Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

IPHIGENIE EN TAURIDE (Sat, Dec 22, 2007)

2007-12-22 | メトロポリタン・オペラ
なんと、メトで舞台にかかるのは90年ぶりという『タウリスのイフィゲニア』。
スーザン・グラハムが世界の主要劇場でこの役を歌って成功をおさめ、作品の復活に貢献。
シアトル・オペラとの共同制作という形で、メトがついにこの作品を舞台にかけることになったのも、
そのグラハムがイフィゲニア役を歌うことを前提としたものだったそうですから、
歌手冥利につきる、というものでしょう。
(シアトルではヌチア・フォッチレがイフィゲニア役を歌っていたようです。)

そんないきさつなので、長年上演されなかったのにはわけがあるはず、
音楽がつまらなくても我慢、我慢、と思いながらCDを聴き始めたのですが、
いやいや、なかなか、この作品、いい出来なのです。
同じグルックが作曲した作品、『オルフェオとエウリディーチェ』よりも私は好きかもしれないくらい。
なのに、なぜこんなに『オルフェオ~』と比べてマイナー感が漂っているのか。よくわかりません。
私も、今回、メトでかからなければ、まずは一生素通りの作品となっていた可能性が高いので、
そういった意味では、リバイバルに貢献したグラハムに大感謝、なんですが。。

そのシアトルとの合同制作で演出にあたったのが、スティーブン・ワズワース。
彼の演出には一言も二言もあるので、また吠えてしまいますが、よろしく。

まず、この作品、冒頭の音楽が私は好きなのです。
あらすじとおよそ結びつかないほどに脳天気なメヌエットがしばらく奏でられ、
あれ?CDプレイヤーにセットするCDのディスクを間違えたかしら?と一瞬思う。
しかし、すぐに嵐を描写する音楽になり、このへんのいきなりぶりが、
しかし、舞台ではそういきなりとも思えない、実にたくみな運びになっているのです。
そんな素晴らしい冒頭なので、これに何かを足そうなどという、妙な考えを持つ人がいること自体、
私には信じられない。

しかし、やってしまうのです、このワズワース。
まず幕が開くと、音楽が一切ない中、イフィゲニアと思われる女性が部屋に走り込んでくる。
父アガメムノンにおいつめられ、とっくみあいとなり、祭壇上で剣で刺された後、
上空からするすると降りてきた、ダイアナ(ワイヤーで吊り下げられている)がイフィゲニアを抱えて、
またまっすぐ上空に消えていく、というもの。

このオペラの、幕が始まる前のバックグラウンドについて少しふれておくと、
トロイ戦争に向かうことになったギリシャ軍を集めたアガメムノンの前に、
ダイアナが現れ、航海を妨げるような風を送り始めます。
航海をしたければ、娘をいけにえにすることをアガメムノンに要求するダイアナ。
この要求を聞きいれ、アガメムノンは娘のイフィゲニアを祭壇の上で殺害します。

このオペラの台本では、この後、ダイアナがイフィゲニアの命を救ったという仮定になっていて、
イフィゲニアの肉親兄弟姉妹は、イフィゲニアが死んでしまったと思っていますが、
実は、彼女は、タウリスという国で、ダイアナ付きの高女僧として、敵人であるスキタイ人に仕えています。

どうやらこれを説明するために、付け足されたと思われるこのシーン。
ビジュアル的には、非常に派手でアイ・キャッチングなスタートなんですが、
観客がワオ!などと叫んでいるうちに、これで、すっかり冒頭の音楽の印象が半減。
CDで聴くと、一音目から含めて全てが作品を構成する要素となっているのに、
この舞台では、イフィゲニアが歌いはじめるあたりからが、音楽のスタートであるかのような印象を与える。
しかも、この、イフィゲニアがダイアナに救われた、といういきさつは、
後の歌詞の中に出てくるので、なぜあえてしつこく説明しなければいけないのかが意味不明でもあります。

そういえば、こういう、音楽が始まる前に、ちょっとしたビジュアルを入れたものには、
現在の『蝶々夫人』のプロダクションもありました。
私、こういうわざとらしい演出、嫌いなんです。

