例の銃撃事件についてです。広東省は汕尾市・紅海湾開発区の東洲鎮で12月6日夜に発生した官民衝突。一応振り返っておきますと、耕地などを強制収用して火力発電所の建設にかかった地元当局に農民が反発して建設阻止の行動を展開していたところ、出動した武装警察(武警=準軍隊)と激しく衝突。武警は突撃銃で村民を掃射し、多数の死傷者が出たというものです。農民が反発した理由は主に、
●当局が前相談なしに勝手に土地を売却した
●補償額が折り合わない
●土地売却の過程で当局関係者が売却益を横領した疑惑がある
……といったところでしょう。この事件、12月10日に新華社が英文記事のみを海外限定で配信したことで事件発生が事実であることが確認され、翌11日には中国国内の新聞などでも記事が掲載されました。
公式報道によると農民側に「3死8傷」の被害が出たということになっていますが、そんなこと誰も信じてはいません。死者数については「19名」や「30数名」、果ては「70名」など諸説あるものの、地元当局(汕尾市)が遺体を持ち去ったらしく確認ができていません。
というより現在も現場の村へと通じる道路は武警などによって完全に封鎖されており、電話やインターネットも切断状態ですからメディアも病院や脱出してきた村民に取材する以外、手の出しようがない状態です。行方不明者も多く、これも武警に殺されたのか連行されたのか、あるいは逃亡して連絡がつかないままなのか判明していません。
反体制系ニュースサイト「大紀元」(gb=簡体字版)に、病院に収容された負傷者の画像が出ていますね。
http://www.epochtimes.com/gb/5/12/12/n1150684.htm
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香港の最大手紙『蘋果日報』(2005/12/11)によると、武警の銃撃により大腿部に被弾した農民が武警に囲まれて命乞いをしたところ、武警数人がその負傷した農民を草むらの中へと引っ張っていき、そのあと銃声2発が響いたという村民の目撃談が出ています。始末した、ということなのでしょう。
まあそういうセンセーショナルな報道は脇において、12月11日に中国国内メディアに掲載された公式報道に取り組んでみます。
●『南方日報』(2005/12/11)
http://www.nanfangdaily.com.cn/southnews/dd/nfrb/a03/200512110026.asp
公式報道はこの記事が元ネタで、他紙に掲載されたものも全てこれを転載したもので一字一句に至るまで同じバージョンですが、『南方日報』は元ネタであるうえサブタイトルがついているので、これを参照するといいかと思います。
この記事において今回の事件は、
「少数者に煽動された村民300-500名が風力発電所に対して破壊・放火行為に及んだ上、暴力を以て警官などを襲撃した深刻な非合法事件」
とされています。建設中である問題の火力発電所ではなく、近隣の風力発電所を包囲・襲撃したとなっています。これに対し警官隊は不法分子2名を拘束したものの、夜間なうえ混乱した状況下で行った警告射撃により死者3名、負傷者8名(うち重傷3名)が出たとし、「3死8傷」は意図的な射撃によるものではないと強調。誤って死傷者を出してしまったのは現場指揮官の対応が不適切だったためとして、この現場指揮官を刑事拘留していると報じています。
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さてこの公式報道をどう読むかということになりますが、
実弾射撃を許した汕尾市当局に対し広東省当局と中央政府は国際世論なども考慮して別の対処をするのではないかと前回書きましたが、どうやらそうなりそうな雰囲気です。ただ中共にとっての政治的善悪の認定であり、法律をも超越する「定性」は「反政府活動」のような形に、つまり発電所建設を邪魔したことで農民たちの行動は「中共に対して悪」という認定になるでしょうから、市当局からは汚職と武力弾圧(やりすぎ)による処分者を出す一方、農民側からも逮捕者が出るのではないかと思います。
……と以前書いたような流れで実際に事が運ばれているようです。ただし、公式報道についてまず注目すべきは、元ネタが広東省党委員会の機関紙である『南方日報』から出されているという点です。つまりこれはあくまでも広東省当局による公式報道であり、中央によるものではありません。例えばこの記事は「新華網」(国営通信社の電子版)にも転載されていますが、全国ニュース扱いではなく、地方欄の広東省ページにひっそりと掲載されているのみです。
