ドジ男の自転車旅行

自転車の旅を写真付きで書きます。

第23日 バンコク(パワースポットとパタヤ)

2019-02-28 21:12:07 | Myanmar ミャンマー
2019年2月9日(土) 晴れ   14,141歩  

民宿日出ーワット・パクナムーチャチューンサオーKhao Chi Chan Buddhaーパタヤー宿

宿:民宿日出連泊

今日は知り合いの高鳥さんが車でパタヤを案内してくれることになっています。私は健康関連の会社の技術部門で7年ほど働いたことがあり、その時彼は同じ会社の海外営業をされていました。その後彼はその会社を辞められた様ですが、タイの会社に招かれて働いておられます。2016年2月にも実は彼にカンチャナブリを案内して頂きました。
朝7時40分に高鳥さんから電話があり、「9時半頃迎えにいきます」と言われたので、8時に宿の近くのセブンイレブンへ行って朝食を食べました。シーロムなどの繁華街のセブンイレブンは狭いですが、クロントーイの東のお店ではイートインスペースがあってゆっくり食事ができます。




9時には宿の前に着いたと連絡があり、車に乗り込むと「パタヤへ行く前にパワースポットを回るよ」と言われました。
パタヤへ行くにはラーマ4世通りを東へ走るはずですが、反対方向へ走り始めました。ルンピニ公園を南へ左折。以前カンチャナブリに向かって走った道です。「ここです」と言われて車を降り、歩いていくとお寺の表示がありました。本日最初のパワースポットはワット・パクナムというお寺らしい。


外観としては大理石で作られているのか白いだけでタイらしいお寺でもない。




拝観料は要りません。靴を脱いでエレベータで4階に上ってみると天井がすごく綺麗だった。




2階、3階は博物館になっており、何だか高価に見えるコレクションが飾ってありました。


日本人観光客が多かったが、帰国後調べてみるとインスタ映えがすることで有名になった日本人観光客から大人気の寺院と書いてありました。
ブログなどネットで紹介されている行き方はBTSのWutthakat駅からとされていますが、Bang Wa駅からのタクシーが良さそうです。

このお寺の観光を済ませた後、東に向かいました。今日の2番目のパワースポットはピンクの象(ガネーシャ)チャチューンサオ県にあるワット・サマーン・ラタナーラームです。最初のエメラルドグリーンの天井は知りませんでしたが、ピンクの大きい象は自転車仲間が行ったブログを見たことがあり、何処にあるんだろう?と思っていたから今回高鳥さんに連れて行って貰えるのはラッキーでした。
入り口には周辺の名産品(マンゴー)などを売る露店が並ぶ賑やかな場所でした。


ピンクの象は何処だろう?と歩いていくとブログの写真で見たものが有りました。おー、これこれ、見たかったやつ。


ピンクの象の近くにネズミが居て観光客が耳元で何か話している。高鳥さんに聞くと片方の耳を塞いで耳に向かって願いごとを言うとガネーシャに伝えてくれて願いがすぐに叶うと言うのでやってみました。「健康に過ごせるように!」「旅が無事でありますように」。


ピンクの象以外にヘビや観音様などカラフルな像が多かった。




ドラエモンやピカチュウなど日本のアニメのキャラクターもありました。






観光が終わって、「ここでしか食べれない旨い物を食べよう」と屋台に座りました。クイッティオ・パー(ク)・モーと言うものだそうです。
クイッティオは米粉で作ったタイの麺料理ですが、この料理は熱いプレートに米粉を水に溶いた物を円形に広げ、その上に具材を乗せてヘラで上手く丸めてお椀に入れてくれます。お姉さんが食べているお椀に一つづつ6回追加してくれるので料理人と客が身近に感じられます。






食べ終わって歩いていくと葉に包んだ物を串に刺して売っている屋台がありました。葉は厚く見えましたがオコワの様に単に包む為の外皮でなくて葉ごと食べるのだそうです。お店の人が若い男に金を渡したのは「ショバ代を取りに来たヤクザだよ」と高鳥さんが説明してくれました。試しに食べますか?と聞かれて即OKしました。すっきり爽やかな味でした。自転車で一人旅していたら絶対食べれなかった珍しい物が食べれて良かった!