一幕

それから15年後(メトのウェブにあるあらすじによると、こうなっているが、
年数に関しては特に歌詞では言及はない。
ただ、彼女が兄弟であるオレステをすぐにそうと判断できないところからも、
相当の年数がたっていることがほのめかされる。)、
嵐がダイアナの神殿を襲い、イフィゲニアと、イフィゲニアと共にギリシャから連れてこられた
他の女僧たちが、神に怒りをおさめるよう祈る。
ここで、ダイアナが、しばしばいけにえとして人命を要求し、
その命を奪う役目をイフィゲニアをはじめとする女僧に課していること、
そんな役目に彼女たちがうんざりしていることが示される。

嵐の場面の音楽をバックに、くるくると踊るイフィゲニアの仲間の女性司祭たち。
しかも、なんと、しまいには、グラハム演じるイフィゲニアまでまきこんで、軽く振りを披露。
そして、思った。なんか、安室奈美江とスーパーモンキーズみたい。
スーザン・グラハムが安室ちゃん、、、??!!

昨年の『オルフェオとエウリディーチェ』のときも思ったのですが、
どうして、こういう中途半端なダンスを挿入するんだろう?
こういう隙間もなく埋め込まれる振りやダンス、ビジュアル・エフェクトなどを見ると、
あまりに躁的で、そして、何よりも、
演出家自身が、作曲家の音楽の力を信じていないような気がする。
もうちょっと、グルックの音楽の力を信用しましょうよ、と言いたくなるのです。

さて、その嵐を見て、イフィゲニアが最近見た悪夢を語り始める。
父アガメムノンは、母クリテムネストラによって殺害され、
そのクリテムネストラが、イフィゲニアに兄弟であるオレステの殺害を強要する、というもの。



さて、歌い始めたスーザン・グラハム。
記憶が抜け落ちていなければ(昔行った公演は、最近思い出せないものも多い。)はじめて彼女の歌を聴きました。
もっと繊細に歌うタイプかと思いきや、わりと大きな声でごりごりと押してくるタイプでびっくり。
というか、ちょっと、私にはうるさく感じられるかも。。
声が大きい、そのことは必ずしも悪いことだとは思わないのですが、
それは、その大きさを効果的に使えて初めて意味のあることで、
彼女のとにかく押しの一点張り的な歌は、繊細さに欠け、ワンパターンで退屈。
特に、アリアでメロディーの二回繰り返しが多いこの作品、
せめて、一回目と二回目でもう少し歌い方が違ってもいいんではないかと思うのですが、
ひたすら、ごりごりごりごり。

仲間の女僧たちがなぐさめるなか、イフィゲニアが歌う
”おお、私の命を永らえてくださった神よ O toi qui prolongeas mes jours"は、
あまりにも美しい旋律のアリア。しかし、ここでもごりごり。
せっかくのメロディー、もっと慈しむように歌ってほしいものです。

さて、そこへスキタイ王、トアスが、失墜の不安から逃れるため、
国内の全ての外国人をいけにえにせよという神からのお告げを受けた、と言ってあわられます。
そこへ、タイミングよく、二人のギリシャ人が、連行されてきたので、
トアスはイフィゲニアに、彼らをいけにえにするよう要求します。

第二幕

この連行されてきたギリシャ人の片割れはオレステといい、もう一人は、そのオレステの小さいころからの親友、ピラーデス。
オレステは、母親殺しの罪から、復讐の三女神に追われて、ほとんど、気が狂う一歩手前の状態で生きているうえ、
こうしてスキタイ人につかまって親友まで死に巻き添えにしてしまうのは自分のせいである、と嘆きます。

この、オレステ、特に出番の最初の方では、いじいじしていて、
下手をすると、大変、頭にくるキャラクターなのですが、
ドミンゴが見事に救っている。もうこの人の歌は至芸の域に達しています。
残念ながら超高音が必要とされる役はもう昔と同じようには歌えないですが、
こういう役を歌うと、解釈の深さという最大の強みのおかげで、
この年齢になってなお、これ以上ないというほど素晴らしい歌を聴かせてくれます。
いや、むしろ、この年齢だからこそ歌いだせる深みというのか。
もともと、ドミンゴの声は重ためな質感なうえに、加齢による分も加わって、
速いパッセージのところになると、少しその声の重たさがひっかかる部分もありますが、
それ以外のところでは、もう、何も言うことはないほどの完璧ともいえる出来でした。
それぞれのフレーズにこめられた感情の豊かさと、どんなフレーズ、どんな一音も無駄にしない姿勢には神々しささえ感じました。
彼の芸術性にくらべると、グラハムの歌は、、、比べるのが酷というものでしょうか?

