【紺】『葡萄唐草』(1985年刊)
参加者:Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:渡部慧子
司会とまとめ:鹿取 未放
171 長江の彼方より春は来るといふ雨はれて上海の桃ほころびぬ
(レポート)(2009年10月)
上海は江南と呼ばれる長江下流の南部に位置し、気候温暖な地として知られている。ちょうど杜牧の「江南の春」という七言絶句があり、それを念頭にしての掲出歌ではないだろうか。中国の春は桜ならぬ桃が喜ばれ、中国人の憧憬としての桃源郷を、私達もよく知るところだ。おりしも「雨はれて」よろこばしく当地上海を讃えるべく「桃ほころびぬ」と詠いあげたのだ。(慧子)
江南春
千 里 鶯 啼 緑 映 紅
水 村 山 郭 酒 旗 風
南 朝 四 百 八 十 寺
多 少 楼 台 煙 雨 中
(意見)(2009年10月)
★上海への挨拶歌である。「長江の彼方」と言って場所を限定しなかったところも良い。(慧子)
★きれいすぎる。先生らしくない。(T・S)
(まとめ)(2009年10月)
1983(昭和58)年3月30日から4月4日まで朝日歌壇選者として訪問した初めての中国旅行での作。馬場の中国旅行は2回、その旅行詠掲載を馬場あき子全集別巻より抜粋する。
○1983(昭和58)年3月30日~4月4日
上海(魯迅記念館、玉仏寺など)~
杭州(西湖、六和塔、霊隠寺など)~拙政園、獅子林など
蘇州(西園、虎丘斜塔など)~上海
○1985(昭和60)年4月27日~5月3日
蘇州、西安、北京を巡る。
■『晩花』 昭和60年6月 短歌新聞社
■『葡萄唐草』 昭和60年11月 立風書房
中国詠「紺」13首
■『雪木』 昭和62年7月 角川書店
中国詠「向日葵の種子」11首
異国に初めてやってきたわくわく感が、大づかみの景の捉え方と弾むようなリズムから伺える。
まさに憧れの土地への挨拶歌で、土地褒めとして長江、桃の花をたたえている。そういうわけでT・Sさんの「きれいすぎる」という非難は当たらないだろう。レポーターが引いた漢詩「江南の春」の書き下し文は次のとおり。(鹿取)
江南の春
千里鶯啼いて緑紅に映ず
水村山郭 酒旗の風
南朝 四百八十寺(しひゃくはっしんじ)
多少の楼台煙雨の中