「素人による中国観察」「出鱈目な解釈を加えます」などという表看板に安んじて前回、
「胡錦涛政権はもう駄目みたいです」
などと扇情的なことを書いてみたりしましたが、冗談ではありませんよ。当ブログで胡錦涛政権の発足(2004年9月)からずっと眺めている私自身は、馬鹿は馬鹿なりに、マジメにそう思っているのです。
ただ誤解を招かぬような表現にすると、胡錦涛が船長を務めている中共丸が沈むのであって、部下の船員たちによるクーデターで胡錦涛が船長職から引きずり下ろされる訳ではありません。
一党独裁を容認するのかとかいう議論を脇に置いていうなら、政権がスタートした当時の胡錦涛から発散される「このままでは中共政権が潰れる」という危機感と、江沢民時代の経済発展モデルに対するアンチテーゼといっていい処方箋「科学的発展観」というのは、当時の中国の状況に照らせばまことに時宜を得たもの。
対日外交の方針修正とともに「これしかない」と頷かせるものでした。
懸念はありました。胡錦涛イズム、言うは易いがそれを実行に移せるか、全国各地に徹底させることができるか。……というものですが、結局これがアキレス腱となってしまいました。対日外交でのミス連続などから口煩い周囲によってダメ出しが行われ、最高指導者としてのフリーハンドを大幅に制限される破目となったのです。
それを挽回すべく主導権掌握といった生臭い問題に時間をとられ、中国経済・社会という病状が日々深刻になる患者に対し十分に手をつけられないまま現在に至ってしまいました。
この「患者」に対する処方箋は、誰がトップになっても同じような内容のものを書くしかあるまい、とは前回言及した通りです。要するに袋小路的状況に入る兆しが出始めていました。
当時は青天井状態の株価や不動産価格に対して、
「これはバブルだ」
「いやバブルではない。実勢の反映だ」
といった議論がメディアを賑わせていたものですが、4年経ってみたら御覧の通りです。「実勢の反映」を行うべく株も不動産も大幅な下落傾向にありますね。皆さんお待ちかねのバブル崩壊であります。
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こういう状況について、世間話として「どうよ中国?」と問われることが多くなったのですが、私が言うことはいつも一緒。
「中国においてバブル崩壊は経済問題ではなく、まずは社会問題」
ということです。歯医者さんにも香港の仕事仲間にも風水師のY老師にも当家の隠居にもそう答えています。
例え話になりますが、新聞で考えてみて下さい。「バブル崩壊」となればこれはまずトップで概略を伝えておいて、メインは経済面となる筈です。投資していて損をした個人は自業自得ですが、自業自得ゆえ一応街の声などと一緒に社会面に掲載される記事となるでしょう。
ところが中国は社会面メインの報道になるだろう、というのが私の下衆の勘繰り。マクロ経済への打撃より「リスクは自分持ち」なんて少しも考えていない個人投資家どもが騒ぎを起こし、そちらの方が喫緊の問題となってしまうのではないかということです。
●「従軍記者より危険」なゲームに狂奔する人々。(2007/05/11)
●怖いのは暴落ではなく逆ギレ。(2007/11/10)
すでに実例が発生しています。
●出資金戻らず住民騒ぐ 中国湖南省(共同通信~MSN産経ニュース 2008/09/05/10:35)
中国湖南省吉首市で3、4両日、高利で違法に資金を集めていた不動産会社が約束通りに資金を返還しないとして、出資者の住民ら多数が集団で地元政府に仲介を求めて騒ぎ、交通機関が一時混乱する事態となった。新華社など中国メディアが伝えた。
香港の人権団体、中国人権民主化運動情報センターによると、集まった住民らは約1万人に上り、排除しようとした警察官側との衝突で50人以上が負傷したという。中国側報道は9人が強制排除されたが死傷者は出ていないとしている。
地元では住民らを対象にした違法な資金集めが続いてきたが、うち数社が今年6月ごろから返還に行き詰まっていた。人権団体側は、地元政府が今月3日、不動産会社の資産を凍結すると発表、出資者がパニック状態になり暴動が起きたとしている。(共同)
この記事を補足しておくと、元々は地元当局の幹部が2004年、自分の得点を稼ぐべく地元デベロッパーに開発事業を増やすよう持ちかけ、その元手として違法な資金集めを黙認したというのが発端です。