http://gd.xinhuanet.com/gdnews/2005-12/11/content_5789418.htm
という訳で、上述した事件の位置付けも広東省当局によるもので、中央によって出された「定性」ではないと思います。中央による「定性」も似たようなものになるでしょうが、事件の背景として用地売却に関連した汚職などにも言及されることになる可能性があるでしょう。
記事に付されたサブタイトルも、
「広東省党委・省政府は事件を高度に重視、地元党委・政府は法に則って事件を適切に処置」
となっていますが、これも広東省レベルでの位置付けであって、中央がこれに同意したかどうか、事件に対する「定性」を含めた最終的結論がどうなったかは、中央の口から語られていない以上、未だ不明のままなのです。
現場での処置不適切により現場指揮官が刑事拘留されているとのことですが、これも奇妙な措置です。要するに誤って村民に死傷者を出した責任を問われたのでしょうが、どういう刑事罰の容疑なのかは不明です。この現場指揮官、原文では「現場指揮員」となっていることから武警など治安部隊の指揮官(制服組)というニュアンスですね。ただ汕尾市党委書記(汕尾市のトップ)、そして汕尾市長が現場で指揮していたという香港紙『星島日報』(2005/12/08)の情報があったことも一応覚えておくべきかと思います。
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ともあれこの公式報道によると、広東省党委及び省政府は直ちにアクションを起こし、事件当夜の6日には省のトップクラス(たぶん調査チームと一緒に)が早くも現地入りして事件の調査及び処理の指揮し始めています。汕尾市党委及び市政府も事件処理チームを組織して活動しているようですが、
「現在、『12.6』事件の調査・処理が進められているところだ」
と記事の末尾にあるように、この公式報道も結局は事件の全容を伝えるものでないことに留意すべきです。他に注目すべき点として、村民側がしっかり武装していたとされていることを指摘しておきます。
刀、さすまた、棍棒、爆薬、火炎瓶、魚砲(爆薬と雷管の入った爆発物で、地元漁民は水中でこれを爆発させて魚をとる)……といったものを村民たちは準備していたとなっています。香港紙の報道にも「手製爆弾」などが登場していましたから実際に丸腰ではなかったのでしょう。
この「農民が武装していた」ということが事実であれば……というより公式報道で「事実」にされてしまっているのですが、この情報が広まることで「武装農民」が一種のトレンドになるかも知れません。
当局と対立、官民の反目といった火種はどこにでもありますし、闇炭鉱などが遍く存在しているために爆薬も入手しやすい。銃器類の闇市場もありますから、農村争議がある段階に達したところで農民が武力闘争路線に転じるケースが今後も出てくる可能性はあるでしょう。ともかく今回の事件は村民たちが組織的にそれなりに武装化していた、という意味で先例を開くものになったといえます。
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ところで、この事件について中央は広東省に下駄を預けたままとりあえず成り行きを眺めるつもりかといえば、そんなことはないでしょう。すでに広東省当局に対し何らかの圧力や介入を行っているのではないかと思います。傍証になるかどうかはわかりませんが、事件直後の12月8日から11日にかけて、党中央政治局常務委員である呉邦国(全人代常務委員長)がタイミングよく深セン市及び広東省を視察しているのです。
●「新華網」(2005/12/11)
http://news.xinhuanet.com/politics/2005-12/11/content_3906893.htm
呉邦国自身は「経済・社会発展の全体の局面を科学的発展観で統率することを徹底せよ」と、「大諸侯」である広東省に対し中央(胡錦涛政権)の言うことを聞け、という意味の発言を行っています。……これはこれで興味深いのですが、事件とは直接関係ないでしょう。
注目すべきは、この視察行に賈春旺・最高人民検察院検察長が随伴していることです。検察長という現職もそうですが、賈春旺といえば1985年から1998年までの十数年間の長きにわたって国家安全部(旧ソ連のKGBのようなもの)の部長を務めたうえ、続いて1998-2002年を公安部長として送り、現職は検察のトップという治安畑バリバリの高官です。
……まあ下衆の勘繰りにすぎませんが、この賈春旺が中央の代表者として今回の事件について何らかの活動を行った可能性はあるかも知れません。
