日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

4月からのメタボ対策CM

2008-03-21 14:13:32 | トレンド
お昼を食べながらテレビを見ていたら、はるさめヌードルのCMが流れた。
これまではるさめヌードルのCMと言えば、女性をターゲットとした内容が多い。
ところが今回のCMは、男性をターゲットにしている。
HPを見ると、「(はるさめヌードルで)カロリーコントロール推進委員会と言うコンテンツもある。
それも2週間に1回更新と言う、まさに「メタボが気になる男性応援コンテンツ」の様相だ。

この4月から、健康診断に「メタボリック症候群」の項目が入いる。
それを受けビールやコンビニ業界など、対象の中心となるサラリーマンを主な客層としている、業界などでは「メタボ対策向け商品」や、セールスキャンペーンを展開している。
そして今回は、「はるさめヌードル」だ。

これまでお昼のお弁当のサブメニューと言うか、お味噌汁の代用品的存在にあったのがミニカップヌードルだった。
だが、カロリーなどを心配する女性にとってはいくらミニサイズとはいえ、チョット心配だった。
そこで登場したのが、低カロリーで満腹感のあるはるさめヌードルだ。
今では、はるさめヌードルがメインで、小さなおにぎりとプチサラダと言う組み合わせランチをしている女性も少なくないだろう。
と言っても上述のとおり、あくまでも女性が中心。
その市場を広げるチャンスとして、お腹周りが気になるお父さんの「メタボ対策向け商品」としての位置付けなのだ。

ただ、この「メタボリック症候群」についてなのだが、日本の基準に対して疑問符が打たれ始めている。
WHOなどの基準と、厚労省などの定めた基準が違う(十文字学園女子大教授・森三樹雄博士のHPより)。
もちろん、欧米人と同じ基準である必要は無いのだが、今現在の状況は腹部周りだけに注目がされているような傾向が見られる。
「お腹周りだけを減らすことがメタボ対策」だと思っていると、間違ったダイエットと同じような結果となりかねない。

摂取カロリーを減らすコトも大切だが、カロリーを消費することも大切だと言うことを訴える男性向けCMがそろそろ登場しても良い頃だと思うのだが・・・。






問題の本質を見誤ると、大変-チベット問題-

2008-03-20 19:51:58 | アラカルト
チベットが騒乱状態だ。
これに対して、中国と言うか北京では「ダライ・ラマ14世が暴徒を煽動している」と、盛んに言っている。
「中国の民族政策が正しく、反発するコトそのものが中国ではあってはならない」と言う、雰囲気が十分に伝わってくる内容だ。

ところが、世界各国からは中国政府に対してとても厳しい論調が多くなってきている。
イタリアでは、90%を超える人たちが、北京オリンピックボイコットに賛成だと言う、報道もある。
英国のチャールズ皇太子の北京オリンピック開会式欠席と言う噂(?)まで、飛び出しているようだ。

これに対して日本外務相は、なんとものんびりとしたコメントしか出していない。
それだけではなく、ニュースコメンテーターと呼ばれる人たちの中には、「政治やイデオロギーの問題で、オリンピックボイコットと言うのは残念」と言う人たちもいる。
確かにこれまで「オリンピックボイコット」と言うと、政治やイデオロギーなどによるものだった。
だが、今回のEU諸国や米国大統領候補たちが「オリンピックボイコット」と言っているのは、政治やイデオロギーの問題ではなく、「人権問題」としてチベット問題を捉えているからなのではないだろうか?

一部では、ラサの観光化によって、チベット民族以外の人たちが豊かになり、チベット民族の生活困窮に拍車をかけている、と言う指摘もあるようだが、単なる経済問題では片付けられないような問題を、元々チベットは抱えている。
それはオリンピックと言う世界的イベントを控えた中国にとっては、アキレス腱ともなりかねないような問題であるということは、多くの人たちが知っているはずなのである。
だからこそ、EUや米国大統領候補、ハリウッドスターなどがこぞって、オリンピックボイコットを口にしているのだ。

