青空世界

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創作物語、日々の面白い出来事や、私の考えなどなど。

安倍さん辞めないの?

2017年04月30日 | Weblog
安倍首相が2月17日の衆議院予算委員会質疑で、

「私や妻がこの認可あるいは国有地払い下げに、もちろん事務所も含めて、

一切かかわっていないということは明確にさせていただきたいと思います。

もしかかわっていたのであれば、これはもう私は総理大臣をやめるということでありますから、

それははっきりと申し上げたい、このように思います。」(議事録251)


「繰り返しになりますが、私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、

それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。」
(議事録255)

と言ってたのを雲は聴いていたんだけれども、聴いた人は沢山いらっしゃると思いますよ(^^)

なんで辞めないんですか? 首相官邸にいるネオコンが原因ですか?

山王ホテルの日米合同委員会が原因ですか? なんで辞めないんですか?

誰が見ても、森友どころか、加計の方がもっと巨額だけど、その上、

だめだめ復興大臣の任命責任だって首相が認めたのを私は聴いたよ!

なんで辞めないの? どーして??? 体調悪いなら、もっと元気で、苦労人で、もっと若い

有能な、日本を救える人に変えたいって、多くの国民が心から願っているし、

もう「日本会議」は隠してもばればれなんだし。

なんで辞めないの? ペンス副大統領は、ほんとのところなんて言ったの?

そうそう、財務省は、麻生さんはどーするつもりなの

首相がイギリスにアッキーと行くのは、ロンドンシティが北朝鮮に長年巨額投資してきたのとかんけーあるわけ?

以下一部引用転載
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/204610 日刊ゲンダイ
疑惑まみれなのに笑顔で連休外遊に同行 昭恵夫人を見る目

北朝鮮の脅威を煽り立てて国民の目をそらし、幕引きにするシナリオは通用しそうにない。安倍政権が必死で沈静化をはかってきた森友学園問題が再燃している。

 28日は、森友学園の籠池泰典前理事長が久々にメディアの前に登場した。民進党のヒアリングに出席するため、上京してきたのだ。

 ヒアリングでは、安倍首相や昭恵夫人との関わりについて、新たに詳細な証言が飛び出した。小学校建設計画を真っ先に相談した相手は「尊敬する安倍晋三首相のご夫人、昭恵先生だった」こと。昭恵夫人と都内のホテルで初めて会った時に「何かすることはありますか」と言ってもらい、うれしかったこと。その際には、安倍晋三事務所の秘書を帯同していたこと。最初に塚本幼稚園で昭恵夫人が講演した日に豊中の小学校建設用地に案内したこと。その後も財務省との土地交渉の内容を「適時報告」していたこと……。籠池氏サイドと昭恵夫人との電話のやりとりは「数えきれないほど」だったという。

狐は稲荷じゃない(^^)

2017年04月30日 | Weblog
さて、もう一度、稲荷大明神の話に戻ります。

お稲荷さんほど畏れられ、有り難がられ、ひどく誤解されている神様も少ないのではないでしょうか。

とにかく解りにくいのです。

雲は十柱、もしくは十柱以上の神様だと思っていましたが、神道、仏教、修験道が習合し、

大集合しているので、解らないのがあたりまえな状態なのでした。


稲荷大明神はけっして狐ではありませんので悪しからず(^^)

白狐は後から習合された、実際に働かれる神霊ですが、

目には見えないので、仮の姿として、稲荷大明神のお使いとして、象徴として、

狐の姿を借りている、といったところです。


よくキリスト教で、聖霊をとりあえず鳩の姿で描いても、けっして鳩ではない、

だって、鳩の訳ないじゃないですか(^^)  

鳩が人を救えますか? あんまり鳩に救われたくありませんよね?

それと似ていると思います。だから、


神霊が狐の訳ないじゃないですか(^^)

狐が人を救えますか? あんまり狐に救われたくありませんよね?


低級霊が狐として入りこんだ場合に、祟りと思われるような混乱が起きた、というのが

こともあろうに、稲荷大明神の誤解の原因でしょう。


ま、イナリがイエス様かどうかは、よく解らない。

もしかしたら入り込んでいるかもしれない。

よく解らないけれど、原始キリスト教が姿を変えて入っているのかもしれない。

ごく自然に入っている方が、あり得ると思われますが、どうでしょうか(^^)


なんたって、良くも悪くも、懐の深~すぎる日本だからです・・・・・

だからこそ、平和のために、世界のために、良い働きができると言われている、

私達日本人が愛する、愛してやまない日本なのですから(^^)



以下一部引用転載
http://anitanchuchu.blog.fc2.com/category12-1.html
ご神仏さまの部屋 稲荷社のご祭神って??

稲荷社の祭神は稲荷大明神様です。
しかし大明神様は親神さまであられますので、ご祭神とはせずに実際には
倉稲魂命、保食神などの神々が祀られております。
もちろん、この神々のご神名は時代や各祠官家に依って異なります。

何故、違う御祭神が祀られているのでしょうか。
これには諸説ございますが、私の稲荷神に関する資料から少し抜粋させて戴きつつ御説明致しますと
「稲荷大神様は本源である霊(みたま)の働きの親神様。
この親神様から生じた分神の霊の働きがある期間の活動を終えると親神様の霊に還る(帰入)という信仰に依るもの」だという事だそうです。

つまり稲荷信仰に於いては、如何なる神々であっても稲荷大神の霊の霊徳を分掌しておられる神様であるとの信仰上の考えから来ていて、
例え神名の違う神様が祀られていたとしても、どの神様も稲荷大神様の御名をもって祀られた場合には分神であられるのです。


各稲荷社では様々な御祭神が祀られておりますが、恐らくよく御存じなのは
倉稲魂命、保食神、伊弉諾尊、伊弉冉尊、大己貴命、素戔嗚尊、大市姫、
太田命、天御孫命、大宮姫、猿田彦大神、土祖神、高皇産霊尊、神皇産霊尊、
などだと思います。

日ユは同祖なのか?

2017年04月29日 | Weblog
原始キリスト教は「日本文化の基底の一部」として潜んできたと思われるのですが、

秦氏の頃には、原始キリスト教の影響が、他教と混合した形であったとするにしても、

景教はまだ、聖徳太子の時代には伝わって来ていません。

ここがよく見えないところです。

だから、日ユが同じ祖先というのは、かなり強引で乱暴だと思われます。

実際調べてみると、日ユ同祖論を唱えている人はキリスト教徒が多いので、

正確を期すには、別の視点を持った意見を探す状態です。


稲荷は十柱の神ですが、その中にイエス様が隠れているという事なのでしょうか?

もしそうだと仮定すると解るような気がしますが、どうなのでしょうか?

雲は、日本が多神教だからこそ、変化し、姿を変えて、八百万のうちの一神として、

上手に紛れこんだのだと思ったのですが、実際のところはどうなのでしょうか?

賢明な筆者は、その「政治的な意図」を、鋭く見つめていらっしゃいます。

以下はその記事です。

参考 以下転載
http://kokuhiken.exblog.jp/24803627/
国際秘密力研究
kokuhiken.exblog.jp
日猶同祖論や景教渡来説のおかしさ

〇兵庫県に大避神社という神社がある。御祭神は秦河勝である。この時点で「秦氏=猶太人説」「秦氏=景教徒」という説は崩れるのではないか。猶太教や景教を含む耶蘇教では人を神として祭るのはご法度のはずである。こういう基本的な事柄を無視することからして日猶同祖論や景教渡来説はうさん臭い。

日猶同祖論者は日本人と猶太人の宗教観の違いという根本的なところを無視する。どこそこにダビデの星があるとか、この日本語はヘブライ語と響きが似ているとか、その手の後付とかどうとでも解釈できる枝葉の部分ばかり強調する。猶太教徒にとって最も重要な宗教観の部分で日本人と猶太人は相容れない。

日本はアニミズムの国であり猶太人が重視する「天地の創造主」という信仰は無い。「猶太教が一神教化する前の多神教徒としてのヘブライ民族が渡来したのだ」と言う者もいるが、それならば道教やヒンドゥー教の神々も仏教の護法神として渡来しているから「猶太」だけ取り立てて言う意味がない。

〇「多神教徒としてのヘブライ民族が渡来した」とまで言って、あくまでも日本と猶太を結び付けようとするのは、何らかの政治的意図があるとしか思えない。道教の神もヒンドゥー教の神も日本に渡来している。例えば金刀比羅宮の御祭神はガンジス川のワニの神である。かと言って日印同祖論は言われない。

〇修験道も日猶同祖論において定番である。小箱の頭巾やほら貝が猶太教で使われる物と似ているといった類である。しかし、修験道と猶太教は根本的に世界観が異なる。修験道は原始アニミズムを色濃く継承し、木石など自然物を崇敬する。超越神を崇拝する猶太教でそれはあり得ないだろう。根幹が違う。

〇とはいえ一神教的な傾向を持つ修験一派が存在するのも事実である。それが丹波や鞍馬山の人脈である。インサイダー筋が大本教の母体として示す大江山の霊媒集団や神智学の影響を受けている鞍馬寺の鞍馬弘教等である。大本一派は一神教的だが元々かかる傾向性を持つサンカの修験一派が母体の可能性。

〇古代のラビと修験者の頭巾やほら貝、服装が似ていたとしても「だから何」という程度の話に過ぎない。そんな事より、明らかに意図的に「天地の創造主」というキリシタン神学由来の概念を導入した平田篤胤の方が問題である。出口王仁三郎もその神観を継承している。同祖論もこの周辺が主に唱える。

ネストリウス派=景教は人性と神性を明確に区別する。マリアも「神の母」ではなく「人性としてのキリストの母」という扱い。カトリックより人格と神格が厳格に区別されている。人と神の距離が近く、同一視し、場合によって人が神に命じる関係(例:役小角と一言主神)すらある日本の宗教観と隔絶する。

〇神智学徒のゴルドン夫人が高野山に大秦景教流行中国碑のレプリカを建立した。人性と神性はあくまで区別されるべきだとするのが景教である。一方、真言密教は「即身成仏」つまり、人も仏も構成要素は同じ「六大」だから人と仏はゼロ距離だとする教義である。似ても似つかないどころか真反対である。

〇宗教観を見ると、景教渡来説がいかに胡散臭く、ありえそうにないかが見えてきた。正倉院の宝物と同じで西方の外面的な文物は多数渡来したであろう。法隆寺のエンタシス方式もそうである。しかし、日本人の宗教観は同じ汎神論文化の印度や支那とは親和性があるが、中東以西のそれとは隔絶が大きすぎる。

〇●●渡来説、●●同祖論の類は、枝葉の文物をいくら眺めても「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」という程度の「結論」しか得られない。要するに信じたいものを信じるという結果にしかならない。比較的明確な結論を得るには世界観や宗教観など思想の枠組みを比較するのがより確実と思う。

〇日猶同祖論の初期の論者の一人佐伯好郎は同時に景教渡来説の権威。日猶同祖論と景教渡来説は初期からセット。佐伯は英国聖公会のキリスト教徒聖公会は英国諜報員とメーソンの巣窟と渡部悌治先生述。猶太資本導入推進のために日猶同祖論を唱えたことを服部之総に告白。河豚計画の犬塚惟重の団体顧問。