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最近は吉林省・吉林市の化学工場爆発事故、それによる松花江の汚染と汚染隠蔽、また相次ぐ炭鉱事故など、中央の統制力が試される事例が群がり起こっている観があります。ところが、いずれも人災という要素を含んだ大事件でありながら、省党委書記や省長、また閣僚級といった高官でクビを飛ばされた者は一人もいません。2003年の中国肺炎(SARS)で衛生部長を直ちに更迭したのに比べれば、最近の胡錦涛政権の切れ味はどうも鈍いようです。
では今回はどうか、ということになります。やはり土地収用絡みで雇われ暴徒が農民を襲撃し6死48傷の被害を出した定州事件では定州市党委書記と定州市長が失脚しています。この前例に照らせば、雇われ暴徒でなく歴とした公権力である武警が実弾射撃に及んだ今回の事件では汕尾市党委書記及び汕尾市長の更迭は確実。……となるところですが、それをできるかどうかが第一のリトマス試験紙です。
第二の注目点として挙げるとすれば、汕尾市当局だけでなく広東省当局の責任まで追及できるかというところでしょうか。広東省長の黄華華は胡錦涛派ですが、その上に立つ広東省党委書記の張徳江(党中央政治局員)は黄華華と不仲で、胡錦涛にとっては邪魔な存在という見方が以前からなされています。
かつて「独立王国」と称された広東省は昔日の勢いを失っていますが、中央からみれば「大諸侯」であることに変わりはありません。今回の事件を奇貨として、胡錦涛が広東省を掌握できるまで攻め込めるかどうかは興味深いところです。
逆に汚職疑惑も絡んでいるこの「12.6」事件で汕尾市党委書記と汕尾市長のクビを飛ばすことすらできなければ、胡錦涛政権の統制力に黄信号。その影響はまず経済面において出ることになるでしょう。……おっとこれは余談でした。
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なるほど、信賞必罰ができないとなれば中央は落ちぶれるしかないですし、他の諸侯の手を借りてやればまた後が面倒。胡錦涛にとって難題も良いところなのでしょう。
問題は武警対武装農民という構図。拡大すれば共産党の権力機構対農民というところですか。明らかに政府は俺たちの敵。倒すしかないという構図になってしまった事。
処理を誤ると天安門がそよ風と思える事になりかねないのでしょうか?
正に内戦・・・。全土に広がれば・・・ですが。
何か、共産党政府の余裕が無くなって来てるような気がするんですが、
おいらの気のせいですかね?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051213-00000126-kyodo-int
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12.6事件が余程怖かったんですかねぇ。
もう僅かな火ダネ(抗議)も起こさせないつもりでしょうか。
陳情制度自体を潰した訳ではないのですが、
明らかに集団化や情報交換の場を潰しに来たようで
政府側は内心相当ビビってるのかも?
さて、抗議側は次をどう出てくるか・・・。
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=11140&Itemid=28
地方諸侯の権力増大と中央政府の統制が聞かない事が記事になっています。
いよいよ末期症状ですか?
http://www.sankei.co.jp/news/051213/kok114.htm
外務省副報道局長「中国は有史以来の平和家」「他国を侵略したことはない」
( ゜Д゜)ポカーン もう、何をどうツッコんだらいいのか分らなく…
皆様のコメントが見てみたい一心で貼ってみましたw
Unknown殿。
チベットは? 中越紛争は? と小一時間問いつめたら逆ギレしそうですな。
実態は「有史以来の戦争国家」「侵略そのほか何でもあり」でしょうに。
あまりに白々しい嘘は軽蔑の対象にしかならない事を理解しているかどうか。
太平洋戦争末期の大本営発表並になってきましたな。
ようやく中国も封建主義の芽生えが…と言いたいところですが、いつもこの段階で潰れるんですよねぇ。
このままネオ春秋時代の到来とくればうれしいんですが。
ネタにもならないような気がしますが(笑)。
近年についてはチベット侵攻などがありますが、
日本人としては元冠で侵略を受けた側ですからね。
しかし、歴史的に見ても中国の中央政権が打倒される
時って、地方農民の反乱が多かったように記憶してい
ますが、間違ってますか?