1989年に起きた「天安門事件」の時、中国は世界中から批難を浴びた。
しかし「国内のことだから」と言って、取り合わなかった。
同じコトを、今また中国政府は繰り返そうとしている。
そして、日本もまた同じ様に「中国内政のことだから」と静観しようとしている。

今回のチベットの騒乱を「中国の内政問題」だと思っていると、日本は「本質が分からない国」だと見られてしまう可能性がある。
他の先進国から、「人権に対して鈍感な日本」と見られても仕方ないような状況になりかねない。
本質を見誤ると、後で大変なコトになってしまうのでは?
まぁ、今の福田さんをはじめ国民生活に鈍感な政治家や官僚がいっぱいいるのだか、仕方のないことかもしれないのだが・・・(トホホ)


思惑ばかりで先が見えない

2008-03-18 21:58:27 | 徒然
日銀総裁が、決まっていない。
政府与党が、新たな人物の起用を提案しているのだが、野党から反発が続いている。
今のグローバル経済において、中央銀行総裁がなかなか決まらないと言うのは、世界的には「日本は、一体何をやっているんだ??!!!」と呆れられているというか、無責任さを露呈させているようだ。
「日本経済の不信を招いている」と言う、指摘もされている。

与野党それぞれ言い分があるのだが、不思議なのは野党が先の武藤さん起用に反発した理由と同じ背景を持っている人物を、起用しようとする与党の考えだ。
議論する以前に、野党から反対されることが分かりきっているのではないだろうか?
それとも、今の日本には中央銀行総裁と言う職が負かされる人材が、財務省事務次官経験者以外にはいない、と言うコトなのだろうか?
むしろ政府与党には、これまでの「たすき掛け人事」と言う枠内で、人材起用をしようとしているだけのように思える。
野党が反対する理由がわかっているのだから、「たすき掛け人事」枠以外からの人材起用の提案をすることのほうが、先なのではないだろうか。
この状況は、日本経済の問題ではなく、日本の政治の問題ということになる。

与野党の思惑が、政治の混乱を招き、それが日本経済に悪影響を与えているとすれば、政治家が日本経済の邪魔をしていると言うことになる。
問題なのは、政治家のみなさんがそこまでの意識をもって、日銀総裁人事を考えているのか?と言うことだ。
傍から見る限り、思惑ばかりで日本経済だとか、世界から日本がどのように見られているのか?と言う意識も視点も無いように思えてしかたない。

もう一つ、政治とは無関係なのだが、日本バスケットボール協会の人事もまた、協会やJOCの思惑で、選手たちが迷惑をしている。
特に女子バスケットは、北京オリンピック出場をかけた試合が6月に予定されているのに、試合などは無期延期状態となってしまった。
これでは、選手は不安で仕方ないだろうし、いざ予選となっても実力が発揮できないまま、敗退=オリンピック出場の夢が絶たれてしまうように思えるのだ。
元々、バスケットボール協会と言う組織そのものに問題があるらしいのだが、選手にとっては関係の無い話だ。
このような組織団体の偉い人たちの多くは、かつて選手として活躍し、指導者となった人が中心だと聞く。
とすれば、選手たちの気持ちもわかると思うのだが、役職がついてしまうと選手や現場で指導する人たちのことをすっかり忘れてしまうようだ。

今の日本は、政治もスポーツも思惑ばかりで、先が見えないように感じる。


地域ブランド創りのアイディア

2008-03-17 20:25:16 | ビジネス
夕方見ていたテレビで、面白い地域ブランド創りをしているという企画があった。
それが「三河武士」だ。

愛知県内に住んでいる人以外で、三河と尾張のエリア区別ができると言う人は少ないだろう。
「愛知県=名古屋」と言うイメージを、持っている方もいるのではないだろうか?
本当は、「尾張名古屋は城で持つ」と言われるとおり、名古屋は尾張という地域になる。
天気予報では、「愛知県西部」と言うコトになる。
では三河(「愛知県東部」)の中心はどこか?と言うと、岡崎市が中心となるのだ。
その岡崎を中心とした地域の特産品を、共通ブランド化して全国に売り出そうと言うのが、「三河武士」なのだ。
では、何故「武士」なのか?と言うと、岡崎市は徳川家康の出身地だからだろう。