グラハムよりも、むしろ、ドミンゴをしっかり支えて見事だったのは、グローブズ。
この人は、『ファースト・エンペラー』にも出演していたので、よく考えると、ドミンゴとは始皇帝コンビなのです。
彼がそんないじいじ君、オレステをなぐさめて、二人で一緒に死ねるなら、
これほどの幸せはない、といじらしく歌う
”ほんの幼い頃から仲良しだった Unis des la plus tendre enfance”は、
ドミンゴの深い渋めのテノール声と相性のよい、若い輝かしさを感じさせる声(同じくテノール)で
(二人は同い年ぐらいじゃないのか?という、せこいつっこみをする気も失せるのです。)
とつとつと、しかし、ほとんど男女間の恋愛をも思わせる熱いものを感じさせる歌声で、
ふと、今日の観客には男性のゲイのカップルの方が多いように感じたのですが
(私のお隣もそうだった)、謎がとけた気がします。



その、二人で死ねるなら!とやっと意気高揚したところに、兵があらわれ、
ピラーデスだけをしょっぴいて行ってしまいます。
この二人が引き離される場面は、お隣のカップルもぎゅっ!と手を握り締め、
私も胸が張り裂けんばかりの思いで見つめました。

そして、この後のアリアがこの作品のすごいところなのです。
”静けさが私の胸に戻り Le calme rentre dans mon coueur"、
このアリアでは、あの胸も張り裂けんばかりの別離を経たばかりのオレステが、
なんと、”あまりの逆境と辛さに、静けさが自分の胸に生まれてきた”と歌うのです。
感情を爆発させるイタリア・オペラとは対照的な、この達観ともいえる境地。
これまた、泣かされます。
ドミンゴが、また上手いのです。本当に。

そのまま眠りに入ってしまったオレステを夢の中まで追い回す復讐の三女神。
目を覚ましたオレステの目の前にはイフィゲニアが。
一目見たときから、オレステに絆のようなものを感じるイフィゲニアですが、
確信が持てないため、自らの素性を明かさないまま、ミケーネの王の一家はどうなったか?と質問します。
オレステが明かす、クリテムネストラがイフィゲニアの仇を討とうとアガメムノン王を殺害したこと、
そして、そのアガメムノン王の仇をうつためにクリテムネストラを殺害したオレステ。
しかし、彼はここで、オレステは自害した、と、嘘をつきます。
家族のほとんどと、国も希望も全てを失った、と嘆くイフィゲニアのアリア、”おお、不幸なイフィゲニア O malheureuse Iphigenie”。
ここでも、この話の筋を知らなければ、ほとんど、この悲惨な歌の内容が想像できないような美しいメロディー。
しかし、この美しいメロディーのコーティングの下に見える悲しみがなんともせつないのです。

第三幕

この囚われ人に、さらなる強い絆を感じたイフィゲニアは、少なくとも二人のうちの一人を救い、
その救ったほうのギリシャ人にミケーネに残された唯一の妹エレクトラへの手紙を託そうと計画します。
拷問を受けた後にオレステとの再会を許されたピラーデス。
オレステに生き残ることを命じ、手紙を運ぶように伝えるイフィゲニア。
三重唱 Je pourrais du tyranで、暴君トアスの裏をかいてやる、と歌うイフィゲニア、
突然与えられた生へのチャンスにもあまり嬉しそうでないオレステ、
逆にオレステのために心から喜ぶ、あまりにも心が男前な男、ピラーデスの、
三者三様の心が描かれます。
ピラーデスのアリア、”ああ、友よ Ah! mon ami”では、またグローブズが端正な歌唱を披露。
しかし、この期に及んでもいまだにいじいじ君なオレステは、
いきなりナイフをつかんで自らにつきたて、ピラーデスと役割を交代させてくれなければ、
自らの命を絶つ!と脅します。
しかたなく、イフィゲニアはピラーデスに手紙を託し、彼を逃してやることにします。