2ヵ所の想定外のパワースポットを観た後、パタヤへ向かいました。「パタヤから南へ23Kmのカオシーチャンへ行きたい」と事前に高鳥さんにお願いしてあり、パタヤへ行く前に先にカオシーチャンに向かって走って頂きました。目的地が近づくと広い自転車専用レーンが目立ちました。パタヤからの日帰りポタリングに丁度良い距離だから自転車道を整備したのかな?と思いました。


ワット・パクナムは町中の小さいお寺だったから見つけるのが難しかったけど、ここは大きい岩だから近くまで来ると「きっとあの山だ!」と見当がつきました。お寺ですが境内の売店などはありません。観光客が居ましたが30分もあれば見るべきものは無くなってしまいます。


今日の案内をして頂いた高鳥さんと彼の車です。


いよいよ、今日の最終目的地のパタヤへ向かいます。でもその前に「お洒落なレストランがあり、夕方になると混むので早い夕食にしましょう」と行ったお店の名前はRimpa Lapin。崖のうさぎという意味らしい。


確かに崖の上にあり、眼下に海が見える大きいレストランでした。


お店は午後4時開店であり、着いたのは4時過ぎでした。私はビールを飲みましたが,高鳥さんは車を運転するのでノンアルコールのカクテル。
でも、今回の貧乏旅行では一度も目にすることが無かった随分お洒落なカクテルです。




食べたものも、シーフードのドーナツと餡かけ、ステーキ、ソムタムタイ。随分リッチなメニューでした。私自身はバックパックの格安旅行ですが、高鳥さんも普段の食費は会社の食堂で食べるので1日60バーツだそうです。




食後はスイーツも頂きました。高鳥さんは、この店に日本から訪ねてきた知人や奥様を連れて何回か来たことがあると言われていましたが、個人旅行で車を持っていなければ来れない素敵な雰囲気のレストランに来れてラッキーでした。


パタヤにはターミナル21がオープンしたというニュースを知っていましたが、海が見れて美味しい食事が出来たからもうパタヤはいいか?と思っていました。でもその後夕方6時頃にパタヤビーチが望める丘に立ち寄って頂きました。




夕暮れのパタヤを後にしてバンコクに向かって車に乗せてもらいました。途中、7時40分にトイレ休憩。大きいカップのコーヒーを飲んで眠気を覚ましながら宿まで送って頂きました。今日1日だけでもお世話になって申し訳ないと思っていましたが、別れ際に「明日も予定が無いのならアムパワーを案内してあげる」と言われました。高鳥さんって、何でこんなに親切なんだろう!・・と思いました。
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第24日 バンコク(アムパワー観光)

2019-02-27 21:27:36 | Myanmar ミャンマー
2019年2月10日(日) 晴れ  

民宿日出ーメークロン市場ー水上マーケットーKing Rama II Memorial Parkー民宿日出

宿:民宿日出連泊

高鳥さんが11寺半頃に迎えに来ると言われていたのでドミトリー部屋のエアコンが切れる9時までベッドでゴロゴロしていました。9時にBicCへ買い物に行くとスタバの店があったので、店の前でスマホでログインするとwifiが使えました。


2階のスーパーに安売りのフルーツは無かったけど、美味そうなマンゴーライスがあったので買って帰って宿の2階で食べました。


11時前に高鳥さんから「宿の下に居るよ」と電話があったので急いで部屋を出て車に乗せてもらってアムパワーに向かいました。
途中で休もうか・・と言われていましたが渋滞の中を走り続けて12時過ぎに駐車場に車を入れた時は何処に着いたのか分かりませんでした。高鳥さんが歩く後ろをついていくとメークロン駅に着きました。「驚異の折りたたみ市場」としてテレビでも紹介される有名なマーケットです。