HPを見ると、テレビの企画ニュースでは紹介されなかったイロイロな商品がある。
だが、どれもが高価な商品ばかりだ。
もちろん高価になるのには、それなりの理由がある。
こだわりの選び抜いた原材料を使っているだけではなく、一品一品を丁寧に手作りで作りあげている。
そのため、生産コストがかかるのに量産ができない。
まして、企業そのものが家族経営などの中小企業、零細企業と言うコトもあり、販路拡大も難しい状況にある。
だからこそ、地域の共通ブランドにすることで、それぞれの力(=商品の魅力)をまとめ、相乗効果をあげる必要があるのだ。

もう一つ目を引くのは、これまでにありがちなHPとは大分違うコトだ。
派手なロック音楽に乗り、切り絵風のアニメーション、武士らしく(?)褌姿(女性1名は別)。
その褌は、背景とは対照的な赤。
YouTubeを使ったコンテンツもある。
このHPを見る限り、地方中小企業が集まった紹介+ショッピングサイトには思えない。
それほど、意外性というか度肝を抜かれるようなHPだ。
通常、企業のHPなどは地味と言うか、就職活動中の学生以外の人が積極的にアクセスしたい!と思えるHPと言うのは、殆どない。
企業トップのメッセージ、プレスリリース、商品紹介、リクルートがズラッと並んでいるのが、普通と言うか一般的だ。
HPだけでも見たくなるような、仕掛けがイロイロ工夫をしてある。

HPを見ていても、参加している企業にしても対象としているマーケットは、日本国内ではない。
海外も視野に入れている。
海外に向けて発信するためには、モノづくりの良さ+メッセージ性が必要だと言うことを考えた上でのHPだともいえそうだ。








減点評価発想から加点評価発想に-介護と育児-

2008-03-16 21:42:49 | ライフスタイル
最近気になるニュースがある。
それが「老老介護の果てに心中」と言うニュースだ。
先日も、「認知症の奥さんの看病に疲れ果てた旦那さんが、奥さんを殺した」と言うニュースがあった。
このようなニュースを聞くたびに、悲しくなるのは私だけではないだろう。

そして、今日の毎日新聞には幼児食:「自信がない」7割 専業主婦ほど悩み深く?と言う記事が掲載されている。
暫く前から文科省などが中心となって推し進めている「食育」という点からも、乳幼児の食事は大切だとされている。
その食事を作っているお母さんたちにとって、食事を作ることが悩みとなっているのだ。
インターネットや育児雑誌などを片手に、孤軍奮闘しているお母さんたちが多いということも分かる。

「老老介護」と「育児」と言う、正反対のコトでありながら共通する点がある。
それが「(一人で)何とか、100点満点のコトをしよう」とする姿だ。
それも雑誌やインターネットなどから得た情報が、「当たり前に、誰でもやっているコト」として、とらえられている傾向があるように感じる。
それらの介護や育児ができなければ、「評価されない」かのような、「幻想」にとらわれているように思えてならない。

考えてみれば、日本の評価スタイル(と言ってよいのだろうか?)は「減点評価」だと言われてきた。
企業や官庁などのエリートコースを歩む必須条件として、「(人事考査)減点が無いコト」だと言われている。
もちろん、自分に与えられた職務を真っ当した上で、減点評価が無いということなのだが、最近では職務に対しても80%程度で抑えてしまっているような気がする時がある。
「能ある鷹は爪を隠す」とは言うが、「失敗を恐れて、チャレンジしない」と言う感じなのだ。
もしくは、「マニュアル以上のコトは、やりたくない」と言う感じなのかもしれない。

だが、介護にも育児にもマニュアルは存在しない。
なぜなら、一人ひとりの存在そのものが「個性の塊」だからだ。
自分が苦手なトコロや、疲れて自分が納得できるケアができないのであれば、他の人の支援を受けることは、決してマイナスではない。
何よりも大切な事は、「こんなコトで困っています。サポートをしてください」と声を出すコトなのではないだろうか?
その様な声が大きくなることで、実際の現場を知らない人たちを動かすことにも繋がっていくのではないだろうか?

