“知られざる殺人”を打ち明ける、一通の手紙〈永田町の黒幕を埋めた「死刑囚」の告白(1)〉
死刑囚から届いた一通の手紙。そこには、警察も知らない殺人が綴られていた。被害者は、かつて国会で証人喚問を受けた“永田町の黒幕”だ。「週刊新潮」が1年余を費やして取材した、闇から闇に葬られた事件の全貌とは――。
***
暴力団事務所の奥の一部屋。そこには金属製の1・5メートル四方の檻が据え付けられている。その中に、恰幅の良い男が1人横たわっていた。呼吸は浅く弱い。
外から様子を凝視していた暴力団組長は覚悟を決めたように檻の扉を開け、中に踏み込んだ。横たわる男の体を引き寄せ、太い首にネクタイを巻きつけると、交叉させた腕を力一杯引き絞った──。
それから18年、殺された男の成仏できない魂が暴力団組長の精神を蝕(むしば)んでいる。夜毎、夢枕に立つ男に対し、贖罪の念が生じたのか。東京拘置所在監の暴力団組長、矢野治・死刑囚(67)が本誌(「週刊新潮」)に宛てた手紙は次のような書き出しで始まっていた。
〈前略、お手数をお掛致します。(中略)多分、平成6年頃のことと想います(※編集部註・平成10年の記憶違い)。警察が調べれば直ぐにわかります。法の改正で時効にはなっておりません。この処、毎晩のようにリュー一世(斉藤衛)の夢で苦しんでおります。このようなことを書き記すことは、私の立場が悪くなることを承知で書かねばならぬ心情を察してください〉
そして彼はこう続けた。
〈私とリューは板橋区に在るハタボールの2階の喫茶店で会った後にリューに〇〇組(手紙では組名明記)で仕事を手伝う人間が待っていると嘘を吐いて連れて行きました。(中略)事前に〇〇組長に頼んで檻を事務所内に入れてもらっていたので、リューは〇〇組に入るなり直ぐに檻に入れてます。(中略)私個人の考えでリューの首を絞め殺しました。3日間檻に入れていたので、リューは糖尿病なので死んでも可笑しくない位に弱った状態でした。その後に結城実(仮名・手紙では実名)に連絡をし、死体を始末させました。(中略)木村洋治(仮名・手紙では実名)も死体遺棄に手を貸している筈です〉
そして最後にこう締め括っていた。
〈ありのままを書き記しました。一日も早くリュー一世を穴から出してやって頂きたくお願いを申し上げます。要町事務所での事件ですから目白警察に届けるようにしてください。平成26年9月7日記 矢野治〉
本誌が、彼の弁護人を通じ、この手紙を入手したのは、2014年12月のことだった。それは闇から闇に葬られた、知られざる殺人を打ち明ける、死刑囚からの“告白の書”だったのである。
確かに法改正で1995年4月以降の殺人事件の時効は撤廃されている。手紙の内容には要領を得ない部分も多いが、この全容を語る前に、まずは加害者と被害者について説明しておかねばなるまい。とりわけ、「リュー一世」、本名・斎藤衛は注目に値する男だ。かつて政界に激震が走った大事件のキーマンとして、捜査当局やマスコミに行方を追われ、日本中の耳目を集めた人物だったのである。
■5億円を運んだ“永田町の黒幕”
──証人は「日本を動かす最有力議員17人を知っている」と話したことがあるか。
「そのような事実はない」
──あなたに政界工作を頼んで、金品など何度も取らせたとの証言もあるが。
「自分の刑事責任に関わる事柄と思うので、証言を控えさせていただく」
97年3月26日、斎藤衛の姿は、国権の最高機関、国会の証人席にあった。90年代半ば、日本政界を揺るがす事件が勃発していた。現役の国会議員が多くの国民から多額の金を騙し取り、その一部が永田町に流れたとされる「オレンジ共済事件」である。彼はこの事件で金を運んだ“永田町の黒幕”として、参議院予算委員会に証人喚問され、追及を受けていたのである。
この斎藤と暴力団組長の矢野にはいかなる接点があったのか。それを語る前に、「オレンジ共済事件」を簡単に振り返っておこう。
