(「上」の続き)
こうした中で、またまた新たな抗議のカタチが出現しました。デモのようでデモではなく、陳情を目的に大挙北京を目指すという画期的なものです。その数なんと数千人!おおお、さすがは人海戦術のお国柄。
この抗議活動は河北省保定市の老舗紡績メーカー・依綿グルーブの従業員によるもので、従業員が知らぬうちに企業が売却されていたという驚くべき事実が明らかになったのが、そもそもの発端。売却によって大規模なリストラが実施されることが判明したため、これに反対する従業員側が工場を包囲する形で売却される設備の持ち出しに抵抗していました。
報道だけではちょっと確認できないのですが、たぶんこの依綿グルーブというのは50年の歴史を誇る伝統ある紡績企業とされているため、国有企業である線が濃厚。だとすれば、「揺りかごから墓場まで」と言われた通り、住宅、学校、文化・医療・娯楽施設などを企業自身で擁し,定年後は退職金が支給されて従業員はその枠内で人生を完結できる昔ながらのシステムだったと思われます。
その企業が売却されるとなれば、リストラはもちろん、職場から住宅に至る従業員の生活環境全てがパッと消滅し、いきなり路頭に放り出されることに。問題はその売却が従業員には内緒で行われ、気付いたときには解雇されていたばかりか、養老年金などの積立金なども泡と消えてしまったことです。
これに怒った従業員たちは売却の実務作業に抵抗する一方、保定市当局への陳情を繰り返していたようですが、効果はゼロ。……他の地区での類似例に照らせばそれは当然のことで、売却益の一部が市当局の党幹部の懐に入った可能性が強いのです。
「それならいっそ中央に」
ということで、従業員たちは北京への陳情を決定。しかも代表者が赴くのではなく、包囲部隊を工場に残し、他の約3000人が一団となって北京への徒歩行軍(一部は銀輪部隊)を目指すという、恐らく前例のないであろう挙に打って出ました。陳情部隊が進発したのは4月3日のことです。

米国系ラジオ局「亞洲自由電台」(RFA)の取材に対し、陳情組の一人は、陳情先を「党中央紀律検査委員会」だと表明。これは汚職摘発部門ですから、従業員たちは事態の本質を呑み込んでいるといっていいでしょう。
北京の陳情受付部門、あるいは業界をまとめる省庁・紡績工業部ではなく、汚職を暴いてもらおうとストレートに党中央紀律検査委を目指したところに事態の深刻さがうかがえます。
しかしながら、そんなことをされては地元当局である保定市の面子は丸潰れ。というより事態の展開次第では自分たちの進退に関わるということで、同市当局は警官隊など治安部隊を大挙繰り出して交通整理と秩序維持に当たる一方、副市長が現場に出向いて「まずは落ち着け」と必死の説得工作。従業員は丸一日粘ったものの、とうとう折れて警察の用意したバスに分乗して帰途に就くこととなりました。異例の抗議ながら官民衝突に発展することなく落着したことになりますが、これで全てが解決した訳でありませんし、従業員たちも闘争継続を誓い合っているようなので、やがて新たな展開が報じられることでしょう。
●RFA北京語版(2009/04/03)
●RFA広東語版(2009/04/03)
●大紀元中国語簡体字版(2004/04/05)
――――
ところで、私はこの事件で頓悟したことがひとつあります。「官vs民」とはいえ、「民」の側からみた「官」は、あくまでも地元当局だということです。他の抗議活動にしてもそうですが、たとえ1万人集まっても所詮は地元限定の官民衝突。今回の不発に終わった「大挙上京陳情活動」にしても、市当局は頼りにならないけど、党中央の汚職摘発部門なら何とかしてくれるだろう、という一念があったからこその行動だと思われます。
地元当局は腐っているけど、あの温家宝総理に話が通じれば何とかなる筈、という意識が民衆の間にはまだまだ強く根付いていて、問題の根っこは中国共産党による一党独裁制で、その統治体制を改めない限りいくら中央に陳情しても無駄だ。……という認識にまでは至っていないということです。このあたり、「中国の抱える諸問題の根源は一党独裁体制。その終結を実現しない限り何も解決はしない」と明快に訴えた知識人たちによる「08憲章」との距離感を痛感せざるを得ません。
「一党独裁体制の終結を」
というのは、この状況でそんな悠長な、というべき民主化綱領「08憲章」の中でもポップな部分で大衆にも受け入れられやすく、それ故にその部分だけが広く支持され独り歩きして、「08憲章」が目指す「平和的な民主化」とは真逆のムーブメントを生むのではないか、と私はみていたのです。ところが、「08憲章」において最も晦渋でないこの部分すら民衆の大半を共鳴させられないとすると、中国当局からの報復を辞さない知識人をはじめとする「志士」たちの署名活動は、空振りあるいは一発の花火で終わってしまうのでしょうか。