高利ゆえウハウハするほど資金が集まり役人どもも出資して懐を温めていたのですが、不動産市場が先行き不透明になってきたからでしょうか、今年7月末から8月に党幹部らは出資金と金利分を全て回収。その真偽は不明ながら、噂は広がって一種の取り付け騒ぎになったというものです。
それからこういう事件も。
●政府庁舎前で数百人が抗議 北京、数人拘束される(共同通信~MSN産経ニュース 2008/10/20/19:39)
北京市内の政府庁舎前で20日、数百人の市民らが砂漠緑化事業への投資話で詐欺に遭ったとして対策を求めて訴え、公安当局がうち数人を拘束した。ロイター通信が伝えた。
ロイターによると、市民らは内モンゴル自治区の砂漠に植林すれば、8年後には巨額の利益が得られるとの広告にだまされて出資。しかし、植林した木の大半が枯れ、投資した金はほとんど戻ってこなかったという。
この事件では、3万人以上が13億元(約195億円)をだまし取られたとされ、既に公安当局が投資を募った会社の幹部数人を起訴している。(共同)
違法かどうかを問わず、似たような話がこれからもどんどん出てくるでしょうね。
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ところで、湖南省吉首市における1万人による都市暴動未遂については有名なタレ込みサイト「博訊網」で現場写真を見ることができます。
●「博訊網」(2008/09/05)
一触即発の緊張感。そして、中国はどこへ行っても人大杉だなあという感想が湧きます(笑)。このときは地元の偉い人が現場で説得を行うとともに、周辺地区から武装警察(内乱鎮圧用の準軍事組織)の兵力を急きょ抽出して現場に布陣させたとのこと。
私は1989年のとき上海に留学していて大学生・知識人による民主化運動に際会し、「六四」(天安門事件)に市民が激怒し上海市が事実上無政府状態(警察不在)に陥った状況を経験しています。
そのときは組織防衛という点を重視した学生はもちろん、市民も略奪などを行うことなく秩序が保たれたまま一種の解放区のような気分が街を包んでいたのですが、上の「博訊網」の写真における群衆の位置取りと治安部隊の展開の仕方は一触即発の空気十分で結構ヤバいです。
仮に大規模な衝突となった場合、群衆約1万人に対して同数の武装警察が手当てされていたとしても、過去の数々の都市暴動の例が示すように、肉弾戦であれば官軍は大損害を被り撤退を余儀なくされるでしょう。
むろん市民側にも損害は出ますが本格衝突となれば加勢する者も増えますから、治安部隊を退けたあと政府庁舎や問題のデベロッパーのビルを焼き打ちするなどして凱歌を上げることになると思います。
で、これはブログ主冥利に尽きるのですが、実は事件発生直後に現場からそう遠くない都市の大学で教鞭を執られているという読者の方から最速レポをメールにて頂きました。特派員や通信社の記事よりも手触り・肌触り感に満ちていて、当然ながらある種の生々しさもあってイイ!です。という訳で事後承諾ということで、地名その他はなるべく伏せてここに転載させて頂きます。m(__)m
●情報提供者・Aさん(2008/09/05/21:06送信)
御家人さん、お忙しいなかすみません。
湖南省吉首市で1万人の暴動があったそうです。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008090500028
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080905/chn0809051034000-n1.htm
で、うわ~あそこで暴動かとおもっていたところ、13時ごろ領事館から電話が。無事ですかとかの安全確認ではなく、どうですかっていう質問でした。
現場からそう遠くない場所に住んでいると説明すると、なにかわかったら情報をくれと携帯電話の番号をおしえてくれました。
一応、日本政府も中国の情勢をいろいろしらべているんだな~と頼もしく感じ、学生に、吉首市に住む同級生のお母さんに連絡を取ってもらいました。
共同通信には、
「高利で違法に資金を集めていた不動産会社が約束通りに資金を返還しないとして、出資者の住民ら多数が集団で地元政府に仲介を求めて騒ぎ、交通機関が一時混乱する事態」
とありますが、実際そのとおりとのこと。