景教渡来説を唱えている人士はキリスト教徒ばかりである。宗教的立場からの願望が投影されている「説」と言える。「いろは歌」まで耶蘇教の思想を歌ったものという者までいて驚いた。仏教の基本的教義を抑えておけば「いろは歌」は「有為=縁起したものの無常と、無明の克服」という趣旨と分かる。

〇猶太人のシンボルと言えばダビデの星=六芒星というイメージだが、六芒星が猶太のシンボルになったのは17世紀からである。六芒星はネパールでもよく使われるシンボルだそうだ。六芒星が伊勢神宮や松尾大社にあっても日猶同祖論の根拠にならない。猶太の古代からの象徴は七枝の燭台=メノラだろう。

〇石上神宮に安置されている七支刀がメノラだ!とかこじつける者もいる(笑)メノラは燭台であって刀ではないであろう。そもそもアニミズムの日本と一神教の猶太という根本的な相違がある日猶同祖論者はわずかでも共通点があれば針小棒大に取り上げ、違いはどんなに大きいものでも無視する。

http://kokuhiken.exblog.jp/18809814/
大本教系やスピリチュアル系陰謀論解析



http://kokuhiken.exblog.jp/25195359/
北朝鮮の背後関係から見える東亜の両建構造



http://kokuhiken.exblog.jp/25335175/
国際秘密力の二大戦術=「革命型戦術」と「憑依型戦術


http://kokuhiken.exblog.jp/24919652/
「日支闘争計画」について



以下一部転載
http://kokuhiken.exblog.jp/25078992/
NWO征略の三つのルート


〇日本の工作員業界は大きく分けて①統一協会系②大本教系③左翼系の三系統と分析。工作員のレベルとしては大本教系が数々の思想ギミックを使い、一見良識的な反米論を主張し左翼ではない保守系や中道系の日本人を多数取り込んでいるので最も高い。①③は単純でほぼ同レベル。が、三者どんぐりの背比べ。

〇所謂「工作」は「統一→大本→左翼」の三重構造だと分析する。戦後左翼が嫌いな者を統一協会系が親米右派に誘導。児玉誉志夫的右派思想に飽き足らない者を大本系が東亜連盟→世界連邦志向の「反米右派」に誘導。大本系のオカルト性を嫌う者は最終的に大東社系=左翼が誘導。左翼→統一→大本→左翼という円環構造。工作誘導における「ウロボロスの輪」。

〇統一系の親米朝鮮右翼に騙されなかった人も次の段階で、大本系のワンワールド誘導に騙される場合が多くみられる。それをクリアした人には左翼が待っている。繰り返すが工作はこの①統一②大本③左翼の三重構造になっていると分析。

〇「左翼→統一→大本→左翼→…」という「ウロボロスの輪」の如き円環構造の中=土俵にいては、かかる円環構造の設定者には絶対に勝てない。円環構造の外部から俯瞰して分析し構造全体を全方位的に追及しなければ。敵の土俵に乗っては思う壺。両建戦術に対抗するには俯瞰的で複眼的な思考が必要不可欠。

日本の工作員業界の三重構造とツイッターに見る工作員のランク分け

以上NWO征略のルートとして、①ソ連型共産主義 ②国連中心主義 ③広域共同体 の三つを挙げてきたが

この中でも今最も有力なのが③である。

「広域共同体の創設→広域共同体の結合→世界統一」という今最も力を持っているNWO征略に最大の

注意を払うべきである。TPPはその入り口として今日本に押し付けられようとしている。

ここに嵌められると次はFTAAPが押しつけられ、最終的にはNWOまで進まされることになる。

だからTPPの段階で絶対に阻止しなければならない。

TPPを阻止することにより、我々日本人の力で国際秘密力のNWO征略を打ち砕くべきである!






国際秘密力研究

2017年04月29日 | Weblog
雲は長い間キリスト教は怖いと思って、相当距離を置いてきました。

十字架のイエス様を見て恐怖を感じない人は、人としてどうかと思います。

ここに一人の賢者がいらっしゃいました。冷静で、理知的な研究者とお見受けいたします。

ここに、「なぜ日本の教会が8割がた危険なのか?」という問いへの、

冷静なひとつの回答を見る思いです。

麻生さんがカトリックだと知ってぶっ飛んだ雲ですが、

暴力でどれだけ殺人を犯したか解らない黒い歴史を持つカトリックだから、逆に納得してしまいました・・・・・

プロテスタントも、けっこう極端なところが多いようだし・・・・・

つまり、西洋まわりで日本に入ったキリスト教が、西洋の植民地政策の先兵として入って来たのを、

弾圧して日本の植民地化を止めてきた日本の歴史が、あの底知れぬ怖さの原因だと思う訳です。

もっとも、今は解りにくい形ですっかり植民地化されていますが、

それに気付いて止めるためにも、政治と宗教を見つめなければ、理解のしようが無い現状があります。

なお、稲田朋美は生長の家、統一教会ですが、ここではカトリックと記しておられます。

ぜひ、覚醒のために、自分の現在の立ち位置の正否の確認のために、

「国際秘密力研究」をじっくり読まれる事を推奨いたします。


以下転載
http://kokuhiken.exblog.jp/18809720/
国際秘密力研究


明治以降の保守右翼勢力とカルトの関係の素描

日本の保守右翼について新興宗教との関わりから分析してみたい。


日本の保守右翼勢力は新興宗教との関わりで分類すると、戦後的親米保守は戦後右翼の巨頭笹川良一、児玉誉士夫らが引き入れた統一協会の影響が強く、戦前的反米右翼は玄洋社との繋がり以来大本教の影響が強いと見える。雑誌でいうと「正論」派と「月刊日本」派というところか。

戦後右翼と統一協会・勝共連合の関係はもはやかなり暴露されているが、戦前右翼が大本との絡みで語られることはそれほど多くない。しかし玄洋社黒龍会が大本と友好関係にあったのは事実であるし(「国士内田良平」という戦前的民族派の人々が書いた書籍の中の一章で内田らと大本の出口との関わりが肯定的に取り上げられていことでもわか る。)、それより新しい世代いわゆる革新右翼の北、大川、満川の猶存社「三尊」が雁首揃えて出口を綾部に訪問したり、北の著書の出版費用について北と出口が話し合ったという逸話もある(渡部悌治先生の「ユダヤは日本に何をしたか」参照)。また戦前右翼の一方の大立者にしてフリーメイソン運動家であり大本系世界救世教顧問などもしていた堀川辰吉郎の娘を名乗る女性がアセンションの呼号者であるのも興味深い事実であるがそれは今は置いておく。(しかし戦前右翼の大物がフリーメイソンに協賛していたことは重要である)

戦前的右翼としては大本と並んで国柱会的日蓮主義の影響も強いようである。国柱会の教祖である田中智学の息子の里見岸雄の「国体論」はいまだに一部で読まれているようだ。国柱会信者の日蓮主義者の石原完爾の信奉者は今も多い。愛宕先生が書かれていた「狂信日蓮宗の徒」はこのあたりを指すのではな いかと見ている。また戦後の反米の新右翼は大本系の生長の家の青年政治運動から出てきたことも興味深い。さらにその新右翼誕生に影響を与えた三島由起夫は大本幹部をやめて一派を成した友清天行の著書を読んでいたという。生長の家から出た新右翼の指導者鈴木邦男氏(といっても今は左翼と仲がよく老壮会的カオス状態のようであるが)は著書を読む限り里見岸雄の影響もあるようだ。

以上のように国の伝統のエッセンスすなわち国粋を自認する人たちに伝統とは違う極めて西洋的な一神教性と終末観が強い(つまり西洋の援兵でしかない)「統一協会」だの「大本教」だの「生長の家」だの「国柱会」だのの「新興」宗教の 影が見え隠れする現象は大きな謎である。救国を志した揚げ句新興宗教に救いを見出だす軍人も多かった。大本の浅野和三郎の実兄は高級軍人であった。それどころが国際政経学会理事の赤池濃氏までが大本派生団体の矢野祐太郎の神聖龍神会会員であったことは仰天な事実である。戦前愛国勢力の闇も深い。

その全てを直に見聞体験されてきた渡部悌治先生が記されていた「純正愛国陣営と右翼は違う」というお言葉は重い。結局、右翼と左翼はジロンド派とジャコバン派よろしく対の存在でしかないのだろう。いみじくもそのことは他ならぬ右翼の巨頭児玉誉士夫がGHQに提出した供述書で述べている。いわく「右翼とは本質的に左翼に対抗してできたもの」。「だから反米になる事は無いのだ」という米当局へのこび へつらいの言辞である。媚であるとはいえ、右翼は左翼と対であるとわかってやっているなら児玉はCIAエージェントとして確信犯であった。


http://kokuhiken.exblog.jp/24857192/
 キリスト教の対日「分進合撃」

キリスト教による日本への侵攻戦術を分析するにあたり、まずは「天皇破壊史」太田龍著に引用されていた戦前の国際秘密力研究家・山中豊吉氏がキリスト教の日本侵略における両建戦術を分析した文章を以下引用する。

 日本に対するユダヤとキリスト教の謀略を検討いたしますと、だいたい次のような四点に分けてこれを観察することができるように思います。すなわち

①日本プロテスタントを利用加勢してカトリックに対抗せしめること。(すなわちフリーメーソン的キリスト教の前進)

②これによりカトリックを刺激して、さらにカトリックの教勢を張らしめること。(ローマ的キリスト教の前進)

③かくして双方の競争的努力によって急速に、かつ手広く日本を変質せしめ、これをユダヤ化すること。(分進合撃の戦法)

④その結果、エホバ秩序、ないしキリスト教秩序の下に統一せられたるユダヤ世界の完成を期すること。(イザヤ預言の新天新地の実現)


引用終わり

〇このように、カトリックVSプロテスタントという「分進合撃戦術」がある訳だが、具体的にはどのような層がそれぞれを担ったのか。おおよそだが、カトリックは上流階級を取り込み、プロテスタントは少壮インテリを取り込む、という形になっている。

カトリックは何故か宮中関係者及び周辺に多い。入江相政侍従長、浜尾実東宮侍従などだ。浜尾実東宮侍従の弟 濱尾文郎はバチカンの枢機卿であった。バチカンの最高幹部の兄弟が宮中の枢要な位置を占めていたことになる。宮中周辺のキリスト教徒の人口密度は日本の一般社会におけるキリスト教徒の割合(1%未満)からいって異様に高いのではないか。これは「自然に」「偶然に」そうなるとは思えない。明治以後宮中への執拗なキリスト教浸透工作が継続していると思われる。

〇一方、明治のインテリ青年にはプロテスタントの洗礼を受けた人物が多い(徳富蘇峰のようにのちに棄教した人物も含める)。「米英の私設外交官」とされる巌本善治などが典型であろう。そもそも明治プロテスタントは、札幌バンド、横浜バンド、熊本バンドという外国人宣教師によって洗礼を受けた在野インテリ青年の集団が源流になっている。プロテスタントがインテリに浸透、というよりむしろ、歴史的に日本のプロテスタントは在野の少壮インテリを中心に始まったと言えるかもしれない。今でも左翼インテリにプロテスタントが多い。この流れを受けていると思われる。