四幕

残ったオレステをいけにえにすることがどうしてもできないイフィゲニア。
しまいにはダイアナへ怒りの言葉を吐きます。
やがて、いけにえの儀式のためにイフィゲニアの前に連れてこられたオレステ。
イフィゲニアの苦悩と彼への思いやりに心を動かされたオレステは、
勇気を持って、自らの任務を遂行するよう諭します。
ここでのオレステは、すでにもはやあのいじいじ君ではなく、
ドミンゴの演技力と歌唱力もあいまって、自らが死に直面しているというのに、
イフィゲニアに深い思いやりを示す素晴らしい男性へと変化を遂げているのです。
最後の瞬間に、オレステが口にする、
”愛する姉妹、イフィゲニアよ。そなたもこのようにアウリスで事絶えたのであろう!”という言葉によって、
一瞬にして事態を理解するイフィゲニアとオレステ。と、そこへ、
イフィゲニアが、勝手にピラーデスを逃がしたことを知り、怒り狂ったトアスがやってきます。
すぐにもいけにえにされそうなオレステ。
そこに、間一髪で、ギリシャ兵たちを率いたピラーデスがオレステを救うために戻ってきます。
スキタイ兵とギリシャ兵が戦いを交える中、トアスは命を落としますが、
やがてダイアナがあらわれ、オレステを許し、復讐の三女神の怒りを鎮め、
皆を無事にミケーネに送り届けることにします。

と、ここで普通にハッピー・エンディングでよいのに、あろうことか、
歌のパートが全て終わって、オーケストラの演奏だけになったところで、
演出家ワズワースは、イフィゲニアを抱擁しようとするオレステの腕をかわし、
イフィゲニアに、クリテムネストラを連想させる黄緑の布(彼女が王を殺害するシーンがフラッシュバックのように演じられるシーンがあるが、
そこで彼女が着ていたドレスの色がこの黄緑色。)を顔に押しあて、
泣き崩れさせるのです。



わけがわからずおろおろするオレステ。
しかし、最後には、その布を捨て、オレステと抱擁するイフィゲニア。




要はイフィゲニアの、自分のために父を殺してくれた母、
その母の命を奪った、しかし大事な兄弟であるオレステへの葛藤する感情を表現しようとしたものだと思うのですが、

①音楽ではその逡巡はとっくの昔に終わっていて、最後のオーケストラの音楽は、
あくまでハッピーエンディングの音楽である。
②グラハムはここで一切歌を歌えないので(なぜなら歌のパートは終わってしまっているから)、
この演技を支えるものが何もない。
③とにかくこの短いオーケストラの後奏に、そんな複雑な葛藤の感情の全てを押し込むのは無理。
あまりにも唐突な感じがぬぐえない。

というわけで、またしても、私の、
”音楽と関係のないことを舞台で行わないでください”という切実な願いは無視されたのでした。

このわざとらしい演出がなければ、もっともっとよい公演になっていたようにも思いますが、
ドミンゴの歌唱の芸術度の高さにとにかく圧倒された夜となりました。

そうそう、ラングレというこの指揮者も、なかなか適切なテンポ設定などで、
音楽に忠実に奉仕する姿が好印象でした。

その指揮者もまじえ、キャスト全員が舞台上にならんでお辞儀をした後、
グローブズとドミンゴとの3人だけで、もう一度、前に進み出ようとしたグラハムに、
申し訳なさそうに、ラングレの方を見やり、下がったときには、
あわててそのラングレの手をとって、もう一度バウイングをしようとしたドミンゴの優しさも印象的でした。
それにひきかえ、グラハムのやや勘違いな態度には興ざめ。
自分のためのプロダクションなのよ!ということなのかもしれませんが、
彼女の歌には、とにかくドミンゴのそれと同じレベルの深みというものが、私には全く感じられませんでした。


