連続幼女誘拐殺人事件 宮崎勤「優しい人間だと伝えてください」 『殺人者はいかに誕生したか』長谷川博一著

2016-04-22 | 本/演劇…など

『殺人者はいかに誕生したか―「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く』臨床心理士・長谷川博一著 新潮社 2010年11月刊 (新潮文庫=平成27年4月1日発行)

第2章 私は優しい人間だと、伝えてください
 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件 宮崎勤

p55~
 性倒錯だけでは説明できない

 宮崎勤---。1962年8月21日生まれ。
 日本犯罪史上、その異様さと残忍さが際立つこの人物の名は、少なくとも親世代のほとんどの人たちに知られていることでしょう。(略)
p56~
 裁判で実施された精神鑑定では、専門家の間で大きく意見が分かれ、「人格障害」「統合失調症(当時の呼称は精神分裂症)」「解離性同一性障害(多重人格)」の3つの鑑定書が提出されました。裁判所は、完全責任能力を有すると判断し、死刑判決を言い渡しました。控訴、上告を経て、2006年1月17日に最高裁判所で上告が棄却され、判決訂正も認められず死刑が確定しました。
 私が指導していた大学院生が、修士論文作成のために犯罪者との文通を希望し、私が彼を紹介し、やりとりしていました。彼は他にも多くの人々と文通をしていました。しかし面会は、差し入れの依頼をするための母親以外、誰ともしませんでした。
 ところが最高裁で上告棄却の判決が下される直前の1月13日(金)に届いた手紙の末尾に、「長谷川教授との面会してもいいでしょう」と記されていたのです。(略)私は週明けの16日(月)、東京拘置所に足を運びました。この日からほぼ連日、8日間にわたって宮崎勤との直接の対話を行いました。
p57~
 面会を行った理由は単純です。すべての面会を拒否していた被告人から、名指しで面会承諾の連絡を受けたからです。ですからこの面会も、宅間守と同様、裁判には一切かかわるものではありませんでした。宅間から「宮崎勤のほうがマシや」と、父親への嫉妬心を聞かされていた、あの宮崎勤です。
 ところで精神鑑定の主目的は、「はじめに」でも触れたように、精神疾患と犯行の関連から、責任能力の有無を明らかにするところにあります。したがって、犯罪者になっていく過程を幼少期から丹念に調べ上げることは二の次にされがちです。しかし臨床心理士である私は、再発防止のためにも、彼の猟奇的犯罪と「育ち」との関連性について知りたいと思っていました。十分な議論を経ずして「性倒錯による犯罪は生来的なもの」とのコンセンサスが形成されているようですが、私はそうは考えません。司法精神医学は、「なぜ?」を問うことにはあまり積極的ではないと思います。
 生来的な性倒錯があったとしても、ここまで残忍な犯行との間には飛躍がありすぎます。生来的な素因に生育上の問題性が付加され、両者が相乗的に作用し合い、さらには犯行直近に社会的ストレスが加わるといういくつもの要因が複合することによって、犯罪は生まれるものなのです。