〇また政治勢力別で言うと、カトリックは右派に浸透し、プロテスタントは左派に浸透している。カトリックの保守言論人や保守政治家は多い(例:渡部昇一、曽野綾子、麻生太郎稲田朋美等。カトリック信徒で親イスラエル、というパターンもある)。一方プロテスタント側は松井やより、キリスト教婦人矯風会等。「カトリックVSプロテスタント」が「右翼VS左翼」の両建構造にちょうど対応している訳である。

〇この山中豊吉氏が指摘したローマ的キリスト教であるカトリックとフリーメイソン的キリスト教であるプロテスタントの競争的努力による「日本のエホバ化」謀略これは必ずしもキリスト教徒ではないカルトや左翼にも敷衍して当てはまる。カルト系の右派(西洋一神教的な神道系カルト、仏教系カルト等)とフランス大東社の系譜を引く左派(共産党や新左翼過激派等)がそれぞれ勢力を伸張させることで日本を変質させる「分進合撃」戦術、となるわけだ>。「カルト系右派VS大東社系左派」(俗に言う「ウヨサヨ」)という日本の政治・思想界全般を規定する両建構造である。

〇この「カトリックVSプロテスタントの分進合撃」という分析をさらに「西洋思想」全般のレベルにまで敷衍すると、「キリスト教VS神秘主義から理性崇拝・無神論・唯物論・マルクス主義に至る西洋的反キリスト教思想の分進合撃」という大枠があるように思う。その具象的表れが「英国系メーソンVS仏蘭西系メーソン」の両建構造である。冷戦構造はその一形態である。

※キリスト教と神秘主義が結びつく、ルネサンス期に現れた「クリスチャンカバラ」のようなものや、啓蒙時代に現れたキリスト教と理性崇拝の妥協の産物である「理神論」というのもある。この場合は、キリスト教神秘主義VS無神論・唯物論、あるいは、理神論VS無神論、という両建になる。

〇陰謀論においても、キリスト教系の陰謀論はバチカン擁護派とバチカン反対派の両建構造があるようだ。ローマ的キリスト教であるカトリックが上流階級を、フリーメイソン的キリスト教であるプロテスタントが少壮インテリを、其々標的にするという分進合撃戦術だが、キリスト教に絡めとられて陰謀論をやるのはこの戦術に手を貸すだけである。キリスト教系陰謀論では「カトリックVSプロテスタント」の分進合撃を超克することはできず、従って分進合撃の根源にある国際秘密力のコアは撃てない。日本人としては両方まとめて批判する視点が重要である

バフースフォイヤー グリューワイン

2017年04月28日 | Weblog
まだまだ寒い日、暖かいと思っていたら、急に冷えて風邪をひいてる人はいませんか?

そんな時、ホットワインのレシピもネットで沢山出るから、自分で作るのもいい。

雲は、横浜赤レンガ倉庫のクリスマスマーケットで、ホットワインをいただいた事があるけれど、

その、あまりの甘さにびっくりしました。

ドイツの冬は、横浜の冬の夜の海の傍、横浜港よりも、ずっとずっと寒いのでしょうね。

だから、それぐらい甘くして、カロリーを充分摂る必要があるのでしょう。


バフースフォイヤー・グリューワインBacchusfeuer Gluhwein
シュテルンターラー
Sternthaler


寒い時、寒気がする時、風邪をひいた時、赤ワインにアニス、チョウジ、シナモンなどが

絶妙にブレンドされたこのワインは、ほどよく甘く美味しくて、

その上、びっくりするほどあったまります、しかもリーズナブルなお値段は庶民の味方で、

ラベルのファンタジックで美しい絵柄は、ヨーロッパのクリスマスの景色を遷してくれるようです。

ネットで探すと売り切れているところもあるけれど、まだ買えるところもあるといった具合です。

手元にあると、寒気がする時に良いと思います。


薬を飲んでいる人はアルコールなので、危険ですからけっして一緒に飲まないで、

間の時間を充分に開けてください。

むかわ竜

2017年04月28日 | Weblog
2003年に発見されて調査研究されている「むかわ竜」の全身骨格!

8メートルというと、大きなワニの倍の長さ!!

ハドロサウルスは「逞しいトカゲ」という意味で、

カモノハシ恐竜と呼ばれ、種類も16種類ほどあり、

鴨のような広い口ばしを持つ、草食の大型恐竜でした。

奥歯が石垣のように並び、擂り減ると、生え換わり用の歯が下から上がってくる

デンタル・バッテリー」という羨ましい凄い顎の持ち主です(^^)

北アメリカで発見されていますが、日本にもいたんですね!!

さすが北海道!! スケールが違います(^^)

北海道がもっと元気になる力になると良いですね(^^)

http://www.town.mukawa.lg.jp/3076.htm
穂別博物館   調査・研究中のハドロサウルス科恐竜化石


以下転載
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/science/science/1-0394244.html
北海道新聞

「むかわ竜」全身骨格の化石公開 国内最大、体長8メートル

【むかわ】胆振管内むかわ町穂別地区で発掘されたハドロサウルス科恐竜化石(通称・むかわ竜)について、北大と同町穂別博物館は27日、体長約8メートルの国内最大の全身骨格と判明したと発表し、標本を同町内で公開した。頭部から尾部まで各部位がそろい、北大は「日本の恐竜研究史で最大級の発見」としている。

 化石は2003年、穂別地区市街地から北へ10キロの道有林で、町内の化石収集家が尾の部分を発見し、穂別博物館に寄贈。11年に恐竜化石の一部と分かり、北大などが13、14年に本格的に発掘した。その後の分析で、頭や脚、尾まで計190点を同一個体のものと特定。この日、同町内で実際の形に並べ、公開した。

 国内の全身骨格化石はこれまで、福井県勝山市で発見された肉食獣恐竜のフクイベナトール(体長2・5メートル)が唯一だったが、むかわ竜は3倍の大きさ。恐竜が最も繁栄した白亜紀後期の恐竜の全身骨格では国内初で、ハドロサウルス科の全身骨格としても世界的に珍しいという。








































































ニギハヤミコハクヌシ

2017年04月27日 | Weblog
世間の一般常識も無い日本会議の今村復興大臣は、

東北が如何に素晴らしい歴史と文化を持っているかも知らないで、

よく復興大臣なんかやっていたものです。ふこうだいじんです!

雲は、東北の古代のイワクラにいきなり出あったりすると、

     「生きていて良かった!」

と、心底思う人なので、東北を蔑視する馬鹿どもは、

生きている資格が無いと、常々思っているのですよ(^^)

東北に行けば解ります、かつてこの地に、壮大な文化が築かれた事が!

素晴らしい古墳群が、無言のうちに語りかけてくる、素晴らしい地、

かつて王朝のあった偉大な地を知らないなんて、日本を名乗る資格もありません。

隠された神様は、この地で今、息を吹き返します(^^)

      さあ、桜が満開ですよ、今東北は!

イワクラに花びらの組み合わせなんて、

めったに見られる景色では、ありませんよ~っ(^^)


以下一部引用転載
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51910106.html
天下泰平〜 滝沢泰平 公式ブログ 〜かつて“地の高天原”と呼ばれた東北地方と首都「仙台」

宮城県岩沼市にある「竹駒神社」へと参拝しました。

ここは日本三大稲荷の1社であり、レイライン上でも重要な位置に存在しているようで、古くから宮城県、東北地方でも“要石”としての存在の結界が張られた大切な神社であるようです。

竹駒神社の南側には、境内社がいくつか鎮座していますが、その中で目立って鎮座しているのが、出雲大社の本殿の8分の1の大きさで建てられた「出雲神社」です。

「なぜ、東北の地に出雲?それも宮城県に?」と思うかもしれませんが、実は、この東北の地は“出雲”と非常に縁が深く、また、その中で宮城県、特に仙台においては、かつて存在していた出雲系統の東北王朝の中心地であったことは、まだ、あまり知られていません。

その史実を伝えるのが、最近は「アワの歌」でも知られる日本の古代文献「ホツマツタヱ(秀真伝)」です。

記紀(古事記・日本書紀)よりも古く、一方で記紀よりも内容に整合性があり、天上での出来事であるとされている神代の事柄が地上での実在の人物による出来事として詳細に記述されています。

かつては“偽書”として扱われながらも、近年においては、記紀の原典ではないかと比較研究を進めている研究者も存在するほど、今となっては数少ない“真書”の1つとして注目される日本を代表する古文献です。

ホツマツタヱでは、記紀のアマテラスが“男神アマテル”として語られたり、高天原が「日高見国(ひたかみのくに)」にあり、その日高見国を仙台地方とする東北王朝史を記しています。

そして、一般的に知られているニニギノミコトの“天孫降臨”ですが、ホツマツタヱでは、天孫降臨はニギハヤヒノミコトとニニギノミコトの2度あったと記されています。

その詳細については【「竹内文書」の謎を解く: 封印された超古代史(著・布施泰和)】という本の中で、ホツマツタヱの内容の一部が紹介されています。


「竹内文書」の謎を解く: 封印された超古代史(著・布施泰和 )

“日本列島には「壺」と呼ばれる三つの聖地(琵琶湖瀛の壺、富士山逢の壺、仙台の方の壺)がある。このうち方の壺がある仙台地方はもっとも古く、七代の天神によって開闢された日高見国であり、地の高天原と呼ばれたという。古代東北地方は日本の先進地帯で、多くの巨大な建築物が建てられた。 特徴的なのは、①日本神話の舞台である高天原は、日高見国、つまり東北である、②天照大神が男神で十三人の后がいた、③日高見国からの「天孫降臨」はニギハヤヒノミコトとニニギノミコトの二度あった、④ニギハヤヒは仙台から鹿島を経て難波に上陸、飛鳥宮に君臨した

ホツマツタヱによれば、日本列島には「壺」とよばれる3つの聖地があり、このうち「方の壺」と呼ばれる仙台を中心とする一帯が、7代の天神によって開闢された最古の「日高見国」であり、ここが“地の高天原”とされていたようです。

その中心は、現在の多賀城跡付近であったと言われていますが、この多賀城を守っていたのが先日にお伝えした「塩竃神社」であり、ここに太古の縄文時代から伝わる王家のシンボル「18菊花紋」が存在するのも納得という訳であります。

そして、ついには仙台にも登場したのが出雲の皇子「ニギハヤヒ」であり、古代の「地の高天原」である仙台(日高見国)から、西日本の大和の地へと旅立ったようです。

偶然か必然か、昨日に車の整理をしていたらポンと出て来たのがジブリ映画「千と千尋の神隠し」であり、久しぶりに全部を見る機会がありましたが、改めて「千と千尋の神隠し」を見ると、今の時代に必要な様々なエッセンスが盛りだくさんで驚かされます。

ここに登場する青年「ハク」は、このニギハヤヒがモデルとされていて、ハクの正式な名前は「ニギハヤミコハクヌシ」という白龍に設定されています。

“神隠し”とは、一般的にはこの世から人が消えてしまう霊的な現象として知られていますが、見方を変えれば「神様を隠す」という意味でもあり、歴史上から消された神、または神として神話の世界に隠されてしまった実在した人間のことを意味するケースも考えられます。

その代表的な存在であるのが、かつての統一日本を治めていた「ニギハヤヒ」であり、そして、その正妻として存在していた「セオリツヒメ」であると思います。

「千と千尋の神隠し」は、そんな離ればなれになった男女の神々の神話のエッセンスも入っているいるのかもしれません。


王子稲荷大明神!