駅の時刻表を見ると次の列車が到着するのは午後2時30分です。まだ2時間近くあるので昼食を食べることにしました。


レストランには中国人の観光客が多いのか、タイ語が解らない様子を見て出してくれたのは中国語のメニューでした。豚のスープとご飯を食べました。


駅の先は川で車止めがあります。


観光客も列車到着を待ちながらマーケットを歩いていました。線路いっぱいに商品が並べられていますが、台車に車を付けて線路から遠ざける様に工夫されていました。




線路の南側も市場になっていて魚などを売っていますが、日本では天然記念物になって保護されている「カブトガニ」が食べ物として売られていたのは驚きです。




午後2時過ぎになると観光客が線路に覆いかぶさったテントの中に集まってきました。お店の人がパラソルを畳み片付けます。陳列台を下げ、テントを開けました。マイク放送がタイ語、英語、中国語、日本語であり、「列車が接近しているので危ないから離れてください」と警告がありました。やがて列車の汽笛が聞こえ徐行の列車が見えてきます。




目前を列車が通ります。線路に出て写真を撮っていた人は上手くお店の隙間に入れたんだろうか?


列車が通り過ぎるともう人が線路上に出てくるし、お店のテントが線路側に張り出してきました。


列車を見た後、駐車場の車を出して少し走り、次に見たのは水上マーケットでした。




食べ物屋、土産物屋さんが川沿いの狭い道に店を連ねていましたが、海鮮品は高そうだし、スイーツは怪しげで食べる気が起らなかった。


そこで、次に案内して頂いたのはラーマ二世記念公園でした。


1村1品運動の展示があり、椰子で作った砂糖などが売られていたのでお土産に買いました。


広い公園に大きいスピーカーが置いてあり、建屋の中で楽団がタイの音楽を奏でており、演劇が始まりそうだったので観客席に座って待ちました。


出演者らしい人が踊る前に記念写真を撮っていました。


長かった音楽演奏が終わり、北の照明がある付近から正装した兵士が入ってきました。


王様らしい人が乗った台車も出てきました。


楽器演奏をしている建屋の手前にマイクスタンドがあり、恰幅の良い男性の弁士が綺麗な発音のゆっくりしたタイ語で解説や王様に代わってセリフを言います。タイ語で会話できる高鳥さんに後で聞くと何を言っていたのかよく分からなかったと答えられましたが、勿論私には何を言っているのか全く不明でした。(最初の写真の右に写っている2人です。4人になることもありました)


次に我々が座っている場所に近い南側から、体格が良くて裸足の兵士が目の前を通って中央部に進み出ました。俳優(演者)はざっと数えると100名を超えていました。服装を揃えるだけでも大変だなあ・・と思いました。


1mも離れていない場所を、兵士姿の演者が走るので凄い迫力です。


大奥?なのか女性も出て来て王様の話しを傅いて聞いているようでした。


次に東の奥から尻尾を付けた団体が出てきました。


このグループには女王様が居るらしい。


2つのグループの戦争?兵士が戦います。




次から次からストーリーが展開して行き見飽きることがありません。




夕方5時頃から始まった大スペクタクルは空が真っ暗になる7時前まで続きました。無料でこれが観れたなんて凄くラッキーでした。
観客全員が立ち上がり音楽が流れて首を垂れました。高鳥さんに聞くと王様を称える音楽だそうです。


バンコク市街まで運転頂き、宿の近くのビックCまで送って頂きましたが、高鳥さんはそこからまだ高速道を走ってスワンナプーム空港に近いアパートまで車を運転しなければなりません。2日間のご案内ありがとうございました。

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第25日 バンコク最終日

2019-02-27 19:48:36 | Myanmar ミャンマー
2019年2月11日(月) 晴れ  

民宿日出ーシーロムーチットロムーシーロムーファランポーンーパヤータイースワンナプーム空港

宿:機内泊

民宿日出のドミトリーは宿泊者数が3名以上になるとエアコンを点けてもらえるのですが、10日の夜は私と隣りのベッドの人と2人だけだったのでエアコンが無い暑い夜でした。暑い宿では食事したくないので近くのセブンイレブンへ行ってパンとヨーグルトを食べました。荷物を纏めてチェックアウトして46番のバスでシーロムまで行き、知り合いのSさんが住むマンションの部屋に荷物を預かって頂きました。