Susan Graham (Iphigenie)
Placido Domingo (Oreste)
Paul Groves (Pylade)
William Shimell (Thoas)
Conductor: Louis Langree
Production: Stephen Wadsworth
Grand Tier C Even
OFF
***グルック タウリスのイフィゲニア Gluck Iphigenie en Tauride***

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24 コメント

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お言葉に甘えて (みやび)
2009-03-01 18:09:55
とぼけた時期に「アドリアーナ」につけたコメントに暖かいお返事を頂いたうえ、ドミンゴの記事にリンクまではっていただき、ありがとうございます♪

あまりに内容豊富すぎて、あっちこっち観て回るだけで大変なのですが、お言葉に甘えてあちこちに出没させていただきます。

ドミンゴは最近「タメルラーノ」とこの作品と、続けてバロックものに出ていますね。随分と前からやりたい、と言っていた演目なのですが、昨今のバロック音楽はオリジナル楽器を使ったり、歌手もバロックを専門、あるいはメインのレパートリーとしている人が多くなっていて、ドミンゴが歌うと「スタイルが違う!」なんて非難轟々なのでは、とちょっとヒヤヒヤしていました(苦笑)。おそらく「グラハムのタイトル・ロール」という売りがなければ、ドミンゴがMETでこのオペラを歌うことはできなかったのではないでしょうか。
とはいえ、METのような大きなオペラハウスでの上演となると、バロック専門の歌手よりもドミンゴの方が有利な部分もあるのかもしれませんね。

この公演もネットで聴いただけでしたので、上演の様子がわかって嬉しいです。録音したのを引っ張り出して、もう一度聞きなおしてみます。



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オペラの海は広し (Madokakip)
2009-03-02 09:01:35
 みやびさん、

>あちこちに出没させていただきます

どうぞ、どうぞ!
私も何か理由がないと過去記事を見ることがほとんどないので、
こうしてコメントを頂くと、ああ、こんな公演もあったなあ、、と振り返るいい機会になります。

『タメルラーノ』、勉強不足で聞いたことがないタイトルだな、と思ったら、
ヘンデルの作品なんですね。

>「スタイルが違う!」なんて非難轟々

多分そういう意味ではメトはこういうレパートリーにチャレンジしやすい劇場かもしれないです。
というのも、メト・オケを使わないことは絶対にありえないので、
すでにそこでオリジナル楽器のオケではないことになり、
それに加えて、おっしゃるように劇場のサイズが大きいので、
バロック専門の歌手にこだわる理由がないんですね。

確かにこの演目が公演できたこと自体は、
グラハムの力といってもいいようなものなのですが、
私はこの『タウリスの~』では、ドミンゴの歌の方に耳がひかれました。
返信する
思うこと少し ()
2010-09-25 12:50:27
ROH「椿姫」でのコメント欄のフィーバーぶりも一段落したかしら、と思ったら、今度はシーズン開幕でお忙しいのですね。
そんなところへあまりタイムリーでもない話題を書き込むのも恐縮なのですが、
>ドミンゴのバロックについては、少々思うところもあるので、また別にコメントさせていただきますね。
と予告しちゃいましたので、その分だけでも。
おっと、申し遅れましたが、拙宅の拙い文章なども楽しんで読んで下さったようで、ありがとうございました。

・・・オレステってバリトンじゃん。
ドミンゴが「タウリスのイフィゲニア」のオレステを歌うと聞いて、真っ先に思ったのがこれ。

録音があるのも、思いつく限り、フィッシャー=ディースカウ、プライ(ドイツ語だけど)、アレン、ハンプソン、キーンリーサイドとバリトンばっかりなんですけども。
「シモン」があれだけ話題になってるのに、どうして誰もつっこまないんだ? って不思議でしたね~。
まあそれだけバロックってマイナーだってことなんでしょうけども。

YouTubeで○し撮りを一つだけ見つけたので見てみましたが・・・、やっぱりドミンゴはテノールだ、と改めて認識。
確かに、ピラデよりもオレステの方が役としてはドラマチックだが・・・。