2017年04月27日 | Weblog
ここのところイエス様に関係する記事がやたらに多いのは、イエス様のヴィジョンに出会ったからですが、

今になってやっと原因が解りました。

時間が・・・かかりましたっ・・・


そもそもは、去年の正月元旦、寒い寒い中、それも深夜、

狐の行列で有名な、東京北区の「王子稲荷神社」に初詣でに行ったのが原因です。

なんせ、イエス様は正月あたりからずっとおられたからです。

でもね、狐のメイクして、狐の行列を見に行って、狐の巣穴まで見て、

おいなりさんを食べて、御稲荷さんに初詣でして、1年も経って、

なんでイエス様が両手を広げて、微笑んで出てこられたのかを、説明できる人っていますか?

いたとしてもですよ、へんな人に分類されちゃいますよ、どう考えても・・・

だって、いったい、どこの誰が、白狐だらけの行列を見た後、イエス様と関係づけられますか?

白狐の行列は、きちんと和服の正装をして、彼ら彼女らがお仕えしている

王子稲荷大明神」様に、丁重な正式な初詣でに行くのです。

和服の正装で、イエス様に礼拝なんて、だあれも気がつくことなんかありません(^^)

       そうやって、隠してきたのですよ・・・・・

なんて上手に、なんて巧妙に、なんて素晴らしい方法で隠してきたのでしょうか。

だあれもわかりません。稲荷大明神の正体を・・・・・


関東稲荷総司 東国三十三国稲荷総司。それなのに無格社なのです、ここは・・・・・

それでも、今も、お使いの白狐たちは、きちんとお化粧して、せいいっぱいお洒落をして、

東国の総元締めの稲荷大明神様に、お行儀良く、静々と行列して、初詣でをしています(^^)

彼らこそ、知っているのでしょうか? イエス様という、その名前を・・・・・・・

参考
https://jinjamemo.com/archives/post-12951.html#i
王子稲荷神社 / 東京都北区

http://kitsune.tokyo-oji.jp/
王子 狐の行列 

犯罪者は強制送還

2017年04月25日 | Weblog
GHQの占領政策が70年以上、今だに続く日本において、

      やりたい放題の反日の在日たち

まるで日本人を嬲り物にしなさいと言っているような、とんでもない制度が、

ますます在日を増長させ、犯罪もやりたい放題の、とてもまともな国家とはいえない、

言うなれば「在日天国ニッポン」の現状には、吐き気と寒気を覚えます。

なんで、世界中から忌み嫌われ、世界中から人だと思われていない異常な遺伝子まで持つ、

人の姿をした妖怪のような者達のために、私達日本人がいつまでも苦しめらなければならないのでしょうか?

安心して日本人が人間らしく生きるために、現状を打ち壊さなければなりません。

在日のための国ではなく、日本人のための、安心して生きる事ができる、

当たり前の国にしなければなりません。

犯罪者は強制送還できる、普通の国に!

以下部分引用転載
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12267565885.html
三橋貴明オフィシャルブログ「新世紀のビッグブラザーへ

来日外国人犯罪と、在日外国人犯罪

在日外国人(約110万人)の中で、三割のシェアを占めるのが

「特別永住者」(約34万人)になります。

内、韓国人が約30万人、朝鮮人が約3万2千人(16年10月時点)。

彼らが、いわゆる在日韓国・朝鮮人です。

 殊更に在日韓国・朝鮮人を取り上げるのは、

彼らが外国人として確かに「特権(厳密には特例措置)」を持っているためです。

 一番、強烈な在日特権は、

1991年に妥結した「日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書」、および

「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」により、
犯罪者であっても強制送還されないという点です。

 厳密には、
「内乱に関する罪、外患に関する罪にて禁固刑以上」

「国交に関する罪にて禁固刑以上」

「外国の元首、外交使節又はその公館に対する犯罪行為により禁錮以上の刑に処せられた者で、
法務大臣においてその犯罪行為により日本国の外交上の重大な利益が害されたと認定した者」

「無期又は七年を超える懲役又は禁錮に処せられた者で、法務大臣において

その犯罪行為により日本国の重大な利益が害されたと認定した者」以外は

強制送還しないことになっているのですが、

問題は「無期又は七年を超える懲役又は禁錮に処せられた者」であっても、

法務大臣の「日本国の重大な利益が害されたとの認定」が必要
となっている点です。

 お分かりでしょうが、過去に特別永住者で強制送還をされた者はいません。

     たとえ、殺人犯であっても


 ちなみに、特別永住者以外の外国人は、犯罪に手を染めれば普通に強制送還されます。


 日本国で犯罪を犯しても、強制送還されない。

これは、明らかに他の外国人に対する「差別」であり、是正が必要です。


つまりは、特例措置の廃止ですね。


 しかも、不思議な話ですが、

警察庁は「来日外国人の犯罪」については公表するのですが、

在日外国人犯罪についてはデータを公表していません。(理由は分かりません)


 「移民政策のトリレンマ」を書きながら、在日外国人の犯罪データが手に入らず、
どうしたものかと悩んでいたところ、
坂東忠信さんが「在日特権と犯罪 」で本件を取り上げ、
しかも国会議員の長尾さん経由で、在日外国人の犯罪データを入手され、
さらにWEBに公開されていました。

 素晴らしい! 坂東さん!

【坂東学校 「在日外国人犯罪検挙状況」資料 ダウンロード専用ページ 】
※リンクが上手く張れないので、検索してくださいませ。

 坂東さんが作成されたデータによると、

2015年の在日外国人による犯罪検挙件数(刑法犯)が6444件、内、

在日韓国・朝鮮人によるものが3437件で、54%

犯罪検挙人員が、総数4720人に対し、

在日韓国・朝鮮人が2304人で、49%。

 坂東さんのブログから引用しますが、

『来日と在日の合計22357件(16270人)中、

在日の8090件(6228人)が非公開だったわけですから、

昨年中に検挙した外国人犯罪件数36,2%、人員38,3%が

把握されないままになるところだったのです。


 この割合、決して小さいものではないことはおわかりでしょう。

これら4割弱もが把握できないままでは、外国人に関わる社会問題など

正確に把握したり討議したりできるはずがないのです。』


 とのことでございます。

 しかも、在日韓国・朝鮮人のほとんどが特別永住者でしょうから、

彼らは他の外国人とは異なり、刑法犯罪で実刑を受けたとしても、強制送還されません。


さらに奇妙なことに、在日韓国・朝鮮人の特別永住者としての滞在資格は「世襲制」です。

いわゆる「在日特権」は、他にも複数あるのですが、とりあえず、

「刑法犯として実刑を受けても、強制送還されない」

「滞在資格は世襲制」

などと、世にも不思議な(恐らく、世界で日本だけ)特例措置を

在日韓国・朝鮮人に与えているのが、我が国なのです。



昨日の「難民認定について、繰り返し申請できる」もそうですが、

この種の奇怪な制度についても正していかなければ、我が国が「普通の国」になることはありません。


そのためには、まずは現在の日本の「特別永住者」の制度がいかに異常か、

日本国民が知る必要があるのです。


ヘロデ王の死

2017年04月25日 | Weblog
今日は、キムジョンウンが核ミサイルを発射したらどうするかとTVがかまびすしい日です。

「×××いに刃物」ならぬ「キムジョンウンに核ミサイル」状態で、世界がこの

とっちゃん坊やの劇場型、劇画型、漫画型言説に呆れかえり、中傷し、嘲笑しています。

猜疑心の塊である彼は、次々に身近な者達を殺害し、身内にすら手にかける危ない状態で、

その恐怖心は彼を過食症にして、その身体を130Kgにまで肥満させ、

養豚場を視察すれば「友達」と揶揄される始末です。


しかし雲には、彼が現代のヘロデ王のように思えるのです。

猜疑心の塊の暴虐の王ですが、その死に様を読んだ時、衝撃を受けたのです。

暴虐のヘロデ王は実在し、その死は史実だったというのです・・・・・

以下部分転載
http://www.igmtokyo.com/sermon/2014/07/sermon140720.html
礼拝メッセージ インマヌエル中目黒キリスト教会

使徒の働き 12章11-25節
ヘロデの慢心と急死(20-23節)

「さて、ヘロデはツロとシドンの人々に対して強い敵意を抱いていた。
そこで彼らはみなでそろって彼をたずね、王の侍従ブラストに取り入って和解を求めた。
その地方は王の国から食糧を得ていたからである。

定められた日に、ヘロデは王服を着けて、王座に着き、彼らに向かって演説を始めた。

そこで民衆は、『神の声だ。人間の声ではない。』と叫び続けた。

するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。

ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。

彼は虫にかまれて息が絶えた。」


・和解式典で急死:
その賄賂が前提となって、ヘロデとツロ、シドンの人々との和解が成立し、和解の儀式が盛大に行われることとなりました。
何事も派手好きなヘロデにとってこの儀式は、その生涯を飾る華のような位置づけでした。一説によれば、この式典は、ローマ皇帝クラウディオの誕生日祝い、または、
皇帝のブリテンからの帰還を祝う式典であったとも言われています。
いよいよ、式典の日がやってきました。
ヘロデはきらびやかな(ユダヤ人の歴史家ヨセフスによれば、すべてが純銀で飾られた)
王服を着けて、内外の大勢の高官たちが列席している中、
円形劇場にしつらえられた王座に着き、ツロ、シドンの人々に向かって演説を始めました。恐らく自画自賛の業績報告とか歯の浮くような美辞麗句の連続だったことでしょう。

彼が演説を始めたとき、
「私たちを憐れみ給え。」とか「あなたは人間を超えた存在です。」
という声があちこちから挙がったとヨセフスは記しています。
ルカは、民衆が
「神の声だ。人間の声ではない。」と叫び続けたと言います。実質は同じです。
しかし、もしヘロデに常識のかけらさえあったならば、
「みなさん、誉めてくださるのは嬉しいが、
その讃美は私個人に向けられるべきものではなく、神にのみ向けられるべきものです。」
と語ったことでしょう。
しかし、ヘロデはそれを行わず、内心ニマっとしながらその賛辞を受けたのです。
その時です。多分サソリのような虫が彼を噛み、ヘロデは亡き者となりました。
ヨセフスは、その時ヘロデは彼の頭上にフクロウが止まったのを見て衝撃を受け、
内臓の障害を得て死んだと記録しています。
いずれにせよ、恐ろしいことです。
ヘロデは7年間の治世の後、AD44年に死にました。享年は54歳でした。
その後、彼の領地はグーンと狭められて、子供たちに受け継がれます。

     肝心のユダヤは、再びローマ帝国の直轄となります。


以下転載
http://socj.org/toyoake/message/glory.html
 
 glory

【ヘロデについて】
 今日の聖書宣教の聖書箇所からヘロデという人物について注目してみたいと思いますが、聖書の中に「ヘロデ」という名前の複数の人物が出てきます。
最初に出てくるヘロデはイエス様が生まれた頃ユダヤの王として即位していた人物で
「ヘロデ大王」と呼ばれています。
彼が幼子イエス様を殺そうとしたことでイエス様一家はエジプトに下っていって、
ヘロデ大王が死ぬまで、エジプトで生活をされたということが、
マタイの福音書2章書かれている記録です。