ププッ、もう笑うしかないですねぇ。
いつから中国まで隣国並みの お笑い外交 を展開するようになったんでしょうか。
しかし”有史”って事は中国の”史”は、どうやらまだ始まっていないと判断できます。
(まぁこれから封建時代を目指そうという国ですし)
もしかすると大中華思想でいくと”全てが中国内で他国ではない”なのかも、チベットも・・・(プッ)。
それなら中国有史以来のアレは侵略ではなく内戦となるのかな?
・・・これは暗に 目標・中国による世界征服 を宣言したって事?(笑)
時って、地方農民の反乱が多かったように記憶してい
ますが、間違ってますか?
なすび殿
仰る通りですね。国民党も農民に土地やるよと大嘘こいた共産党に負けました。蒋介石も敵は共産主義者と農民だといっていたと聞いております。
農民を味方につけて天下を取り、その後農民を圧迫し、耐えきれなくなった農民による反乱が起きてこけるの繰り返しです。
共産党が天下取りをどうやったのかを現指導部は学習してないみたいですね。
ま、中国国内で内戦だろうが何だろうがとばっちり来ない限り勝手にやれというところでしょう。
想定1:モンゴル帝国の最大侵攻範囲と鄭和の寄航した一帯はすべて「中国」である。ゆえに「侵略」ではない。
想定2:武帝のアレなどは「侵略」ではなく「中華文明の未開民族に対する教化」であった。
イギリスを侵略しても「イギリスはインドを通じて朝貢してたから、元々中国領土」と国民を洗脳。
>>武士階級
正確にはまだ地侍になるかどうかという段階ですね。日本でいえば中世です。あるいは源平以前か?
>>外交部報道官定例記者会見
真面目に読む人にとって資料としての価値が高い場所です。娯楽として接するなら報道官の言葉が織り成す虚構を鑑賞する場です。映像でみるなら一種のひとり芝居と捉えるべきです。
ただ現在のメンツで役者としての芸風を確立しつつあるのは孔泉のみで、劉建超は血糖値が心配ですし秦剛はカツゼツが悪い上に引きこもってしまいそうで見ていられません。
ちなみに孔泉の芸風は温家宝のパクリで、ブルース・リーが映画で「俺たち中国人はアジアの病夫ではない」と叫んだシーンを源流としたものですが、所詮はアヘン戦争以来の病的なプライドとコンプレックスの表現でしかないのが哀しいですね。ついでにいえばブルース・リーが5万人いてもアヘン戦争に勝てなかったであろうことは織田信長が長篠・設楽原の合戦で実証済みです。50万人いれば逆に内乱状態が深刻化して収拾のつかない事態となり、いよいよ列強の狩り場にされていたことでしょう。
農民と農村を犠牲にすることと超他力本願(高い外資依存度)で経済発展めいた幻を現出させて、病夫の悪夢から逃れようとしているのがいまの中国ですね。現実には未だに病夫のままであることを思うと、孔泉の虚喝や恫喝めいた演技にも哀愁が感じられてなりません。
一方、我が国では…
日中、日韓首脳会談「要請するな」=首相官邸が外務省に指示
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051214-00000078-jij-pol
明日の新聞各紙の論調が楽しみですな
まじですか。
中国(共産党政府による統一体)はほんとうに崩壊するかも知れませんね、そんな気がしてきました。
なぜなら60年前中国の成立を助けたのは日本であったし、これからも日本の助力無しでは中共は存在していけないからです。
目には目を、恫喝には恫喝を。
ある意味小泉政権というのは明治以来一番の強硬派なのかもね。
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