「タメルラーノ」のバヤゼット、これは正真正銘テノールの役だし、なるほどいかにもドミンゴがやりたがりそうな役だな、と思いました。実質主役の、格好いい父親の役だし(初演の歌手が高音得意でなかったので、ヘンデル音下げて書き直してるし;爆)。
で、こちらの方がDVDも出てる分、YouTubeにも比較材料が多かったのですけど・・・。

バロックといっても、グルックだと、モーツァルトあたりがきちんと歌える人なら、違和感なく聴けると思います。
(上で名前を挙げた中にも、バロックが本職の人はだれもいないし。)
でも、ヘンデルとなると、もう少し様式感が要求される、みたいですね。
マクリーシュの指揮のテンポがいいだけに、一生懸命ついてってます感が漂うのが涙ぐましい・・・。
いずれにしても、歌い回しになんとなくイタオペっぽさが出るのが、私には少々辛いです。
この役は、馴染んでいるトマス・ランドルのが十分すばらしいですから。
http://www.youtube.com/watch?v=qx1KdUE4eXI
(ついでにふと思いついて、イレーネの聞き比べをやってみて、うん、アンナ嬢の圧勝だ、と思いました;笑)

まあ、バロック音楽の世界に、片足の先くらい突っ込んでみて思うのは、まだまだこの業界、圧倒的にマイナーだということです。
誰かがやりたいといってくれないとなかなか舞台にもかからないというか。これでバロックオペラのファン以外にも裾野が広がれば・・・ってことは、割と誰しも思ってるんじゃないかという感じがします。

個人的なことを言えば、モダン楽器のオケでもテンポ良くきびきびと聴かせてくれれば満足で、ピリオド楽器にこだわってるわけではないんです(なので、指揮者の名前は見ますけど)。
実をいえば、「タウリスのイフィゲニア」をYouTubeで聞き比べしていて、いっとう気に入ったのはモダンオケのこれ。
http://www.youtube.com/watch?v=BbNPlpPCqbw
序曲が一番ツボにはまった上に、ヴェロニク・ジェンスのイフィゲニアが、もうぴったり(チューリヒのは、やっぱりちょっと声が細くて)。
全曲あったら音だけでも聴きたい! って思ったくらいですが、ネットでの放送とかも別に無かったみたいで、残念です。
返信する
かっこいい~ (sora)
2010-09-26 02:31:38
トマス・ランドルさん素敵ですね~。声も顔も

バロックオペラ?をちゃんと聴いたのは映画館で初めて観た‘ジュリオ・チェーザレ’だけですが、美しい歌が多いので聴きだすとなかなか面白そうだなぁ~とは思ったものの、アリアの繰り返しが多くて多くて‘またかいな’という印象が。。。かなりコントみたいでした。
あ、グルックの‘オルフェオとエウリディーチェ’もバロックですね。こっちはMETHDで。
これはコントっぽくはなかったかも(?忘れました。)

今ラジオでサンフランシスコオペラの「アリオダンテ」を聴いてますが、やっぱり独特の息継ぎ感?がありますね。ロッシーニのコロコロ感も頭に浮かんできます。
ドミンゴは、、、なんか相当違和感有り!?
返信する
soraさん (galahad)
2010-09-26 09:54:20
トム・ランドルお気に召しましたらぜひ「オルランド・パラディーノ」http://www.hmv.co.jp/news/article/1003290108/
を!

自分がバッハヘンデル、バロックから入ってるものでそんなにマイナージャンルだと思ってませんでした。 私はバロック「も歌える」人は好きですが、バロック「でも歌ってみるか」という人はちょっと…? 突然失礼しました。
返信する
頂いた順です。 (Madokakip)
2010-09-27 12:23:42
頂いた順です。

彩さん、

>そんなところへあまりタイムリーでもない話題を書き込むのも恐縮なのですが

とんでもない!
イフィゲニアは新シーズンのレパートリーにも入っていますし、十分タイムリーです!