陳情・デモ・スト・暴動・爆弾テロといった抗議活動のニュースが全国各地から連日のように入ってきていますが、現段階ではいずれも地元限定の散発的なアクションがあちこちでパチパチいっているだけで、そこから先に進みそうな気配はまだ感じられません。もちろん、これだけでも十分に内政不安であり、人民元の信用度の低さを裏打ちするものではありますけど。
ただし、ここにひとつだけ、地域限定の散発的な抗議活動を全国的な運動へと発展させる方法があります。ナショナリズムです。
2005年春の反日騒動が当初のネット署名や日本製品不買運動から街頭署名・プチ暴動へと発展し,最後には仕事も学校も休みとなる毎週末に全国各地で反日デモが行われるという事態に立ち至ったとき、激しく動揺したのが党中央でした。もともとこの反日騒動は胡錦涛を嫌う諸派が「反日」を掲げて胡錦涛政権揺さぶりに動いたという政争が根底にあると私は考えているのですが、そうやって「反日」を煽り立てていた連中も、それを鎮静させようとした胡錦涛サイドも、ムーブメントが全国的規模で共通のテーマを掲げたものへと成長したのを目の当たりにして激しくビビッたのです。
万一その鉾先が「反日」から「反中共」へと転じたら、「中共人」は一党独裁体制によって得ている様々な特権を失うことになります。……そこでメディアを舞台に水面下で綱引きをしていた両者は慌てて手打ちをして、一丸となって「反日」活動の押さえ込みを行いました。
――――
いま、ネット世論を中心にその病的なナショナリズムが再び盛り上がりつつあります。反日騒動で発生したプチ暴動は、主として世相に鬱屈している連中が「反日」の名を借りて狼藉を行い、憂さを晴らしたという側面がありました。ところがいま再燃しつつある病的なナショナリズムは当時と等質のものだとしても、社会状況は4年を経て全く異なる様相を呈しています。前述したように対外依存度の高さが災いして数千万人が昨秋以来失業しているほか新卒者の超就職難、また階層間格差も「和諧社会」が現役バリバリの大看板だった当時より深刻なものとなっていることは上述した通りです。
当初の鉾先だったフランスとは中国主導での手打ちが行われ、例の円明園銅像オークションの問題もフランス企業が買い取って中国に返還するという噂が流れており、昨年のような自称愛国者たち&野次馬が仏系スーパー・カルフールの営業を妨害するような事態が再燃する危険は去りました。南シナ海の領有権問題は未だくすぶったままですが、「話し合いでの解決を」という中国側専門家のメッセージが最近、国営の新華社通信から流されるなど、中国側からこれ以上武断的なアクションが行われるか、フィリピンやベトナムが予想外の大反発を示さない限り、火種になる可能性は低くなったとみるべきでしょう。
ただし、真打ちの日本だけは別です。30歳から下は江沢民型愛国主義教育によって日本を憎悪すべく刷り込まれた世代ですから、連中にとって日本とは嫌悪&侮蔑すべき対象ひいては仇敵扱いなのです。武漢大学の桜並木の下で和服めいたものを着て記念写真を撮っていた中国人に罵詈雑言が浴びせられたというニュースを御記憶の方も多いでしょう。私はあの事件、「それは本当の愛国的行為とはいえない」という反論が相次ぐことを見越して、反日気運を抑えるために胡錦涛側が仕掛けたヤラセではないかと疑っているのですが。……それはともかく。
「反日」という点においては、何といっても尖閣問題があり、この件についてだけは中国も強硬姿勢を崩していませんし、何やら軍部もヤル気満々です。2005年春の反日騒動と同様、この機を捉えて胡錦涛政権に圧力をかけようとする「抵抗勢力」の蠢動もあるでしょう。胡錦涛に強硬策を採るよう迫ったり、5月に魚釣島上陸を目指すべく準備している民間団体を密かに後援することも考えられます。また、海軍である東海艦隊は出さないものの、巡視船を同島海域に派遣する可能性は決して低くありません。そもそも先日ふれたように、東シナ海でのパトロール強化が打ち出されたばかりです。
●中国、東シナ海の巡視強化決定日本との緊張拡大も(共同通信 2009/03/31/21:13)
日本の対応が大人しければ、中国の巡視船が定期的に尖閣諸島付近を領海侵犯するという事態にもなりかねません。言わずもがなではありますが、日本は毅然とした態度で、断固としてこうした動きを封殺するべきです。
