「日本は中央集権国家」の認識なき東国原の地方分権論/そのウソと矛盾(2)

2009-07-07 17:29:05 | Weblog

  自民党政治に対する改革要求の一つが地方分権だと言うことに気づかない東国原
 
 7月1日、高千穂町で開かれた県民フォーラムでは次のような発言をしたと7月2日の「asahi.com」が伝えている。

 「一介の(県)知事がいきなり大臣とか首相候補に指名されるなんてありえない。でも歴史を変えなくてはならない」

 「国政に行きたいのではない。国を変えたい、制度を変えたい」

 「たった一人の反乱だと思っている。5年後10年後、こういうチャンスが来るかはわからない」

 「民主党は次期代表に私を選ばないでしょう。自民党総裁になる方が可能性は民主党(代表)より高い」

 参加者「(衆院選で)自民党が負ける可能性も言われているなかで、なんで自民党なのか」

 「良い質問ですね。ぼくが(自民党に)行ったら負けません。負けさせません」

 任期途中で国政に転じた場合の後継者問題について、

 「責任を持って議会、職員や県民の皆様のご意見をうかがって、私の考え、やり方を一番分かる、一番継承出来る方にお願いする。それがぼくの責任」

 「1週間に1回は(宮崎に)帰ってきて『これはこのようにして』と口出しする。事実上の知事はぼくだから、次に知事になる方は傀儡(かいらい)政権ですね」

 傀儡政権は上が下を従わせ、下が上に従う権威主義的指揮命令系統を成り立たせることによって可能となる政治体制であって、中央集権と双子の血を体質とする。いわば自民党とごく近い体質を持っていることからの自民党であって、その体質からは程遠い民主党ではないということなのだろう。

 だから、自民党の中央集権体質が拒んできたことによって生じた今の「地方分権の必要性」であることが無視できる。

 大体が東京のテレビに出たい、時間をかけずに出ることができる距離にある東京の議員宿舎等に住みたいがために国会議員になりたがっているのではないかと疑っていた。少なくとも宮崎県知事であるとき以上にテレビに出る頻度は上がるに違いない。テレビに出て、周囲を笑わせ、独壇場を演じる。かつてのお笑いタレントの本領を遺憾なく発揮するに違いない。

 黒岩「民主党のなんか、飲む用意が出てきたわけですか?」

 東「いや、民主党さんからのお話を戴いて――、いないので」

 条件はあくまでも話を戴くか戴かないかとしている。政策の違い、あるいは実現させる政治体質の有無等を問題としていない。さすが人気者だけのことはある。

 黒岩「じゃあ、聞いてみましょう。菅さん、どうですか。東国原さんの言っていることで、民主党として受けられることじゃないんですか?」

 菅「先程、あの、小池さんが言われたような考え方は、あの、地方分権、ことに関しては全く同感です。外交とか防衛とかですね、つまり通貨とか、あの年金の基準なことは国が関わるべきだと。それ以外はすべて自治体に任せる。明治維新の逆方向の分権をやる。つまり江戸幕府がやっていた外交、防衛をやるけれども、長州や薩摩藩がやっていた、そういうものは全部県に任す。
 
 それは年来の私たちの主張なんですね。で、私はですね、あの、昨年の道路特定財源の、財源のときに、結局国土交通省が、それこそ宮崎県の(聞き取れない。国土交通省が費用対効果が認められないとして工事を一時凍結し、5日に金子国土交通相が視察した、と言うことは凍結解除を前以て既定事実とした宮崎県の国道220号青島~日南線のことを言っているのか。)、あるいはその古賀誠さんの(なぜ東国原さんが言っていた、あの悪人顔のと言わなかったのだろうか。)ところの“誠橋”から、全部事実上コントロールしているわけですよ。

 ですから、日本は牢固な集権国家なんですよ。官僚集権国家なんですよ。ですから、この霞ヶ関の官僚集権体制を、壊せる政党でなければダメなんですよ。ただ残念なのは、自民党は、例えば古賀さんの例で言えば、あんたんとこに予算をつけてやるから、俺んとこには橋を造ってくれよというですね、つまり、政治を官僚に任せて、陳情をやるのが、自分たちの仕事だと。

