職員室通信・600字の教育学

小高進の職員室通信 ①教育コミュニティ編 ②教師の授業修業編 ③日常行事編 ④主任会トピックス編 ⑤あれこれ特集記事編

8/15は、岬氏から贈られたコーヒーカップで、鮫の珈琲の香で浅煎りしてもらったマンデリンを飲もう。

2010-08-24 14:25:42 | Weblog

10.08.24 「ほろんだのよ、滅亡しちゃったのよ」の旅から帰宅したら



大須賀浜に、しばらく座り、寄せては返す太平洋の白波と、弧を描くように伸びる砂浜を眺めているとき、このことにハッと打たれた。そして、大須賀浜は、あるいは、大須賀浜に消えた知人のイメージは、その「彼方」と「茫漠」くわえて「喪失」の象徴なのだ、と。



「ほろんだのよ、滅亡しちゃったのよ」の弔いの旅、3つ目の神社は、蕪嶋神社。




「ほろんだのよ、滅亡しちゃったのよ」の弔いの旅から帰宅し、昨年、8/15に岬氏から贈られたコーヒーカップで、鮫の珈琲の香で浅煎りしてもらったマンデリンを飲む。


◆〈復習〉
 こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社拝殿での祈願内容、粗く3点。
(1)わたしたちに勝った軍隊が国土に存在し、かつ保護までしてくれている「恥を知れ状況」からの脱却。
(2)敗戦直後に軍事的威圧のもとに、強制的に押しつけられた戦後憲法の、特に「戦争の放棄」条項の破棄。
(3)240万の靖国の英霊を、内に向かっても外に向かっても「深く弔う」いえる、新しい弔い方の創出。

 ひきつづき参拝した桜山招魂社での補足内容、粗く2点。
(1)当時の西欧列強の進出への対抗としての興亜の精神を(それは時に脱亜、あるいは不幸な侵亜と重なったとしても)、わたしが高く評価したい。
(2)アジアの某国の人間による「侵略の担い手は一握りの軍国主義者たちで、広範な日本人民に罪はない」という発言は、断じて受け入れることはできない。罪があるとすれば、わたしも、あくまで同罪である。(「復習」以上)

◆8/15当日、わたしの内部に、これまで経験したことのない、2つの現象が起こった。

 ひとつは、当日の朝、65年前の敗戦にかかわる、ことばにできない、心のうちの衝動――他者に対する自分の、なんらかの義務感、あるいはまた、それを果たせていないことから生じる焦りと言いかえてもいいかもしれない――こういう「衝動」「焦り」に即して、とにかく弔いの旅に出発してみなければいけない……と思ったとき、漠然と浮かんだ行程のなかに、唐突に「大須賀浜」が含まれていた。

 なぜか、わからなかった。 
 ずっと昔、知人が大須賀浜から行方知れずになったことがある。
 砂浜に彼の持ち物と、彼の犬が1匹残されていた。
 はじめ、わたしは、(65年前の敗戦とは別に)ああ、その彼を弔おうとしているのだ……と思っていた。

 もうひとつは、8/15が近づくと、毎年、わたしの耳の奥で聞こえる声がある。
 「負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。
 ほろんだのよ。
 滅亡しちゃったのよ。
 日本の国の隅から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥ずかしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねぇ」という声だ(太宰治・戯曲『冬の花火』の数枝の台詞)。
 が、今年は、聞こえ方が違っている。
 違いを、ことばで説明するのはむずかしい。
 あえていえば、より「切実」に聞こえるのだ。
 これも、なぜか、わからなかった。

◆この2つが、ある時点で、ドッキングすることにより、瞬時に「なぜ?」の答えが導き出される。
 「ドッキング」といっても、A(1つ目「大須賀浜」)とB(2つ目「滅亡しちゃったのよ」)が融合し、激しく化学反応するというのではなく――もし、そういう反応だったら、かなり劇的で(^_^)v、記述のしがいもあるのだが、そうではなく^^;、まったくそうではなく^^;――B(2つ目)の謎が解けることによって、A(1つ目)の謎が解ける……という理詰めの関係だった。

 きょうのところは、ドッキングの構造のアウトラインだけを示す。
 正直にいうと、詳細に記述するだけのエネルギーがないのだ。
 受験が近づいた生徒たちには、しょっちゅう、受験生としての基礎体力――誘惑を断ち切る決断力・学習への集中力と持続力を獲得しようというのだが、今のわたしにはすべてが欠けている。
 そのうち獲得できると思う。
 そのとき詳細を語ることにしたい。
 今のわたしは、こんなふうに少しずつ少しずつ前進するしかない。

 ドッキングのアウトライン。
 これまで、わたしは自分が数枝の側に立って、戦前の軍国主義一辺倒から戦後の民主主義、マルクス主義一辺倒への豹変ぶりを揶揄していると思っていた。
 ところが、そうではない。
 数枝の「ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥ずかしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねぇ」は、わたしにも向けられている。
 わたしには、負けることによって、日本が違う国になったのだという自覚がまるで足りない。
 したがって、当然、21世紀の日本の具体的なカタチ、さらには、日本と世界を接続する方法、その具体的なカタチが描けていない。
 このことに気づいたのは、ひょっとしたら、今年、参拝時に祈願内容を文字化したことと関係があるかもしれない。
 文字化することにより、わたしがこれから向かおうとする先が、いかに、はるか彼方にあり、また、いかに茫漠としているかがわかったのだ。

 大須賀浜に、しばらく座り、寄せては返す太平洋の白波と、弧を描くように伸びる砂浜を眺めているとき、このことにハッと打たれた。
 そして、大須賀浜は、あるいは、大須賀浜に消えた知人のイメージは、その「彼方」と「茫漠」くわえて「喪失」の象徴なのだ、と。


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