ちなみに、領有権争いである以上、胡錦涛も「あれは中国のものだ」という線で絶対に譲歩することはないでしょう。ただ日本に対する余りに硬質な反発は事態を悪化させるだけだと考えているかも知れません。特に民間の先走りを嫌う胡錦涛です。実は中国本土の尖閣問題活動家が武漢で拘束されたというニュースが出ています。政争は、すでに始まっているのかも知れません。
●「博訊網」(2009/03/30)
――――
ともあれ、物情騒然たる現在の中国社会について。
●いま中国では全国各地で地元当局に対する抗議活動が展開されている。
●とはいえそれはあくまでも地元限定の散発的な花火に過ぎない。
●しかし、もし病的なナショナリズムが暴発すれば全国的なムーブメントに発展しかねない。
●その火種としては最大の存在である日本との間で、尖閣問題という可燃度の高い懸案が持ち上がるのは不可避か。
●対日外交のあり方を表看板に、アンチ胡錦涛諸派がこのタイミングで政争をしかける可能性も。
●「反日」が全国的なムーブメントとなった場合、「鬱憤晴らし」組の数は2005年春より比較にならないほど多いため、事態がより流動的になる確率が高くなる。
……といったことは現時点で指摘していいのではないかと愚考する次第。連中が国内問題で勝手に全国的に盛り上がって勝手に自爆してくれれば有り難いのですが。
| Trackback ( 0 )
|
|
中国人民の味方「温家宝総理」に、全国から陳情にし行こう!
という考えが全国に広まって、北京に集まれば、面白そうですね。
うちのカミサンは、世界一の政治家だと思っているし。中国人ダメポ。
中国にも黄門様はいましたね(うちの職場でも彼の人気は高いです)。
黄門様、民衆の中に入り込み局所的に悪を懲らしめ、一部の民衆から有難がられて気分は良いでしょうが、「天下の副将軍」というような立場からすれば、腐敗が起こらないような社会全体を変えていくのが本分のはず。
現状は、印籠の効力が、どこまで持つの?というところでしょうか。
長文記事、読みませていただきました。
1905年の血の日曜日事件直前のロマノフ王朝の置かれていた政治状況を連想してしまいました。
まあ、そうすると革命がおきるには戦争で敗北しないとならんわけですが中共はそうなったら一気に戒厳令施行ぐらいやりそうですね。
幕末の清河八郎みたいのが出てきて全国各地から「大挙上洛」とかになったら大変なことになりそうですね。あと北京、上海、広州などで「××局へ行けば良い仕事を紹介してくれるそうだ」というデマが流れても面白い展開がみれそうな。
――
>>五香粉さん
温家宝の「親民総理」というイメージは当人の大根演技よりも、むしろ庶民の民度によって形成されていることが今回、わかったような気がします。闇はどこまでも深いですね。
――
>>シンセン在住さん
「黄門様のいない水戸黄門」とは言い得て妙。実際は御指摘の通り黄門様はいるのです。ただし5話に1回くらいの割合でしか現れてくれません。あと現れて庶民のための仕事をしてくれるのはいいのですが、水戸黄門同様、厳密にいうとそのお仕事は地元当局を無視した越権行為。法治国家を目指すと自称している中国の基本路線を平気で踏みにじっているところはさすが江戸時代だと関心してしまいます。
>「天下の副将軍」というような立場からすれば、腐敗が起こらないような社会全体を変えていくのが本分のはず。
あ、温家宝はそういう仕事はしないようにできています。仕様なのです。3人の総書記の下で大過なく務めている秘訣なのかも知れません。
――
>>sdiさん
こちらこそ、ご無沙汰しております。m(__)m
愚考するに、中国共産党の歴史的使命は、社会主義よりも民族主義を前面に押し出すようになった時点で終了しているのではないかと。いまは「諸侯」による割拠という段階に向けて緩やかに進んでいるのかも知れません。「党中央の命令は絶対だ」とがなり立てる『解放軍報』の論評記事に接するにつけ、「てことは、駐屯地の地元当局との癒着がかなり進んでいるのか、軍内部がすでに何ピースかに割れてしまっているのか」などと楽しく妄想している次第です。
いざとなれば戒厳令はもとより、完全装備の歩兵、それに装甲車や戦車を投入して顔色ひとつ変えることなく実弾を以て群衆を片っ端からなぎ倒すくらいのことは躊躇せずにやるでしょう。「中共人」の価値観に照らして「悪」とか「不利益」と認定されれば、民草は無尽蔵なだけにどんどん消費されていくと思います。
生真面目で潔い共産党なら、まず自己否定してから階級闘争にとりかかるべき状況です。すでに。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。