p59~
 「私は優しい人間だと、伝えてください」

 私の中で描いていた宮崎勤は、逮捕後の実況見分に立ち会っているときの姿です。(略)しかし実際に会うことで、それはもはや過去の遺物であり、今はそうではないのだという不思議な感覚を味わいました。ひどく痩せ、頬はこけ、血色悪く、肌は乾燥(p60~)気味に荒れ、髪の毛も幾分薄くなっていました。
 私と正対して座りましたが、彼は左腕で頬杖をつき、顔は斜めになって私の顔の左横30センチ付近の宙に視線を投げ続けていました。
 彼は20年近く勾留されており、社会関係が希薄なために生じる、いわゆる拘禁反応の状態にあったと考えられます。それでも、信念や主張に大きな飛躍はあるものの、一貫性を保った論理も保持されているのでした。
 初回、私は面会に応じた理由を尋ねました。
「精神鑑定をしてほしい」
 こう答えた彼は、これまでの精神鑑定の内容、あるいはその取り扱われ方に納得していないようでした。自分の「空想世界」が軽んじられているという感を抱いていたのかもしれません。そこに、精神障害による心神喪失をアピールする意図はまったく感じられませんでした。彼の生きる空想の世界は、他の人には危険な幻影であっても、彼にとってはリアルなのです。
 次に、頬を少し横にずらしていて、アイコンタクトをとらないことについて尋ねました。すると、
「怖い。私を襲おうとしている」
p61~
 と答えたのです。
「面会してもいいでしょう」と伝えた相手(私)が、自分を襲おうとしていて怖いと言うのです。怖いけれど、鑑定のためには我慢することにして、面会室に現れたのでしょうか。(略)
 翌日、最高裁の死刑判決を傍聴した私は、すぐに2回目の面会に向かいました。
P62~
 そして「死刑確定だ」と伝えました。しかし彼はまったく動揺しませんでした。
「何かの間違い」
「無罪になる」
 確信的に淡々と言うのです。
 私が「どうして死刑になったんだろう?」ときくと、
「私が残忍だと勘違いされた」
 と説明しました。そして、
「私は優しい人間」
 と言いました。
 その考えをを聞いた上で「社会に伝えてほしいことはある?」と尋ねると、
「本当は、私は優しい人間だと、伝えてほしい」
 私は多少の衝撃を受けました。
「優しさ」とは対極にある「残酷さ」「猟奇性」が、紛れもなく彼が行ったことです。内面世界と現実がこれほど乖離しているとは・・・。
 (中略)
p64~
 彼の家族はバラバラで、それを事件当時「解離性家族」と称する専門家がいました。子どもを叱るなどの必要に迫られなければ会話はいらない、そんな家族です。食卓に家族の人数分の椅子がないことに象徴されているとの指摘も話題に上りました。そのような「家」は、家族が集い心通わせる居場所ではなく、単なる物理的な「箱」に過ぎません。
 彼は両親から疎まれていると感じ、次第に離れのプレハブにこもり、孤独な時間を、膨大な数のビデオとコミックスに守られるようにして過ごしました。
 子ども時代のおじいさんと一緒の限られた時間だけが、散歩をしたり、遊んだりして、(p65~)人と触れ合う喜びを覚える「生」の時間だったのです。その思い出に今でもしがみついている姿が、検査でとらえられたわけです。
p66~
 彼は、超自然的、魔術的な思考様式をもっていました。たとえば、おじいさんが生き返ると信じていました。犯行時はどうだったかについては、正確にはわかりません。が、少なくとも私と面会したときには、「亡くなったおじいさんを生き返らせるためにやった」と、そう認識していました。
 そう信じるようになったきっかけを尋ねると、
「啓示が降りた」
「どんな啓示?」
「解剖行為は良いこと。解剖行為をせよ」
「考えが入ってきたの?」
「声を聞いた」
「きっかけはあったの?」
「突然啓示を聞いた」
「それはいつ?」
「21歳」
 解剖行為とは、幼児の身体に細工をする(彼は具体的に述べましたが、生々しいので表現をぼかします)ことでした。彼の説明では男の子よりは女の子、年長よりは年少のほうがいっそう清純であり、神聖な解剖行為として望ましいのでした。
p67~
 ここまでの対話では、殺害については触れられていません。それについて確認をしてみました。
「殺害行為は良いこと?」
「殺害行為は悪いこと」
 断定的に「悪いこと」と言い放ったのです。これでは、良いことをしておじいさんを蘇らせるという試みと矛盾しています。
「なぜ悪いことをしたのですか? それではおじいさんを蘇らせることができないのでは?」
「私はやっていない」
「誰がやったの?」
「ネズミ人間か、もう一人の自分」
「どうしてわかるの?」
「黒い中に明るいスポットが表れて、その中でネズミ人間か、もう一人の自分が殺害行為をしている」
「それを見ていたの?」
p68~
「見るのは嫌。無理やり見せられて、怖い」
「今も怖そうだね?」
「怖い」
p72~
 7回目の面会で、私は犯行声明文のことを尋ねました。
「声明文を送りましたね?」
「知らない」
「今田勇子という名で・・・」
「知らない」
「手紙を書いたこと自体は覚えてる?」
「覚えていない」
 彼の答えが嘘なのかどうか、確実にはわかりません。しかし他の、答えるのが困難な、あるいは答えると不利にもなる質問には答えるのに対し、この件については「知らない」と繰り返すことから、私は解離性健忘に陥ったか、精神鑑定で指摘された解離性同一障害によって引き起こされた可能性を否定することはできないと思いました。
 解離性同一性障害は、一時的に別人格が台頭し、思考や行動をつかさどり、本来の人格はそれを把握していない場合につけられる診断名です。幼少期に心が深く傷つく体験をもつ人(典型例は幼児期の性的虐待の被害者)にしばしば見られ、日本でも近年症例が激増しています。
p73~
 宮崎勤を理解することの困難さは、狭義の精神病(統合失調症)の特徴と、それとは異なる心的防衛の特徴(解離を含む)、その両方共が顕著なことによってもたらされた、私は今、そう考えています。
 四人もの幼女が犠牲になったのは、精神障害が直接原因ではありません(ここを誤解しないことは重要です)。絆や喜びを味わえない家族の中で、身体障害等のコンプレックスを抱え、孤立していたことだけでも説明がつきません。おじいさんという温かい人との思い出が強かったことが禍に転じてしまった・・・。おじいさんの死後、彼はプレハブへのひきこもりを強める一方、犯行への階段を駆け上がるかのように異常行動に拍車がかかりました。