赤ちゃんの成長は、「昨日できなかったことが、今日できるようになった」と言う、プラスの集まりだ。
それはお母さんにとっても、「一つ新しいコトができた」と言うことなのではないだろうか?
介護にしても、「そのままにしておけば衰え、機能しなくなる体を維持できた」という、プラスだろう。
「できない」のではなく、維持することもまた「できた」コトなのではないだろうか?

そろそろ、「世間の100点満点から、引いていく」発想を、変えてみる時期なのではないだろうか?






おじいちゃんもカッコよく-メンズ市場-

2008-03-14 21:41:36 | ライフスタイル
この春、父と一緒に旅行に行く計画を立てている。
数年前から、夫婦で京都に行ってみたいと言っていたのだが、母が亡くなったため先延ばしになっていた。
ところがいざ行くとなると、なかなか大変なのだ。
と言うのも、父は一人旅と言う経験がない。
と言うよりも、旅行そのものも余り経験がない。
それだけではなく、昭和一桁生まれの父の世代と言うのは、お出掛け=背広にネクタイと言うスタイルが当たり前で、カジュアルなスタイルとは無縁だからだ。
インターネットなどで、旅行向きの春コートやジャケットなどを探しているのだが、どうも父に似合いそうなモノが殆どない。
先日百貨店に行ってみたのだが、やはり「・・・」だったのだ。

改めて百貨店や専門店、ユニクロなどの量販店などに行ってみて気が付いたのだが、紳士服売場が、年々寂しくなっているような気がしたのだ。
世間的には、「チョイ不良オヤジ」などともてはやされているが、個人的には「チョイ不良オヤジ」の姿など見かけたことがない。
私の生活エリアにいないだけなのかもしれないのだが、ごく普通の「オジサン」はやはり「オジサン」なのだ。
そしてそのオジサンの服装もまた、「オジサン・ファッション」だ。
体型云々ではない。

それに比べ、売り場面積も大きく、様々な提案をされているのが婦人服売場だ。
何よりも、同一世代をターゲットにしていても、そのファッション傾向で様々ブランドが凌ぎを削っている。
その傾向は、ファッション雑誌などにも現れている。
「LEON」他、40代以上を対象としたメンズファッション誌が一時期創刊ラッシュとなったが、どうも元気のある(売上が伸びている)印象は余りない。
それに対して、女性ファッション誌は一種の連続性のあるファッション誌の創刊が、続いている。
それが創刊されたばかりの、「HERS」だろう。
「JJ」→「CLASSY」→「VERY」→「STORY」と、10代から女性のライフサイクルにあわせ、その内容を変えてきた。
そして50代の女性を(主婦でもなければ、働く女性でもない)対象としているのが、「HERS」だ。
「団塊の世代の大量退職」が現実になっても、男性誌の多くはサラリーマン対象か、休日充実雑誌(代表的なのは「サライ」だろう)だ。

「団塊の世代」が70代、80代になった時、今の父のような感覚を持ってはいないだろう。
もっと、積極的に国内旅行だけではなく海外旅行を楽しみ、アクティブに活動しているのではないだろうか?(「年金問題が解決していれば」と言うコトもあるが)
とすれば、今のメンズ市場というのは余りにもお寒い感じがする。

ファッショナブルなおばあちゃんと一緒に旅行に行ったり、趣味を楽しむためには「おじいちゃんもカッコよく」と言う、提案がもっと積極的にあっても良いのではないだろうか?