 また、マタイ14章1節にはイエス様の噂を聞いて
「バプテスマのヨハネがよみがえったのだ」と言っている「国主ヘロデ」という人物が登場します。彼は、ヘロデ大王の4番目の妻が産んだ子供で「ヘロデ・アンティパス」という名前の人物です。
イエス様が十字架に掛かられる前にエルサレムでの尋問をしたのがこの人です。

 そして今日の聖書箇所に登場するヘロデ王は
ヘロデ大王の2番目の妻による孫で、「ヘロデ・アグリッパ」という名前の人物です。
ヘロデ・アンティパスから見れば「甥」という関係になります。
このようにヘロデは王の家系で、随分多くのイスラエルの王様が彼の身内から出ています。

権力的には大きな影響力があったようです。
しかし、人格的な事に注目して聖書の記述を見るとイエス様を殺そうとしたり、
バプテスマのヨハネを殺したりしていることから見られるように、自分に対して協力的ではないと判断される、敵対者に対する残忍さはヘロデの家系には見受けられる特徴のようです。

 使徒の働き12章1、2節には
「そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、
ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。」とあるように、
ヘロデ・アグリッパもやはり同じような性格を持ち合わせていました。

ヘロデの残虐さはそれで終わるのではなく、12章3節にあるように、
次にペテロにも手をかけようとしました。
しかしこの時ペテロは御使いの導きによって牢から出られたのですが、
その責任を番兵達に負わせ、ヘロデは彼らを処刑するように命じています。

そしてこのような出来事があった後の記録が今日の使徒の働き12章20節からです。

【ツロとシドンの人たち】
 ヘロデの残忍さはその当時多くの人に知られ、恐れられていたことでしょう。
20節に「ツロとシドンの人々に対して強い敵意を抱いていた」とあります。
そうなると彼らもヘロデ王の標的にされないとも限りません。

ツロとシドンの地方は当時ローマの統治によるシリヤ州に属する地中海沿いにある町です。そして20節の後半にあるように、この地方は王の国から食料を得ていました。
このまま王から敵意をいだかれたままだと、彼らの食料の確保についても怪しいことになってしまいかねません。
ですから人々は和解のためにエルサレムまでの長い距離をやってきたということです。

 ここまで見てきたヘロデ王の姿からは指導者としての良い模範を見ることは出来ないでしょう。
人々がリーダーシップに対する恐れから従うのは健康な状態とは言えません。

ヘロデが王としてその地域を治めていたとはいえ、彼が王として立てられていたのは、
世襲によるヘロデ家に属していたということと、人々が彼らに反発することから
自分に向けられるであろう被害を恐れて選ばざるを得なかったということが言えると思います。

【ヘロデのさばき】
 そしてそのような悪王ヘロデに対して今日の箇所で、神様からのさばきがくだったというように見なすことが出来るでしょう。
多くの人々を目の前にしてヘロデ王は演説を始めました。
その演説を受けて民衆は
「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けたとあります。
この表現自体が、ヘロデ王のご機嫌取りのお世辞と見なすことが出来る表現と思いますが、23節の表現によると、
この後「主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである」とあります。
彼が打たれた理由について「神に栄光を帰さなかったから」ということです。
ヘロデ王は「神の声だ。人間の声ではない。」という民衆のことばをニコニコしながら受け取って、そのようにいわれることを快しとしたというなのことでしょう。
彼は自分が「神」と呼ばれることについて恐れの感覚はなく、かえってそれを歓迎しているということで、
ここに明らかか高慢な姿を見て取れます。
そのような彼の態度に本当の神様からのさばきがくだって彼がいのちを落としたということになります。


【ヨセフォスの古代誌より】

 実はこの出来事について、聖書以外の記録からも、同様のものが見られるので今日はそれも紹介したいと思います。

ユダヤ人の歴史家ヨセフォスという人がいるのですが、その人の記録した
「古代誌」というものの中に次のような記録があります。

「この行事には彼の支配領域内の指導者達が出席しており、

明け方、彼がきらめく銀色の衣服を身にまとって円形競技場に入ってきた。
すると、朝日の光がその衣に当たって、驚くばかりキラキラときらめき、
その輝きはそれを見つめる人たちに一種の畏怖の念を起こさせた。

すると、彼のご機嫌取りたちが彼を「神」と呼んでこう言った。
『どうか、我らにあわれみをかけてください。
もし我らがこれまであなた様を人として恐れていたのなら、
今後あなた様を死ぬべき人間以上のお方としてお認めいたします。』

そして、王は彼らのこのような称賛のことばを否定することなく受け入れた。

その時王が上を見上げると、一羽のフクロウがロープにとまっているのを見た。

王はそれをわざわいの兆候と思ったところ、その時彼は激しい腹痛に見舞われた。

彼はすぐに宮殿に運び込まれたが、五日間の苦しみの後に息を引き取った。

享年54歳。治世7年目のことであった。」

 微妙な表現の違いはあるものの、基本的に同じ出来事をそれぞれの表現で書き記したということが言えるでしょう。
これらの一致はこの出来事が歴史的な事実であったことを証明しているものです。

 ヘロデが息を引き取ったときの表現で聖書は「虫にかまれた」と書かれていますが、
どんな虫にかまれたら死に至るのかと不思議に思われる方もおられるでしょう。

しかしこの「虫にかまれる」というのは慣用表現で、実際に虫にかまれたわけではなく、
特に悲惨な最期を遂げた人に対するそのいのちを落とした時の表現として用いられていたものだそうです。

以下一部引用転載
http://blog.livedoor.jp/yoshihirano/archives/51635210.html
聖書翻訳について

原語は1語で「スコーレーコブロートス」という形容詞です。織田ギリシア語小辞典によると、(スコーレースク)、長虫+(ビブロースコー)、食う、から成っている語で、
虫に食われた(食われて)、寄生虫に冒されて」という意味のようです。
なお、参考として「scolex」という語は動物学で条虫(さなだむし)の頭節を指す学術用語であるとの記載もあります。

これまで、毒虫にかまれて毒が体に一瞬に回って死んだのかな、というイメージでいたのですが、そうではなくて、虫に内部から食われたというのが、この言葉の意味に近いようですね。そうすると、虫にかまれてばったり倒れて死んだというのではなく、じわじわと苦しんで死んだのかもしれませんね。

岩波書店訳の注によると、ヨセフスの「古代史」によれば、
ヘロデ王はカイサリアの劇場でローマ皇帝の安寧を祈願する祭りをしていた時、
自分に対する「神よ」という呼びかけを斥けなかった。
その直後に、心臓に刺すような痛みを覚え、その痛みが全身に拡がって、
五日目に死んだと言われる、そうです。

ウズマサ

2017年04月24日 | Weblog
秦氏のルーツはイエス・キリスト直系の弟子からなる組織、エルサレム教団だというのですが、
彼らは日本史ではしごく簡単にしか扱われないために、よく解らないまま、

その日本成立への強大な影響力を見落としがちです。

神輿が契約の箱だったり、神道と旧約聖書の関係はよく言われているけれど、

さすがに、イナリがイエス・キリスト、となってくると、ん??? ですよね(^^)

しかし、しかしですよ、あのキリスト教がですよ、

ザビエル以前に日本に入っていない方が、よほど不自然だと思いませんか?

あの、半端無い聖霊の力を持つキリスト教が、あの聖霊の力をもってすれば、

初期の、プリミティブな原始キリスト教が、姿を変えて来ていない方が不思議です。

世界が、預言された「日本のリバイバル」を熱心に祈っているというのならば、

私達日本人が、そのルーツを知らないというのもどうかと思われます。

あの日本会議の野望を打ち砕くためにも、

たかが明治に始まった国家神道にごまかされないためにも・・・

調べてみましょう。

以下一部引用転載
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/100kodai.htm レムナント
 古代日本とユダヤ・キリスト教

古代日本のキリスト教徒たち ザビエルよりはるか以前の日本に、多くのキリスト教徒がいた。

景教の教典「世尊布施論」の「山上の垂訓」の箇所。
「世尊」とは、シャカではなく、イエス・キリストである。

 キリスト教は、一般には、カ トリックの宣教師フランシスコ・ザビエルが一五四九年に日本に来てから、初めて日本に広まったと思われている。

しかし、ザビエルが日本に来るよりはるか以前――ザビエルより約一千年も前に、
多くの景教徒、すなわちネストリウス派キリスト教徒たちが、続々日本にやって来ていた


しかもその景教徒たちのことを調べていくと、日本の古代について、多くの想像を私たちに、もたらしてくれるのである。


秦氏は古代東方キリスト教徒だった

 秦氏は、景教徒よりも早く日本に渡来した古代東方キリスト教徒だといわれている。

景教とはネストリウス派キリスト教のことで、東方キリスト教の一派だが、
中国に来たキリスト教徒はみな「景教徒」と呼ばれたので、
そのような意味で、秦氏も「景教徒」といわれることがある。

秦氏が京都の太秦につくった神社に、「木島坐天照御魂神社」(俗名は蚕(かいこ)の社(やしろ))というのがある。

この神社の祭神は、「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」ということになっている。

この神は、古事記によれば神々の中でも一番最初に現われ出た神とされ、
目に見えない最高神、また宇宙の根元の神とされている。

しかし古神道では、一般の神社で「天之御中主神」というような絶対神、最高神を祭ったりはしない。それ以外の神――天照大神その他の神々を祭っている。

けれども秦氏はキリスト教徒であったので、相対神(八百万(やおよろず)の神々)を忌避する努力を続けたのであろう。

そのために彼らは、みずからの信じる唯一の神を「天之御中主神」の名においても信奉したようである。

実際、この神社の社務所の由緒書には、

ここは景教(ネストリウス派キリスト教)が渡来し、
秦氏と関連があったことの名残りをとどめる遺跡
として伝えられる」と記されている。

秦氏のこの神社には、景教を思わせる多くのものがある。

たとえば、この神社には全国にも珍しい「三柱鳥居(みはしらとりい)」がある。

二本の柱からなる普通の鳥居とは違い、三本の柱からなる鳥居である。

しかも、ふつう鳥居といえば門として神社の入り口に立っているが、
この三柱鳥居は、清水のわく「池」の真ん中に立っている。

この池は、「元糺(もとただ)すの池」と呼ばれる。
この神社の神号も、別名「元糺す神」である。

元糺す」とは"元を正しくする""誤りを直す"の意味であり、
ここには元の神観の誤りを正そうという、キリスト教徒であった秦氏の信仰態度が見えている。
「元糺すの池」の中に立つ「三柱鳥居」は、キリスト教徒たちの信じていた
三位一体の神を象徴するものと言われている。

景教徒など中国や日本に来たキリスト教徒は、

「妙身」(御父アラー)、「応身」(御子メシヤ)、「証身」(聖霊ルアハ)の神の三位一体を信じていた。
三柱鳥居は、三位一体の神の御一座が臨在することのシンボルであったのだろう。

由緒書には、この「元糺すの池」で禊(みそ)ぎが行なわれた、と記されている。

実際は、禊ぎ(水による清め)だけでなく、バプテスマ(洗礼)も行なわれていたのであろう。

ウズマサの起源

 秦氏のこの神社の付近は、「太秦(うずまさ)」と呼ばれる。

 かつて唐の時代の中国に伝わった景教は、「大秦」教(だいしんきょう)とも呼ばれ、
景教の教会も「大秦」寺と呼ばれた。古い時代には「大」と「太」は混用されたから、これは「太秦」と同じ字である。

