小池百合子新防衛大臣の化粧顔の下の二つの顔

2007-07-06 03:12:52 | Weblog

 核廃絶と核所有容認

 昨日の『朝日』朝刊(07.7.5 ≪原爆投下「人類への挑戦」 小池防衛相就任≫)は女性初として新しく防衛相に就任した小池女史の記者会見での発言を次のように紹介していた。

 <小池氏は久間前防衛相が原爆投下を「しょうがない」と発言したことについて、「日本が核廃絶の旗振りをし、核不拡散でリーダー役を務める上で『しょうがない』と言えば、そこで終わってしまう」と批判。原爆投下を「人類にとって全くの挑戦で、人道的に認められないことは明らかだ」と語り、被爆国としての日本の立場は変わらないとの考えを強調した。――>(一部引用)

 <原爆投下を「人類にとって全くの挑戦で、人道的に認められないことは明らかだ」>は、「人類にとって全く」価値ある素晴らしいせんげんとなるが、前ブログ記事に小池百合子女史が核所有容認派の一人だと紹介したばかりだったから、なかなかどうしてタテマエどおりのことを見事に演じきれるものだと感心した。

 ブログ記事のその箇所を改めて取り上げてみる。

 2006年10月21日(土)「しんぶん赤旗」インターネット記事(≪安倍政権の閣僚ら 「核武装検討」 8人連なる≫)からの引用で、毎日新聞が2003年11月の衆院選で各候補者に「日本の核武装構想について」、

(1)将来にわたって検討すべきではない
(2)国際情勢によっては検討すべきだ
(3)すぐに検討を始めるべきだ

 ――の回答三者択一でアンケートしたところ、

 当選した候補者のうち、「国際情勢によっては検討すべきだ」と回答したのは、安倍・現首相をはじめ、現閣僚では麻生外相、長勢甚遠法相、山本有二金融担当相の三人。副大臣では、岩屋毅外務副大臣、山本拓農水副大臣、池坊保子文科副大臣(公明)、首相補佐官では小池百合子氏(国家安全保障問題担当)、自民党の役員(四役)では、安倍総裁のほか、15日テレビで核武装の議論を容認する発言をして批判を浴びた中川政調会長も「核武装検討」の立場で回答していた、というもの。

 日本に限った防衛政策で自衛隊が存在する以上、〝軍隊を持つ議論〟が成り立たないのと同様に、現在日本が非核3原則を国是とし核を所有していないのだから、〝核を持たない議論〟というのも成り立たない。核廃絶は世界に向かって言っていることで、国内に向けた声ではないことを念頭に置かなければならない。

 となれば、「国際情勢によっては検討すべきだ」は、あくまでも核所有に向けた「検討」となるのだから(勿論核所有反対派との間に持つ・持たないの議論が生じることとなる)、小池百合子女史は安倍首相や中川昭一政調会長と同類の核所有容認派の一人であることを示している。

 安倍晋三、中川昭一が核容認派なのは既にブログに何度か書いていることだが、改めて二人の発言を取り上げてみる。

 安倍晋三「我が国が自衛のための必要最小限度を超えない実力を保持するのは憲法によって禁止されていない。そのような限度にとどまるものである限り、核兵器であると通常兵器であるとを問わず、これを保有することは憲法の禁ずるところではない」

 中川昭一「憲法の政府解釈では、必要最小限の軍備の中には核も入るとしている。その片方で非核三原則がある。現実の政策としては核は持たないということになるが、憲法上は持つことができると政府は言っている」

 双方とも核否定派が言う言葉ではない。
 
 核所有を「国際情勢によっては検討すべきだ」とする政治家の一人である小池百合子なる人間が防衛大臣の立場で、「日本が核廃絶の旗振りをし、核不拡散でリーダー役を務める」資格を持ち得るだろうか。

