根城城趾にて
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■自分の古本屋(←なんか、いい名前がほしい。ただし、杉並北尾堂、七北田唐丸堂、あうん堂……と、※※堂ばやりだから、○○堂は避けたい。○○堂より、オヨヨ書林、京丹後わいわい書房……の○○書林・書房のほうが抵抗感は少ないものの、ここには妥協したくないという気持ちがある。ま、そのうちにいい名前が思い浮かぶだろう……)に沈潜。
FMのスイッチをON。
シューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D.821」・シューマンの「謝肉祭 作品9」・ブラームスの「交響曲 第1番 ハ短調 作品68」……。
ブラームスの交響曲はいつも途中で投げ出すのだが、FMだったせいか、最後まで聴くことができた。
■しばらく、この古書店に自分の身を置くことができなかった。
このことは少し前にも軽く触れたが、「書棚の書物」=「自分の精神構造」という認識があって、ここに身を置くと、その精神構造にがんじがらめに縛られてしまうという気持ちがあったからだと思う。
それを、お客さんにそこにある書物を手にとってみたいと思わせるように改装したら、この古書店に対する自分の気持ちがガラッと変わり、すごく居心地のいい空間になった。
少し気取ったいい方をすると、気晴らしに自分の精神の内部をお客さんの視点で見直してみる、あるいは、息抜きに自分の精神の内部にお客さんと同じ視点を有しつつ存在してみる……ということかもしれない
招魂社の裏手
■ずいぶん書簡集の多い古書店だ。
堀辰雄全集のなかに書簡集が含まれているのは当然だが、たとえば立原道造全集(角川書店)は、全集はないけれど、第五巻「書簡」だけがある。
太宰治全集(筑摩書房)もそうだ。
芥川龍之介全集もそうだ。
夏目漱石全集もそうだ。((σ σ〃)ペコッ
「書簡」がこの古書店のひとつのベクトルだ。
★
〈けしきが
あかるくなってきた〉
あなたは、この詩句をおぼえていますか?
暗い雲におおわれていた空が、突然、うす墨色の影絵の群れになり、縦横にひき伸ばされ、ひかりの裂け目ができる。
いや、ひかりというより、ひかりをしずかに吸いこむような白っぽい空間が徐々にかたちを変えながら拡がっていく。
それ自体はいつまでもいつまでもしずまっているのに、その下にある、雨に洗われた木々や僕たちの頬に、くっきりとした輪郭が生まれ、それらが徐々にひかり輝きだす……。
〈けしきが
あかるくなってきた
母をつれて
てくてくあるきたくなった〉
トレパンしか似合わない、二十何歳かの僕が、あのかたむきかけたプレハブの1年3組で、教科書に視線は落としているものの、精神をその場の雰囲気からやや離れた一点に集中しているあなたに向けて、読んだ詩です。
あなたの集中している一点をさぐろうとしながら。
〈けしきが
あかるくなってきた
あなたに
ぽつぽつと手紙を書きたくなってきた〉
苦笑。
でも、これ、本当ですよ。 (古書店にて)
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