晴しかった!
大きな身体のゴメゴメのおかげで、ニーナの太いウエストも全く気にならなかったわ!

そしてホセのアリ。
もう一度観ることが出来たのはコレーラ降板によるものだけれど、ホセの褐色の肌がいかにも「アリ」でしょ?コレーラを見られなくて残念だったけれど、全員濃い顔でそろったせいか、雰囲気がとてもマッチしていました。

あぁ、このままもう一本くらいレポを書いてしまいそうな勢いになってきたので、この辺でやめておきます。
返信する
良かったわ!! (Madokakip)
2008-07-22 13:43:18
 yol嬢、

あなたの『海賊』絶賛レポを読んで、

>ニーナって一緒に踊る男性ダンサーの力を十分に引き出す特別な才能がある

この言葉をかみしめました。
だって、私が見た『海賊』でヘレーラと組んだゴメスは今ひとつぴんと来なかったのよ。
だけど、ニーナと組んだ『白鳥』は!!あーた(ごめんなさい、もうあなたというのももどかしい!)、
彼は普段から実力がある人だとは思うけれど、
それ以上の何かスペシャルなものを発していたわよ。
なので、私、来年はもうニーナの出る公演は全制覇するくらいの勢いで行きます。

ホント不思議よー。写真だとあんなにウェストが、
太ももが、と、あちこちが太めな感じがするのに、
舞台ではなぜだか全く気にならないわ!

私もカレーニョ、間に合って本当に良かったわ!(秋シーズンの『ファンシー・フリー』もよかったけれど、
やっぱり全幕で観たかったの!)
私のバレエ鑑賞史の中で(今は短いけど、これから長くしていく予定よ!)、
この『ジゼル』は、ずっと特別な位置を占めるであろう公演でした。

これを観たあとじゃ、あなたを脅しもするというものよ
でも、いい公演を観れたようで、脅し甲斐があったわ。
私も嬉しいわ!!
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