 ですから、そういうですね、古賀さんが、まあ、東国原さんのところに行かてれるっていうのは、私から言うと、皮肉に思えるんですよ」

 なぜ菅は小池の言ったことは全く同感などと言ったのだろうか。小池やその他自民党が言っていることは、自民党が政策としてできていない地方分権を民主党が行うべく言い出したことで、選挙への悪影響を避けるために声を揃えているだけのことではないのかと言ってやらなかったのだろうか。

 小池「でも、でも――」

 菅「ですから、ですからですね、私たち民主党の考え方、別にその東国原さんに私たちが別に声をかけていませんけれども、政策の中身で反論するって言われるならば、少なくともこれまで自民党さん、30年、40年、政権を持ってて、何か分権ができたと、私もたくさん見てきました。例えば、委任事務と言うものですね、なくせと言うのが、自社さ政権のとき、私が政策調査会長で盛り込みました。その機関委任事務はなくなりましたよ。新たな権限をたくさんつくって、結局のところ、分権はこの数十年、全く進んでいません」

 地方分権は中央集権体制とは相反する価値組織として成り立つ制度だから、中央集権制を政治体制としている自民党政治には実現不可能な政策だといった文脈で説明すれば済むし、そのような自民党に地方分権を求める東国原の姿勢の矛盾を突いて、岡田克也同様に「論評するに値しない」と突き放すべきを、「別にその東国原さんに私たちが別に声をかけていませんけれども」などと、声をかけていないことがまずいことであるよな余分なことを言っている。

 黒岩「と言うことは、東国原さん、この話を聞いていると、民主党は東国原さんの政策的な問題と何の問題もないと。民主党に来てくれよと、いう話にいってるけれど、何で自民党に――」

 民主党は東国原に一言も「民主党に来てくれよ」と言っていないのに、日本のマスコミだからだろう、事実を無視して展開を面白くすべく策する能力はさすがである。

 東「自民党さんのお誘いが早かったと、これは単純な問題なんですよ」

 黒岩「この後きたら、どうしますか」

 東「えっ?」

 黒岩「民主党、このあときたら、どうしますか?」

 東「これ、政策見てですね、自民党さんが丸々、そうですね、私が提案したマニフェストを飲んでくれるって言うなら、もうしょうがないですね。この二つの条件を飲んでくれるって言うなら、こっちの方が先だったもんですから。これは実現する方向に持っていかないと、そういう話ですね」

 誘いの後先を条件としていながら、民主党に関しては「政策見てですね」と決定基準を平気で変えている。政策を見るまでもない、政策で自民党に提案したのではない、先に誘いがあったからだと、あくまでも後先の条件を貫くのが一貫した態度と言うものだろうが、東国原にはそれがない。

 公務員改革も天下り問題も満足に解決を見ない、中央集権体制を霞ヶ関共々自らの体質としている自民党である、いくら東国原が総理大臣となったとしても、「実現する方向に持って」いくことなどできないに違いない。

 黒岩「でも、あれですね、小池さんはもうなんか、自民党で出る感じですね?」

 小池「いや、あの、やはり、応援団は一人でも、また、パワフルですからね、そして方向性は私は合っていると思いますよ。あの道州制という形を打ち出し、そしてこれをマニフェストにしっかりと盛り込むと、いうことをして日本を動かしていく。

 それからまあ、あのー、よく、こう、あの、官僚政治対、ですね、本来立法府、がですね、もっと立法できる形にしなければなならないわけで、それを霞ヶ関が丸投げしているようでは、日本は変わらないわけですね。

 でも、まあ、民主党さんはあの100人、あの副大臣とか政務官を入れるっていう、その話をですね、やっておられるけれども、私はね、100人、バランバランに入っても、却って、あれ、意味ないと思うんでうすね。だから、選択と集中でですね、例えば、年金問題、それから、この地方分権問題?100人と言うんだったら、この選択と集中、そこに集中しまして、そして50人、50人ぐらいに入れなければ、私はダメだと思います」