「大秦」といえば、もともと中国ではローマ帝国を意味した。

しかし四世紀にローマ帝国はキリスト教を国教としたから、景教といえばローマ帝国の宗教だという意味で、景教は「大秦教」とも呼ばれたのである。

 その「太秦」の字を、なぜ「ウズマサ」と訓読みしたのか。
あるいは、「ウズマサ」という言葉になぜ、ローマ帝国のキリスト教を思い起こさせる「太秦」の漢字を当てはめたのか。

 日本書紀などには、秦氏によって皇室に貢納された絹の布が、山のように"うづまりまさる"ので、そう呼ばれるのだと、こじつけ的な解釈をしているが、
当時の日本人にも不可解な言葉だったと見える。

 江戸時代の国学の大家、本居宣長(もとおりのりなが)も、「ウズマサ(兎豆満佐)と言うに至った理由は、詳(つまび)らかならず」と述べている。

しかし景教研究の大家、佐伯好郎博士は、この「ウズマサ」の名は、もともとは

イエス・キリストという意味のアラム語"イシュ・マシャ"(Ishu Mashiah)
から来たものであろう、と述べている。イシュがウズとなり、マシャがマサになった。

 実際、皇極(こうぎょく)天皇(六四一~六四三年)の治世において、
こんな和歌が民の間で唱われだした、と日本書紀に記されている。

 「ウズマサは神とも神と聞こえくる。常世(とこよ)の神を打ちきたますも」これは、
 "ウズマサさまは、神の中でも神だ、との大評判だ。人々が尊崇した常世の神を打ち懲らされるほどに強く、霊験あらたかだから" の意味であろう。

これをみればウズマサは、もともと単なる地名でも人名でもなく、
神の名であり、宗教の本尊名
であると推測される。

 ウズマサさまが打ち懲らしたという「常世の神」とは、本来は出雲神話に出てくる神である。
しかし、じつは皇極天皇の代に、民の間に、蚕に似たある"虫"を神として祭って、それを「常世の神」と呼んであがめる風潮が流行した。
 人々はその"神"の前に財産を投げ出したが、何の御利益もなく、損害が積み重なるばかりであった。
 こんな邪教が流行したため、当時の秦氏の族長・秦の河勝はそれを見て激しく怒り、"虫"を神と教える人々を懲らしめた。すると、彼らはもはや虫を神と教えるのをやめ、この"虫"の新興宗教は滅びたという。

 こうして「ウズマサ」の名は、神々の神として全日本に大きく聞こえるようになった。
そして民衆は、ウズマサの名をたたえる和歌をつくった。

 そんな話が日本書紀に記されているのだが、これはまさに、

「ウズマサ」(イエス・メシヤ)を信じ「元糺す神」を信奉する秦氏の、宗教改革の行為だったのである。

 この宗教改革は一時的なものに終わったが、それでも、当時の日本に邪教が広まるのを防いだ。
 宗教改革は、いつの時代にも必要である。
私たちも、今日の日本において、真のキリスト景教の再興を願ってやまない。


イナリ信仰の起源

 さて、イエス・メシヤ(イシュ・マシャ)が、ウズ・マサという言葉になったとすれば、「JNRI」また「INRI」という言葉は、何になったのか。

 どうもそれは、「イナリ」という言葉であったようである。
 「INRIがイナリとなった?――まさか。稲荷神社のイナリと、景教と一体何の関係があるのか」
 という人もあるであろう。
確かに現在の稲荷神社を見ると、キツネがすわっていたり、赤い鳥居があったりで、
質の悪い宗教という感じである。景教とは何の関係もないように見える。

しかしこうした姿は、じつはどうも、イナリ信仰が変質してしまった、なれの果ての姿のようである。
もとのイナリ信仰は、もっと別のものであった。

イナリ信仰の変質は、空海がイナリ信仰を詔勅(しょうちょく)したときに始まった。

空海がイナリ信仰を受け入れて、習合させたことはよく知られている。

 空海はこのとき、それまでのイナリ信仰を変質させてしまった。

あの稲荷神社の「白キツネ」も、空海が中国から持ち込んだものである。

 空海は、中国の唐で学んで日本に帰ってから、密教を広めた。

このとき、彼は日本でイナリ信仰をも習合した。

なぜイナリ信仰なのかというと、それは空海が中国で景教にふれたことに関係がある。

 彼は中国で景教の僧と長々と議論をしていて、景教に関する相当な知識を得た。

空海の伝えた密教にも、景教の影響が指摘されている。

彼は表向きには仏教徒であったが、部分的には、景教の教えにも魅力を感じていたのであろう。
その空海が日本に帰ってからイナリ信仰を取り入れたのは、

イナリ信仰とは当時、日本における景教の一種だったからである

 イナリは、現在はふつう「稲荷」と書くが、元来は「伊奈利」と書いた。
学者は、空海が「伊奈利」を「稲荷」と書くように変えた、と述べている。

 じつは、もとの字である「伊奈利」は、「いなり」という音に対して当てはめられた"万葉がな"に過ぎない。
 つまり「伊奈利」という漢字自体に意味はない。
「いなり」という音に万葉がなが当てはめられたのは、それはこの言葉が、
もともとは外来語だったからである。

INRIという言葉から、「いなり」となったのであろう。

 実際、先の秦氏の「木島坐天照御魂神社」(俗名・蚕の社)には、
岩屋の中にイナリが祭られている。
このように、イナリとはもともと景教のものではないか。


 この近くにある、やはり秦氏系の「天塚古墳」にも、

前方後円墳の石室にイナリ神が祭られている
長野県の諏訪大社の東北の奥にも、イナリがあり、その入り口には、あの蚕の社と同じ三柱鳥居が立っている。

 このようにイナリとは、もともとは三位一体の神を信じる秦氏系のものであり、

"ユダヤの王ナザレのイエス"――INRIではなかったか。


 しかし、景教に親しみを覚えていた空海が、のちにイナリ信仰を密教に習合させてしまったとき、イナリ信仰は本来の景教的特徴を失ってしまった。
 そしてその後、あの白キツネと、赤い鳥居の、異教的礼拝所に堕してしまったのである。


タイムカプセルが光を放つ

 イナリ信仰の起源はともかく、七世紀あるいは八世紀頃から
日本に数多くの景教徒が住んでいたことは、疑い得ない事実
であろう。

 それはザビエルが日本にキリスト教を伝えるより、さらに一千年近くも前であった。
聖徳太子の少しあと、大化の改新の少しあとの頃には、すでに多くの景教徒が日本に住んでいたのである。

 西洋まわりのキリスト教が来るよりずっと以前に、

景教という、東洋づたいのキリスト教が日本に来ていた。


キリスト教は、日本史のきわめて初期から、日本史の形成に深くかかわってきたのである。

 日本にとって、キリスト教は決して"最近"のものではない。
キリスト教は、非常に古くからの日本の伝統なのである。
日本の歴史や伝統を語るうえで、キリスト教を欠かすことはできない。

 残念ながら、今日の日本には、昔ながらの「景教」は見られない。
見られるのは、西洋まわりで入ってきたカトリックや、プロテスタントである。

 しかし、古代において、日本の景教徒たちは、主イエス・キリストに対する生き生きとした信仰を持って生活していた
そしてその時代にあって、世の光、地の塩となって生きていた。

 彼ら景教徒たちは、時代を越えて、今日の日本人に対してあるメッセージを残した。
それはタイムカプセルのように、今や我々に向かって光を放つ。

 それは、あの「いろは歌」に託されたメッセージ、
 "イエス(イエトス)――神ヤハウェの人――咎なくて死す" である。

神ヤハウェの人であるイエスは、咎(罪)なくて死なれた。
あの十字架上で、私たちを罪と滅びから贖う(救う)ための犠牲として。
 彼こそ、私たちのためのメシヤ(救い主)である。
彼を信じるとき、私たちは、いにしえの日本の聖徒たちが信じた真の神に立ち帰るのである

久保有政著

参考
http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=86
秦氏と京都太秦の謎 | 日本とユダヤのハーモニー

日本版スピリチュアリズム!

2017年04月24日 | Weblog
雲の気まぐれブログに来られる方には、スピリチュアリズムに興味を持っている方がかなり

いらっしゃると思うので、注意しておくべき重要事項を書いておきましょう。

日本会議はスピリチュアリズムのバックの巨大組織だという事を認識しておかねばなりません。

「なんとか教」という宗教でもなんでもない危険なカルトの大集合体でもあると同時に、

明治に逆行するように見えながら、実質は違うという非常に解りにくい、

日本を名乗りつつ、その実日本ではなく在日の、訳の解らない危険な組織です。

聖地とパワースポットを巧みに結びつけ、宗教と占いや魔術などをごちゃごちゃに混ぜて、

ただでさえ解りにくいものが、更に解りにくくしてあります。

首相夫婦がスピリチュアリズムに嵌っているのも、この観点から見れば、政府が日本会議の

支配下にある現状では、当然と言えば当然という事になる訳です。

政府はスピリチュアリストを政治的に利用してきたし、

今の政権が続く限り、この傾向が強まる傾向にある事を、肝に命じておいてください。

60年代からアメリカで起きたスピリチュアリズムが日本に入り、日本化する中で、

日本の神々をうまく取り込んできていることを、きちんと認識しておきましょう。

宗教界に紛れている、いかがわしさ怪しさも、この動きに連動しているように見えます。

興味を持っている方は、特に気をつけてください。

明治の国家神道は一神教に似ていますが、注意すべきは、日本は本来多神教だという基本です。

以下は2016年の記事ですが、ご参考まで。


以下一部転載
http://www.mag2.com/p/money/12814
「天皇制国家」と日本会議~現代日本人を虜にする国家神道的メンタリティ=高島康司

スピリチュアリズムを利用するであろう安倍政権と日本会議
そしていま、このような日本版スピリチュアリズムがつながる先は、「ハイアーセルフ」や「高次元存在」のような普遍的な存在ではなく、日本の神々へと急速にシフトしている。

このシフトにともなって、日本を神国「ヤマト」として崇め奉り、その国の一員としての国民を神の子孫である天皇の「赤子」とする心的傾向がかなり強くなっている。

日本人は神の「赤子」なのだから、世界のどの民族からも隔絶した特殊な存在であるというわけだ。これが孤立し生き方に迷う人々のプライドの根拠となる。

さて、現在の安倍政権とその背後にいる「日本会議」は、憲法改正を急いでいる。それは戦争放棄をうたった9条の改正に限定されるものではない。個人の存在を国家に優先させた主権在民の現行憲法を、神聖な天皇制国家に国民を臣民として組み込む自民党憲法草案の方向での全面的な改憲を最終目標にしている。

しかし、先に書いたように、現代日本の市民社会は、国民を越えた国家の神聖性などという概念を受け入れる素地はほとんどない。いまだにこの概念は戦前の過去の遺物として見られている。

だがいま、古代の日本の神々とつながり啓示を得る方法がスピリチュアリズムの主流になりつつあるとき、天皇制国家の神聖性は自明のものになる。

その神聖性は、記紀神話を感じることを通して、直接的に体験できるものになりつつある。

おそらく憲法改正を急ぐ安倍政権と「日本会議」は、現代の日本のこうしたスピリチュアリズムを全面的に利用し、政権基盤の一部として取り込むことだろう。


これは宗教の取り込みではない

しかし、間違ってはならないのはこれは「宗教の取り込み」ではないということだ。
「日本会議」には多くの宗教団体が結集しているので、右翼系の宗教団体の取り込みはすでに行われている。