同じマンションに居た市川さんと市場へ行って乗っけご飯の昼食を食べました。


エアコンが効いた部屋でコーヒーを飲んでSNSのチェックをしようとアマリンプラザにあるJCBラウンジへ行きました。今日も知り合いのUさんが来ていました。
午後はUKマンションのSさんの部屋に彼の友人が訪ねてくるので午後には戻らず夕方来て欲しいと言われていました。だから、JCBラウンジの寒さが嫌になったので、チットロムからシーロムに戻らず、ファランポーンへ行きました。
ファランポーンにはタイ人の知り合いワラパーさんが住んでおり中華街をよく案内して頂いたのですが昨年癌で亡くなられてしまいました。
以前ワラパーさんが住んでおられた家はシャターが閉まったままですが、何故かこそへ行ってみたくなります。もう本人がそのドアから出て来られるはずは無いのですが、実家のお婆さんの様な気がしていたので、お墓参りのつもりなのかな?その門を見ると何故かホッとします。


薄暗くなる頃に預かっていたリュック等の荷物を引き取る為にSさんのマンションに戻りました。MRTでマッカサンへ行くとエアポートリンクが混んでいると思われるので、BTSでパヤータイに出て始発駅からエアポートリンクに乗ることにしてサラディーン駅へ行く事にしました。
シーロムはお昼に歩くことはありましたが、夜のタニヤやパッポン通りは見たことがありませんでした。Sさんが「案内してやろう」とパッポン通りを歩いてBTSの駅まで送ってくださいました。水商売の若い女性が店内に居るのでなくて道路に椅子を置いて座っていました。殆どの女性は日本語を話せるそうです。


BTSは高い!というイメージからあまり乗ることはありませんでしたが、空港へ行くのに苦労したくないので30バーツのBTSに乗りました。


すんなり空港に着き、チェックインも簡単に済ませてプライオリティーカードで入れるミラクルラウンジに入ってしっかり食べて、飲みました。
このラウンジにはコックさんが居て3種の料理を指差すと作ってくれます。




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第26日 帰国とまとめ

2019-02-27 11:13:27 | Myanmar ミャンマー
2019年2月12日(火) 曇り  17℃(沖縄)、7℃(福岡)

バンコク(スワンナプーム空港ーMM990-那覇空港ー国際通りー那覇空港ーMM288=福岡空港ー自宅

夜中の1時49分に4分遅れのピーチ航空MM990便はスワンナプーム空港を出発しました。格安のこの飛行機はいつも満席です。
約4時間のフライト後、時差がプラス2時間の沖縄那覇空港に朝8時過ぎ着きました。LCCターミナルからシャトルバスで国内線ターミナルに移動して荷物をコインロッカーに入れて空港ロビーで一休み。休む椅子は銀行のATMの前です。タイバーツやドルはもう必要無いので財布を日本円に替えました。


トランジットの時間が10時間以上あります。ゆいレールの1駅目の赤嶺から国際通りまで散歩することにしました。赤嶺駅は鉄道として最南端の駅だそうです。


奥武山公園内に沖縄らしい三線が聞こえる気になる場所があったので立ち寄ってみました。琉球八社「沖宮」でした。




那覇へ来ると必ず食べる上原ミートのステーキとソーキ蕎麦を今回も食べました。オリオンビールでなくて空港ラウンジから持ち出したミネラルウォーターと共に。


バンコク出国時のチェックインではLCCのピーチ航空カンターで荷物チェックがありませんでした。
でも国内線の沖縄から福岡の便では全ての荷物を計量されて7Kgを越えていると超過料金を徴収されます。土産は買わないでおこうと思いながらヒロミカフェのコーヒーを買い、特産のカシューナッツ、緑茶、ドライマンゴーを買ってしまいました。帰国して並べてみるとかなりの量と重さになっていました。