 「霞ヶ関が丸投げしている」のは自民党であり、その結果としてある「日本は変わらない」風景であること、その責任の一端を自民党議員として負っていることには何ら気づいていない幸せ者を小池百合子は何様顔に演じている。

 菅「今の政治そのものですよ。自民党政権そのものが副大臣、政務官、70人ぐらい、残念ながら、これはチームになっていません。私はイギリスを見てきましたけれども、イギリスは100人以上のメンバーが入っています。

 で、民主党の中ではですね、ま、色々と提案してるんですけど、大臣、副大臣、政務官、少なくとも週1回は政務三役会議をつくってですね、そこに官僚を、もし必要なら呼んで、その省庁の方針を決めていく。

 それから、えー、官邸にイギリスはポリシー・コミッティー(?よく聞き取れない。)っていうのを抱えています。24人のスタッフで、半分はポリティカルアポインティ、政治任用です。ですから、うちの党で言えば、民間人とか党の職員で優秀な人間を官邸に入れてですね、そこが全部調査します。

 つまり、今まさに小池さんが言われたことを、私たちは実現しようとしているんです。しかし自民党は現実に副大臣とか、まあ、大臣をやられたからご存知でしょうが、政務間とかがあっても、チームとして機能していないんですね。失敗例をですね、つくっている立場の人がですね、あの、できない、できないと言っている。それは自分たちができなかったということですね」

 自民党を否定すると同時に小池をも否定しなければならないにも関わらず、「小池さんが言われたことを」と肯定化するすることで、自民党が成し得ていないことの責任を免除している。

 黒岩「どういう政策を目指すかということを議論していると、自民党も民主党もやりたいことについては、近いような感じがするんですね。その中で例えば、ちょっとこれ、聞きたいことがあるのですが――」

 言っていることは近くても、実現可能性の基準を政治体質、政治姿勢、誰を対象とした利害代弁者なのか、利害擁護者なのかなどに置いて判断しなければならない。国民のためと言いながら、大企業の利害のみを代弁していたなら、企業の利益は従業員に還元されず、個人消費が伸びない結果、生活の向上が実感できなかったといった最近の出来事が再び起きる。それぞれが重要な実現可能性の判断基準であろう。

 東「あの、そうなんです。今回のですね、西松問題、ですね。あの献金問題も、僕はね、与党さんも野党さんも、五十歩百歩というか、どっちもだと思うですよ。国会議員の全体、国政全体に対する国民のみなさんの不信感、とか不満感、今あるんじゃないですか。で、変革なんですね。変えて欲しいという、国民のみなさん、思ってるんです。ですから、政権交代で変えるか。自民党自体を変えるのか、それをきちんと示すか、つまり、私を総裁候補としてですね、あの、招き入れるって、これ歴史をないわけですから。

 そしてまた、あのマニフェストを全部入れるなんて、自民党さんにはハードルが高すぎると思うですね。でも、それを仮に入れたらですね、自民党さんが政府与党として、あの大政党が変わったと、それを宣言するようなもんですから、それは国民にとっては、政権交代でも、自民党が変わる。これ、どっちを選ぶかと言うことなんです」

 言っていることが矛盾だらけである。黒岩に自民党も民主党も言っていることが近いと言われて、選択の条件を誘いの後先とした後ろめたさから解放されたからか、急に元気づいて、献金問題に置き換えて両党の近さを喩える矛盾。また公衆の面前で「ぼくが(自民党に)行ったら負けません。負けさせません」と宣言しておきながら、「政権交代でも、自民党が変わる」と敗北を言う矛盾。

 黒岩「そういうね、外からの変革っていうことに対して、東国原さんが情熱を示しているのが分かる。そんな中で大阪の橋下さん、知事も同じような思いでいたんだろうと我々は見ていた。連携するのかなーと、ずっと見ていたら、昨日、注目すべき話がありましたね。昨日、橋本知事、中田市長、と会談をしてですね、そのあと、これ、東国原さんが、えーと、自民党とうまくいかなかったらと言って、今さら首長連合に参加を求めようとは思わない。本質的に東国原さんと相容れないんだと、いう話をしましたけど、これどう受け止めているのですか?」