>・・・オレステってバリトンじゃん

これ、どうなんでしょうね。
一応、こちらのWikipediaなんかでは、バリトンもしくはテノール、となっているんですが、
どちらも歌ったことがある、という程度の意味なのか、ちょっとはっきりしないです。
確かに歴代では、バリトンが優勢な感じがしますよね。
実際、テノールでないと出せないような難しい高音があるわけでもないし、
ピラーデス役とのバランスから、バリトンの方がいい、という考え方もあるかもしれません。
ただ、メトで見た限りでは、やはりこれは圧倒的にイフィゲニアの物語で、
オレステですら、結構“脇”な感じが私にはしました。
ですから、ドミ様ファンの皆様はもしかすると、新シーズンのHDでは、
“これだけ~?”と、ちょっと食い足りない感じを味わわれるかもしれません。

その点で、やはり、『シモン』や『リゴレット』におけるようなバリトン・ロールへの挑戦とは、
同じところでは計れないな、と思う部分はあります。
(もちろん、他にも“ヴェルディの”バリトン・ロールを歌う、という観点からの、
つまり、役の大きさだけではなく、スタイルを保って歌えるか、という意味合いでの大きさもあったでしょう。)

>モダン楽器のオケでもテンポ良くきびきびと聴かせてくれれば満足で、ピリオド楽器にこだわってるわけではないんです

なるほど!それではメトのイフィゲニアにもいくらかのチャンスはありますね!


soraさん、

>アリアの繰り返しが多くて多くて

(笑)わかります。それから、あのバロックに特有の、
音がかくかくと上がって下がって上がって下がって、、も、作品によっては苦手なことがあります。

galahadさん、

こんにちは!

>自分がバッハヘンデル、バロックから入ってるものでそんなにマイナージャンルだと思ってませんでした

メジャーvsマイナーの概念は見方によっても違ってくるかもしれないですよね。
相対的に言うなら、やはり、例えば、ヴェルディやプッチーニのような作品に比べると
同じくらいメジャーだとは言いにくい部分もありますが、
絶対的に言えば、段々とマイナーとは言えなくなってきているかもしれませんね。
私個人のバロックへのエクスポージャーの低さは、メトで全然上演がない、このことがネックになってます。
CDで聞く音源も、つい、実演で見る演目が優先になってしまうので、
上演がないと、CDやラジオで聴く機会も減ってしまうので、、。

しかし、こちらの記事のコメント欄のペイストリー・オペラの件についてはお読みになりましたでしょうか?

http://blog.goo.ne.jp/madokakip/e/3e2da7a1efe471bc719fdd0fb7322fdd

というわけで、メトも少しはバロック・ブームに追いつこうとしているようです、、。
返信する
失礼しました ()
2010-09-27 23:33:30
>galahadさん

×バロック音楽  ○バロック・オペラ  です。(自分が器楽曲とか宗教曲を滅多に聴かないので、つい。)
(あと、スペルに引っ張られてうっかり間違えましたが、ヴェロニク・“ジャンス”でした。)

「タメルラーノ」はレーベルがアルトハウスなので日本語字幕がついてますが、国内版が出てるバロック・オペラって数えるほどですよね。そもそも選択の余地がないorDVDが出てない演目が多くって・・・。

>『オルランド・パラディーノ』
これ(↓)ですよね(ランドル、私も気に入ったのでチェックしました;笑)。「ルル」のペーターゼンも出てますね。日本語字幕ついてるんだったら即決だったかも。
http://www.youtube.com/watch?v=PLW2h0Ypj1M
この人、あとパーセルの「妖精の女王」のDVDもありますね。 http://www.youtube.com/watch?v=Ups-zd1E_P8


>soraさん

えらそうに書いてますが、全曲クリアした演目はまだないです、私(爆;手元の「タメルラーノ」もバヤゼットとイレーネのとこだけ飛ばして見てるだけ)。
史劇が大嫌いなので、題材的に辛い演目が多いというのも理由の一つで・・・(あとカウンターテナーが結構苦手)。
贔屓歌手のレパートリーから、聞き比べなどして馴染んでる現状ですが、それで十分楽しかったりして、なかなか先へ行きませんね~。
こういうの(↓)とか、これぞバロック! って感じで大好き(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=98T_rt4ph2Y
「アリオダンテ」も、有名な“Scherza infida”とか“Dopo notte”は馴染んでて、好きです。