そのお母さん自身も出資していたが、小額だったので、暴動には加わっていないそうです。
そしてどのくらいの人数かはわからないとのことでした。
で、3時ごろに領事館の人に電話をかけてみたんです。学生から聞いた話と中国のネットにも群集の写真等がでていることを伝えました。
「そうですか~。日本の新聞よんでなんで暴動おこったのかな~って不思議だったので、聞いてみたんですよ。ちょっと中国のネットも検索してみます」
時事通信の記事は暴動の事実のみで原因は確かにかいてないんですが、共同のほうには原因もかいてあるし、それに「ググレカス!」(笑)
ちなみに今年のことですが、わたしの住んでいる近所の街でもガスボンベを積んで政府の出先機関に突っ込み12名が負傷という事件があって、日本の新聞でもとりあげられていました。
Aさん、貴重なレポート本当にありがとうございました。m(__)m
ただしどこの領事館か知りませんけど、頼もしく感じちゃいけません(笑)。上級部門への報告&在留邦人への告知のために情報だけ集めておいて、いざ暴動というときに救出するための手立てを講じてくれる訳ではありませんから(その代わり強制帰国命令は出ないので現地に留まることはできますけど)。
……といったことはともかく、暴動となればこれは経済面ではなく社会面に載せる記事になりますね。「経済問題よりもまず社会問題」と私が考えている所以です。このルポは2カ月近くを経たいま読んでも古錆びている印象を与えません。なぜかといえば、現在の中国経済・社会状況下においては、類似の事件がいつ起きても不思議ではないからです。報道されていないだけで暴動が起きた都市が他にあってもおかしくありません。
吉首市の事件に際して、当局は外地からも兵力を増援させ収拾に当たりました。どのくらい出したのかはわかりませんが、地元当局の手には負えないからこその増援でしょう。じゃあ仮に近隣都市でも暴動の気配が濃くなったらどうするのか。それが複数に及んだ場合「官軍」の手は足りるのか。……このあたりは中国の歴代王朝が経験している心電図ピー状態です。
何やら書き散らかしたまま話を締めることになりそうですが、このAさんからのレポートにおいて、皆さんはどこに注目されましたか?……たぶん同じ回答になるでしょうけど、私の場合は、
「そのお母さん自身も出資していたが、小額だったので、暴動には加わっていないそうです。」
という一節でした。財テクがそこまで浸透しているということは、市場が困った状況になった際に社会の可燃度をぐんと高めるものです。このお母さんは何やら宝くじに外れたような鷹揚な対応をみせていますが、そう落ち着いてはいられない庶民も多いことでしょう。実に貴重な情報です。
それにしても、この違法な資金集めを吉首市は4年間も上には隠しつつ(あるいは利権で黙認してもらいつつ)大々的に行ってきたことにも注目しておきたいところです。党中央の威令なんて糞くらえ、てなところでしょうか。
もっとも、分際相応という言葉があります。実は党中央こそ巨悪に手を染めているのかも知れませんけど。
これから中国各地で心電図がピーピー鳴り出すのでしょうか。
「頼もしく」というのは、そういうちょっとしたことすらしてないんじゃないかという印象だったので期待を裏切られて頼もしくかkんじたしだいです。って、実際ググレば(百度のほうかな)わかることやってなかったので、印象はあたっていました(笑)
「あ、でてる」じゃありませんよ。
私がせっかく苦労して情報提供者を特定できないようにしたのに、ちゃぶ台をひっくり返すようなことをしてはいけません(笑)。
ともあれ、貴重なレポート、ありがとうございました。m(__)m
上にも書きましたが、こういうときにブログ主冥利に尽きるという嬉しさに全身で浸ってしまいます。これは、こたえられませんね。
それにしても、いつも感じることですが、queさんは肝が据わっているというか、いい意味でのずぶとさが感じられて羨ましいです。
もし私だったら、撮影・録音機材をバッグに詰めて最前線に突出していたと思います。むろん蛮勇ではなく、単に軽薄で物見高いだけ。この点は上海にいた20年近く前と変わっていません。不熟なままです。変わったのは体力が衰えたくらいでしょうか(笑)。
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