■政界工作の資金源となった“オレンジ・マネー”
国会議員を目指していた友部達夫(12年死亡)は「オレンジ共済組合」を設立。92年より年6~7%の高配当を謳った金融商品を売り出し、100億円近い資金を集めた(そのうち六十数億円は議員当選後のもの)。しかし資金の大半は友部の選挙や親族の私的流用に消えていた。むろん配当は続かず、4年後には組合は倒産し、彼は詐欺容疑で逮捕された。
この間の95年の参院選に際し、友部は、新進党での比例名簿順位を上げさせようとして、細川護煕元総理に接近。その一方、元総理の側近と親しい政治ブローカーにも政界工作を依頼した。これを受け、政治ブローカーが要求した工作資金は約5億円。ブローカーはこの“オレンジ・マネー”を新進党内でばらまいたという。結果、友部の名簿順位は上がり、念願かなって、彼は参院選で初当選を果たすわけだ。この政界工作を仕掛けたブローカーこそ、他ならぬ斎藤衛、その人だったのである。
「リュー一世」、正しくは「龍一成」(本名・斎藤衛)――銀座で豪遊していた頃の写真
■長者番付に名が載ったことも
斎藤は、そもそもどういう人物だったのか。彼を知る暴力団関係者が語る。
「不動産ブローカーとして住吉会のある組に出入りしていた。そのうち経済活動を旺盛に展開していた幸平一家のある有力幹部に気に入られ、企業舎弟になりました。その関係で矢野さんとも知り合った。この頃から、『龍一成』(※矢野は一世としているが、正しくは一成)という稼業名を名乗るようになりました」
その有力幹部の紹介で、斎藤はある人物と出会う。旧川崎財閥の資産管理会社「川崎定徳」の佐藤茂社長(94年死亡)である。
佐藤茂と言えば、85年頃、首都圏への橋頭堡を築こうとしていた住友銀行(当時)が平和相銀を吸収合併しようとした際、陰で暗躍したとされる。表の社会と裏社会の“交通整理”を行い、フィクサーと呼ばれたものだ。
「斎藤は、この佐藤に可愛がられ、用心棒役を担っていました」(同)
佐藤の後ろ盾を得て、バブルの波に乗った彼は、一時、地上げで成功を収めた。92年には10億円近い所得があり、全国長者番付の62位にランクインした。
「しかし金をあっという間に使い果たしてしまった。彼の口癖は、“俺は生活費が月に3000万円かかる”。スーツは英國屋、ネクタイも1本10万円のものを身につけていた。ベントレーに乗って、毎晩のように銀座に繰り出し、ホステスにチップを配りまくる。あんなに豪遊していれば、金が続く筈がありません」(同)
遊ぶ金に窮した斎藤が、食いついたのが、オレンジ・マネーだったわけだ。
■のらりくらりの「証人喚問」
──オレンジ共済がらみで政治家にお金を渡した事実はないか。
「そのようなことはない」
──報道によると、「オレンジ共済から証人に渡った金は5億円」などとあるが、授受はあるのか。
「刑事罰を受ける恐れがあるので、答えられない」
証人席の斎藤は低音の声で、自民党の片山虎之助議員(当時)などの質問をのらりくらりとかわす。そして核心部分では、「証言を控えたい」などと、何度も証言を拒否し、喚問を乗り切ったのである。
その一方で斎藤は警視庁にも連日、呼ばれ、事情聴取を受けていた。しかし結局、オレンジ・マネーの行方は未解明のまま、政界工作の立件は断念された。
この騒動で一時的に表社会にあぶり出された“黒幕”は、捜査当局を嘲笑うかのように、再び闇の世界に潜り、そのまま姿を消してしまった。いや、消されてしまったというのだ。
***
(2)へつづく
「特集 永田町の黒幕を埋めた『死刑囚』の告白 第1回」より
週刊新潮 2016年2月25日号 掲載 ※この記事の内容は掲載当時のものです
-------------------------
「前橋スナック銃乱射事件」首謀者が語った隠された殺人 “首にネクタイを巻きつけ、殺しました”〈永田町の黒幕を埋めた「死刑囚」の告白(2)〉