ヘンデル、ロッシーニと技巧的には共通するみたいで、両方歌う歌手が多いですね。
グルックは、オペラ改革なんてものをやった人ですから(レチタティーヴォ・セッコがない)、それ以前のバロックとは、大分感じが違うと思います。
・・・モンテヴェルディとかカヴァッリあたりになると、また音楽的に感じが変わって、私としては馴染みにくい。


>Madokakipさん

ペイストリー・オペラ、面白そうですね(部分的には馴染みがある演目がたくさん;笑)。
結構過激な演出が多い分野なのですが(前隠してないヌードってのも知ってます)、さすがにメト&ドミンゴではないでしょう。
歯切れの悪いヘンデルやヴィヴァルディなんて許せない!(笑) ですが、クリスティならまあ大丈夫かしら。
そういうわけで私、フレミングのヘンデルも・・・です。アンデアウィーンの「タウリスのイフィゲニア」が大いに気に入ったハリー・ビケット(一度生でも聴いたこと有り)、メトで「ロデリンダ」を振ったことがあるのは知っていたのですが、フレミングだったのね・・・。
返信する
オレステ (みやび)
2010-09-28 20:31:02
う~、2,3日PCと御無沙汰してしまうと、あちこちで話題が広がっていて乗り遅れ…。

>彩さん

はじめまして、でしょうか(あるいは、どこかで?)。

>マクリーシュの指揮のテンポがいいだけに、一生懸命ついてってます感が漂うのが涙ぐましい・・・。
>
>いずれにしても、歌い回しになんとなくイタオペっぽさが出るのが、私には少々辛いです。

このへんが「鬼っ子」ですね。ヘンデル・ファン的には許し難いかもしれないですが…。

オレステは、バリトン版とテノール版と2種類あるそうです。きちんと調べていないので、いつどこで上演された…などというのがわからないんのですが。ドミンゴが歌っているのは「テノール版」です。

>Madokakipさん

>やはり、『シモン』や『リゴレット』におけるようなバリトン・ロールへの挑戦とは、
>同じところでは計れないな、と思う部分はあります。

ということで、Madokakipさん当たりです。
ただ、音域が低めのレパートリーという点ではバリトン役との共通点があるのかもしれませんが。バロックが流行り出した頃(あるいは、そのちょっと前あたり)からバロックものをやりたいと言っていたようなので、「音域が低め」ものもがあるという実益(?)の問題もありますが、結構、流行りモノにのりたいのかなぁ…とか(笑)



返信する
Madokakipさん (galahad)
2010-09-28 21:43:56
お返事などは無理なさらないでくださいね。
でもパスティーシュオペラのことありがとうございました。とてもおもしろそうですし、共演者のラインナップを見るとドミンゴがヘンに浮いたりしなさそうですね。(CTがダニエルズか~、もちっと麗しい人がよかったけど)

彩さんへ
そうですね、バロック「オペラ」となると国内版極端に少ないですし、マイナー分野だと思います。 CTが苦手だとけっこうつらくないですか?
ちょっと前までメゾばっかだったカストラートパートはかなりCT化してますから。
ドミンゴバヤゼットの「タメルラーノ」では、マクリーシュはかなりドミンゴにあわせていると思います(彼はヴィラゾンにヘンデル歌わせちゃう人ですから)。 歌い回しは全くバロックではありませんが、役柄にはよく似合っていると思いました。
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バ・ロック (sora)
2010-09-28 22:42:41
彩さん。
大変面白い動画を有難うございます。
この方に目の前で歌われたら多分笑っちゃいます(いえ、にやにやしちゃうかな)。
ホホホホホホホホホホホホホホホホホ
すごいー。
ヴィヴァルディとか普通に好きです。知らないですけど。
ところでこれはもしかして‘ピリオド奏法’ってやつですよね!
情けないことに未だに理解できてない私…。
ハーディングから進歩なしです
galahadさんにもお尋ねしたかったことが。。。
質問しに行きます!
(madokakipさん、もちろん私もpassingで!)

!!!
でもでも、そうだそうだ。もうオープニングナイトは終わってますよねー。
どうなったんですかー!!
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