LCCターミナルで全ての土産をリュックに詰め、衣類の殆どをBagketのポケットに入れました。ショルダーバッグの中の重いスマホ、デジカメ、GPAもBagketのポケットに入れたので、計量したリュックとショルダーバッグの合計重さは6.8Kgでした。服になるカバン「Bagket」はしっかり役立ちました。


夕方6時50分発の沖縄発ピーチMM288便は気温7℃の福岡空港に夜8時半頃到着しました。地下鉄の乗って博多駅に出てホームで福北ゆたか線の列車を待つ時も、35℃のバンコクに居た時と同じ様に裸足でサンダルを履いていましたが、風が吹いていなかったのでそれほど寒いとは思いませんでした。


午後10時半、JRの列車から自宅の最寄り駅に降りました。歩いて自宅に着いたのは11時前。
好天に恵まれた26日間のタイ・ミャンマーのバックパック旅行を終わりました。

<まとめ>
1.経費
  ミャンマーへの旅は今回が3回目でした。LCCを使って航空運賃を安くすることが出来ました。
  宿泊費、食費、交通費が安く済んだのは5日間現地の知り合いの家に泊めて頂き、ビール
  以外は食事を提供頂き、交通費も出して頂いたことに寄ります。泊めて頂いたお礼に山脇氏
  と相談して75,000チャットをエイさんとイエ君に受取ってもらいました。
  不当要求の8,000円は観光・土産代として計上しました。
  26日間の合計費用は約10万9千円でした。
  

2.ロングステイ
  従来の旅は一ヵ所に長期滞在することなく移動が多かったのですが、今回は同じ宿に継続して
  泊まることが多い旅でした。
  その為、多くの人と話し、行動し、飲む機会に恵まれて貴重な話しを聞くことが出来ました。
  民宿日出に長期滞在されていた先輩達、ヤンゴンの日本語教室に関連したヘイテさん、エイさん
  、イエ君、ピンウールインの片桐さん夫婦、パタヤ等を案内頂いた高鳥さん。本当にありがとう
  ございました。
3.旅友:山脇氏
  彼とは1月19日から2月3日までの殆どを一緒に過ごしました。彼のミャンマーの知り合い
  に会わせてもらい、単なる旅行者としてだけでなく現地の生活を知るチャンスを与えて頂き
  ました。ゴッティ鉄橋の観光を提案してくれたのも彼。自分には有難い旅友です。
4.中国の影
  タイの入国審査の窓口に中国人のレーンが設けられていました。ミャンマーからの果物輸出
  トラックに人身売買のミャンマー人が中国に売られていく話を聞きました。チットロムの
  ビックCでは中国人がお菓子を爆買いしている光景が毎日見られました。カンボジアの
  シアヌークビルは物価が安くていい町だったそうですが、数年前から中国人が押し寄せて物価
  が5倍以上になり魅力的な町でなくなってしまったそうです。日本の田舎にも中国人の旅行者
  を見掛けますが、タイでもミャンマーでも本当に多くの中国人と会いました。行儀悪い中国人
  にのさばられるのが目立つ旅でした。
5.ミャンマー人
  単なる旅人としてミャンマーを通過したのではなくて、2ヵ所の現地の自宅に泊まって週末を
  共に過ごした。ミャンマー人と結婚したピンウールインの片桐さんや奥様からミャンマー人に
  ついてお話を聞くことが出来た。片桐さんがミャンマーの暮らしについて書かれた「ピープルズ
  」という本を贈呈されて帰国後読んでみました。人身売買や若者の動向、従業員として雇用
  したミャンマー人について聞いた話しと、この本を読むとミャンマー人というものがはっきり
  理解出来ます。今年の4月から外国人労働者の滞留資格の拡大がはじまりミャンマー人との
  交流が増えていくと思われるが、働かずに生活している彼等の事を知っておくことが必要だと
  思います。
  

<顔写真>
  自転車一人旅では孤独な時間が続き人との出会いは殆どありません。今回はバックパックの
  1ヵ所に複数日滞在する旅であり、かつミャンマー人の自宅に泊めて頂く旅だったので多くの
  人と知り合う事が出来ました。楽しい時間を共有させて頂いた人達の写真を思い出に貼り付けて
  おきます。




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