スピリチュアリズムはいわゆる宗教団体ではない。

神秘体験を信奉する膨大な数の人々が、組織されずに存在しているのである。
その数は宗教団体を圧倒するはずだ。

いまからはじまるスピリチュアリズムの政治的な取り込みは、
こうした層を対象にすることで、

天皇制国家の神聖性を自明のこととして実感する人々を増やし、

憲法改正の追い風にしてゆく可能性が大きい。





有形文化財県庁本庁舎公開

2017年04月22日 | Weblog
神奈川県の公立中学校の給食の実施率が、女性活躍とか言ってて、横浜市長なんか女性なのに、相変わらず

         「弁当持って来い!!」

とか言ってて、新県庁舎とか新市庁舎なんか豪華に金かけているくせに、いやそれだからか、

     「おっかねが、あっりませーーーんっ!!」

とか、なりすましのあほ役人がほざいている・・・・・

全国で神奈川と大阪の中学の給食実施率は最低で、大阪にもずいぶん引き離されて、

   中学生に給食も食べさせられない酷い県No.1なのである。

学校は、いざという時の避難所だから、大人数の食事も作れない訳にはいかない。

普段から、各学校で作った安全な食事も提供できなくて、何が先進国だというのだろう。

要はやる気が無いが、自分達だけは良い思いをしたい役人だらけなだめだめな県なのだ。見てください、
 県庁本庁舎内の一般公開が5月3日木~6日土 10時~16時  

なので、どれだけ黒岩知事、もとフジテレビMCが、

     県民の中学生の子どもたちの給食も出さないくせに

     子育て支援だとか、どの口がほざくんだと言いたい!!!


自分だけは、国の有形文化財指定の素晴らしい知事室

を執務室として使用しているのを見に来てください、日本全国から!!世界中から!!(^^)

旧議場も、旧貴賓室、これは天皇の御座所だった応接室も、正面玄関ホールも、とにかく

   とても県民の中学生の子どもが今だに給食も食べさせてもらえないとは、

   誰も想像できない豪華さなのでぜひ見に来てください!!

日本のリバイバル?

2017年04月22日 | Weblog
稲荷神社は、秦氏が原始キリスト教が変じた景教を日本に持ち込んだもので、

イナリは、ラテン語のINRIインリ ユダヤ人の王ナザレのイエスの意の略 

が語源だという説を調べていたら、気になる記述に出会いました。

1月ごろから、あまり関係ない雲の処にイエス様のヴィジョンが現れ、

30年来の花粉症が治り、青空を見上げていたら

「主の福音を述べ伝えよ」と言う、深みのある

良い男性の声を聞いたのですが、これと関係しているのかも知れませんね・・・

雲は御稲荷さんには先々代から御世話になっていて深い関係がある人だから、

イエス様が関係無いどころか、そのものだったという話です。

「日本のリバイバル」ってなんだ? と思っていましたが、

もしかして、巻き込まれてます? 私が?!

以下一部引用転載
http://ameblo.jp/hex-6/entry-10914171510.html
神道と聖書、稲荷神社とキリスト

日本のリバイバル預言

近年、欧米の多くのキリスト教関係者が、日本のリバイバルを預言している

預言とは......予言ではない。

神の言葉を(多くの場合)聖職者などが、聞いて人々に伝える事をいう

預言.....つまり神や精霊の言葉を預かることである。

キリスト教用語としてのリバイバルは、敬虔な信仰者の急速な増加を伴う信仰運動を指し、大覚醒と呼ぶ事もある
キリスト教の躍進を指す言葉で、キリスト教の福音派は日本において明治期および終戦後に大都市を中心にキリスト教徒の数が増加した現象をリバイバルと位置づけ、プロテスタントに教派を越えた一致があったとする。日本のリバイバルとしては戦前のホーリネス・リバイバル(1919年と1930-33年二回)が有名である。

一方聖書に奇妙な記述がある。

イザヤ書 第41章1節

 島々よ。私の前で静まれ。

 諸国の民よ。新しい力を得よ。

 島々は見て恐れた。

 地の果ては震えながら近づいてきた。


 私はあなたを地の果てから連れ出し、

 地のはるかなる所からあなたを呼び出していった。

 私が北から人を起こすと、

 彼は来て日の出るところから私の名を呼ぶ。



イザヤ書 第42章10節

 主にむかって新しい歌をうたえ。その栄誉を地の果てから。

 海に下る者、その海を渡る全ての者、島々とそこに住むものよ。

 主に栄光を帰し島々にその栄誉を告げさせよ。



イザヤ書 第66章19節

 やがて終末の日には、神のうわさを聞いたこともなく、

 その栄光を見たこともない遠くの「島々」の国が、

 神の栄光を諸国の民に語り告げるようになる



サムエル記Ⅱ 第7章16節

 あなたの家とあなたの王国とは、私の前にとこしえまでも続き、

 あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ

子どもは未来

2017年04月21日 | Weblog
子どもの自殺が減らない現在の日本。正に戦争状態だという証明でしょう。

なぜなら、「子どもたちは、未来そのもの」なのですから。

楽しい時はいい。だけど、

辛い時、悲しい時、さみしい時に、

自分が今どうしたら良いのか? 

どうしたら自分は今救われるのか?

そういう根本問題に対処するために、一番必要なものは、

「想像力と創造力」なのではないのでしょうか?

「立ち直る力」のために、それがあれば、生きて、生き続けていく事ができます。

以下は、2006年の講演ですが、ヒントになると思います。

参考
https://ja.wikipedia.org/wiki/TED_(%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9)
TED (カンファレンス)


以下転載
https://www.ted.com/talks/ken_robinson_says_schools_kill_creativity/transcript?language=ja

ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」 
Posted Jun 2006

おはようございます。気分はいかがですか?素晴らしいですね、ここは すべてが驚嘆の連続です だからそろそろ帰ろうかと思って(笑) カンファレンスを通して、これまで私たちは 3つのテーマを取り上げてきました どれも私が話したいことに関わっています

1つ目は人間の創造性について ここにいるすべての人が持っている 様々な形で表れる私たちの創造性と その幅の広さです。

2つ目は 創造性は未来に一体何が起こるのかを 予測不可能にしてしまいます 次に何が起こるかなんてさっぱりわからない

私は教育に関心があります 実際誰もが教育に関心があるんです あるでしょう?私はとっても興味がある 例えばディナーパーティーの席で あなたが教育関係の仕事をしてると言ったとします まあ実のところ、教育関係で働いている人はあまりディナーパーティーに行ったりしません そんなに誘われませんよね まったく誘われない。どうしてでしょうね でも招待されて、誰かと話すとします 「お仕事は?」と聞かれ 「教育関連の仕事です」と答えると 彼らの顔から血の気が引くんです。きっと心の中で 「なんてこった!なんで私の隣に?せっかくのパーティーなのに!」なんて思ってる でもあなたが彼らの受けた教育について聞いたら 彼らは熱心に話し出すでしょう。教育というのは 深い問題ですからね。そうでしょ? 宗教やお金のことみたいに 私は教育に非常に関心があります。私たちは皆 教育に大きな関心があると思います

恐らく教育というものが私たちを予測不能な未来へと 運んで行くからでしょう
今年小学校に入学する子供たちは 2065年に定年を迎えますが、

TEDに集まる あらゆる分野のエキスパートをもってしても 5年先の世界ですらわかりません
それでも私たちは 未来に向かって彼らを教育していく立場にある

予測不可能であることは大きなテーマです

そして3つ目は 我々みんなが納得していること

つまり子供達が持っている潜在能力 独創性です。

夕べのシリーナは驚愕でしたね 彼女を見ているだけで伝わってきたでしょう?

彼女の才能は例外的なようで実はそうではない 子供はみな例外的な力を発揮できるからです
子供は自分の中に才能を発見すると没頭します 子供は誰もが 比類ない才能を持っているんです
私たちは無情にもそれを無駄にしてしまっている だから私は教育について話したい

創造性のことも話していきます

創造性は識字能力と同じくらい教育に必要です

創造力と識字力を同等に扱うべきなんです (拍手)

ありがとう。私が言いたかったのはそういうことです どうもありがとう(笑)まだ15分も余っていますね 私が生まれたのは…いや、違うな

最近聞いたお気に入りの話をしましょう

絵の教室に通う6歳の少女が 教室の後ろの方で絵を描いていました

少女はそれまで何にも集中したことがなかった でもその絵の教室では違ったんです

先生は興味を惹かれて少女に

「何を描いているの?」と聞きました 彼女は

「神様の絵を描いてるの」と言ったんです

「神様がどんな姿をしてるか誰も知らないのよ」と先生が言うと 少女は

「もうすぐわかるわ」と答えたんです (笑)

私の息子がイギリスで4歳だった頃
正直言うと、あの頃息子はどこにいたって4歳だったんですが
そう!あの年息子はどこに行っても4歳でした
息子はキリスト誕生の劇をやっていたんです どんなストーリーか覚えてますか?
壮大なストーリーでメル・ギブソンが続編をやりましたね
「キリスト誕生2」見たことあります? 息子がヨゼフ役をやるというので興奮しました
ヨゼフは重要な役の1つだと思っていましたから 会場を「ジェームス・ロビンソンこそヨゼフだ!」と書いた Tシャツを着た友人でいっぱいにしました
息子にセリフはなかったんですが
3人の賢者が金とフランキンセンス(乳香)とミルラ(没薬)を 持ってくる場面はわかりますよね これは本当に起こったことなんですよ
恐らく順番通りやらなかったんだと思います
後で息子に「あれでよかったの?」 と訊いたら
「何か間違ってた?」って言うんです
だから多分順番を入れ替えたんだと思います
とにかくその劇で 頭にタオルをのせた4歳の男の子たちは 贈り物の箱を置いて、
最初の少年が 「私は金を贈ります」と言い
2番目の子は「私はミルラを贈ります」と言い
3番目の子が「フランク セント ディス」って言ったんです!

子供たちはいちかばちかやってみるんですね

何も知らなくても子供はただやってみます そうでしょ?

間違えることを怖がらない 間違えを犯すことと創造的であることは 同じではありませんが

間違えることを恐れていたら 決して独創的なものなど思いつかない

間違えることを許されずに育った 子供は本来の才能を失ってしまう

間違えることを恐れるんです

会社はこうやって経営されてますね

過ちを犯すことを非難する 私たちが作った国家教育システムでは 失敗は最悪だと教えます

教育が人間本来の創造性を殺してしまっている

ピカソはかつてこう言いました 「子供はみな生まれながらのアーティストだ」

問題は成長しながらどうやってアーティストたり続けるか

我々は創造性を育てるどころか見失い 創造性の欠落した教育を受けている

一体どうしてなのでしょうか?

私は5年前までストラットフォードオンエーボンに住んでいました
ストラットフォードからロサンジェルスに引っ越したんです どんなにスムーズな変化だったか想像できますよね!

ちゃんと言うと スニッターフィールドという所に住んでいました

ストラットフォードの郊外で シェークスピアの父親の出生地です。

驚きませんか? シェークスピアに父親がいたなんて考えたことなかったでしょ? あります?