愛知万博が残したもの-賞味期限偽装と建築偽装-

2008-03-12 22:41:18 | アラカルト
愛知万博が開催されてから3年近くの年月が経った。
そしてその愛知万博がらみの事件が、立て続けに2件起きた。
一つは全国ニュースでも取り上げられた、JR東海の子会社の「駅弁期限偽装」だ。
もう一つは、東海3県くらいでニュースになっている「名古屋港イタリア村建築偽装」だ。

全国的にはまったくマイナーだと思われる、「名古屋港イタリア村」
イタリアのベネチアをテーマにした、ショッピングモールやレストラン街、アミューズメント施設、結婚式場まである観光商業施設だ。
開業当時は、入場整理券代1000円が必要なほどの人気施設だったのだが、年々入場者数は減っているという状況が続いている。

そのイタリア村は、愛知万博開催に合わせ開業した。
愛知万博で来名する観光客を当てこんで、造られた施設でもある。
そのため工期が極端に短くなり、本来であれば鉄筋コンクリート造でなくてはいけないのに、木造で造っていたのが分かったのだ。
見た目は立派でも、本当のところは張りぼてだったのだ。
第3セクターが経営し、営業不振が続くテーマパークよりも、安っぽい造りの商業施設だともいえそうだ。
入場者数の減少は、そんな安っぽさを、来場者は鋭く感じ取っていたのもしれない。
何より今は、イタリアに行くこと(=海外旅行)は身近なレジャーとなっているのだ。
そんな生活者に張りぼてのイタリアでは、イタリアの魅力もなにもあったものではないだろう。

もう一つのJR東海子会社が起こした「賞味期限偽装駅弁」も、愛知万博で来名した観光客に対応するためだったとしている。
「健康被害が、報告されていない」と言うが、その感覚こそ問題だろう。

この2つの事件のニュースを見るたびに、「愛知万博って、何だったのだろう?」と考えてしまう。
愛知万博で、名古屋の人がエコロジー的生活観に変わったとは思えない。
まして、この2つの事件の共通点は「上っ面は立派、中身に問題あり」と言うコトだ。
「環境」をテーマとする前に、「自然にも人にも誠実である」と言うテーマを掲げたほうが良かったのではないか?と、今更感じるのである。

オフィスを出て、心地よいさを聴こう

2008-03-12 11:30:02 | ライフスタイル
新聞記事チェックをしていたら、今日のお天気にぴったりの記事を見つけた。
それが、音をからだで感じると言う記事だ。

年なのか?最近早起きをすることがある。
夜が白白と明け始める空を見上げると「この空は、今までも、これからも見ることのない空なんだな~」と、思うコトがある。
夜空に瞬く星々も同じように「今見ている輝きは何万年光年先から届く、一瞬の光なんだ~」と、感じるコトがある。
決してロマンチストではないのだが、空や星を見ていると心穏やかに落ち着く時間があるのだ。
まぁ、年をとった証拠なのかもしれないのだが・・・同様に、今の季節に降るゆったりとした雨音や鳥のさえずりなどは、心落ち着く音だ。

記事中にもあった「泣く事で、ストレスを発散する」と言う方法は、しばらく前に、ロック歌手・マドンナがセラピーの一つとして、やっていると話題になった。
他にも、「(腹の底から)大きな声を出す」と言う心理療法などもあるようだ。
どちらも、感情の開放を目的だと言われているようだ。

電車内で聞かれる、携帯音楽プレーヤーのヘッドフォンから洩れてくる「シャカシャカ音」は、周囲の人にとっては苛立つ音だ。
苛立たないまでも、気になる音だ。
何故か?と考えると、洩れる音がメロディーでも、鳥のさえずりのような自然の中の音でもないからだろう。
何よりも、自分が聞きたくない音が無条件に入ってくると言うことが、不快感となるのではないだろうか?

今日は全国的にお天気が良いようだ。
昨日ほどではないにしても、春を感じる暖かなお昼となりそうだ。
オフィスで、聞きたくない音に囲まれて仕事をしている人は、お昼休みにチョット外に出て、自然の音に耳をすませ、暖かくやわらかな春風を感じてみてはいかがだろう。
からだと五感をノビノビと伸ばし、ゆったりとした時間を過ごすコトも、こころとからだには必要なのでは?