 東「これはですね。地方分権では、彼とはイッショー(一緒)なんですよ。考え方、ですから、まあ、どういう形になろうが、方法論は違えども、地方分権をしないと、地方の疲弊は止まらないので、そこで意思統一されてるんです。

 で、この場合ですね、仮にですよ、あの橋下さんと違う方法で国に攻め入っても、どっちが勝っても地方分権って行われるんですね、ハイ」

 黒岩「菅さん、これ、この橋下さん、中田さん、政党をね、選んで決めようと。同じ政党を決めようと、選ぶと、これだって元々中田さん、民主党にお世話になっている。橋本さんが民主党の方に来るっていう感じでしょうか」

 菅「まあ、正確にはあの、会派を示していた方なんですが、まあ、先程言われましたように、私もながーい間、ですね、あの、この分権問題を見てきました。まさに細川政権の細川さんは、熊本の知事を2期ちゃんと務められて、私がその入った魁(さきがけ)は武村さんも、確か3期ですか、滋賀県知事を務め上げました。ですから、私は一般的に地方の知事、首長経験者が国政に出てこられることは、一般的には歓迎なんですよ。

 ただ、そのポイントははやり政権党がですね、党として本当にその霞ヶ関の官僚的な政治運用を変えられるかです。で、私は、まあ、色々なことを行ってますよ。色々なポイントがあるんですが、象徴がやはり9年度の道路特定財源だと思うですよ。私、宮崎も行きました。で、確かにですね、宮崎のために国土交通省が(?)分からないわけでもないけども、少なくとも5兆円の道路財源、役所があれですよ、事実上の俗にカネを配るというのを決めているんです。そういう構造を壊そうとする政党なんですよ(意味不明)。その上に乗っかってですね、俺んところに持ってこいという政党なのが、それは先とか後とかじゃなくて、体質から見たって自民党にはできないことを私の目から30年見てた」

 「体質から見たって自民党にはできない」と言うなら、その「体質」こそが地方分権を拒んできた本質的な問題であることを端的に説明すべきだが、話を広げ過ぎて、却って言いたいことが散漫になっている。

 小池「民主党の方々も、陳情に行ってらっしゃる――じゃないですか?ええ、先程の西松の話もありましたけれども、これなんてやっぱり東国原さんで、あの、国民の感覚、とてもよく分かってらして、何とかしてくれと、そこに僕が身を投じるんだという決意だと、私はそう受け止めてるんですね。

 だから、むしろ、あの、知事連合の方と首長連合の方々?私はこうやって他から声がでてくることを、それはですね、むしろ、プラスと把えて、そしてそれを動かしていくよと、そういう、そういう国民の声が私は聞こえるんだけどねえ」

 「民主党の方々も、陳情に行ってらっしゃる」――どこが悪いと言うのか。菅は「政治を官僚に任せて、陳情をやる」――いわば陳情専門職と化していると言っているのであって、官僚任せではない政治を専らとした上に口利きとならない陳情は問題ないはずである。

 小池は悔し紛れにお門違いの批判を持ってきたに過ぎない。陳情に対して国会議員が特定利益を図る意味合いの口利きを図ることがあったという指摘なら分かる。中央集権体質の自民党では見るべき地方分権は果たし得ないという認識がないから、東国原の個人的人気のみに頼る意識が働くことになる。

 地方分権とは政治権力を中央に独占・集中させている中央集権体制を壊すことによって可能となる政治権力の地方への分散を言うのだから、小池たち自民党議員が自分たちの政治体制が中央集権体質だという自覚を持たない以上、実現不可能な地方分権と言える。

 黒岩「あなたの話を聞いていると、東国原さんは自民党の方にいっている。今度はじゃあ、橋本さん、民主党の方に取り込んでいこうと。何かそこでこう分断して、地方分権と言うことで、一つのキッカケになって動いていくという伏線がある気がしましたが――」