シェークスピアも子供だったなんて 7歳のシェークスピアなんて考えてもみなかった

でも彼にも7歳の頃があって 誰かの英語の授業を受けてたんです。

なんてうっとおしいんでしょう!

「もっと努力しなさい」 「寝なさい!今すぐです!」

ってシェークスピアに言うんですよ ウィリアム・シェークスピアに言うんです

「鉛筆を置きなさい!」

「そんな話し方するんじゃありません。みんな混乱するんですから」 (笑)

まあとにかく、私たちはストラットフォードからロスに引っ越しました
実はこのことで言いたいことがあります 息子はロスは好きでしたが引っ越しはイヤだった 私の子供は息子が21、娘が16になります
イギリスにいるサラという恋人が彼のすべて だから息子はロスに来たくなかったんです
知り合って1ヶ月でした でもすでに4回目の記念日を迎えていました 16歳には時間がたっぷりありますからね
息子は不機嫌極まりなく 「サラみたいな子は他にいない!」と言っていました
でも私たちはそれを聞いて喜んでいました
イギリスを離れた1番の理由がサラだったんですから (笑)

世界中を渡り歩いていると 1つ驚愕することがあります

地球上どこの教育制度も科目の優劣がある すべてです。どこに行こうと大差ない

他の制度があるだろうって思うでしょ?でも、ない みんな同じ。

数学と語学がトップで 次が人文系。

一番評価されてないのは芸術系 地球上どっこにいっても!

そして大概どの教育制度でも 芸術科目の中でまた順位があります

美術と音楽は演劇やダンスより上です

数学みたいにダンスを毎日教える 教育制度はありません どうしてでしょうか?

私はダンスは非常に重要だと考えています 数学もダンスも同じくらい大事です

子供というのは1日中でも踊っています。みんなそうです

私たちはみんな体を持ってますよね。あれ、ミーティングに行きそびれたかな?

私たちは子供が成長するにつれて 腰から上へとだんだんと教育し

最後は頭にフォーカスする それも脳の片側だけ

もしエイリアンが教育現場にやってきたら

「公教育って何のためにあるの?」と不思議に思うでしょう

現在の教育がもたらす結果を見たら

誰が本当に恩恵を受けて 誰がやる事をやっていて

誰が一番おいしいところを持っていく勝者か考えたら

公教育の目的は 世界中において 大学教授を生み出すことだと言わざるを得ないでしょう

彼らが世の中のトップにいる 私も昔そうだった。すごいでしょ 大学教授は好きですから。

でもね、みなさん 大学教授だけが人間の最高峰ではないんです

大学教授は単に1つの生き方に過ぎない 彼らはとても好奇心旺盛ですけどね

大学教授に対する愛情から言ってるんですよ 教授というのはとっても興味深い生き物だ

大概、教授というのは頭の中で生きてる それも頭の片方に偏ってる

言葉通り、なんだか現実離れしてる人たちです

彼らは自分たちの体を 頭を運ぶための乗り物としか見ていませんよね?

体は教授を会議に連れてくための乗り物です

もし本当の幽体離脱体験の証拠が欲しければ 教授の重鎮が集まるような 数日間の学会に行ってみるといい
最終日の夜にはディスコに行って ビートなんか無視してめちゃくちゃに体をくねらせながら
「早く家に帰って今夜のことを論文に書こう」 なんて考えてるいい年した男女を見れますから

今の教育制度は学者を育てるために作られています そこには理由があるんです

制度全体が作り上げられた19世紀以前に 世界中どこにも公教育なんてなく

教育制度は産業主義社会のニーズから 生まれました

科目の優劣は2つのことから決められました

1つは働くために有用な科目が最優先ということ

私たちが小学生の頃習ったことや好きなこと 砂場遊びとか仕事に使えないことは おそらく敬遠されたでしょう 砂遊びでは会社で雇ってもらえませんから

音楽なんてダメだ!音楽家になるわけじゃないんだから

アートなんてするな。アーティストになんてならないんだから 心優しいアドバイス。

でもまったくもって間違っています 世界は今、変革の時にある

2つ目は学力。学校の成績だけが いまや知性だと思われている

大学側のイメージだけで教育制度を作ったからです

世界中に広がる今の学校教育が 大学に入るために敷かれた 長い道のりなんです

その結果、無数の天才的で創造性溢れる 人たちが「自分は才能がない」と感じています

学校は彼らの才能を評価しないどころか ダメだと烙印を押してしまうから

しかし、そんなことをしている余裕はない

これから30年間、ユネスコによると 歴史始まって以来の多くの人間が世界中で

こういった教育を受けて社会に出て行くんです 今よりもっと大勢の人がです。

それと 今まで話し合ってきたこと全部の組み合わせです

テクノロジーとその進歩が労働環境や 人口の増大に大きな影響を与えます

突然、大学の学位がまるで意味をなさなくなった

私が学生の頃は大学を卒業していれば仕事が見つかりました

仕事がない人っていうのは自らそれを選んだ人でした 正直、私は仕事なんてしたくなかった
でも現在、大学を卒業した子供達は ビデオゲームをするために家へ帰るんです

今や学士ではなく修士、時には博士号が 必要になってきたからです

大学教育のインフレが起こっているんです 根底から教育制度が変わりつつあります

抜本的に知性の意味を考え直す 必要がある

知性について3つのことがわかっています

1つは多様であること。

我々はこの世界を あらゆる視点から捉えます。

視覚的だったり 聴覚からであったり、感触からであったり 抽象的な捉え方もしますし、動きながらだったり

次に、知性とはダイナミックです

人間の脳の働きを考えてみましょう 昨日のプレゼンテーションからわかったように

知性とは素晴らしくインタラクティブです 脳はいくつもの部分に区切られているわけではありません

創造性とは、独創的で価値あるアイディアを 構築するプロセスのことだと思います

創造力は様々な分野や価値観の 相互作用によって生まれます


ところで、脳には 右脳と左脳に繋がる複数の神経を束ねる軸があります

脳梁と呼ばれる部分で女性の方が太いんです

昨日のヘレンの話もそうでしたが 女性の方がマルチタスクなのはこのせいかもしれないですね ここにいる女性方もそうでしょ?

多くの研究結果がありますが個人的な経験からもわかります

もし妻が家で食事の支度をしていたら 実際そんなにやってくれないんですけどね、

ありがたいことに 妻は他に得意なことがありますから! でもまあ、料理をしていたとしましょう

彼女は同時に電話で誰かと話したりします 子供と話したり、天井の色を塗り替えたり

心臓を開けて手術をしたりね

私が料理をする時はドアを閉め、子供たちはどこかに行き 電話などしません。

妻が途中で入って来たらイラっとします

「テリー、卵を焼こうとしてるんだからちょっと放っておいてくれよ」って言います

みなさんも古い哲学の問いを知ってるでしょう

「森で1本の木が倒れ、誰もその音を聞かなかったら」

「それは本当に起こったことなのか?」


最近面白いTシャツを見ました

「男が森の中で」

「好き放題言うのを聞いていた女性はいなかった」

「彼はそれでも間違ってるのか?」


って書いてあったんです

3つ目に知性とは比類ないものです

今『エピファニー』という新しい本を執筆中です いかに人間は自分の才能とめぐり会うか
その過程について色々な人に インタビューしました

この本を書くきっかけを与えてくれたのは 恐らく皆さんが知らないある女性です

ジリアン・リンといいます 何人か知っているみたいですね。

彼女は振り付け師です 彼女の作品は誰もが知っています

「キャッツ」「オペラ座の怪人」です 彼女は素晴らしい。

私は昔、英国ロイヤルバレーの役員でした 見ればわかるでしょ! ジリアンとランチをした時尋ねたんです
「どうやってダンサーになったの?」 彼女の答えは興味深かった。ジ

リアンは小学生の頃 まったくもって絶望的でした。1930年代のことです

学校は彼女の両親に ジリアンには学習障害があると伝えたんです

集中力がなくいつもそわそわしていた 今だったらADHDと言われているんでしょうが

1930年代は ADHDなんて概念はありませんでしたから そう判断することはできなかったですよね
当時の人はADHDなんて知る由もなかった

とにかくジリアンは専門家に相談に行きました

重厚な壁に囲まれた部屋で 部屋の隅にある椅子に座るよう言われ 20分も何もせずに

座っている横で 専門家は母親に向かって ジリアンの学校での問題について話していたそうです
ジリアンはいつも遅れて宿題を出したり 他の生徒の学習に支障をきたすと

最終的に医者がジリアンの所に来て言いました

「ジリアン」 「君のお母さんの話をいろいろ聞いて」 「お母さんと2人で少しお話がしたいんだ」
「少しここで待ってて」

ジリアンを1人残し 医者と母親は部屋を出て行きました

その際に医者はラジオのスイッチを入れました

そして部屋の外で母親に

「ここでジリアンを見ていて下さい」と伝えました

するとジリアンは元気そうに、音楽に合わせて動き始めました

母親と医者はそんなジリアンを見守りました

そして医者は母親に言ったんです

「お母さん、ジリアンは病気なんかじゃありません。ダンサーですよ」

「ダンススクールに通わせてあげなさい」


私はその後を尋ねると

行かせてくれたわ。どんなに楽しかったか言葉じゃ表せない!」

「ダンススクールには私みたいな子ばかりいた」

「みんなじっとしてられないの」

「考えるのにまず体を使わなくちゃいけない」


彼女はバレーやタップやジャズダンスを習いました モダンやコンテンポラリーダンスもやりました
ジリアンはやがてロイヤルバレー学校の オーディションに受かってソリストになり 見事なキャリアを築きました
それからロイヤルバレーを卒業して ジリアン・リン・ダンスカンパニーを設立しました
その後アンドリュー・ロイド・ウィーバーと出会い

ジリアンは歴史上もっとも偉大なミュージカルを手がけます

何百万人もの人に感動と喜びを与え 経済的にも大成功しました

あの医者じゃなければ彼女を薬漬けにして おとなしくするように言っていたかもしれません

さて、私はこんなことを考えています

アル・ゴアがレイチェル・カーソンに感銘を受けて エコロジーと革命についての話をしましたね

私は、我々の未来への唯一の希望は

人類生態学という新しい概念を取り入れることだと思います


人類生態学とは、人間は豊かな可能性を持っているという 新しい考え方を築き上げる学問です

これまでの教育は、地表を削いで石炭を直接取り出すように

私たちから特定の物だけを発掘してきました

でも将来それはもう役立ちません

私たちは次世代の人間を教育するための 根本的な理念を再考しなければならない

ジョナス・サークの素晴らしい引用があります

「仮にすべての昆虫が地球から消え去ったら」

「その後50年の間にあらゆる生きものが消滅するだろう」

「もし地球上から人類が消え去ったら」

「50年後にはあらゆる生命が豊かに栄えるだろう」


その通りだと思います

TEDが称賛するのは人間の持つイマジネーションという宝物です

いかにこの天賦を賢く活用するか考えなくてはなりません

想定されたシナリオを回避するために 私たちに残された唯一の方法は

人間の限りない創造性が 私たちの生を豊かにすることを知り

子供たちが未来の希望であると認識することです

子供をあるがままに育てなくてはいけません

私たちが未来を見ることはないかもしれませんが

子供は未来を生きていくのです。

私たちの役割は 子供たちが未来を創る支えとなることです。


どうもありがとう