 核所有衝動のホンネを隠しながら、記者会見とかの公の場でさも核廃絶論者であるかのように振舞い、「核廃絶」を訴える。その倒錯性は美しくさえある。

 大体がアメリカの核の傘に国防を全体のところで依存しながら、「日本が核廃絶の旗振りをし、核不拡散でリーダー役を務める」ことを自任すること自体がえげつないばかりの二重基準を二重基準と思わせずに演じることなのだが、なおかつ日本を核所有の大国としたい仮面を下に隠し、その上に核は非人道的大量殺人兵器だと廃絶の仮面を、それこそがホンモノの美しい顔だとばかりにかぶせてそう思わせるマヤカシを行って平然としている。

 いくら言行不一致、奇麗事が当たり前となっている日本の政治家だとしても、日本国内で通用はしても、核問題は世界に向けた顔を必要とする手前、偽善的な日本ルールを世界のルールに潜り込ませる世界に対する欺瞞行為となる。

 それを欺瞞としていないから、当然の姿として、同昨日の『朝日』朝刊の関連記事見出しのように、≪「核の傘」歯切れ悪くなる≫という光景を曝け出すことになるのだろう。

 副題は《小池国防相 想定問答見て説明》

 「想定問答見て説明」は就任後の記者会見でごく当たり前のことしか言えない幼稚な発言からして別に不思議ではない美しい成果なのだろうと理解できるが、記事は次のように批判している。

 <・・・・「人道上の観点から問題があると思っている」。核兵器使用が国際法上違法かどうか聞かれた途端、小池氏の歯切れは悪くなった。米国の原爆投下を「人類への挑戦」と答えたこととは対照的だった。改めて問われると、「準備してくれているので」と事務方が用意した想定問答を見ながら「法律的なこと、これまでの国際的な推移など研究したい」と答えるのが精一杯だった。――>

 これは記事が示唆しているようにアメリカの核の傘を自分の傘にもして日本の主権と領土を侵すかもしれない外国の脅威を凌いでいるという現実問題に制約されていることが理由となっている〝歯切れの悪さ〟なのだろうが、そのことだけではなく、核所有を「国際情勢によっては検討すべきだ」としている仮面を念入りに化粧した顔の下に隠していることも影響して、「日本が核廃絶の旗振りをし、核不拡散でリーダー役を務める」とか<米国の原爆投下を「人類への挑戦」と答え>ることはできても、核兵器使用を「国際法上違法」と答えてしまったなら、将来に亘っての自らの核所有衝動の足をも縛ることになることを警戒した〝歯切れの悪さ〟なのだろう。

尤も「法律的なこと、これまでの国際的な推移など研究したい」は主体的意志から発した言葉でなければならないが、それを<事務方が用意した想定問答>に書いてある言葉で代用させて主体的意志とすることができる神経自体が既に化粧顔とは違う裏表のある姿を示している。核所有衝動を隠して核廃絶を訴えたとしても驚くには当たらないというわけか。

 <事務方が用意した想定問答>からもう一つ透けて見えることは、小池氏は前職は国家安全保障問題担当の首相補佐官を務めていたはずだが、記者団の質問に<事務方が用意した想定問答>を必要とするとはTOPに応じた服装に関わるファッションや化粧の仕方は大いに学習してきたようだが、国防問題に関してはたいした学習はしてこなかったという不勉強ではないだろうか。「初めての女性ということでオンリーワン大臣を目指したい」(同『朝日』記事)と言っていたそうだが、マスコミはその時々の場での小池女史のファッションを主として伝えることになるような気がしてならない。小池女史にしても自身を目立たせる大いなる武器でもあろうから、最大限に利用することになるだろう。

 様々に凝らしたファッションで人目を惹きつけ、それをカモフラージュに日本国の防衛大臣として核所有衝動の仮面を下に隠したまま世界に向かっては核廃絶と核不拡散の「リーダー役」を表向きの仮面として演じる。毎年の原爆の日に広島・長崎の式典に防衛大臣の肩書きで参列し、「事務方」が用意する違いない核廃絶と世界平和を改めて訴え、誓うメッセージを読み上げ、犠牲者に花束を捧げる。何とも美しい日本の光景か。


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