暴力団組長の矢野治・死刑囚(67)が「週刊新潮」編集部に宛てた手紙には、警察も把握していない「監禁殺人」を告白する内容が綴られていた。被害者の名は「龍一成」こと、本名・斎藤衛。現役の国会議員が高配当を謳った金融商品で100億円近い資金を騙し取り、政界工作に用いた「オレンジ共済事件」の“黒幕”として知られた人物である。当時、証人喚問を受けるも、斎藤の立件は断念された。
***
この斎藤を殺害したと告白する矢野は、指定暴力団、住吉会の幸平一家矢野睦会の前会長だ。
「矢野さんは池袋の貸元、つまり池袋地区を“シマ”とする親分でした。囚われの身となった今なお住吉会の副会長に据えられており、押しも押されもせぬ幹部と言えます」(住吉会関係者)
彼が死刑判決を受けた事件は、2003年発生の「前橋スナック銃乱射事件」である。暴力団の抗争に無辜の一般市民が巻き込まれ、社会に大きな衝撃を与えた事件だったため、ご記憶の方も多いのではないか。
群馬県前橋市に本拠を置いていた指定暴力団、稲川会の大前田一家(絶縁処分で解散)により、東京の斎場で、住吉会の幹部2人が射殺された。これを受け、矢野は報復のため、大前田一家の総長やナンバー2の命を狙う。彼の指示を受けた矢野睦会の組員2人が、スナックで飲んでいたナンバー2を射殺すべく、店内に侵入し、拳銃を乱射。その結果、何の関係もない一般人3人と、その幹部のボディーガード役を射殺するに至った凶悪事件である。
殺人の共謀共同正犯で逮捕された矢野は、犯行の指示や共謀を否定。しかし、裁判所は一審、二審とも、彼を事件の首謀者と認定し、極刑を言い渡した。そして2014年3月、最高裁もこれを支持し、
〈被告の責任は実行犯以上に重く、死刑の判断を認めざるを得ない〉
と指弾。死刑判決が確定したのである。
■98年4月から行方不明
さて、斎藤に話を戻すと、オレンジ共済事件の捜査終結後、彼の動静について記した新聞記事があった。
〈国会に証人喚問…会社社長、謎の失踪半年 工作語らぬまま〉
この見出しが新聞の社会面に躍ったのは、証人喚問の1年半後のことである。
〈斎藤衛社長(49)が今年4月から行方不明となり、親族が警視庁に捜索願を提出していることが20日、分かった。(中略)斎藤社長は4月5日正午ごろ、東京・新宿の自宅マンションから普段私用で使っていた白色乗用車で一人で外出。同日午後4時過ぎに池袋で知人と商談した後、行方が分からなくなった〉(毎日新聞98年10月20日付夕刊)
斎藤の実姉を訪ね当てると、こう語った。
「弟と最後に話をしたのは、98年の3月です。以来、連絡がつかなくなったので、私が捜索願を出しました。しかし、結局、本人は見つからずじまい。電話も手紙も全くありません」
矢野の告白が事実とすれば、なぜ斎藤を殺害したのか。矢野からの手紙と、弁護人による面会を通じて得られた情報をもとに、彼の証言の概要をお伝えしたい。
■矢野死刑囚の重大証言
私、矢野治は、ヤクザ渡世の親として、住吉会の本部長にまで昇格した幸平一家のある幹部(故人)に師事し、崇拝しておりました。その親分のところに企業舎弟として出入りしていたのが、龍一成です。その縁で私も龍と親交を持ち、彼に金を貸すなどしていました。多い時で1億円は超えていましたが、それなりに返済をしてくれていました。しかし98年に入ると、やつも金が回らなくなってしまった。返済が滞り、8600万円が焦げ付いてしまったのです。追い込みをかけ続けた私に、ある時、龍はこう提案してきました。
「『川崎定徳』の佐藤さんが亡くなった後、会社の資産を受け継いで、管理している男がいる。不動産会社を営む桑野大樹社長(仮名)です。佐藤さんの跡を継いだのだから、それなりの物件を多数持っている。奴を攫(さら)って脅す。権利関係の書類を奪い、それから殺します。矢野さんのところの若い衆を2人ほど貸してほしい。8600万円を2億円にして返しますから」
