街にクリスマス商戦の気配が漂い始めた。小さな子供がいる家庭では、サンタクロース役を演ずるだろう親御さんが、プレゼント選びに悩み始めるころだ。お歳暮のシーズンでもある。宅配便の車も心なしかせわしなさそうに映る
▼〈時なしに宅配便の来て師走 杉良介〉。
2週間足らずでカレンダーも最後の1枚となる。時を選ばずチャイムが鳴り、玄関に小走りする人の姿が目に浮かぶ。差出人を確かめつつ、包みを開けるのは楽しい。しかし、先日環境省に配達されたのは、胸の内に木枯らしが吹き抜けるような品だった
▼小さな段ボール箱に福島原発の放射能に汚染されているとみられる土が入っていた。同封の手紙には「福島市の自宅で採取した」と書かれていた。放射線量は関東地方でも多くみられるレベルだったという
▼福島県産の一部のコメから基準値を超える放射性セシウムが出た。がれきの広域処理を引き受ける自治体もなかなか増えない。段ボール箱に詰まっていたのは、福島県民が置かれた状況を訴える切羽詰まった叫び声にも聞こえる
▼一方、北海道の児童養護施設には「ウルトラセブン」を名乗る差出人から現金100万円がメール便で届いた。「3分しか地球に居られませんのであしからず」。ユーモアが温風のように心地よい
▼さまざまな思いが込められた荷を積んで、「猫」や「カンガルー」や「飛脚」が列島を走る。ドライバーは、いつもの年より、ずしりと重いものを感じているのではなかろうか。どうかホットな「宅愛便」でありますように。
新潟日報2011年11月21日 http://www.niigata-nippo.co.jp/nipposho/
泣いても笑っても2011年も、もう少し。「放射能に汚染されているとみられる土」届いたなんて重たいね~。小父さんの福島県いわき市に住む姪には5歳と2歳の子もいるが、テレビで地震速報が入るたびに気になる。
今、東北被災地の子供たちへの一番のクリスマスプレゼントは何なんだろう?今年の冬は格別に寒いだろうね。子供は風の子と言っても戸外で遊べない子もたくさんいる。先日、山歩きして下りてきたら神社の境内の一角で2年生くらいの男の子が一人、サッカーボールでシュートの練習をやっていた。狭くてもあんな広場で子供たちが遊べるようになったらな~
クリスマス商戦写真は8月のお話なんだね
運動メモ:今日はプールの日。旅行の疲れがあるだろうから休めと言われたが、胃腸の調子が整わないと言って18:30~17:30くらいを泳いだ。この時間はがら空き!300mくらいは1コース貸切で気持ちがよかった。あまり無理はすまいと思っていたけど600mまでは泳げた。帰りの頃になると仕事を終わっての人たちなんだろう、どんどん人が増えた。
世界中の子供たちが 良きホリデーシーズンを迎えられますように
ウルトラセブンさんといえば ちょっと前にも そんな方が現れていましたよね
これから宅配などが増え私共の仕事にも影響します。
何時も来る日に来なかったりと大変です。
早めの対応を心がけなければね
福島のクリスマスプレゼントは難しいですね
その中から親はサンタさんからの分と私達からの分を選びます。
311・・・まだ年が明けて3ヶ月だったんですよね。
そして今度は年が終ろうとしてて、なのに解決してない事が山積み。
被災地の子供達が、一人でも多く笑顔でクリスマスを迎えられば言う事はないけど、震災で親を亡くした子もいて、悲しいクリスマスを迎える子もいると思うと泣けてきます。
福島県以外の子供たちの戸外遊びの状況はよく知らないのですが、子供たちは外で伸び伸びと遊ばせてあげたいですね。
>世界中の子供たちが 良きホリデーシーズンを・・・
素敵な言葉です。
>ウルトラセブンさんといえば ちょっと前にも
頭に入っていないので検索しましたら
「『天空の城ラピュタ』のムスカからも!?児童福祉施設に ...」
「『タイガーマスク』から、またプレゼントです」
などが出てきました
これ画像検索して、あれ半そで?と記事を読みに言ったら8月でした!
今、しっかり読んできました(笑)
クリスマスおもちゃ見本市で問屋・メーカーで構成する東京玩具人形問屋協同組合が主催するもので、メーカー各社にとってはクリスマス商戦のための商談の場でした
>何時も来る日に来なかったりと大変です
ああ、そうですね!
段取りが狂ってしまいますね。
>福島のクリスマスプレゼントは難しいですね
政府や東電の責任は重いです。
これは名案ですね
>サンタさんからの分と私達からの分を選びます
うわぁー、チャー坊君、にんにんちゃんダブルで貰うんですか、いいなぁ~
>そして今度は年が終ろうとしてて、なのに解決してない事が山積み
本当にそう感じます。
>震災で親を亡くした子もいて、悲しいクリスマスを迎える子もいると思うと泣けてきます
そうでしたね。
「ひとりじゃない!」と自分に言い聞かせてテレビ画面に写っていた震災遺児のことを思い出しました。