あの商品は?-「洗剤イヤ子さん」にみる時代とトレンド-

2008-03-11 19:33:27 | トレンド
時々立ち寄るドラッグストアーで、最近気になった商品があった。
それが「激落ち」シリーズという、日用品だ。
数年前から販売されている商品で、「洗剤を使わず油汚れなどが落ちる」という特徴をもっている。
同様の特性をもった日用品として、主婦向け雑誌に最近よく掲載されている手作りたわしがある。
それが、「アクリル毛糸たわし」だ。
多少なりともかぎ編み経験のある人なら、20分もあれば編み上げてしまうことができるモノである。

商品の構造(と言うのだろうか?)は違っていても、これらの商品の共通となる特性は、「水だけで汚れが落ちる」という点だ。
この「洗剤いらず。水だけで汚れが落ちる」という特性商品は、これらの商品・手作りグッズ以前にもあった。
それが「洗剤イヤ子さん」だ。
販売当初は、テレビで頻繁にCMが流れていたので、覚えている方もいるのではないだろうか?
ところが、ある時からこのCMをすっかり見かけることがなくなってしまった。
一部では洗剤メーカーから、相当な圧力があったという事も言われた。
残念ながら現在は生産中止となってしまったようだが、もちろん「洗剤イヤ子さん」を発展させた「ズビズバ」(ネーミングがなんとも・・・)という商品がある。
ただ、ネーミングのインパクトとしては「洗剤イヤ子さん」のほうがある。

昨今のエコロジーブームなどを考えると、早すぎた商品だったのかもしれない。
このように、商品としては優れた特性をもっていながら、市場で認知される前に終わってしまう商品がある。
「洗剤イヤ子さん」は、そのネーミングで他業界を刺激したために淘汰されたのかもしれないが、今のタイミングでネーミングを変えることで、今でも十分生活者に認知される商品なのではないだろうか?と思う。
特に、携帯電話やパソコンのディスプレイ画面を拭くタイプなどは、その用途は使う人によって広がる可能性も感じる。

生活者のライフスタイルや興味、関心などがかみ合って、商品がヒットすると言う例だとも言えそうだ。


それでも日々は過ぎていく‐政治の空転と日銀総裁‐

2008-03-10 09:38:34 | 徒然
このところのニュースの中心となっているのは、「ロス銃撃事件」と「次期日銀総裁を巡る国会の空転」だろう。
「『ロス銃撃事件』と言われても何?」と、思っていらっしゃる若い方も少なくないだろう。
27年も前の事件なのだから。
私も「何を今更」という気がした。
もう一つの「次期日銀総裁」については、イロイロな思いというか考えがある。
というのも、現在の福井総裁が任期中にどんな仕事をし、それが国民生活にどんな影響を与えたのか?という当たり前の検証をした上で、次期総裁になる人に求める仕事を明確にする必要があると思うからだ。

そもそも私の中での福井総裁という人物には、余り良いイメージがない。
「日銀のプリンス」と呼ばれるほどのエリートらしいのだが、日銀総裁という立場でありながら(日銀副総裁をで辞任した後で、日銀総裁になる前ではあるが)村上ファンドに出資し、たっぷりお金儲けをしていながら「問題ない」と言ったりしていた。
反面、任期期間中に日銀が行った金融政策って何かあったかな~?というほど、効果的な金融政策を行った記憶がない。
私の記憶がないだけで本当はあったのかもしれないが、銀行の収益は関連子会社の消費者金融会社の収益に左右されるような、とても銀行業の本業が健全な状況で上げられた業績だとは思えないのだ。
少なくとも「日本銀行」という、日本の中央銀行の最高責任者としての責任感のある印象がないのである。

そんな人が「中央銀行の最高責任者」を長い間務めていて、庶民の生活が年々苦しくなっている。
今や政治や中央銀行総裁の無策も関係なく、日々の生活をしていかなくてはならない庶民像があるのだ。

「日銀総裁人事をめぐっての国会空転」そのものは、大きな問題なのだと思う。
国会は空転していても、国会にはそれなりの税金が使われているのだから。
だからこそ「誰がやるのか」ではなく、「仕事をしてもらうための適任者は誰か」と言うコトを、国会で真剣に論議してもらいたいのである。
「何のための政治なのか?何をしていくための金融政策なのか?そして、それを実行するために誰が適任なのか?」という当たり前の論議をすっ飛ばしていては、「どうせ誰がやっても同じでしょ」という、印象しか生活者に与えないのだが・・・。