『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

市寸島神社(厳島神社)

2017年06月27日 | 「廿日市地区」ぶらり







 

当ブログ主は訪れた旅先に祀られている厳島神社を可能な限り参詣することにしており、JR丸亀駅近くにある市寸島神社を参詣した。何と一の鳥居から参道脇両側境内地にバラック建築がずらりと並んでおり、かつて店舗は繁栄していたものであろうが今は空き家となっている。若い頃広島市的場町の猿猴川岸に不法占拠で強制執行のバラック店舗があったことを思い出した。
ネットの地図などには一寸島神社、香川県神社誌(昭和13年刊)には市寸島神社、鳥居の神額・拝殿の神額には厳島神社・天満宮とあり、神社誌によると祭神は市寸島媛命・菅原道真公とある。

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丸亀城探訪③

2017年06月26日 | 旅行





 

丸亀城には高い石垣が多く隅角部の算木積みとされた扇の勾配と呼ばれる美しい曲線美が各所でみられ、場所によっては3重の扇の勾配がみられるところもある。
高い石垣が多いので石垣が毀損しかかっているところもあり上部に防水シートを張る工事がされていた。丸亀市のHPによると石垣の発掘調査・修復工事が長期間にわたり行われるようで美しい曲線美が見えないところもありそうだ。

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丸亀城探訪②

2017年06月25日 | 「廿日市地区」ぶらり







 昨日、紹介した国重文の大手一の門でなぜか外側の門が二の門とされている。一の門の櫓内に太鼓を置いて城下に刻を知らせていたようで太鼓門ともいわれていたようである。
櫓内で桁行中央に設けられた鳥居型の柱とつなぎ梁、横貫の中央に竹で×型に編んであるもの?と思った。竹の×型は殺風景な櫓内の飾りと土壁の下地材固定を兼ねているのであろうか。

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丸亀城探訪①

2017年06月24日 | 旅行









一昨日、香川県丸亀市にある現存天守閣12城の一つである丸亀城(国重文)を久しぶりに探訪した。この天守閣は小さなもので天守閣2階は画像のように大きな柱が沢山あり室内空間は狭苦しく感じるものである。
天守閣のほかに国重文の大手一の門、二の門と県重文の玄関先御門、番所、長屋などの遺構が残されている。

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猪の侵入防止柵

2017年06月23日 | 農業



 

猪の被害を受けたことを何度か紹介し被害対策として侵入防止用のネットを張り巡らせてみたが、どこから侵入するのか被害が続いているので畑の下の田んぼ周囲に万里の長城のようにワイヤーメッシュ柵を張り巡らせた。
隣接地の石垣上から飛び降りるのを防ぐにはネットを張り巡らしており効果があればよいのであるが・・・ 親が鳥獣被害防止のために使用していたカーバイト爆音機が倉庫の片隅にあった大きな音がするので今どき使用しているのを見たことがない。

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ハギの花が!

2017年06月22日 | 「廿日市地区」ぶらり



上平良地区、山陽自動車道の側道脇法面のあちらこちらに赤紫のハギの花が咲いている。ネットによるとハギには色んな種類があるようであるが何ハギかは明らかでない。
ハギの花は秋の七草のひとつとされているようで、中秋の名月にススキとハギの花を飾っているので秋に咲くものと思っていたのであるが・・・

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広電バス廿日市車庫跡

2017年06月21日 | 「廿日市地区」ぶらり



須賀地区にある広電バスの廿日市車庫跡であるがいつ頃に設置されたのかは定かでない。楽々園営業所が昭和59年(1984)6月25日に設置されているので同時期に廿日市車庫は廃止されたのではなかろうか。
車庫跡には当時の看板が残されているが劣化して字が読めないようになっている。現在は聖母マリア幼稚園専用駐車場として使用されている。

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外宮社地御前社の釈迦堂

2017年06月20日 | 「廿日市地区」ぶらり





昨日紹介した江戸期の絵図にみられるように外宮社地御前社の釈迦堂は現在の地御前小学校の地にあったようである。明治期の神仏分離により釈迦堂の本尊である釈迦如来像も流転を経て現在ある堂宇に安置されたようである。
この釈迦如来像は丈六座像の大きな仏像であり、江戸期以前は相当大きな仏堂に祀られていたものとみられるのである。

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外宮社地御前社の御旅所礎石?

