奥州糠部 九戸四門~西門の歴史~

岩手県二戸郡の歴史と風景をご紹介します。浄法寺町を支配していた浄法寺氏とその先祖畠山重忠も扱っています。

畠山重忠戦死の地 鶴ヶ峰を歩く その2

2007年06月13日 | 平姓畠山氏
薬師寺の次はすずり石水跡に向かう。
今は案内柱がぽつんと一本立っているだけだ。

すずり石水跡 地図


撮影場所を左に向くと電柱が見える。


次は矢畑と越し巻きに向かうが案内柱が見つからない。家に帰ってから確認すると、横を通ったが気づかなかっただけであった。
駅側から清来寺に向かう道路沿いの左を歩いていると、鶴ヶ峰コミニティハウスの黄色い看板が見える、看板の前に立ち左後ろを振り返れば案内柱がある。
地図

次は清来寺に向かい、お寺の方に観音塚(鐘楼塚)の場所を伺い場所を探す。
探してる内に聞いた道順を忘れたが、戻って再度伺うのもどうかと思い、戻らずそのまま探すことにした。

浄土真宗本願寺派 鶴遊山清来寺 地図

「いのち」がモノに思えたとき 人はいつしか悪魔になる


怪しい場所があったので写真を撮る。(というのも(場所は全然違うが)観音塚もフェンスの奥にあると聞いたからだ)裏山にあるはずの
観音塚が住宅地であるここにある訳もないのだが、昔を考えるとここも裏山に含まれないとも言い切れないので一応ここまで探しにきていた。

付近をうろついてる途中地元の方がいたのでこの辺の史跡について話を聞く。
するとその写真を撮った場所に案内される、ここは昔洞穴があり、穴からは剣等が出てきたという。
そう、ここは畠山重忠を弓で射た愛甲三郎季隆が篭ったという隠れ穴跡であった。
重忠はこの地で射られたまま捕らわれ、今の区役所裏の首塚まで移送され斬られたのであろう。
愛甲三郎隠れ穴 地図 写真下が隠れ穴があった場所


昔というのは今から五、六年前までのことで、その隠れ穴はマンション建設の為埋め立てられてしまった。
埋め立てられる前は一般の人も入ることができ(危険なので本当は駄目なんだろうが)、上の方からは入れ、下の方からは入れなかったいう。
マンション建設の為埋め立てられた隠れ穴であったが、結局マンション建設は中止となり、崖下には家が建てられ崖上にある隠れ穴は埋め立て損になった。

埋め立てられる前の写真がないか、いつか旭区の図書館で探してみたいものだ。

愛甲三郎の隠れ穴跡を見つけたことは見つけたが、観音塚(鐘楼塚)とは別である。
とはいえ、時間も時間なので今日はここで引き返すことにした。


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