龍の話では、桑野社長は、住吉会の大幹部にも挨拶に行っていると言います。そこで私は、先に述べた親分に相談した。すると、
「とんでもない話だ。絶対、桑野を殺(や)らせるな」
と言われたのです。それで、私は龍に、
「大幹部と親交のある桑野を攫うことは許さん」
と言い聞かせました。しかし、やつは、
「もう俺にはこの手段しか残されていないんだ」
と、聞く耳を持とうとしません。そこで私は、幸平一家のある組長に頼んで、龍の監禁場所としてその組事務所を使わせてもらうことにしました。
「おまえの仕事を手伝う人間が待っている」
と言って、龍を呼び出し、東京・要町にあった、その事務所に連れて行きました。組長には大きな檻を用意するよう予め依頼していたので、事務所に入るなりこの檻に龍を入れたのです。
こうして3日間、彼を檻に閉じ込め、翻意を促した。しかし、やつはウンと言わなかった。やむなく私は決意したのです。もともと彼には糖尿病の持病があり、いつ死んでもおかしくないくらい、体が弱っていた。私は怨念を抱きながら、その首にネクタイを巻きつけました。彼の命を奪うということは、私の債権も回収できなくなることを意味するからです。抵抗する力も残っていない龍の首を絞めあげました。ほどなくして龍は絶命したのです。
私はすぐに矢野睦会の配下である結城実に電話を入れました。
「結城よ。悪いが、龍を殺ったから、死体を山に埋めて、始末してくれ」
結城がどこに龍の遺体を埋めたのかまでは、敢えて確認していないので、分かりません。あとは結城に聞いてください。
***
(3)へつづく(2月26日(金)掲載予定)
「特集 永田町の黒幕を埋めた『死刑囚』の告白 第1回」より
週刊新潮 2016年2月25日号 掲載 ※この記事の内容は掲載当時のものです
◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です *強調(太字・着色)は来栖
-----------
* 矢野治死刑囚告白の殺人事件 ついに“永田町の黒幕”リュー一世(斉藤衛)の遺体発見 右手に龍の指輪 『週刊新潮』2016/12/15号
* 遺体は98年から行方不明の斎藤衛さんと判明=矢野治死刑囚が殺害告白 警視庁 2016/12/16
――――――――――――――――――――――――
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(10)警視庁が捜索を始めた死体遺棄場所『週刊新潮』2016/3/17号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(9)カタギ「津川静夫」さん殺害の背景 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(8)10億円利権でカタギを手に掛けた 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(7) 遺族証言と一致 実行犯・秘密の暴露『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(6)「斎藤衛」とは別の、もう一つの殺人『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(5)『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 矢野治死刑囚の告白 (3)(4)結城実氏「リュー一世(斉藤衛)を遺棄した経緯」週刊新潮2016/2/25号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(1)(2) 週刊新潮2016/2/25号
◇ 「他の人物も殺害した」前橋スナック乱射事件の矢野治死刑囚が警視庁に文書提出 平成26/9/7付
....................