2017年06月19日 | 「廿日市地区」ぶらり



厳島図会

地御前地区の市道と地御前小学校の敷地境に積まれている大きな石をよく見ると円形の凹部分がみられるものがある。
地御前小学校の地は江戸期絵図にみられるように外宮社地御前社の御旅所、釈迦堂、鐘楼などがあったようであり、絵図からみると御旅所の礎石のようにみられるのであるが・・・
 

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津和野路探訪-イワガラミ

2017年06月18日 | 旅行







先日津和野城跡を探訪しているとアジサイに似たような花が咲いた見たことがない樹木(?)があり取りあえず写真を撮っておいた。
インターネットで調べてみると蔓性のイワガラミの花のようで、画像上部をみると枯れた樹木に蔓が絡みついて周囲に花を咲かせているものであった。

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津和野路探訪-直地・上横道大元神社

2017年06月17日 | 廿日市関連


直地大元神社


上横道大元神社

津和野町直地地区に祀られている大元神社と上横道地区に祀られている大元神社を参詣した。上横道大元神社には下横道にあった厳島神社が合祀されているようである。
石見地方では明治初年頃564社位の大元神社が祀られていたようであるが、どのような信仰が行われ祀られていたのかは定かでない。大元神社は厳島より勧請と記されているものが複数みられるので、厳島神社摂社の大元神社が土地の開闢の元祖神として勧請され祀られていたものではなかろうか。
  

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津和野路探訪-大元神社跡の樟

2017年06月16日 | 廿日市関連



 

津和野町池村字石楠山にある大元神社跡の樟で目通り幹囲が12.5m、樹齢450年といわれ県の天然記念物に指定されており、島根で一番大きな木と看板表示があったが・・・
石見地方で多く祀られている大元神社の神木として古くから守られてきたものとみられるが、明治期の神社合併により大元神社は三渡八幡宮に合祀されたようである。

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津和野路探訪-伝統薬一等丸

2017年06月15日 | 旅行



 

殿町通りにある歴史を感じさせる明治期の町屋で、江戸後期に創業したという石州津和野の伝統薬である高津屋伊藤博石堂の「一等丸」を求めた。当ブログ主は至って健康であるが訪れた地の古くからある伝統薬を買い求めている。
御嶽山日野百草丸、江州鳥居本驛赤玉神教丸、奥田家下呂膏、紀州高野山大師陀羅尼錠、伊勢ノ国萬金丹、大峰山陀羅尼助丸、江州伊吹山麓柏原宿伊吹御蓬艾などなど胃腸薬あり、膏薬あり、もぐさあり・・・

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津和野路探訪-津和野城跡

2017年06月14日 | 旅行


太鼓丸から本丸を望む



街並み俯瞰



物見櫓



厩番詰所(馬場先櫓)

津和野城跡に30数年ぶりに訪れたが当日は観光リフトは休業日であり汗して登っている人はいなかった。出丸の石積みは復旧工事中で本丸側の石積みも崩壊場所があり通行規制がされているところもあった。
城跡からは正面に青野山、眼下には赤瓦の津和野の街並みが俯瞰できる。街並み画像で真ん中を流れる津和野川左側の街並みが通常観光しているところである。城下の嘉楽園には物見櫓と近くに厩番詰所(馬場先櫓)の遺構が残されている。      

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津和野路探訪-堀田仁助墓所

2017年06月13日 | 廿日市関連








廿日市の津和野藩御船屋敷で生まれ幕府の天文方に仕えて蝦夷地測量図を作成した堀田仁助の墓所がある永明寺を参詣し、30数年前に訪れた記憶を頼りに堀田仁助の墓を探した。訪れる人が殆どないようで朽ちかけた案内板は雑草と雑木に隠れており、雑草をかき分けて雑木林内に無縁墓があちらこちらにある中でやっと堀田仁助の墓を見つけてお参りした。
堀田仁助に関する展示があるかと津和野町郷土館を訪れたが「從江都至東海蝦夷地針路之圖」のみの展示であり撮影禁止なので「トラベルjp」HPの画像を拝借し、堀田仁助の天球儀・地球儀の画像「太皷谷稲成神社」HPの画像を拝借した。

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