 日本的マスコミの野次馬根性の見事な発揮。外野席でワイワイ騒いで、騒ぎを大きくしようとする。 

 菅「黒岩さんたちはそういう見るのが好きなんですが、私のように多少長いこと分権論をやっていると、構造なんですから、国の形そのものなんですからね、いいですか、集権国家じゃないですよ」

 黒岩「政策を実現させるのが、一番大事なことですよね」
 
 菅「違うんですよ。実現するには構造を変えないと、実現できないんです。選挙一体のマニフェストですね、変わるんだったら、例えば小泉さんの三位一体で改革は何だったのかと。まさに、それで地方は疲弊してるんじゃないですか。自民党をぶっ壊すと言ったのは誰だったんですかね。小泉さんじゃないですか。今の東国原さんが、じゃあ自民党です、つくり変える。つまり小泉さんのいったことの焼き直し以上のことをして、私から見るとですよ、つまり国の構造を変えるっていうのは、その、自民党の中で変えることができないというのがホンネですからね。

 数年間、数十年間の結果、私たちが政権交代をしないと、霞ヶ関の今の主流の政治は変えられないと、そのプログラムのきちんとですね、示してきている。

 ですから、そこを考えていただければ、別にこちらから声をかけないというよりも、政策的に見れば、どちらが分権かと言うことに関して、本当にやって、やろうとしている考えをしているか、私は国民のみなさんにははっきりと分かると思いますね」

 小池「分権の部分は、私はあの、国家として考えれない。むしろ、この今回の臓器問題であるとか、それから金融庁をつくるとき、えー、のようにですね、ここは私は両方がチエを出して、ですね、お互いに対立型、対決型でですね、時間ばかり浪費するということは、基本的に許されないと思うんですね。と同時に、この分権も大事ですけども、安全保障ですよ。そこの部分がなくしてですね、見えないで、・・・・」

 黒岩「その話、次のコーナーでやります」

 小池「北朝鮮が喜ぶだけですよ」

 小池は形勢不利と見ると、地方分権とは直接関係のない臓器問題や金融庁設置問題を取り上げて、チエを出し合おうと協調姿勢を求める。政界遊泳術が長けているだけあって、巧みな手管である。その癖、地方分権を論じるコーナーでありながら、民主党の弱点と見ている安全保障の問題まで持ち出して、形勢を自己に有利に運ぼうとする権謀術数を見せる。

 何を根拠に民主党の外交政策が「北朝鮮が喜ぶだけですよ」なのだろうか。「第7艦隊だけでいい」と言った小沢前代表の言葉を根拠としているのだろか。北朝鮮問題は日本だけの問題ではない。北朝鮮による先制攻撃なら、中国・ロシアは黙って見守るしかなく、アメリカは安心して本土や国外の基地から安心して大陸弾道弾、その他のミサイルを北朝鮮に撃ち込むことができるだろう。

 本人なりの根拠があったとしても、詳しい議論もなしに決めつけるのは自己の形勢のみを考えた為にする言い分で、狡賢いとしか言いようがない。

 小泉以来、「圧力と対話」と散々に言いながら、拉致問題を何一つ発展させることができなかった自民党政治の安全保障をこそ、問うべきだろう。軍事力を展開させることだけが安全保障ではない。外交能力がときには軍事力以上により重要な安全保障となり得る場合がある。

 このことは戦前の日独伊三国同盟や日ソ不可侵条約、ポツダム宣言受託に関わる対外交渉等々が証明している安全保障に於ける外交の重要性であろう。軍事力でも外交能力でも日本は米国よりも劣っていたことは誰もが認める一般的事実であろう。


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1 コメント

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こんにちは (abc)
2009-07-30 21:06:05
政治に関係してこんなHPがあります。あくまで参考までに。もしご存知でしたらごめんなさい。
http://www35.atwiki.jp/kolia/
http://www15.atwiki.jp/houdou/
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