p78~
 再び、場外で

 面会をくり返した私は、マスコミのインタビューに応えて「拘禁反応を加味しても、離人状態にある可能性がある」との意見を述べました。離人症という診断名があります。これは解離性障害の下位カテゴリーの一つです。あたかも自分の心が遊離したかの(p79~)ような感覚を覚えたり、現実世界を生き生きと過ごせたりしない点が特徴です。解離性同一性障害の親戚に当たると考えていいでしょう。
 そのコメントに対して、ある精神科医から激しい攻撃を受けました。「あれは完全に統合失調症である。マスコミを通して、離人症説は間違っていたと公表し、謝罪せよ!」という要求まで出されました。彼には確信があったようですが、もちろん宮崎勤本人に会ってもおらず、マスコミ公表された情報のみに依拠した「盲信」でした。
 この両者(私と医師)にとっての不幸は、その精神科医が、多様な患者への臨床を専門としておらず、統合失調症の患者を診ることに関心が集中しており、複雑な解離性障害を知らないところから始まったと思います。もしかしたらそれ以前に、自分とは異なる、それもその医師から見れば格下(医師免許を持たない者)の見解に、感情的に反応したのが本質かもしれません。
 それはさておき、本件でまたもや私に対する、インターネット等での、今度は小さな社会的バッシングが置きました。2008年6月17日、宮崎勤の死刑が執行されました。その際、新聞の取材で私の発した「違和感がある」との言葉に対する反応です。
p80~
---残酷な犯罪者への死刑執行に違和感とは、長谷川は頭がおかしいのではないか。
 (中略)
 二つ目は、法的な矛盾に関係しています。刑事訴訟法第479条に、「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によって執行を停止する」(抜粋)と書かれています。宮崎勤は、犯行時には心神喪失の状態になかったのかもしれませんが、私が面会した際には、「私は優しい人間」「無罪になる」「残忍だと勘違いされた」「解剖行為は良いこと」おじいさんが蘇る」等の発言を繰り返していました。
p81~
 ①善悪の判断能力があること、②それに基づいた行動制御ができること、これらが大きく損なわれている場合に心神喪失と判断されます。479条の条文は、死刑囚が死刑の意味を理解し、自分が犯した罪によって死刑に処せられることを認識していない場合には、執行してはならないことを定めていると私は理解しています。その精査がなされていない中での執行だったのです。
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【宮崎勤死刑囚~家族の悲劇 被害者の陰、地獄の日々 父親自殺 改姓 離散】 2006,1,18 坂本丁次 
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◇ 宮崎勤被告判決訂正申立て棄却 2006/2/2 
連続幼女誘拐殺人事件 宮崎勤死刑囚に刑執行 2008/6/17 
「最も凶悪な事犯だと思うから、宮崎勤元死刑囚を執行すべきと私から指示した」鳩山邦夫氏 2010-12-14 
29日TBS系番組での鳩山邦夫元法相の宮崎勤死刑執行についての放言 篠田博之 
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佐世保女子高生殺害事件の遺体解剖と父親自殺は、あの事件とそっくりだ 篠田博之(2014/10/7) 


大阪教育大付属池田小学校児童殺傷事件 宅間守 『殺人者はいかに誕生したか』長谷川博一著 

   
光市事件元少年「私のような者のためにありがとうございます」 『殺人者はいかに誕生したか』長谷川博一著
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